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榊 祐太郎 3
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「…祐太郎、お前強いよな。父さんがお前の立場なら、もっと落ち込んで誰とも会いたくない気持ちになってると思う。」
「…そんなことないよ。急すぎて、落ち込む方法が分かんないだけだよ。」
皆言葉に詰り、また暫く沈黙が続いた。気不味い雰囲気が続いた中、ゆかりがたどたどしく口を開いた。
「…祐太郎。職場は紗希さんには言わないといけないわよね。…大丈夫?ちゃんと話せる?」
祐太郎はテーブルを見つめたまま沈黙を続けた後、顔を上げてゆかりの目を見て答えた。
「…今から職場に行って話してくるよ、まだ昼過ぎだし。電話やメールじゃ上手く伝えられないし、モヤモヤして明日まで待てない。今から行ってくる。」
祐太郎はそう言うと立ち上がった。
「ちょ、今から!?今は母さんたちと…。」
「母さん、祐太郎の好きにさせてやってくれ。」
ゆかりが止めよう立ち上がったが、幸二がゆかりの肩を叩き、また椅子に座らせた。
「祐太郎、行ってこい。こんな話、話す決意をした時じゃなきゃ話し出せないよな。勢いで話を始めるのは大事なことだ。…気を付けてな。」
「ありがとう、父さん。…ごめんな、母さん。帰ったらちゃんと話そう。」
祐太郎はそう言うと、リビングを飛び出し投げ捨てたスマホや財布を取りに、二階へと駆け上がって行った。
幸二とゆかりは、階段を駆け上がっていく祐太郎の足音を聞いていた。
「…あんなに元気なのにな。」
幸二は顔を両手で覆い、声を殺して涙を流した。
「なんで…なんであの子なのよ!もっといるじゃない、死んでもしょうがないような犯罪者とか、ろくでもない人間なんて!なんで…なんであの子なのよ…。」
「母さん、止めなさい。簡単にそんなこと言っちゃいかんよ。…祐太郎は、そんなこと望むような子じゃないだろ。」
「…分かってるわよ。…言いたくなっただけよ…。」
ゆかりは立ち上がり、リビングから出て行った。廊下に出ると、調度二階から下りてきた祐太郎と鉢合った。
「…気を付けて行ってきてね。…祐太郎、ちゃんと父さんや母さんを頼りなさいよ。私からはそれだけ。」
「…あぁ、ありがとう。行ってきます。」
祐太郎はニコリと笑い、玄関から出ていった。
「そうだ、加奈子にも言わないと…か。私もちゃんと話さないとね。」
ゆかりは玄関を見つめながら呟いた。
30分後、祐太郎は職場のビルに着いた。
祐太郎は、生命保険の営業の仕事をしていた。親しみ易くて誠実な祐太郎には顧客も多く、上司や後輩からの信頼も厚かった。
「…行くか。」
祐太郎は正面からビルに入り、顔馴染みの受付係に会釈して、その奥のエレベーターのボタンを押した。
チンッ。
エレベーターが一階に到着し、扉が開いた。
「あれ、ゆうた。」
「…タケ。」
エレベーターには同期で同じ係の生駒武志(いこまたけし)が乗っていた。エレベーターには生駒のみだったため、生駒は開くボタンを押しながら祐太郎に話した。
「お前、病院だったんだよな。大丈夫なのか?…てか、私服でどうしたんだ?」
「ちょっと上に話があって。これから出掛けるのか?」
「あ、あぁ、営業にな。…乗れよ。」
祐太郎は生駒に言われるがままエレベーターに乗ると、生駒は『4』と『閉』のボタンを押した。
「あれ?タケ降りなくて良かったのか?」
「いや、なんか気になるから。…紗希ちゃんも心配してたぞ。メッセージ送って既読の印が付いても返信がないって。…あんまり心配させるなよ。」
「紗希のやつ、タケに相談したのか。…いやまぁ、ちょっと忙しくってさ。…でも、まぁ…タケもすぐに分かるか。」
「…え?何の話だ?」
祐太郎の言葉に、生駒が振り向くと、同時にエレベーターが4階に扉が開いた。会話が途切れ、祐太郎、生駒の順にエレベーターを降りた。職場に向かって前を歩く祐太郎に、生駒が後ろから話し掛けた。
「なぁ、ゆうた。病院ってこの前の人間ドッグの結果聞きに行ったんだろ?どっか悪かったってことか?」
「…ごめん。やっぱり、一番は紗希に言わないと。」
生駒は、何か嫌な予感がしてその場で立ち止まった。
ビル全体が生命保険会社のフロアだが、祐太郎の勤める営業課は4階にあった。
営業課は人数が多く、営業先などにより7つの班に分けられているが、職場フロアは隣の係とは仕切りのない、だだっ広い空間だった。祐太郎と生駒は3班に配属されており、紗希は二つ隣の5班に配属されていた。
祐太郎は、廊下の先の扉を開けた。先ず、紗希の席に目を向けたが、営業で外に出ているのか、姿が見当たらなかった。
「紗希ちゃんなら、もうじき外出から戻るはずだ。」
背後から生駒が言った。祐太郎が振り返ると、生駒は廊下沿いの会議室を指差した。
「紗希ちゃん帰ってくるまで、第2会議室にいろよ。ここで待ってると目立つだろ?」
「ありがとう、そうさせてもらうよ。」
礼を言って廊下に出た祐太郎に生駒が続けた。
「ゆうた。紗希ちゃんの次でいいから、俺にも後で話せよ。」
祐太郎は振り返ってコクンと頷いた。生駒は、ポンッと祐太郎の肩を叩いてエレベーターへと向かった。
会議室の廊下側はガラス張りになっており、カーテンを閉めなければ廊下を通る人が伺えた。祐太郎は、カーテンに少し隙間を作り、椅子に座りながら紗希が通るのを待った。
祐太郎は、ふいにスマホをポケットから取り出し、電源を付けた。部屋で投げつけてから、開くのが億劫になり、あれ以来初めて画面を見た。
紗希からの心配するメッセージが、山程来ていた。
祐太郎は、紗希が怒ってるだろうと思いながら、メッセージアプリを開いた。しかし、紗希のメッセージからは怒りという感情は全く感じれず、純粋に祐太郎を心配している内容のものしかなかった。最新のメッセージは今から5分前。
『ゆうちゃん、本当に大丈夫?何があっても、私はゆうちゃんとずっと一緒にいるからね。何があっても!だからね。』
「…紗希…。」
祐太郎は、紗希が怒ってると思っていた自分が何だか情けなくて、そして何より紗希に申し訳なくて、見つめるスマホに涙を溢した。
その時、聞き慣れた足音が聞こえてきて祐太郎は顔を上げた。じっと見つめるカーテンの隙間を紗希がゆっくりと通り過ぎていった。
「…そんなことないよ。急すぎて、落ち込む方法が分かんないだけだよ。」
皆言葉に詰り、また暫く沈黙が続いた。気不味い雰囲気が続いた中、ゆかりがたどたどしく口を開いた。
「…祐太郎。職場は紗希さんには言わないといけないわよね。…大丈夫?ちゃんと話せる?」
祐太郎はテーブルを見つめたまま沈黙を続けた後、顔を上げてゆかりの目を見て答えた。
「…今から職場に行って話してくるよ、まだ昼過ぎだし。電話やメールじゃ上手く伝えられないし、モヤモヤして明日まで待てない。今から行ってくる。」
祐太郎はそう言うと立ち上がった。
「ちょ、今から!?今は母さんたちと…。」
「母さん、祐太郎の好きにさせてやってくれ。」
ゆかりが止めよう立ち上がったが、幸二がゆかりの肩を叩き、また椅子に座らせた。
「祐太郎、行ってこい。こんな話、話す決意をした時じゃなきゃ話し出せないよな。勢いで話を始めるのは大事なことだ。…気を付けてな。」
「ありがとう、父さん。…ごめんな、母さん。帰ったらちゃんと話そう。」
祐太郎はそう言うと、リビングを飛び出し投げ捨てたスマホや財布を取りに、二階へと駆け上がって行った。
幸二とゆかりは、階段を駆け上がっていく祐太郎の足音を聞いていた。
「…あんなに元気なのにな。」
幸二は顔を両手で覆い、声を殺して涙を流した。
「なんで…なんであの子なのよ!もっといるじゃない、死んでもしょうがないような犯罪者とか、ろくでもない人間なんて!なんで…なんであの子なのよ…。」
「母さん、止めなさい。簡単にそんなこと言っちゃいかんよ。…祐太郎は、そんなこと望むような子じゃないだろ。」
「…分かってるわよ。…言いたくなっただけよ…。」
ゆかりは立ち上がり、リビングから出て行った。廊下に出ると、調度二階から下りてきた祐太郎と鉢合った。
「…気を付けて行ってきてね。…祐太郎、ちゃんと父さんや母さんを頼りなさいよ。私からはそれだけ。」
「…あぁ、ありがとう。行ってきます。」
祐太郎はニコリと笑い、玄関から出ていった。
「そうだ、加奈子にも言わないと…か。私もちゃんと話さないとね。」
ゆかりは玄関を見つめながら呟いた。
30分後、祐太郎は職場のビルに着いた。
祐太郎は、生命保険の営業の仕事をしていた。親しみ易くて誠実な祐太郎には顧客も多く、上司や後輩からの信頼も厚かった。
「…行くか。」
祐太郎は正面からビルに入り、顔馴染みの受付係に会釈して、その奥のエレベーターのボタンを押した。
チンッ。
エレベーターが一階に到着し、扉が開いた。
「あれ、ゆうた。」
「…タケ。」
エレベーターには同期で同じ係の生駒武志(いこまたけし)が乗っていた。エレベーターには生駒のみだったため、生駒は開くボタンを押しながら祐太郎に話した。
「お前、病院だったんだよな。大丈夫なのか?…てか、私服でどうしたんだ?」
「ちょっと上に話があって。これから出掛けるのか?」
「あ、あぁ、営業にな。…乗れよ。」
祐太郎は生駒に言われるがままエレベーターに乗ると、生駒は『4』と『閉』のボタンを押した。
「あれ?タケ降りなくて良かったのか?」
「いや、なんか気になるから。…紗希ちゃんも心配してたぞ。メッセージ送って既読の印が付いても返信がないって。…あんまり心配させるなよ。」
「紗希のやつ、タケに相談したのか。…いやまぁ、ちょっと忙しくってさ。…でも、まぁ…タケもすぐに分かるか。」
「…え?何の話だ?」
祐太郎の言葉に、生駒が振り向くと、同時にエレベーターが4階に扉が開いた。会話が途切れ、祐太郎、生駒の順にエレベーターを降りた。職場に向かって前を歩く祐太郎に、生駒が後ろから話し掛けた。
「なぁ、ゆうた。病院ってこの前の人間ドッグの結果聞きに行ったんだろ?どっか悪かったってことか?」
「…ごめん。やっぱり、一番は紗希に言わないと。」
生駒は、何か嫌な予感がしてその場で立ち止まった。
ビル全体が生命保険会社のフロアだが、祐太郎の勤める営業課は4階にあった。
営業課は人数が多く、営業先などにより7つの班に分けられているが、職場フロアは隣の係とは仕切りのない、だだっ広い空間だった。祐太郎と生駒は3班に配属されており、紗希は二つ隣の5班に配属されていた。
祐太郎は、廊下の先の扉を開けた。先ず、紗希の席に目を向けたが、営業で外に出ているのか、姿が見当たらなかった。
「紗希ちゃんなら、もうじき外出から戻るはずだ。」
背後から生駒が言った。祐太郎が振り返ると、生駒は廊下沿いの会議室を指差した。
「紗希ちゃん帰ってくるまで、第2会議室にいろよ。ここで待ってると目立つだろ?」
「ありがとう、そうさせてもらうよ。」
礼を言って廊下に出た祐太郎に生駒が続けた。
「ゆうた。紗希ちゃんの次でいいから、俺にも後で話せよ。」
祐太郎は振り返ってコクンと頷いた。生駒は、ポンッと祐太郎の肩を叩いてエレベーターへと向かった。
会議室の廊下側はガラス張りになっており、カーテンを閉めなければ廊下を通る人が伺えた。祐太郎は、カーテンに少し隙間を作り、椅子に座りながら紗希が通るのを待った。
祐太郎は、ふいにスマホをポケットから取り出し、電源を付けた。部屋で投げつけてから、開くのが億劫になり、あれ以来初めて画面を見た。
紗希からの心配するメッセージが、山程来ていた。
祐太郎は、紗希が怒ってるだろうと思いながら、メッセージアプリを開いた。しかし、紗希のメッセージからは怒りという感情は全く感じれず、純粋に祐太郎を心配している内容のものしかなかった。最新のメッセージは今から5分前。
『ゆうちゃん、本当に大丈夫?何があっても、私はゆうちゃんとずっと一緒にいるからね。何があっても!だからね。』
「…紗希…。」
祐太郎は、紗希が怒ってると思っていた自分が何だか情けなくて、そして何より紗希に申し訳なくて、見つめるスマホに涙を溢した。
その時、聞き慣れた足音が聞こえてきて祐太郎は顔を上げた。じっと見つめるカーテンの隙間を紗希がゆっくりと通り過ぎていった。
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