最期の時間(とき)

雨木良

文字の大きさ
39 / 56

神谷 あずさ 4

しおりを挟む
退院したあずさは、それから二日間自分の部屋からほぼ出ることはなく、母親が心配して声を掛けても、「大丈夫。」と返すだけだった。

あずさの家は母子家庭であり、母親は昼間は仕事があるため、祖母と二人きりとなる。しかし、足腰の悪い祖母は階段を上ることがツラく、中々二階のあずさの部屋を訪ねることが出来なかった。

仕事から帰ってきた母親は、祖母から今日もあずさの姿を見ていないと言われ、再びあずさの部屋の扉の前にいた。

コンコン。

「…なに?」

母親のノックに対し、素っ気ない返事で答えるあずさ。

「…いい加減、顔見せなさい。昨日も私達が眠ってる夜中にお風呂に入ったんでしょ?おばあちゃんも心配してるのよ。」

「大丈夫だから。」

「大丈夫大丈夫って、だいたい…。」
「大丈夫だから!!」

母親の言葉を打ち消すように大声を上げたあずさに母親は少し戦いた。階段の下では、祖母が心配そうに二階を見上げていた。

「…あずさ、何が不安なの?」

「…別に…。」

「じゃあ、そこから出てきてよ。」

「…大丈夫…だから。」

「あずさぁぁぁ!」

母親は、ドアノブを捻ったが、中から鍵が掛かっており開けることが出来なかった。母親はどうにも出来ない自分が情けなく感じ、悲しくなり、扉の前で崩れるよいに座り込んだ。

一方、部屋の中では、扉の向こうで母親のすすり泣く声が聞こえていた。

あずさは本当はすぐに部屋を出て、母親に抱きつきたかった。しかし、その勇気が無かったのだ。

その理由は、あずさが握りしめているアルモノだった。あずさはそれを握りしめ、ベッドの上で壁を背に、くるまるように座っていた。

ブーッ、ブーッ。

すぐ脇に置いてあるスマホのバイブが鳴った。ふと目線を向けると着信が来ており、画面に表示されている名前を見て、あずさはすぐにスマホを手に取り、電話に出た。

「…あ、あずさ…?」

「…うん。…わたし…だよ。」

「良かった、電話に出てくれて。…体調…どうなんだ?何か…元気無さそうな声だけど。何かさ、一か月前くらいから、ずっと調子悪そうだから…大丈夫か?」

「うん、ただの…風邪が長引いてる感じかな。…そっちはどう?」

「うん、俺は大丈夫だよ。でも、まだこっちの生活には慣れなくてな。…早くあずさに会いたいよ。もう一か月半以上会ってないだろ?」

「…しょうがないよ、拓海(たくみ)くんが転勤になっちゃったんだから。…落ち着くまで待ってるから。」

「あぁ、ありがとう。…浮気すんなよぉ。」

「プッ、ばか。…そっちもね。」

「おっと、行かないと。じゃあまた連絡入れるね、じゃね。…あ、風邪早く治せよ、お大事に。」

「…うん、ありがと。またね…。」

あずさは通話が切れると、ポンッとスマホをベッドに投げ置いた。

「…ごめん、まだあなたに真実を言う勇気が無い…。」

あずさはスマホを眺めながら呟いた。



「由美子(ゆみこ)やぁ、大丈夫かい?」

母親の由美子の声が聞こえなくなり、心配になった祖母が階段下から問い掛けた。

由美子は、祖母を心配させないために、スッと立ち上がり、涙を拭って階段を下りていった。

「…大丈夫よ、あずさは元気そう。」

「姿は見たのかい?」

由美子は首を横に振った。

「でも、あの子は大丈夫。今、病気と闘っているのよ。私達がしっかりと支えてあげないと。」

由美子はそう言って、台所へと向かった。祖母は、静かに二階を見上げた。



あずさはスマホを手に取り、メッセージアプリを開き、拓海にメッセージを送ろうとゆっくりと文字を打った。

『さっきはありがとう。わたし、拓海くんに話さないといけないことが2つあるの。ちゃんと話さないといけないことなの。時間があるときに電話をください。』

あずさは打ち終わった画面を見つめ、送って良いかどうか、葛藤と闘っていた。これを送ることで、真実を拓海に話さなければいけなくなり、その真実を拓海が受け入れられなければ、二人の関係は終わりを告げることになる。

あずさは、拓海を愛していた。歳の差のカップルであり、世の中的には受け入れて貰えない形の関係であることは理解した上でも、拓海の存在があずさにとって、とても大きなものだった。

だから、あずさは一度自ら命を絶つ決意もした。リストカットをしたことは拓海にはまだ知らせていない。

ALSという病気であると告白したら拓海が自分の前から消えてしまう、そう考えている内に、そんなツラい思いをするくらいならと、自ら命を絶つことを選んでいた。

由美子や片野医師、日比野医師らの優しさによって、少しは心が和らぎ、退院してからは、拓海に告白しなければという思いをずっと抱いていた。

思い立っては、メッセージを打ち、送信ボタンを押せずに消去、また思い立っては、メッセージを打ち、送信ボタンを押せずに消去、それをこの二日間繰り返していた。

何度めとなるか、あずさ自身も分かっていないが、再びメッセージを打ち終わり、送信ボタンのアイコン上の宙に指を止めた。

あずさは、由美子が涙を流してまで今の自分を心配してくれていることに申し訳なく感じていた。もうこれ以上考え続けていても、母をはじめとする周りを困らせるだけだと気が付いたのだ。

「ふぅーっ。」

あずさは、大きな深呼吸をすると、目をギュッと瞑り、送信ボタンを押した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

【完結】仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

処理中です...