最期の時間(とき)

雨木良

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榊 祐太郎 2

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自宅への車中。祐太郎は後部座席に座り、外の景色を眺めながら考え事をしていた。

これからどうしようかと。

まず、職場にも言わないといけないし、友人にも伝えるべきか、結婚して遠くに住んでいる妹の加奈子(かなこ)には両親から話すのだろうか…それから…。

「…祐太郎。紗希(さき)さんにはちゃんと伝えられるか?」

運転している幸二が、ルームミラーで祐太郎の表情を伺いながら質問した。

紗希は祐太郎の七歳下の婚約者で、今から2か月後、二人が付き合い出した記念日に籍を入れる約束をしていた。勿論、互いの両親に挨拶を済ませており、紗希の両親もとても喜んでくれていた。

「…あぁ、勿論伝えないとね。…大丈夫、紗希なら分かってくれるさ。」

「…そうか。また帰ってから色々と話そう。」

祐太郎は頷くと、再び外の景色を眺めた。35年間、地元から出て暮らしたことのない祐太郎にとって、目の前の景色は当たり前過ぎて…まさかもうじき見れなくなってしまうなど考えた事もなかった。そして、そう考えると、なんて素晴らしい街に住んでいたのだろうと心から感じた。

いつもの街並み、遠くに見える山々、自分を励ますように青々とした快晴の空…この景色をずっと、もっと…そう普通に紗希と結婚して、子どもができて…そうだな、三人は欲しいな、そんで普通に年を取って…最期は病気でも事故でも何でもいい…とにかく『もっと生きたかった』。

家に着くと、祐太郎は二階の自分の部屋へと直行した。耳を澄ますと、下の階でゆかりが泣いている声が聞こえてきた。

祐太郎は、とりあえずベッドに腰掛けると、部屋の壁に飾っているコルクボードを見つめた。そこには、家族や友人、そして紗希との写真を無造作に画ビョウで留めていた。これからも増やしていく予定だったコルクボードの空きスペースを眺めて、祐太郎は未来がないことを実感した。

「…また皆でやるバーベキューの写真飾りたかったな。」

3月の今、毎年夏に恒例で開催している友人たちとのバーベキューまでは、命が持たないだろうと祐太郎は弱気になった。

あと、何とも無かったら、きっと来月には婚姻届を二人で持って幸せそうな笑みを浮かべた二人の写真を飾っているのだろうと思った。 

「…そうだ、紗希には早く言わないとな…。」

先月、二人で旅行に行った時に、不意にスマホを向けて撮影した、天使のように微笑んでいる紗希の写真を見つめて呟いた。

何て言えばいいんだろうか。とりあえずは謝るよな…多分、結婚は出来ないよな…紗希、泣くだろうな、傷付くだろうな。

祐太郎はスマホを手に、紗希の番号を表示させたが、『通話』のボタンを押す勇気がなく、スマホをベッドに置いた。

すると、神様の悪戯だろうか、スマホがメッセージアプリの着信を知らせ、手に取ると紗希からのメッセージだった。紗希は同じ職場の後輩であり、今日仕事を休む理由も病院に呼ばれたからだと伝えてある。連絡が来ることは分かりきっていた。

『ゆうちゃん。病院終わった?呼ばれた理由は何だったの?』

やっぱりだ。祐太郎は、しばらく考え、とりあえず思い付いた言葉を打ってみた。

『終わったよ。俺死ぬみたいなんだ。だからごめん、結婚の話は無かったことに。』

ガシャンッ! 

祐太郎は、ここまで打つとスマホを壁に投げ付けた。

「こんなの送れるわけがないじゃないか…うっ、うぅ…。」

ドンドンドンッ! 

「祐太郎?大丈夫か?祐太郎!?」

荒い物音に、幸二が心配して部屋まで様子を伺いに来た。幸二は、祐太郎を信用しつつも、自暴自棄になり良からぬことを考えないかと心配もしていた。

「祐太郎!?返事してくれ!」

ガチャッ。

「…生きてるよ。」

祐太郎は、涙を拭いながら扉を開けた。祐太郎の姿を見るなり、幸二は祐太郎を抱き締めた。

「すまん。心配になっちまった。…下に来ないか?これからのこと、ちゃんと話したいんだ。」

幸二の言葉に、祐太郎は部屋の隅の床に落ちたスマホをチラリと見て、拾うことはせずに一階へと向かった。

幸二に続いてリビングに入ると、テーブルに顔を伏せて泣いているゆかりの姿が目に入った。ゆかりは、二人が入ってきたことに気が付くと顔を上げ、テーブルに置いてあったティッシュペーパーで涙や鼻水を拭いた。祐太郎はその姿を見て、何だか申し訳ない気持ちになった。

「…母さん、その…ごめんな。こんなことになって…。」

「や、止めてよ!一番ツラいのはあんたなんだから。…ごめんね、気を遣わしちゃって。」

ゆかりは二人にも座るように促し、祐太郎と幸二もテーブルに腰を下ろした。

暫くの沈黙の後、幸二が口を開いた。
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