最期の時間(とき)

雨木良

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神谷 あずさ 7

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由美子と手を繋ぎながら帰宅したあずさ。玄関を開けると、満面の笑みの祖母が立っていた。祖母は、由美子があずさを追い掛けて出ていってから、ずっと玄関の前で待っていた。

「お帰り、あずさ。」

「…ただいま、おばあちゃん。」

その時、ポケットに入れていたスマホが震えた。

拓海からだと思ったあずさは、電話が来たことを告げて、二階の自分の部屋に向かって階段を上っていった。

「お疲れさん。やりゃあできるじゃないか。」

「…怖かったわ。」

由美子はそう言って、玄関に座り込んだ。祖母は、疲れきった由美子を見つめて微笑んだ。


「もしもし。」

「あ、俺。ごめんごめん、仕事今終わってさ。取引先に急に呼び出されたもんだから焦っちゃったよ。…あ、で何かあったの?」

「…あ…うん。」

「何なに?元気ないじゃん。風邪悪化しちゃったのか?」

「…風邪じゃ……ないの…。」

「…え?」

「前に病院行った時の診断、風邪じゃなかったの…。」

「…じゃあ、何だったんだ?」

「…その…ALSっていう難病なんだって…私…。」

「………え?ちょ、ちょっと待って。ごめん、エーエルエスってのを知らなくて…どんな病気なんだ?難病…って言ってた?」

「う、うん。全身のね、筋肉が衰えていって……その…最後は…心臓も動かせなくなっちゃうんだって…。」

「………治るのか?」

「今の医学じゃ無理なんだってさ。」

あずさは、あえて明るく答えた。

「…嘘…だと思いたいんだけど…ははっ、マジな話なんだよな?」

「…ごめんね。」

「…そっか、いや、あずさが謝る話じゃない。…まだしばらくはそっちには戻れなそうなんだ。…ほんとは、今すぐ会って抱き締めてやりたいんだけど。」

「うぅん、大丈夫よ。拓海くんの声を聞けただけで。ありがとう。…あとね…。」

「………。」

電話の向こうの拓海は、これ以上何があるのかと身を構えるように、唾を呑み込んだ。

「…この病気が判明する前にしたやつで…出来たみたいなの…。」

「…出来たって?…え?」

「…赤ちゃん。」

「…………え?」

拓海は頭がパニック状態で、上手く言葉が出てこなかった。

「一昨日、分かったの。検査薬使ったら陽性だった…。」

「…そうか。…いや、なんつーか、そうなんだ。…えっと…その…。」

「拓海くん、私…。」
「堕ろすんだよな?」

二人の言葉が重なった。しかし、あずさは拓海の言葉が突き刺さるように聞こえ、そのままスマホを耳から話した。

「…あ…さ。お…聞こ…るか…。あず…。」

微かにスマホから漏れ聞こえる拓海の声。

あずさはそのまま通話を切断した。

すると、すぐに拓海からの着信が来たが、あずさは画面を見ることなく、スマホの電源を落とし、壁に投げつけた。


一階では、あずさの部屋から聞こえた物音に祖母が首を傾げた。

「…あずさ、大丈夫かねぇ。」

「何か落としただけよ。…それより、これからのあずさのこと色々考えないとね。」

由美子は夕食を食卓に運びながら話しを続けた。

「このまま病気が進行してしまったら、階段上るのも難しいでしょうから下に部屋を作ってやらないと。それと…直近で言えば…。」

「お腹の赤子だろ?」

由美子は頷いた。

「まぁ、本人はまだ深くは考えていない状況じゃろ。子どもを産むことがどれだけ大変かをしっかり説いてやって、それでも産む気持ちがあるなら、私らで支えてやるほかねぇべぇな。」

「そんな簡単な…そもそも相手もわかってないんだから。16歳の子を妊娠させるような人間よ、多分同じ高校の生徒だと思うけど…どう話を付けていけば良いのか…。」

「ま、それはあずさに聞くしかねぇべぇな。…とりあえず夕飯食うべ。あずさ呼んでくるわ。」

祖母はそう言うと、階段下からあずさの名前を呼んだ。



一方、総合病院では、片野医師が帰宅の準備のため、ロッカールームで着替えていると、部屋の扉が開き、誰かが入ってきた。

「あ、お疲れ様です。」

嬉野医師だった。

「お疲れ様。これからですか?」

「えぇ、夜勤ですよ。日比野先生と一緒です。」

「今日は患者さん少ないといいですね。」

「えぇ、本当に。では、お先に失礼します。」

嬉野医師が出ていった後、片野医師はロッカーの扉の内側に付いている鏡を見つめた。

「…最近、私も疲れてるんですかねぇ。」

鏡の中の自分の顔色を見て、ぼそりと呟いた。


この数時間後、祐太郎が救急で運ばれてくるとは、まだ誰も予想していなかった。
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