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同じ学び舎
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15分前。
「鵺野先生!」
呼ぶ声に振り返ると、先日産まれたばかりの赤ちゃんを亡くした遠藤霞・翔太夫妻が立っていた。
鵺野医師は、すぐに遠藤夫妻だと思い出し、どう声を掛けたら良いのかわからずに、やんわりと微笑むことしかできなかった。
「…あ、先生、私たちのこと忘れちゃってますか?」
鵺野医師の表情を見て、霞が微笑みながら聞いた。対して、鵺野医師は慌てて否定した。
「いや、まさか。遠藤さんですよね。忘れるわけないじゃないですか。お父さんもご一緒に…どうも。」
鵺野医師が翔太に頭をペコリと下げると、翔太もペコリと頭を下げた。
「…あれ、今日は光輝くんは?」
「ちょっと微熱があって、母親に看てもらっています。今日は先生にお会いしたかったので。…これを。」
霞は鵺野医師に封筒を手渡した。鵺野医師が受け取り、中身を取り出すと、一枚の写真だった。それは、来世と名付けた赤ちゃんが、まだ懸命に命を繋いでいるときに、看護師に撮影してもらった、四人での家族写真だった。
鵺野医師は、写真を見て、良い家族写真だと心から思った。
「…先生には、お医者さんとしてツラい思いをさせてしまったんじゃないかと、霞と話してたんです。私たちは後悔はしていない…そのことをしっかりと先生に伝えたかったんです。」
翔太が鵺野医師の目を見つめて言った。
「…ありがとうございます。」
「…先生?」
鵺野医師の目から一筋の涙が溢れ、霞たちは動揺していた。
「…ご、ごめんなさい。…いやぁ、参っちゃったな…。」
鵺野医師は、慌てて涙を拭った。
「本当にありがとうございます。ツラいのは遠藤さんの方ですのに…私のことを気遣ってくれるのが嬉しくて…。」
「先生…。」
「私も勉強になりました。遠藤さんのような選択肢があることを学びました。…また来世ちゃんが宿ることを、私は期待しています。」
鵺野医師の言葉に霞は微笑んだ。
「その時はまた鵺野先生に診てもらいので、指名させてもらいますからね!」
「えぇ、お待ちしてます。」
「あと、光輝の件では、小児科に定期的に検診に来てますから、また見掛けたら声掛けますね。」
霞がそう言うと、翔太と一緒にペコリと頭を下げて、鵺野医師の前から離れて行った。
鵺野医師は、遠ざかっていく二人を見つめながら、力が抜けるようにフーッと息を吐いた。
二人が角を曲がって視界から消えると、鵺野医師はクルリと後ろに振り向いた。
すると、視界にこちらを見つめる日比野医師が飛び込んできた。
「…あれ、日比野、何してんだ?」
鵺野医師は、自分が泣いているところを見られたのかと、慌ててまた目を拭った。
「ちょっと、鵺野先生に聞きたいことがあって…。」
「…何だよ、日比野らしくない暗い顔して。そっち行くか?」
鵺野医師は、反対側にあるイーティングエリアを指差して言った。
二人がイーティングエリアに向かって歩いていると、対面から嬉野医師がこちらに向かって歩いてきている姿が目に入った。
二人の姿を見た嬉野医師は、ハッとして立ち止まった。
「嬉野くん、こんちは。どうしたの、急に固まっちゃって。」
嬉野医師は、鵺野医師の質問にどう答えようかと考えていたが、鵺野医師の背後にいる日比野医師の鋭い視線を感じ、ヒヤリとした。
「な、何でもないです!」
足早に去っていった嬉野医師を、鵺野医師は首を傾げて見つめていた。
日比野医師は、空気を変えるため鵺野医師に話し掛けた。
「鵺野先生、急にすみません。実は、片野先生に、鵺野先生に話を聞いてみたらと言われたもので…。」
「片野先生に?…あ、あぁなるほど。日比野、お前もぶち当たったのか?」
「ぶち当たった?」
「壁だよ、壁。…命について患者と医師と考え方が違うっていう大きな壁だ。」
日比野医師は、コクンと頷いた。
イーティングエリアに着いた二人は、自由に飲める給茶機のお茶を紙コップに入れて、席に着いた。
「さっきの夫婦見たか?あの二人が、俺の壁だったんだ。」
鵺野医師はそのまま、事の顛末を説明し、終わるとお茶を一口啜った。
「…それは、私の話よりも重いかも…。」
神妙な面持ちの日比野医師に、鵺野医師は微笑みながら話した。
「でも、さっき二人が俺を心配して来てくれた。自分たちは後悔はしていない、先生にはツラい思いをさせてしまってすまなかったって。…本当にツラいのは、あの二人のはずなのに…医師が患者に気を遣わせるなんて、本当に情けねぇ話だよな…。」
少し目を潤わせながら話す鵺野医師に、日比野医師は首を横に振って答えた。
「そんなことないですよ。私が鵺野先生の立場だったらって考えると…どうなってたのか想像もつきません。」
「…日比野は?」
鵺野医師の質問に、日比野医師は神谷あずさの件を話した。
「ALSか…。可哀相に。年頃の子にはツラすぎる話だな。…日比野、その子と関わったのは、お前の運命なんだよ。俺も遠藤さんの担当になったのは運命だと思ってる。自分が医師として成長するために、神様が出会わせてくれたんだ。」
「…運命…ですか。」
「医師は一生勉強…、片野先生が言ってた。俺も医師になった時からその言葉は思い描いていたが、いつの間にか目の前で産まれてくる子だけに必死になって、いつしか頭の隅っこに追いやっていたよ。…それを遠藤さんに出会って、また初心に帰れた感じだ。医師ってのはさ、技術を身に付けることも簡単じゃないが、技術だけじゃダメなんだ、患者の…人の心まで理解をしてやらないとな。」
「えぇ。あずささんの件は正にそれです。…でも、鵺野先生の話を聞いて、自分も最後は鵺野先生みたいに、成長するための運命の出会いだったんだって。そう思えたら素晴らしいなって思いました。」
「…お互い、頑張ろうな。一生勉強の医師に先輩後輩なんてない。ずっと同じ学び舎にいる同僚だ。相談事があったら、何でも相談してこいよ。…すまん、回診の時間だ、またな!」
鵺野医師はそう言って立ち上がると、「じゃあな」というジェスチャーをして、足早に去っていった。
「…じゃ、私も戻りますかね。」
日比野医師は、残っていたお茶を一気に飲み干した。
紙コップをゴミ箱に入れに行くと、目の前の壁に鏡が掛かっていた。
何だかスッキリした表情をしている自分を見て、ニッコリと微笑んでみせた。
「鵺野先生!」
呼ぶ声に振り返ると、先日産まれたばかりの赤ちゃんを亡くした遠藤霞・翔太夫妻が立っていた。
鵺野医師は、すぐに遠藤夫妻だと思い出し、どう声を掛けたら良いのかわからずに、やんわりと微笑むことしかできなかった。
「…あ、先生、私たちのこと忘れちゃってますか?」
鵺野医師の表情を見て、霞が微笑みながら聞いた。対して、鵺野医師は慌てて否定した。
「いや、まさか。遠藤さんですよね。忘れるわけないじゃないですか。お父さんもご一緒に…どうも。」
鵺野医師が翔太に頭をペコリと下げると、翔太もペコリと頭を下げた。
「…あれ、今日は光輝くんは?」
「ちょっと微熱があって、母親に看てもらっています。今日は先生にお会いしたかったので。…これを。」
霞は鵺野医師に封筒を手渡した。鵺野医師が受け取り、中身を取り出すと、一枚の写真だった。それは、来世と名付けた赤ちゃんが、まだ懸命に命を繋いでいるときに、看護師に撮影してもらった、四人での家族写真だった。
鵺野医師は、写真を見て、良い家族写真だと心から思った。
「…先生には、お医者さんとしてツラい思いをさせてしまったんじゃないかと、霞と話してたんです。私たちは後悔はしていない…そのことをしっかりと先生に伝えたかったんです。」
翔太が鵺野医師の目を見つめて言った。
「…ありがとうございます。」
「…先生?」
鵺野医師の目から一筋の涙が溢れ、霞たちは動揺していた。
「…ご、ごめんなさい。…いやぁ、参っちゃったな…。」
鵺野医師は、慌てて涙を拭った。
「本当にありがとうございます。ツラいのは遠藤さんの方ですのに…私のことを気遣ってくれるのが嬉しくて…。」
「先生…。」
「私も勉強になりました。遠藤さんのような選択肢があることを学びました。…また来世ちゃんが宿ることを、私は期待しています。」
鵺野医師の言葉に霞は微笑んだ。
「その時はまた鵺野先生に診てもらいので、指名させてもらいますからね!」
「えぇ、お待ちしてます。」
「あと、光輝の件では、小児科に定期的に検診に来てますから、また見掛けたら声掛けますね。」
霞がそう言うと、翔太と一緒にペコリと頭を下げて、鵺野医師の前から離れて行った。
鵺野医師は、遠ざかっていく二人を見つめながら、力が抜けるようにフーッと息を吐いた。
二人が角を曲がって視界から消えると、鵺野医師はクルリと後ろに振り向いた。
すると、視界にこちらを見つめる日比野医師が飛び込んできた。
「…あれ、日比野、何してんだ?」
鵺野医師は、自分が泣いているところを見られたのかと、慌ててまた目を拭った。
「ちょっと、鵺野先生に聞きたいことがあって…。」
「…何だよ、日比野らしくない暗い顔して。そっち行くか?」
鵺野医師は、反対側にあるイーティングエリアを指差して言った。
二人がイーティングエリアに向かって歩いていると、対面から嬉野医師がこちらに向かって歩いてきている姿が目に入った。
二人の姿を見た嬉野医師は、ハッとして立ち止まった。
「嬉野くん、こんちは。どうしたの、急に固まっちゃって。」
嬉野医師は、鵺野医師の質問にどう答えようかと考えていたが、鵺野医師の背後にいる日比野医師の鋭い視線を感じ、ヒヤリとした。
「な、何でもないです!」
足早に去っていった嬉野医師を、鵺野医師は首を傾げて見つめていた。
日比野医師は、空気を変えるため鵺野医師に話し掛けた。
「鵺野先生、急にすみません。実は、片野先生に、鵺野先生に話を聞いてみたらと言われたもので…。」
「片野先生に?…あ、あぁなるほど。日比野、お前もぶち当たったのか?」
「ぶち当たった?」
「壁だよ、壁。…命について患者と医師と考え方が違うっていう大きな壁だ。」
日比野医師は、コクンと頷いた。
イーティングエリアに着いた二人は、自由に飲める給茶機のお茶を紙コップに入れて、席に着いた。
「さっきの夫婦見たか?あの二人が、俺の壁だったんだ。」
鵺野医師はそのまま、事の顛末を説明し、終わるとお茶を一口啜った。
「…それは、私の話よりも重いかも…。」
神妙な面持ちの日比野医師に、鵺野医師は微笑みながら話した。
「でも、さっき二人が俺を心配して来てくれた。自分たちは後悔はしていない、先生にはツラい思いをさせてしまってすまなかったって。…本当にツラいのは、あの二人のはずなのに…医師が患者に気を遣わせるなんて、本当に情けねぇ話だよな…。」
少し目を潤わせながら話す鵺野医師に、日比野医師は首を横に振って答えた。
「そんなことないですよ。私が鵺野先生の立場だったらって考えると…どうなってたのか想像もつきません。」
「…日比野は?」
鵺野医師の質問に、日比野医師は神谷あずさの件を話した。
「ALSか…。可哀相に。年頃の子にはツラすぎる話だな。…日比野、その子と関わったのは、お前の運命なんだよ。俺も遠藤さんの担当になったのは運命だと思ってる。自分が医師として成長するために、神様が出会わせてくれたんだ。」
「…運命…ですか。」
「医師は一生勉強…、片野先生が言ってた。俺も医師になった時からその言葉は思い描いていたが、いつの間にか目の前で産まれてくる子だけに必死になって、いつしか頭の隅っこに追いやっていたよ。…それを遠藤さんに出会って、また初心に帰れた感じだ。医師ってのはさ、技術を身に付けることも簡単じゃないが、技術だけじゃダメなんだ、患者の…人の心まで理解をしてやらないとな。」
「えぇ。あずささんの件は正にそれです。…でも、鵺野先生の話を聞いて、自分も最後は鵺野先生みたいに、成長するための運命の出会いだったんだって。そう思えたら素晴らしいなって思いました。」
「…お互い、頑張ろうな。一生勉強の医師に先輩後輩なんてない。ずっと同じ学び舎にいる同僚だ。相談事があったら、何でも相談してこいよ。…すまん、回診の時間だ、またな!」
鵺野医師はそう言って立ち上がると、「じゃあな」というジェスチャーをして、足早に去っていった。
「…じゃ、私も戻りますかね。」
日比野医師は、残っていたお茶を一気に飲み干した。
紙コップをゴミ箱に入れに行くと、目の前の壁に鏡が掛かっていた。
何だかスッキリした表情をしている自分を見て、ニッコリと微笑んでみせた。
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