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「普通」の定義
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「聞きましたよ、鵺野先生。」
廊下で背後から声を掛けられた鵺野医師は歩みを止めて振り返った。
「片野先生。…神谷さんの話ですか?情報がお早いですね。」
「えぇ、今日神谷さんが来院されるのは知ってましたから気になってまして。さっき、診察室訪れたら先生いらっしゃらなかったんで、弓削(ゆげ)看護師にお聞きしました。」
「後でご報告に行くつもりではいたんですが、わざわざすみません。弓削からはどこまでを?」
「父親が25歳の社会人ということと、険悪な雰囲気のまま、あずささんのお母さんが診察室を飛び出してしまったというところまでです。」
「…それ全部です。」
鵺野医師は苦笑いを浮かべた。
「話を伺って、私も驚きましたよ。まさか、25歳の方とは…。今の世の中、16歳での結婚が認められてるとはいえ、未成年者との関係には周りの目は厳しいでしょうし。」
「…そうですよね。お母さんとは初対面だったようですし。お母さんが出ていった後の二人の困り顔が印象に残ってしまっていて…。」
「家庭の事情までは、医師は中々関与できないですからね。ただ、お腹の子どもに対する影響だけは、常に念頭に置いておかないといけないですね。」
「…はい。また、相談に乗っていただけたら嬉しいです。よろしくお願いします。」
鵺野医師は、そう言って頭を下げると、診察室に向かって歩き出した。
病院の外のベンチでは、あずさと拓海が途方に暮れていた。
「…ごめんな、来るタイミング間違えたよな。」
「…いつかは、言わなくちゃいけなかったし。仮に、始めから拓海くんをお母さんに紹介してたら、付き合うこと自体お母さん許してくれなかったと思う。」
「…実家に行ったらさ、おばあちゃんが居て、あずさは母親と病院だよって教えてくれて…。病院って言葉に、あずさの病気のこととか、子どもができたって話が頭の中で膨らんじゃって…居てもたってもいられなくて…それで…。」
「うぅん、ありがとう。…プロポーズも嬉しかったよ。ただ、お母さんに言う前に、まず私に面と向かって言って欲しかったけどね。」
あずさは微笑みながら言った。
「…結婚したいよ、あずさと。」
「でも、私は長くは生きられないし…。」
「長さは関係ないよ。二人だけの時間を君と過ごしたいんだ。」
「…うぅ…でも、私普通の身体じゃないし…普通のお嫁さんみたいに拓海くんを支えられな…。」
「普通って何?」
あずさの言葉を遮るように話し出した拓海の言葉に、あずさはキョトンとした表情を浮かべた。
「普通ってさ、俺はあずさとただ一緒に居れれば、それだけでいいんだよ。ただ一緒に居るだけ、それが俺とあずさの“普通”になれればいいんじゃないかな?」
「…ありがとう。…うぅ…本当に嬉しい。」
拓海はあずさを優しく抱き寄せた。
「…でも、拓海くんはしばらく名古屋でしょ?」
「…あ…いや、その…辞めて…きちゃった…会社…。」
「……………え!?」
「鵺野先生!」
また廊下を歩いていると、背後から声を掛けられ、鵺野医師は振り返った。
「日比野。お疲れさん。どうしたんだ?」
「遠目で姿見つけたんですけど、何か元気無さそうだったんで!」
「…ニコニコしながら言うセリフかねぇ。」
「で、何かあったんですか?」
鵺野医師は、何かアドバイスを貰おうと、あずさの件について概略を日比野医師に伝えた。
「なるほど。それは結構複雑な問題ですね。16歳でALSと診断され、自殺未遂、子どもの妊娠…か。何ていうか、私だったらって思うと、凄い人生ですよね。」
「…あぁ、普通の人生じゃないよなぁ。」
日比野医師に同調を求めるように話した鵺野医師だったが、日比野医師は無言でキョトンとした表情を浮かべていた。
「…何?」
「あ、いや…普通って、普通の人生って何なんだろうって、率直に思っちゃいまして。」
「…“普通”か。自分で言っといてなんだが、普通の定義なんて人それぞれだからなぁ。周りからみたら、俺たちだって普通の人生じゃないかもしれないしな。」
「それに、普通イコール幸せってわけでもないですよ。私は…幸せ…なのかなぁ、今の人生。まぁ、刺激に溢れてますからね!そういった意味では楽しい日々で幸せですかね。鵺野先生はどうですか?」
鵺野医師は、幸せについて真剣に考えてみた。そしてそれは主語によって違う答えになると思った。
医師とした自分を主語にすれば、日比野医師が言ったとおり毎日刺激に溢れている、やりがいのある仕事ができて幸せだろうと思った。
でも、仕事を取っ払った自分を主語にすると、何にも残らないことに気が付き、幸せという言葉には行き着かないかもしれないと、鵺野医師は考えていた。
「…鵺野先生?」
日比野医師が顔を下から覗かせた。
「うわっ、…ごめんごめん。何か真剣に考えちまったわ。」
「真面目ですね、相変わらず。…話戻しますけど、神谷あずささんの件は、女性ならではの悩みもあるかもしれませんし、私で良ければいつでも相談に乗りますから!」
「ありがとう。…何か、最近の日比野は変わったな。」
日比野医師は首を傾げた。
「昔は目の前の命だけに必死になってる感じがしてた。まぁ、それは医師として間違った話じゃないんだが。なんつーか、最近の日比野は、患者の心だとか背景とか、視野が広くなった感じがするな。」
「もしかして、私誉められてます?」
「…調子にのるな。…でもまぁ認める!医師として確実に成長してるよ、日比野は。俺も見習わないとな。」
鵺野はそう言うと、手を振りながら診察室に向かって歩き出した。
遠ざかっていく鵺野医師の姿を、日比野医師はニヤけながら、ぼーっと眺めていた。
廊下で背後から声を掛けられた鵺野医師は歩みを止めて振り返った。
「片野先生。…神谷さんの話ですか?情報がお早いですね。」
「えぇ、今日神谷さんが来院されるのは知ってましたから気になってまして。さっき、診察室訪れたら先生いらっしゃらなかったんで、弓削(ゆげ)看護師にお聞きしました。」
「後でご報告に行くつもりではいたんですが、わざわざすみません。弓削からはどこまでを?」
「父親が25歳の社会人ということと、険悪な雰囲気のまま、あずささんのお母さんが診察室を飛び出してしまったというところまでです。」
「…それ全部です。」
鵺野医師は苦笑いを浮かべた。
「話を伺って、私も驚きましたよ。まさか、25歳の方とは…。今の世の中、16歳での結婚が認められてるとはいえ、未成年者との関係には周りの目は厳しいでしょうし。」
「…そうですよね。お母さんとは初対面だったようですし。お母さんが出ていった後の二人の困り顔が印象に残ってしまっていて…。」
「家庭の事情までは、医師は中々関与できないですからね。ただ、お腹の子どもに対する影響だけは、常に念頭に置いておかないといけないですね。」
「…はい。また、相談に乗っていただけたら嬉しいです。よろしくお願いします。」
鵺野医師は、そう言って頭を下げると、診察室に向かって歩き出した。
病院の外のベンチでは、あずさと拓海が途方に暮れていた。
「…ごめんな、来るタイミング間違えたよな。」
「…いつかは、言わなくちゃいけなかったし。仮に、始めから拓海くんをお母さんに紹介してたら、付き合うこと自体お母さん許してくれなかったと思う。」
「…実家に行ったらさ、おばあちゃんが居て、あずさは母親と病院だよって教えてくれて…。病院って言葉に、あずさの病気のこととか、子どもができたって話が頭の中で膨らんじゃって…居てもたってもいられなくて…それで…。」
「うぅん、ありがとう。…プロポーズも嬉しかったよ。ただ、お母さんに言う前に、まず私に面と向かって言って欲しかったけどね。」
あずさは微笑みながら言った。
「…結婚したいよ、あずさと。」
「でも、私は長くは生きられないし…。」
「長さは関係ないよ。二人だけの時間を君と過ごしたいんだ。」
「…うぅ…でも、私普通の身体じゃないし…普通のお嫁さんみたいに拓海くんを支えられな…。」
「普通って何?」
あずさの言葉を遮るように話し出した拓海の言葉に、あずさはキョトンとした表情を浮かべた。
「普通ってさ、俺はあずさとただ一緒に居れれば、それだけでいいんだよ。ただ一緒に居るだけ、それが俺とあずさの“普通”になれればいいんじゃないかな?」
「…ありがとう。…うぅ…本当に嬉しい。」
拓海はあずさを優しく抱き寄せた。
「…でも、拓海くんはしばらく名古屋でしょ?」
「…あ…いや、その…辞めて…きちゃった…会社…。」
「……………え!?」
「鵺野先生!」
また廊下を歩いていると、背後から声を掛けられ、鵺野医師は振り返った。
「日比野。お疲れさん。どうしたんだ?」
「遠目で姿見つけたんですけど、何か元気無さそうだったんで!」
「…ニコニコしながら言うセリフかねぇ。」
「で、何かあったんですか?」
鵺野医師は、何かアドバイスを貰おうと、あずさの件について概略を日比野医師に伝えた。
「なるほど。それは結構複雑な問題ですね。16歳でALSと診断され、自殺未遂、子どもの妊娠…か。何ていうか、私だったらって思うと、凄い人生ですよね。」
「…あぁ、普通の人生じゃないよなぁ。」
日比野医師に同調を求めるように話した鵺野医師だったが、日比野医師は無言でキョトンとした表情を浮かべていた。
「…何?」
「あ、いや…普通って、普通の人生って何なんだろうって、率直に思っちゃいまして。」
「…“普通”か。自分で言っといてなんだが、普通の定義なんて人それぞれだからなぁ。周りからみたら、俺たちだって普通の人生じゃないかもしれないしな。」
「それに、普通イコール幸せってわけでもないですよ。私は…幸せ…なのかなぁ、今の人生。まぁ、刺激に溢れてますからね!そういった意味では楽しい日々で幸せですかね。鵺野先生はどうですか?」
鵺野医師は、幸せについて真剣に考えてみた。そしてそれは主語によって違う答えになると思った。
医師とした自分を主語にすれば、日比野医師が言ったとおり毎日刺激に溢れている、やりがいのある仕事ができて幸せだろうと思った。
でも、仕事を取っ払った自分を主語にすると、何にも残らないことに気が付き、幸せという言葉には行き着かないかもしれないと、鵺野医師は考えていた。
「…鵺野先生?」
日比野医師が顔を下から覗かせた。
「うわっ、…ごめんごめん。何か真剣に考えちまったわ。」
「真面目ですね、相変わらず。…話戻しますけど、神谷あずささんの件は、女性ならではの悩みもあるかもしれませんし、私で良ければいつでも相談に乗りますから!」
「ありがとう。…何か、最近の日比野は変わったな。」
日比野医師は首を傾げた。
「昔は目の前の命だけに必死になってる感じがしてた。まぁ、それは医師として間違った話じゃないんだが。なんつーか、最近の日比野は、患者の心だとか背景とか、視野が広くなった感じがするな。」
「もしかして、私誉められてます?」
「…調子にのるな。…でもまぁ認める!医師として確実に成長してるよ、日比野は。俺も見習わないとな。」
鵺野はそう言うと、手を振りながら診察室に向かって歩き出した。
遠ざかっていく鵺野医師の姿を、日比野医師はニヤけながら、ぼーっと眺めていた。
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