異世界居酒屋さわこさん細腕繁盛記

鬼ノ城ミヤ(天邪鬼ミヤ)

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さわこさんと、寒い朝 その1

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 私の世界では11月。

 こちらの世界ではイレの月と申します。
 そのイレの月に入りまして、寒さが一気に深まってきた気がいたします。

「……ふぅ……行ってくる」
 毎朝の狩りに出かけられるリンシンの吐く息が白くなっています。

 冒険者のみなさんがひとかたまりになって歩いて行かれますと、その頭上にまるで湯気のように白い息があがっておりました。

 今日もバテア青空市でだるまストーブを使用したのですが、
「さわこちゃん、今日も寒いねぇ」
「ホントに助かるわ」
 その周囲に、多くの皆様が集まってこられまして、そこに大きな輪をつくっておられました。

 その輪は、今日はなかなか途切れることがございません。

 それを受けまして、私はここで料理を始めました。
 料理と申しましても、居酒屋さわこさんでお出しする用に下ごしらえしてあった食材を使用しますので、そんなに手間はかかりません。

 具材を入れた鍋。
 それをだるまストーブの上で煮こんでいきます。

 くつくつくつ……

 おたまでかき回す度に、醤油の香りが周囲に漂っていきます。

「ほぉ、こりゃいい匂いだ」
「うひゃあ、たまんないな」

 周囲に皆様の輪が一層小さくなりまして、私の周囲に密集してまいります。

 そんな皆さんの前で、割烹着姿の私はおたまを丁寧にかき回していました。

 そのまましばらく時間が経過したしました。

 何度目かの味見を終えた私は、
「うん、こんなものですね」
 ようやくその味に満足いたしました。
 
「さぁ皆様お待たせいたしました!」 
 皆様へ声をかけながら、出来上がったばかりの鍋の中身を容器によそい、それをお配りし始めました。

 出来上がったのは、けんちん汁でございます。

◇◇

 一度油で軽く炒めた具材。
 それを、私の世界の昆布と、椎茸によく似たこの世界のカゲタケと言うきのこで出汁をとったお鍋の中にいれて煮こんでおります。

 けんちん汁はもともと精進料理でして、本来はお肉をいれません。
 ですが、その風習も今ではあまりございません。
 
 ですので、今日のけんちん汁にも、鮭によく似たジャッケの切り身を加えております。
 これも、先に油で炒めております。

 その鍋を醤油をベースに味付けしてあります。 

◇◇

「さ、皆さん遠慮なくお召し上がりくださいな」
 そう言いながら、私が最初の1杯を差し出しました。

 すると

「ありがとうさわこ、うわぁ、とっても美味しそうね!」
 それを手に取られたのは、なんとツカーサさんでした。

 ツカーサさんは、お店の近くにお住まいの奥さんです。
 そのため、本来バテア青空市におられるはずがないのですが……

「あはは、なんかさぁ、美味しい物の気配がしたもんだからさ、頑張って早起きしてきたんだよ!」
 ツカーサさんはニコニコ微笑みながら、さっそくけんちん汁を口に運んでいかれました。

 ずずっ

「うん! 美味しい! これすっごく美味しい!」
 途端に歓声を上げるツカーサさん。

 その歓声が合図になりました。

「ツカーサずるい! さわここっちにも早くちょうだい!」
「こっちもよ!」
「もう、待ちきれないわ!」

 私の周囲を重囲なさっている皆様が、一斉に手を伸ばしてこられました。

 その輪の中で、私は身動き出来なくなってしまっております。
「み、皆様、そんなに近づかれましたら、だ、だるまストーブが危ないです」
 私は、苦笑しながらそんな声をあげておりました。

 そんな中

「はぁ、ほんっと美味しいわ、これ」
 この重囲をあっさり抜け出しておられたツカーサさんが、輪の外でのんきにけんちん汁を味わっておられる声が聞こえてまいりました。

 ……こ、この人混みの中を、ど、どうやって抜けられたのでしょうか……

 私は、ツカーサさんの早業に感心しながらも、どうにかけんちん汁をよそい続けておりました。

◇◇

 その後、バテア青空市の片付けが一段落したエミリアとショコラが駆けつけてくれまして、どうにか私の周囲に殺到なさっておられた皆様に、一度離れて頂くことが出来ました。

 改めまして、順番にけんちん汁をお配りしていきます。

 私から容器を受け取り、それを口なさった皆様は

「あったか~い」
「それに、すっごく美味しいわ」
 
 口々に感嘆の声をあげておられます。
 その顔には、皆さん笑顔が浮かんでおられました。

 まるで寒さが吹き飛んだかのような、素敵な笑顔でございます。

 その笑顔に癒やされながら、私はけんちん汁をお配りし続けました。

 ただ……即興で始めたものですから、今日準備したけんちん汁はあっという間になくなってしまいました。

 追加を準備しようにも、1からつくるとなりますので少々時間がかかり過ぎてしまいます。

 そのため、まだお待ちの皆様もおられたのですが、
「申し訳ありません、今朝はここまでにさせてください」
 そう言い、頭を下げまして、お終いにさせていただいた次第です。

 本当に申し訳なく思いながら何度も頭を下げる私。

 そんな私に、皆様は、

「いいのよさわこ。その気持ちがうれしいわ」
「また夜にでも食べにくるから」

 笑顔でそう言ってくださいました。

 そんな皆様に渡しは、
「本当にありがとうございます」
 そう言いながら、改めて頭を下げていきました。

◇◇

 そのような経緯がございましたので、今夜の居酒屋さわこさんには、いつもの豚汁に加えまして、けんちん汁も準備してあります。

 そのため、少々厨房が手狭になっているのですが、今夜はそんなことは言ってられません。

「……さて、と」
 同時に、私はカウンターの上に1枚の紙を貼りました。

 そこには、

『けんちん汁 今朝、食べられなかったお客様は無料』

 そう記入いたしております。

「さわこ、そこまでしなくてもいいんじゃないの?」
 私の後方からその紙を眺めておられたバテアさんが苦笑なさっておられます。

 そんなバテアさんに、私は
「私がこうさせて頂きたいんです」
 そう言って笑いました。
 
 するとバテアさんは
「まぁ、さわこらしくていいんじゃない?」
 そう言って笑い返してくださいました。

 そんな感じで。私とバテアさんが顔を見合わせておりますと、

 カランカラン

 お店の扉が開きました。

 そちらへ視線を向けた私は、
「いらっしゃいませ、ようこそ居酒屋さわこさんへ」
 笑顔でお声をおかけいたしました。

ーつづく
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