最期の時間(とき)

雨木良

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榊 祐太郎 13

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「とりあえず、こっちへ。」

生駒が床に座り込むゆかりを立たせて、すぐ脇の長椅子に座らせた。

「母さん、どうしたんだ?」

幸二が隣に座り、項垂れるゆかりの顔を覗き込みながら聞いた。すると、ゆかりが顔を上げ、何かを話そうとしたと同時に、片野医師が二人に向かって、深々と頭を下げた。

「…申し訳ございませんでした。」

幸二は慌てて、頭を上げるように促したが、片野医師は頭を下げたまま動かなかった。

「先生!?」

遠目で見ていた日比野医師が片野医師に駆け寄った。

「片野先生、頭を上げてください。榊くんは、先生が頭を下げることなんて望んでないですよ。」

紗希の言葉に片野医師がゆっくり頭を上げた。

紗希は、片野医師に近づきながら続けた。

「北海道旅行の時、榊くんは先生の話をしてました。本当は余命1ヶ月の患者に、北海道旅行の許可なんて出さないのが組織としてのルールなんじゃないか、それでも片野先生は自分の気持ちに寄り添い、ルールを破って許可を出してくれたんだと思うって。」

紗希の言葉に、ゆかりは立ち上がり、紗希に向かって歩き出すと、正面で立ち止まった。

「…あんたもよ…。」

「え?」

ぼそりと呟くゆかりに、紗希が聞き返した。

「あんたもよ!!祐太郎が北海道に行ったのはあんたのせいもあんのよ!」

急に凄い剣幕で怒鳴りだすゆかりに、紗希は後退りした。

「やめなさいよ!」
「お母さん、落ち着いて!」

幸二と生駒が、ゆかりの腕を掴んで落ち着かせようとするが、ゆかりは腕を激しく揺さぶり、二人の手を払い除けた。

「うるっさいのよ!祐太郎が死んだらどうすんのよ!祐太郎が……うぅ…。」

その場で泣き崩れたゆかりに、日比野医師が近付き、ゆかりの腕を掴むと、力付くで立たせた。

「日比野先生!?」

日比野医師の行動に、片野医師が慌てた表情を浮かべた。

「大丈夫ですよ、私は冷静なんで。…お母さん、一緒に来てください。」

日比野医師は、ゆかりの腕を引っ張り、処置室の中へと入っていった。

「日比野先生!?」

突然開いた扉と、勢いよく入ってきた日比野医師に、中にいた嬉野医師らは驚いた表情を浮かべ、その迫力に、祐太郎の周りからさっと離れ、日比野医師に進路を譲った。

日比野医師は、祐太郎の前に立つと、掴んでいたゆかりの腕から手を離した。

「見てください。祐太郎さんは今安定してます。安定して眠っています。」

「…………。」

ゆかりは、祐太郎の寝顔を見つめたまま、言葉が出なかった。

「…この寝顔は、後悔している方の寝顔ですか?満足している寝顔ですよ。」

「…本当だな。」

二人の後に着いてきた幸二が呟いた。ゆかりは幸二の声に振り返り、幸二の目を見つめた。

「先生の言うとおりだ。良かったんだよ、北海道に旅行に行けて。片野先生や、紗希さんに支えられて祐太郎は生きてるんだ。…俺たちも絶望するばかりじゃなく、しっかりと祐太郎を支えてやらんとな…。」

幸二の言葉に、ゆかりはもう一度祐太郎の顔を眺め、優しく頬を撫でた。そして、優しく語りかけた。

「…お母さん、あなたが居なくなることをどうしても受け入れられないの…。あなたを北海道に送り出した後、ずっと後悔してた、もうあなたに会えない気がして…。…でも、また会えた…うぅ…ちゃんと帰って来てくれたのね…。」

日比野医師はそっとゆかりの肩を掴み、ゆっくりと祐太郎から離した。

「病室に移動します。準備しますので、外でお待ちください。」

幸二がゆかりの肩を抱きながら、二人はゆっくりと処置室の外へ出ていった。

日比野医師は、扉が閉まると、ふぅーっと大きなため息をついた。

「…日比野先生?」

疲れ切った表情を浮かべる日比野医師を心配して嬉野医師が声を掛けた。

「…大丈夫よ、ありがとう。…良かった、上手くいって…。」

日比野医師はそう答えると、祐太郎に振り向き、顔を見下ろしながら語りかけた。

「あなたはまだまだ死ねないわよね?やりたいことちゃんと全部やって、あなた自身だけじゃなく、周りの人も満足させてあげなさい。…あなたならできるわ。…だから、まだ絶対に死ぬんじゃないわよ!」

「日比野先生、本当に大丈夫…。」
「じゃ、榊さんの病室への移動は任せたわ。何かあったら呼んで!」

日比野医師は、嬉野医師の言葉を遮りながら言い放つと、処置室から出ていった。

日比野医師が処置室から出ると、目の前には紗希と片野医師に頭を下げている、ゆかりの姿が目に入った。

頭を上げるように促す片野医師の横に立つ紗希と目が合った日比野医師は、ニコリと微笑むと、廊下に出て曲がり角を曲がって姿を消した。


「ふぅ、何だか疲れましたね…。」

祐太郎の病室で、片野医師が椅子に腰掛けながら、眠っている祐太郎に話し掛けた。

あれから二時間後、祐太郎の容態が安定し安堵すると、紗希と生駒は一旦帰宅し、両親は祐太郎の着替え等、入院に必要な物を取りに家に一時帰宅していた。 

コンコン。

ノックとともに、扉がスーッと開き、日比野医師が病室に入ってきた。

「日比野先生、先程はありがとうございました。お礼を言いたかったのですが、ずっとお姿が見えなかったもので。」

「いえ、私は何も。…気が付いたら身体が勝手に動いてました。」

日比野医師は、壁に立て掛けてあるパイプ椅子を片野医師の隣に広げ、腰を下ろした。 

「何か、祐太郎さん本人は必死に後悔のないように今を生きているんだろうって考えたら、母親の言動が許せなくて…。でも、一歩間違えてたら暴力扱いで警察沙汰だったかもしれませんよね…すみませんでした。」

「暴力だなんて、そんなこと誰も思ってませんよ。まぁ、母親の気持ちも理解できます…自分の最愛の子の死なんて、そう簡単に受け入れられるわけではないですし、そのツラさをぶつける先なんて無いですからね…。」

「…そうですね。」

「ん…ぅ…。」

二人が話している中、祐太郎の表情に変化が起きた。

「榊さん!?」

「…う、う…あれ、ここは…。」

祐太郎は、見慣れない天井を見つめながら呟いた。
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