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神谷 あずさ 8
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三日後の朝一番の診察の時間に、あずさは母親とともに鵺野医師を訪れた。
「いらっしゃい。」
「この前はありがとうございました。」
あずさが頭を下げると、母親の由美子も頭を下げた。
「話は娘から伺いました。先生に偶然お会いしたのは運命だと感じました。娘をよろしくお願いいたします。」
鵺野医師は二人を椅子に腰掛けるように促した。
「…まず、ALSの進行具合ですが、ご本人としてはどうですか?」
「まだ、大きな自覚はないです。時々手足の痺れがありますが。」
「そうですか。じゃあとりあえず、お腹を見ようかな。」
鵺野医師は、あずさを寝台に寝かせると、エコーの機械を使って、お腹の中の胎児をモニター画面に映した。
「画面見れますか?」
鵺野医師の言葉に、二人はモニター画面に目を向けた。
白黒で、素人には何がなんだかわからない画面に、あずさは首を傾げた。
「ここだよ。」
鵺野医師が画面を指差した。
「これが赤ちゃん。7週目くらいだから、まだまだ小さいけど、頑張って生きてるよ。動いてるでしょ?」
そう言われると、赤ちゃんのような形に見える物体の中で、液体のようなものが流れているのがわかった。
「血液…心臓…動いてる。…凄い。」
あずさは無意識に呟いた。
そして、自然と涙が出てきた。自分の中に、小さな命が宿っている。
何て言ったらよいか、言葉が出てこなかったが、本当に赤ちゃんが自分の中にいるのだと実感した。
「…産みたい。」
あずさが鵺野医師の目を見て呟いた。鵺野医師は、真っ直ぐあずさの目を見つめて答えた。
「命が掛かっている問題だ、綺麗事は無しにするよ。…君の身体はこれからどうなっていくか正直わからない。仮に赤ちゃんが産まれても、それと引き換えに君が命を落とすかもしれない。残された赤ちゃんやお母さんは不安な日々を送ることになるかもしれない。…勿論、悪いことばかりじゃないが、最悪なケースを想定しておくことは必要だよ。」
ストレートな鵺野医師の発言。あずさの反応を心配した由美子が、あずさの肩に優しく手を置いた。
「あずさ、お母さんはあなたの意思に従うつもりよ。あなたの人生だもの、後悔しないようにしなさい。」
「…お母さん。」
「父親の人はどう考えてるんだい?」
鵺野医師の問い掛けに、あずさは下を向いた。
拓海とは、あの日以来連絡を取っていなかった。もっとも、拓海からは連絡が来ている。しかし、あずさはメッセージアプリをブロックし、電話も着信拒否に設定していたのだ。
あずさは拓海が嫌いになったわけではない。ただ拓海にお腹の子どもの存在を否定されることがツラかったのだ。
うつ向いたまま何も語らないあずさを見て、鵺野医師は優しく話し掛けた。
「…今は無理に話さなくていい。わたしでも、お母さんでも、自分が話したい時に、自分が話したいと思った相手に相談すればいいんだ。絶対ダメなことは、自分一人で抱え込むことだよ。お腹の中の胎児にもストレスは悪影響だからね。」
あずさは項垂れたまま頷いた。
「…先生、この娘が無事に赤ちゃんを産める確率はどれくらいなんでしょうか?この娘の意思を尊重したいとは申しましたが、やっぱり…赤ちゃんとこの娘の命を引き換えに…なんてことにはなってほしくはないんです。」
心配そうに問い掛ける由美子に、鵺野医師はハッキリとした口調で答えた。
「…確率は未知です。少なくとも、今後のあずささんの病気の進行具合によっては、健常者よりもその可能性はグンと増すと思います。」
「…そう…ですか。……あずさ、本当によく考えなさい。お母さんもまだその子の父親の話は聞いてないんだから。」
コンコン。
診察室の扉が開いた。
「先生、神谷さんのご家族の方が来られまして。」
看護師の言葉に、あずさと由美子は首を傾げた。その様子を見て、看護師は不思議そうに続けた。
「あ、あの、赤ちゃんの父親だと名乗る方なんですけど…。」
看護師の言葉とともに、扉から拓海が顔を出した。
「た、拓海くん!?」
あずさは驚いて立ち上がった。しかし、あずさ以上に、鵺野医師と由美子は驚いた表情を浮かべた。
二人はてっきり、相手は同じ高校生だと思い込んでいたのだ。
目の前に現れた男性は、スーツを着こなし、少なくとも新社会人以上の年齢に見えた。
「…あ、あずさ、この人が父親って…本当なの?」
由美子はあずさに問い掛けた。すると、拓海が診察室に入り、由美子の前で頭を下げた。
「…はじめまして、小澤(おざわ)拓海と申します。この度は、お騒がせして大変申し訳ありません。」
由美子はすっと立ち上がった。拓海が頭を上げると、由美子は拓海を睨み付け、思いっきり頬を平手打ちした。
不意をついた攻撃と威力により、全く身構えていなかった拓海は、そのまま鵺野医師の机に叩きつけられるようにして倒れこんだ。
「お母さん!!」
あずさは慌てて由美子の手を掴んだ。鵺野医師は、倒れた拓海に肩を貸し、ゆっくりと立たせた。
「私はてっきり子ども同士の未熟な経験で、こうなってしまったと思ってた。でも、あんた社会人でしょ?成人迎えてる大人でしょ!?うちの大切な娘に何してくれてんのよ!まだ16歳よ!!」
興奮気味の由美子に、拓海はまた頭を深く下げた。
「頭下げたって…。」
「お母さん、もうやめて!」
また手をあげそうになった由美子の腕を、あずさは力強く握った。
「お母さん!私がいけないの!拓海さんとこんな関係になったのは、私からだったんだから!」
「あずさは黙ってなさい!仮にあなたから近づいたとしても、それをしっかりと諭すのが大人の役目でしょ!…あんた、どう責任とんのよ!」
由美子の言葉に、拓海はゆっくりと頭を上げ、由美子の目を真っ直ぐ見つめた。
「あずささんと結婚させてください。」
予想外の言葉に、由美子だけじゃなく、あずさも固まった。
「いらっしゃい。」
「この前はありがとうございました。」
あずさが頭を下げると、母親の由美子も頭を下げた。
「話は娘から伺いました。先生に偶然お会いしたのは運命だと感じました。娘をよろしくお願いいたします。」
鵺野医師は二人を椅子に腰掛けるように促した。
「…まず、ALSの進行具合ですが、ご本人としてはどうですか?」
「まだ、大きな自覚はないです。時々手足の痺れがありますが。」
「そうですか。じゃあとりあえず、お腹を見ようかな。」
鵺野医師は、あずさを寝台に寝かせると、エコーの機械を使って、お腹の中の胎児をモニター画面に映した。
「画面見れますか?」
鵺野医師の言葉に、二人はモニター画面に目を向けた。
白黒で、素人には何がなんだかわからない画面に、あずさは首を傾げた。
「ここだよ。」
鵺野医師が画面を指差した。
「これが赤ちゃん。7週目くらいだから、まだまだ小さいけど、頑張って生きてるよ。動いてるでしょ?」
そう言われると、赤ちゃんのような形に見える物体の中で、液体のようなものが流れているのがわかった。
「血液…心臓…動いてる。…凄い。」
あずさは無意識に呟いた。
そして、自然と涙が出てきた。自分の中に、小さな命が宿っている。
何て言ったらよいか、言葉が出てこなかったが、本当に赤ちゃんが自分の中にいるのだと実感した。
「…産みたい。」
あずさが鵺野医師の目を見て呟いた。鵺野医師は、真っ直ぐあずさの目を見つめて答えた。
「命が掛かっている問題だ、綺麗事は無しにするよ。…君の身体はこれからどうなっていくか正直わからない。仮に赤ちゃんが産まれても、それと引き換えに君が命を落とすかもしれない。残された赤ちゃんやお母さんは不安な日々を送ることになるかもしれない。…勿論、悪いことばかりじゃないが、最悪なケースを想定しておくことは必要だよ。」
ストレートな鵺野医師の発言。あずさの反応を心配した由美子が、あずさの肩に優しく手を置いた。
「あずさ、お母さんはあなたの意思に従うつもりよ。あなたの人生だもの、後悔しないようにしなさい。」
「…お母さん。」
「父親の人はどう考えてるんだい?」
鵺野医師の問い掛けに、あずさは下を向いた。
拓海とは、あの日以来連絡を取っていなかった。もっとも、拓海からは連絡が来ている。しかし、あずさはメッセージアプリをブロックし、電話も着信拒否に設定していたのだ。
あずさは拓海が嫌いになったわけではない。ただ拓海にお腹の子どもの存在を否定されることがツラかったのだ。
うつ向いたまま何も語らないあずさを見て、鵺野医師は優しく話し掛けた。
「…今は無理に話さなくていい。わたしでも、お母さんでも、自分が話したい時に、自分が話したいと思った相手に相談すればいいんだ。絶対ダメなことは、自分一人で抱え込むことだよ。お腹の中の胎児にもストレスは悪影響だからね。」
あずさは項垂れたまま頷いた。
「…先生、この娘が無事に赤ちゃんを産める確率はどれくらいなんでしょうか?この娘の意思を尊重したいとは申しましたが、やっぱり…赤ちゃんとこの娘の命を引き換えに…なんてことにはなってほしくはないんです。」
心配そうに問い掛ける由美子に、鵺野医師はハッキリとした口調で答えた。
「…確率は未知です。少なくとも、今後のあずささんの病気の進行具合によっては、健常者よりもその可能性はグンと増すと思います。」
「…そう…ですか。……あずさ、本当によく考えなさい。お母さんもまだその子の父親の話は聞いてないんだから。」
コンコン。
診察室の扉が開いた。
「先生、神谷さんのご家族の方が来られまして。」
看護師の言葉に、あずさと由美子は首を傾げた。その様子を見て、看護師は不思議そうに続けた。
「あ、あの、赤ちゃんの父親だと名乗る方なんですけど…。」
看護師の言葉とともに、扉から拓海が顔を出した。
「た、拓海くん!?」
あずさは驚いて立ち上がった。しかし、あずさ以上に、鵺野医師と由美子は驚いた表情を浮かべた。
二人はてっきり、相手は同じ高校生だと思い込んでいたのだ。
目の前に現れた男性は、スーツを着こなし、少なくとも新社会人以上の年齢に見えた。
「…あ、あずさ、この人が父親って…本当なの?」
由美子はあずさに問い掛けた。すると、拓海が診察室に入り、由美子の前で頭を下げた。
「…はじめまして、小澤(おざわ)拓海と申します。この度は、お騒がせして大変申し訳ありません。」
由美子はすっと立ち上がった。拓海が頭を上げると、由美子は拓海を睨み付け、思いっきり頬を平手打ちした。
不意をついた攻撃と威力により、全く身構えていなかった拓海は、そのまま鵺野医師の机に叩きつけられるようにして倒れこんだ。
「お母さん!!」
あずさは慌てて由美子の手を掴んだ。鵺野医師は、倒れた拓海に肩を貸し、ゆっくりと立たせた。
「私はてっきり子ども同士の未熟な経験で、こうなってしまったと思ってた。でも、あんた社会人でしょ?成人迎えてる大人でしょ!?うちの大切な娘に何してくれてんのよ!まだ16歳よ!!」
興奮気味の由美子に、拓海はまた頭を深く下げた。
「頭下げたって…。」
「お母さん、もうやめて!」
また手をあげそうになった由美子の腕を、あずさは力強く握った。
「お母さん!私がいけないの!拓海さんとこんな関係になったのは、私からだったんだから!」
「あずさは黙ってなさい!仮にあなたから近づいたとしても、それをしっかりと諭すのが大人の役目でしょ!…あんた、どう責任とんのよ!」
由美子の言葉に、拓海はゆっくりと頭を上げ、由美子の目を真っ直ぐ見つめた。
「あずささんと結婚させてください。」
予想外の言葉に、由美子だけじゃなく、あずさも固まった。
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