異世界居酒屋さわこさん細腕繁盛記

鬼ノ城ミヤ(天邪鬼ミヤ)

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さわこさんと、夜のお楽しみ その2

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 バテアさんが作ってくださる転移ドアは、その都度作成することが多いのですが、例外的に常時接続されている転移ドアが1つだけございます。

 それが、バテアさんが見つけた成長中の小さな異世界。
 バテアさんが「さわこの森」と名付けられた世界とつながっているドアでございます。

 元々豊かな森と自然しか存在しなかったさわこの森ですが、今は、

 アミリアさんの植物研究所

 アミリアさんがついでで管理してくださっているクッカドゥウドルの放牧場

 ワノンさんの酒造工房

 この3つの施設が建設されています。

 ここには、同時に、ラニィさんが以前経営なさっておられました上級酒場組合に所属していた上級酒場で働いておられた方々も移住しておられます。
 大工のドルーさんが建設してくださった寮で生活なさりながら、みなさんローテーションを組んで先ほど申し上げました3つの施設で順番に働かれている次第でございます。

 基本的に、向こうの世界の皆さんがこちらの世界へ戻ってこられるのは日に2回です。

 朝食と夕食の際でございます。

 これは、あちらで働いてくださっている皆様に、食事を保証させていただいておりますものですから、その食事をとりにこられるためでございます。

 以前はこれに昼食時間も含まれていたのですが、この3施設はお昼の休憩時間がまちまちのため、
『お昼はお弁当にして、それぞれ好きな時間に食べることが出来るようにしてほしい』
 との要望が多数寄せられたため、皆さんが朝食をすませてあちらの世界に戻られる際に、代表してアミリアさんに、全員分のお弁当が入っている魔法袋をお渡しさせていただいている次第でございます。
 
 夕食時間は、居酒屋さわこさんが開店してほどなくして訪れます。
 そのため、開店直後の居酒屋さわこさんは、通常のお客様に、さわこの森から夕食を食べにやってきた皆様が加わるものですから結構な混雑具合になるんです。

 ただ、とてもありがたいことに、さわこの森で働いておられる皆様もそのことは理解してくださっていまして、夕食組の皆様は、食べ終わるとすぐに森へ戻ってくださるんです。

 中には、夕食を終えた後、
「今日は居酒屋さわこさんで一杯ひっかけていくわ」
 といった方もおられます。

 はい、もちろんそんなお客様も大歓迎でございます。

 今夜の居酒屋さわこさんには、そんなちょっと一杯組の皆様が結構おられました。

 さわこの森で働いておられます皆様には、ワノンさんとアミリアさんからお給金が支払われております。
 そのお給金で、皆さん時折ちょっと一杯ひっかけていかれているんです。

 そんなちょっと一杯組の中に、今夜はワノンさんと和音の姿がありました。
 ワノンさんは、このトツノコンベで長年酒造りをおこなっているベテランの酒造り職人さんでございます。

 一方の和音は、私の同級生にして親友です。
 酒造りが大好きで、それが高じて向こうの世界で酒造りの会社に勤務していたのですが、その会社が潰れた後、紆余曲折を経まして、今はワノンさんの酒造工房で働いている次第でございます。

 ただ……

 今夜の2人も、揃って白地のシャツを着ています。
 寒くなってきたものですから、最近は長袖を着ている2人ですが……その表部分には今日も手書きで
『お酒は燗』
 と、書かれています。

「……あの、和音」
「何かしらさわこ?」
「その……なんでいつもその手書きのシャツを着ているのかしら?」
 今夜も、そんなことを聞いてみたのですが、
「いいでしょこれ、その日の気持ちを書いているのよ。なんかね、これを書いてると気合いが入ってね、これを着るとその気合いごと身につけることが出来るみたいでね、すごく気持ちいいのよ!」
 和音はそう言って嬉しそうに笑っていました。

 その横でお酒を飲まれていたワノンさんも、

「そうだよさわこ、あんたも着てみたらわかるよ、ほら」
 そう言いながらご自分が身につけていらっしゃるシャツを脱いで私に渡そうとなさるものですから、
「いえいえ、今はお仕事中ですので、居酒屋さわこさんはお仕事中は着物と決まっておりますし……」
 そう、慌てて申し上げまして、
「そう、じゃあ仕方ないわねぇ」
 なんとか、思いとどまって頂くことに成功した次第でございます。
 説得に失敗していたら、お店でストリップが始まっていた次第でございます……

 そんなワノンさんと和音ですが、時折閉店後も居酒屋さわこさんに残られることがございます。

 お店のお片付けをすませ、お風呂をすませると、私達が行っております晩酌の輪に加わられるのですが
「さ、よかったらこれを飲んで、今夜も感想を聞かせてほしいの」
 和音がそう言いながら、お酒が入った瓶を、テーブルの上に並べていきます。

 どの瓶にもラベルははられていません。

 それもそのはずです。
 これらのお酒は、現在ワノンさんと和音が2人で開発中のお酒ばかりなんです。

 つまり、私達はその味見役を仰せつかっている次第でございます。

「さてさて、今夜はどんなお酒を持ってきたのかしら」
 このワノンさんの酒造工房の味見を一番楽しみになさっているのはバテアさんかもしれません。

 早速複数のコップとお水を準備なさっておられます。

 コップが複数なのは、味が混ざらないようにするため、
 お水は、1杯飲んだらお水で口の中を洗い流すため、

 まるで、本当の利き酒よろしくあれこれ準備なさっているんです。
 まぁ、私も同じようなセットを準備しておりますので、あまりあれこれ言うつもりはございません。

 そんなわけで、今夜も早速利き酒大会が始まりました。

「じゃ、まずはこれからいってもらおうかな」
 そう言うと、ワノンさんがおもむろに瓶を手にとって、それをコップに注いでくださいました。
 それを、私・バテアさん・リンシンさんが受け取って、口にしていきます。

 利き酒でも、リンシンさんの飲み方はいつも一緒です。

 コップを両手で抱えまして、そのコップの中に舌を伸ばしてそれですくい取っていかれるのです。

 ぴちゃぴうちゃと、まるで舐めるようにしてお酒を味わわれるリンシンさん。
 その顔を真っ赤になさりながら、
「……おいし……幸せ」」
 そう繰り返しながら、本当に嬉しそうにお酒を口になさるんです。

 そのお姿を拝見していると、こちらまで幸せな気分になれること請け合いです。

 ただ

 そんな一見温厚に見えるリンシンさんですが……実はそうでもないんです。

 この日最初のお酒を口にした私ですが……少し首をひねってしまいました。
 
 ……不思議な味……うん、不味いわけじゃないけど……なんだろう、少し違和感が……

 そんな気持ちを抱いてしまいました。
 ですが、このお酒は、ワノンさんと和音が丹精込めて作成しているお酒です。
 変な感想を申し上げるわけにはいきませんし、それに不味い訳ではないわけですし……と、私が言葉を選んでおりますと、リンシンさんは、このお酒を3回舐めた後、

「……これ、好きじゃない」
 
 そう言うと、全部一気に飲み干してしまいました。

 そうなんです。

 リンシンさんは、ご自分が「美味しい」と思ったお酒だけ、先ほどの飲み方をなさるんです。
 あれは、リンシンさんなりの、美味しいお酒の頂き方に他ならないわけです。
 そして、ご自分が美味しくない・好きじゃないと感じられたお酒は、一息で飲み干してしまう、と、いうわけでございます。

 そのことを、ワノンさんも和音もよく知っているものですから、今夜のこのリンシンさんの反応を見ると、
「そっか、これはいまいちかぁ」
「社長、やっぱりこれは癖が強すぎるんですよ……じゃあリンシンさん、こっちをお試し頂けますか?」
 そう言いながら、今度は和音が新しいお酒をコップに注いでいます。

 そうなんです。

 言葉を一切飾ろうとしないリンシンさんですので、むしろその方がワノンさんと和音にとってありがたいこともあるみたいなんですよね。

 ワノンさんと和音は、今夜はリンシンさんに付きっきりでその反応を確認していた次第です。

 私とバテアさんは、その光景を肴にして、お酒を頂いていたといいますか……

 そんな感じで、今夜の酒盛りの夜は更けていった次第でございます。

ーつづく

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