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格上
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突然、気温の下降とは別のなにかを感じた。それはグレイツが一歩踏み込みエリオを自分の間合いに入れたからだ。
(この人、勇者なんて呼ばれるだけあってエリオさんよりも強いわ)
「おしゃべりはここまでだ」
グレイツの冷気をはらんだ気勢がハルカにも圧しかかる。
「それはありがたい。こう気温が下がっちゃ寒くてね。体を動かしたかったんだ」
エリオとザックはここでようやく武器に手をかけた。ここまでその素振りを見せなかったのは敵意がないことを示すため。しかし、イラドン大臣の策略だと予想を立て、グレイツの態度を見たことにより、疑念が確信へと変わった。
「大臣がなにを企んでいるかわからないけど、もし王国管理に承諾するにしても、自分で国王に差し出すことを選ぶ」
グレイツの気勢に圧されていたエリオだが、戦闘態勢に入ったことでその気をはね返す。
(見つかっちゃったうえに相手が勇者。勝算がほぼない、作戦難易度最高位だわ)
ハルカは杖をギュッと握りしめた。
グレイツはエリオが目指す冒険者十闘士と同格かそれ以上である王国勇者のひとり。それがなにかしらの企みに関与して、境界鏡の核となる賢者の石を手に入れるために現れたとなれば、油断も手加減も期待できない。
ふたりの対峙はひりつくような緊張感ではなく、緊張感を麻痺させるような冷たい空気によって覆われている。その空気が爆ぜるような裂帛の気勢が叫ばれ、同時に振られたエリオの初太刀は空を切った。
次に聞こえた金属音と元の位置に跳び下がるエリオの姿に、ザックは止めていた息を吐き出す。
「今ので決まらなかったのか」
少し首を傾げてグレイツは言った。それは、深く踏み込んで斬り上げたエリオの脇腹を斬り払ったつもりでいたからだ。
この攻防でハルカとザック、そしてエリオ本人が感じたのは、今のままではグレイツに勝てないこと。そして、エリオがグレイツと戦えるレベルにはあるということだ。
今のこの現状は、彼らが想定した最悪の事態の中でもまだ良いほうだった。その理由は、ライスーン兵に囲まれていないこと。エリオがこの勇者グレイツと戦えるレベルにあったこと。もうひとつはグレイツが聖剣を使っていないからだ。
間を置いた単発の攻防が四度おこなわれ、それでもエリオが手傷を負わずにいることにザックが小さく息を吐いた。そのとき、ハルカは空を振り仰ぐ。
(また来たの?!)
その視線の先からフード付きのコートで身を包んだ者が飛んでくる。それは先日アルティメットガールが倒した片角の魔族だった。
ハルカはざっとあたりを見回すが、門まで一直線の広い道には身を隠すような場所はない。これまでのようにやられたタイミングで変身するということはできないと、彼女は焦っていた。
(あそこから凄い攻撃してきたらまずいわ)
ハルカがあれこれ考えているあいだにも、エリオとグレイツの戦いは良い意味で終わらない。上空から見下ろす魔族の男はフードの奥から覗く目で、それを見ながらつぶやいた。
「人族同士の争いか。平和な証拠だな」
眼下で剣を振るう者たちは、人族の強さとしてはかなりハイレベルなものなれど、この魔族から見ればじゃれ合いとも取れる戦いだった。
「この町から強い力を持つ者を感じて念のために来てみたが……。魔力が遮断しきれずに漏れ出している感じからして、あいつが境界鏡を持っているようだな」
その魔族が地上に降りようとしたとき、エリオたちの戦いに動きがあった。
背後を取ったグレイツの剣がエリオの背中を切りつける。その刃は背中に届かないまでも、背負っていた皮のリュックを両断し、中の荷物が散らばった。その中の魔布に包まれた物がこぼれ、魔力の波動が放出される。
「それが魔道具か」
エリオはすぐに拾い上げ、魔布に包み直してザックに投げ渡した。
現物を見たグレイツは笑みを見せるが、魔族の男は口をへの字に歪ませる。
「境界鏡じゃない。本物から目を逸らすための囮か!」
そう確信を得た魔族は行き先を予想して指向性の探知をおこなった。その方角に動物や野獣とは違うなにかを察知する。
「かなり遠いな」
飛び去る魔族に気付いたエリオが叫ぶ。
「セミールがっ!」
この言葉がなにを意味するのかグレイツや兵士はわからない。それがわかるのはエリオの仲間たちだけである。セミールはエリオに頼まれて、こういった事態のために別行動で魔道具を運んでいたのだ。
最初に動き出したのはハルカ。グレイツとエリオの戦いを勝利が約束された剣闘のように眺めていた兵たちは、か弱い少女が走ってきたことに緊急性を感じていない。ちょっと道を塞ぐ程度に立ちはだかるだけの者たちを、ハルカはスルリとかわして門に向かって走っていく。
それをふたりの兵士が追いかけ、その後ろから隠れていたマルクスとレミが付いていった。さすがにザックはフェイクの魔道具を持っているため、追いかけることはできない。
ハルカは門の衛兵も振り切って外に飛び出すと、その後ろから走ってくる、ふたりの仲間に心の中で謝った。
(レミさん、マルクスさん御免なさい。もし捕まってしまったら、あとで助けにきます)
そして、腰にぶら下げている魔道具を追いかけてくる兵士たちに投げつける。
地面に接触したその魔道具は、強力な光と煙と魔鉱青石の粒をまき散らして、広範囲を結界で包みこむ。そこに巻き込まれた兵士たちは麻痺や魔力障害など、いくつかの拘束現象によって完全に封じられてしまった。
「うわっ! ハルカがアレを使ったのかっ」
これはエリオが仲間たちに持たせた物。対魔族用として用意したため、対策を持っていなければまず破れない強力な拘束魔道具だ。
門の出口が光と煙の拘束結界で覆われ、仲間の視線が遮られたのを確認したハルカは、変身のボイスキーを口にした。
「リリース・アルティメットコート」
チョーカーから流れ出る光に包まれたハルカはアルティメットカールへと変身する。
「セミールさん、無事でいて」
アルティメットガールが蹴った地面は爆発し、強力なゴムの力で引っ張られる逆バンジーを思わせる勢いで空へと飛び立った。
(この人、勇者なんて呼ばれるだけあってエリオさんよりも強いわ)
「おしゃべりはここまでだ」
グレイツの冷気をはらんだ気勢がハルカにも圧しかかる。
「それはありがたい。こう気温が下がっちゃ寒くてね。体を動かしたかったんだ」
エリオとザックはここでようやく武器に手をかけた。ここまでその素振りを見せなかったのは敵意がないことを示すため。しかし、イラドン大臣の策略だと予想を立て、グレイツの態度を見たことにより、疑念が確信へと変わった。
「大臣がなにを企んでいるかわからないけど、もし王国管理に承諾するにしても、自分で国王に差し出すことを選ぶ」
グレイツの気勢に圧されていたエリオだが、戦闘態勢に入ったことでその気をはね返す。
(見つかっちゃったうえに相手が勇者。勝算がほぼない、作戦難易度最高位だわ)
ハルカは杖をギュッと握りしめた。
グレイツはエリオが目指す冒険者十闘士と同格かそれ以上である王国勇者のひとり。それがなにかしらの企みに関与して、境界鏡の核となる賢者の石を手に入れるために現れたとなれば、油断も手加減も期待できない。
ふたりの対峙はひりつくような緊張感ではなく、緊張感を麻痺させるような冷たい空気によって覆われている。その空気が爆ぜるような裂帛の気勢が叫ばれ、同時に振られたエリオの初太刀は空を切った。
次に聞こえた金属音と元の位置に跳び下がるエリオの姿に、ザックは止めていた息を吐き出す。
「今ので決まらなかったのか」
少し首を傾げてグレイツは言った。それは、深く踏み込んで斬り上げたエリオの脇腹を斬り払ったつもりでいたからだ。
この攻防でハルカとザック、そしてエリオ本人が感じたのは、今のままではグレイツに勝てないこと。そして、エリオがグレイツと戦えるレベルにはあるということだ。
今のこの現状は、彼らが想定した最悪の事態の中でもまだ良いほうだった。その理由は、ライスーン兵に囲まれていないこと。エリオがこの勇者グレイツと戦えるレベルにあったこと。もうひとつはグレイツが聖剣を使っていないからだ。
間を置いた単発の攻防が四度おこなわれ、それでもエリオが手傷を負わずにいることにザックが小さく息を吐いた。そのとき、ハルカは空を振り仰ぐ。
(また来たの?!)
その視線の先からフード付きのコートで身を包んだ者が飛んでくる。それは先日アルティメットガールが倒した片角の魔族だった。
ハルカはざっとあたりを見回すが、門まで一直線の広い道には身を隠すような場所はない。これまでのようにやられたタイミングで変身するということはできないと、彼女は焦っていた。
(あそこから凄い攻撃してきたらまずいわ)
ハルカがあれこれ考えているあいだにも、エリオとグレイツの戦いは良い意味で終わらない。上空から見下ろす魔族の男はフードの奥から覗く目で、それを見ながらつぶやいた。
「人族同士の争いか。平和な証拠だな」
眼下で剣を振るう者たちは、人族の強さとしてはかなりハイレベルなものなれど、この魔族から見ればじゃれ合いとも取れる戦いだった。
「この町から強い力を持つ者を感じて念のために来てみたが……。魔力が遮断しきれずに漏れ出している感じからして、あいつが境界鏡を持っているようだな」
その魔族が地上に降りようとしたとき、エリオたちの戦いに動きがあった。
背後を取ったグレイツの剣がエリオの背中を切りつける。その刃は背中に届かないまでも、背負っていた皮のリュックを両断し、中の荷物が散らばった。その中の魔布に包まれた物がこぼれ、魔力の波動が放出される。
「それが魔道具か」
エリオはすぐに拾い上げ、魔布に包み直してザックに投げ渡した。
現物を見たグレイツは笑みを見せるが、魔族の男は口をへの字に歪ませる。
「境界鏡じゃない。本物から目を逸らすための囮か!」
そう確信を得た魔族は行き先を予想して指向性の探知をおこなった。その方角に動物や野獣とは違うなにかを察知する。
「かなり遠いな」
飛び去る魔族に気付いたエリオが叫ぶ。
「セミールがっ!」
この言葉がなにを意味するのかグレイツや兵士はわからない。それがわかるのはエリオの仲間たちだけである。セミールはエリオに頼まれて、こういった事態のために別行動で魔道具を運んでいたのだ。
最初に動き出したのはハルカ。グレイツとエリオの戦いを勝利が約束された剣闘のように眺めていた兵たちは、か弱い少女が走ってきたことに緊急性を感じていない。ちょっと道を塞ぐ程度に立ちはだかるだけの者たちを、ハルカはスルリとかわして門に向かって走っていく。
それをふたりの兵士が追いかけ、その後ろから隠れていたマルクスとレミが付いていった。さすがにザックはフェイクの魔道具を持っているため、追いかけることはできない。
ハルカは門の衛兵も振り切って外に飛び出すと、その後ろから走ってくる、ふたりの仲間に心の中で謝った。
(レミさん、マルクスさん御免なさい。もし捕まってしまったら、あとで助けにきます)
そして、腰にぶら下げている魔道具を追いかけてくる兵士たちに投げつける。
地面に接触したその魔道具は、強力な光と煙と魔鉱青石の粒をまき散らして、広範囲を結界で包みこむ。そこに巻き込まれた兵士たちは麻痺や魔力障害など、いくつかの拘束現象によって完全に封じられてしまった。
「うわっ! ハルカがアレを使ったのかっ」
これはエリオが仲間たちに持たせた物。対魔族用として用意したため、対策を持っていなければまず破れない強力な拘束魔道具だ。
門の出口が光と煙の拘束結界で覆われ、仲間の視線が遮られたのを確認したハルカは、変身のボイスキーを口にした。
「リリース・アルティメットコート」
チョーカーから流れ出る光に包まれたハルカはアルティメットカールへと変身する。
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