私は彼の迷い猫

吉ひなた

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第5章 迷い猫

第40話 帰ろう

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「おいおい、陽太。暴れすぎだっつーの」
「やり過ぎだ、馬鹿」
「喧嘩なら俺も参戦したっつーのに」
「大和、そういう問題じゃない」

 大和さんと蓮先輩が遅れて倉庫の中に姿を現した。犯罪者三名を縄で縛り上げていた陽太さんは両手についた埃を叩く。やはり、年配の男性も顔を殴られた後があり、痛々しい姿に少しだけ同情した。
 私は陽太さんに言われた通り、物陰に隠れて彼等に見つからないようにその様子を観察する。

「こいつら、警察に差し出すぞ。猥褻された被害者の写真データも全部奪ってある。この証拠さえあればもう言い訳もできねーはず」

 陽太さんが僅かに意識を戻した男性達を見下ろしながら睨んだ。その凶悪な表情に蓮先輩が呆れたように感想を述べた。

「陽太。どっちが悪人なのかわからない顔になってるぞ」
「うっせえな。黙ってろよ」

 陽太さんが舌打ちをすると、年配の男性が負けじと声を絞り出した。

「お前等……絶対に許さねえぞ。若造が調子に乗るな」

 まだ口だけは達者である男性に、蓮先輩が近づいた。

「調子に乗るな……とは、どの口が言えたことでしょうか。あなた方は犯罪者だ。もう少し自分達が犯した罪に対して反省する態度を示して欲しいですね」

 蓮先輩が冷たく言い放つと、男性は床に唾を飛ばした。

「うるせえ。ガキから説教を喰らうなんざ反吐が出るぜ。おい、そこのサツ。お前は由々しい功績を修めたとして表彰とかされるのか? 警察は報酬でも貰えるのかよ? 普段は大した仕事もしねえ税金泥棒のくせに、偉そうな態度をしてるお前等は見てるだけで腹が立つぜ」 
「何とでも言え」

 陽太さんは動じることなく返した。すると、大和さんが鋭い言葉を放つ。

「おい、そこのジジイ。それ以上そいつを怒らせない方がいいぞ。そこの茶髪の体力馬鹿が誰だかわかってるのか?」

 貶しているのか、庇っているのか、馬鹿呼ばわりされた陽太さんが僅かに眉を潜めた。しかし大和さんは煙草を咥えながら構わず男性三人に続ける。

「日本でも有数の家柄である安部一族の末裔だぜ。安倍財閥って聞いたことねえの?」

 大和さんが静かにライターの火を煙草に灯すと、年配男性がポカンと口を開けた。

「安部財閥って……はあ? おいおい。あの金融業やサービス業を経営してる会社のことか? 海外にまで手を伸ばしてる大金持ちだろ。その名を知らないなんて常識が欠けて……え?」

 違和感を覚えたのか、年配男性が疑問符を浮かべた。大和さん、蓮先輩、そして陽太さんへと順番に視線を映す。

「え?」
「そこにいる警察、安部社長の次男坊だぞ」
「は?」

 大和さんが煙を宙に吐き出した。年配の男性が目を丸くする。
 蓮先輩が眼鏡をクイッと指でかけ直し、言葉を繋げた。

「さらに付け足すならば……。お前達が下劣な行為を与えようと目を付けたお嬢さんは、我々の会社と契約している桜宮グループの社長令嬢だ」

 蓮先輩の説明を受けた男性が顔をサーッと青ざめた。

「あ……安部財閥の次男坊!? 桜宮グループの社長令嬢!?」

 やっと思考が追い付いた男性は素っ頓狂な声を上げた。間違ってはいないが、社長令嬢なんぞ久しぶりに上品な言葉に当てはめられた私は何だかむず痒かった。そういえば陽太さんもすごい家柄の息子だったことを思い出す。

 大和さんは口元を吊り上げると怪しい笑みを浮かべた。

「日本を動かしてる経営社長の血筋に目を付けるなんて……すげえ勇気があんのな。俺だったらそんな馬鹿な真似はできねえよ。自殺行為もいいとこだぜ。国外追放は真逃れねえぞ」

 冗談ではないとひしひし伝わったのか、年配男性は口を魚のようにパクパクと開けたり閉じたりを繰り返す。絶望を感じ取った男性はそのまま項垂れると、再び意識を飛ばした。

「おい、家のこと出すんじゃねーよ」

 陽太さんが不機嫌そうに大和さんと蓮先輩を睨んだ。

「いいだろ別に。これぐらい言わねえとこのオッサン共は大人しくなんねーって」
「そうだ。それに……間違ったことではない」

 飄々と返す兄弟に対して、陽太さんは溜息をついた。

「俺はもう安部とは縁切ってんだよ。会社のことも関係ねえ」

 陽太さんは舌打ちし、複雑な表情を浮かべた。
 財閥社長の次男であるも、陽太さんは親族と子供の頃から馬が合わないらしい。もうすでに他界した陽太さんの母親が、一般家庭の女性だったってことが関係しているらしいが、詳しい事情はわからない。
 ただ陽太さんは安部財閥とは関係ない人生を選んだ。警察官として、市民を守る生活を選択した。ただそれだけを事実として、私は彼のことを受け止めている。

 私だって同じだ。礼儀作法やお見合いやら、レールに敷かれた厳しい教育を受け続けた私は、実の父親と折り合いが悪かった。お母さんも病気で入院してしまい、厳しい父と生活していた私は我慢ができずに家を飛び出した。
 裕福な家庭であったって、縛られる生活は苦痛でしかなかった。
 母方の祖母の家に逃げて、私は一般的な生活を送る決意をする。奨学金目当てで入学した高校で、私は陽太さんと出会ったのだ。

 私と陽太さんは、少しだけ境遇が似ている。
 財閥だとか、金融だとか。名声だとか。そういうことから離れて普通の暮らしを望んだ。一般庶民の生活を好んで、馴染んで、自由な暮らしを選んだ。

―――だから、惹かれたのだろうか。

 そんなことを考えていると、遠くからパトカーのサイレンの音が微かに聞こえてきた。

「あ、やべ。もう来ちまったのか」

 陽太さんが頭を掻いた。

「和真の野郎……まだ呼べっつってねぇのに……」
「あいつ、慌てるとどうしようもなくダメだからな」

 陽太さんが唸ると、大和さんが可笑し気に口元を緩めた。どうやら和真さんが警察へ連絡したらしい。兄弟全員で私の捜索に協力してくれたことを感じ、私は感極まった。
 陽太さんはスマホの画面を確認し、素早く画面をタッチするとそのまま大和さんと蓮先輩に向き直る。

「じゃあ、俺帰るから」

 短く放たれた言葉に、大和さんと蓮先輩が一瞬間を空けた。

「「……はぁ?」」

 二人が間の抜けた顔で口を大きく開けるも、陽太さんは構わずメモリーカードを蓮先輩に渡した。

「これよろしく。後頼んだぞ」
「ちょっと待て! この状況で帰る気か。桜宮さんはどうしたんだ」
「あいつならいるぞ」
「どこに……」

 陽太さんがクルリと二人に背中を向け、私に歩み寄ってきた。段々距離を縮めてきた陽太さんは、ひょいっと私を軽々しく持ち上げる。まさか……と困惑するも、すでに遅い。
 陽太さんはパーカーをずらして私の顔を二人の前に晒した。

「こいつが『ヒナコ』な」

 しーん……と沈黙が流れた。猫の姿である私を確認し、大和さんと蓮先輩は固まったまま動かない。

「おい、どういうことだ陽太」

 蓮先輩が静かに問いかけると、陽太さんはフッと口元を緩めた。

「俺が探してたのは猫の『ヒナコ』だよ。あれ? 言わなかったっけか?」
「聞いてない! はあ? お前が必死で探してたのは桜宮さんじゃ……」
「こいつ、俺の近所にいた迷い猫でさ。実は飼い主が同じマンションの住人だったんだよ。今は旅行で飼い主が不在っぽいから、俺が預かることにしたんだ。名前も偶然あいつと同じで『ヒナコ』って言うんだぜ。ちなみにカタカタな」
「いや、それはどうでもいい。お前、猫のためにあんなに血相を変えていたのか」
「何だよ必死にもなるだろ。よその猫を預かってんだからよ」

 ペラペラと続ける陽太さんの嘘に、私も呆気に取られる。

「猫を誘拐なんてこいつら趣味悪いぜ。人間だけじゃ飽き足らず猫にまで手を出すなんてよぉ。まあおかげで巷で噂された痴漢もこいつらが犯人だって偶然! 本当に偶然見つかったわけだが。一石二鳥ってやつだな、いやー本当に良かった」
「いや、待て待て待て。だがあいつらは確かに桜宮さんを攫おうと……」
「こいつら、陽菜子の学生証を見て似てるような女を車に連れ込もうとしてたんだ。黒髪でショートヘアの女を狙ってたらしいぜ。いくら黒くて同じ名前だからって猫を誘拐するなんて……マジで頭でもおかしくなったんじゃねーの?」

 ケラケラと笑う陽太さん。かなり無理がある理由であると私も冷や汗が伝う。しかし陽太さんはもう止まらない。

「もうヒナコが見つかったから俺は満足。これ以上の用事はねえ。警察への事情聴取はお前等に任せるぞ」
「ちょっと待て! どういうことかちゃんと説明を……」
「明日休み貰ってんだよ。俺が関わったなんてバレたら折角の休日が消える。だからお前等に全部手柄をやろう」

 なぜか上から目線の陽太さん。すべてを放り投げる彼の態度に勿論蓮先輩はすぐに納得がいかないようだった。

「お前! 人のことを散々巻き込んで何を……」
「面倒くせえなら設定作ろうぜ。大和、小梅が痴漢を受けたと知ったお前が怒りのあまりこいつらのアジトに乗り込んだとしよう。んで、ボコボコにしたらこいつらは川原に出現する変質者で、おまけに猫を誘拐していた……的なオチでいいだろ。こいつらは人間だけじゃ飽き足らず、猫に手を出そうとしたネジが外れた変態野郎ってことで突き通せ」

 大和さんが眉間に皺を寄せた。

「小梅を巻き込むんじゃねえ。だいたいあいつが口を合わせるわけ……」
「小梅なら了承済みだ」

 陽太さんがすかず大和さんにスマホの画面を見せた。

『了解! セクハラを受けた私のために大和君が嫉妬したってことなのね!? きゃー! 素敵すぎるわ! 頑張って演技しまーす(ハート)』

 文面を読んだ大和さんが怒りで煙草を握りつぶした。どうやって説明を受けたのかはわからないが、何の疑問も抱かずに了承する小梅先輩はさすがとしか言いようがない。とんでもないチームワークに、私は口を引くつかせた。

「俺の名前絶対に出すんじゃねえぞ。陽菜子のこともな。そこのオッサン共にも……もし出したら俺が地球の果てまで追いかけて成敗を下すって伝えておけ。んじゃ」

 それだけ言い残し、陽太さんは私を抱えたまま倉庫の外を目指した。ようやく外に出られた私は、ここが隣街の港であることに気づく。

「さてと……帰るぞ陽菜子」
「んにゃう……」

 遠くから赤いランプが点滅し、サイレンが近づいてくるのを確認した陽太さんがすぐさま大通りに出てタクシーを拾う。
 パトカーとすれ違うように、私達はそのまま蓮先輩達を残して陽太さんの家に帰るのだった。
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