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榊 祐太郎 15
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コンコン。
「失礼します。」
「片野先生。こんにちは。」
片野医師は、祐太郎の回診に訪れた。
「体調はいかがですか?」
「今日は大分良いです。」
「そのようですね。顔色も良い。…また退院の話をそろそろ進めたいと思ってます。」
片野医師の言葉に、祐太郎は上半身を起こした。
「え、退院できるんですか?」
「えぇ、榊さんのご意向があれば。…まだ、やりたいことあるんですよね?」
祐太郎は頷いた。
「そりゃあまだまだいっぱいありますよ。…彼女との結婚とか…。」
「彼女さんは何て?」
「前に言った通りプロポーズはしました。嬉しいって言ってくれたんですが、あれから具体的な話題も紗希から出ることもなく、まだ正式な回答は貰えて無いような…そんな考えに変わってしまって…。でも、その後にこんな状態になってしまったら、答えを確認するわけにもいかなくて…。この目標だけは達成できそうにないですね。」
苦笑いを浮かべる祐太郎。片野医師は、優しい口調で続けた。
「こんなこと言うのはあれですが…もう後悔する時間も惜しいじゃないですか?ハッキリとした答えがいただけず、モヤモヤする気持ちがあるようでしたら、もう一度プロポーズすべきですよ。あなたには、まだまだやりたいことがあるはず。彼女さんとの結婚の件が片付かないと、新しいことにシフトチェンジもできないのでは?」
祐太郎は片野医師に全てを見抜かれているような気がして、冷や汗をかいた。
「先生、カウンセラーにも向いてますね。…おっしゃるとおりです。でも…次のプロポーズで紗希にハッキリと断られたら、紗希とは疎遠になってしまう。…そんな不安があるんです…。今の自分には紗希が必要なんです。失ってしまうのが恐くて…。」
「そのお気持ちも理解できます。でも、紗希さんはそんな方ではないんじゃないですか?仮にプロポーズを断るとしても、榊さんと縁を切るなんてことをするとは思えません。それは、あなたもそう思ってるはずです。」
祐太郎は、片野医師の話を聞くうちに、知らぬ間に一筋の涙を流していた。
祐太郎自身、片野医師の今の言葉と全く同じ考えを持っていた。単純に勇気が無かった。しかし、片野医師の言葉で、祐太郎の中の何かが変わった。
「…今…ですよね?」
「…ん?」
「今やらなきゃ、いつやるんだって話ですよね!退院するときに、もう一度プロポーズしてみます。」
片野医師はニコリと微笑んだ。
一方、紗希は会社の自席で次の営業先に行く準備をしていた。
「紗希先輩。」
声のした方に振り向くと天野が立っていた。
「みあきちゃん。…どうしたの、神妙な顔して…。」
「いいんですか?仕事来てて。」
「え?」
「だって、榊先輩まだ入院してるって。元々余命1ヶ月って言われてる時点で凄い心配なのに、倒れて入院してるのに、仕事なんて来てて…。」
バシッ!!
「いったぁぁぁ!誰ですか!?」
天野が話の途中で頭を叩かれ、後方を向くと生駒が睨み付けるようにして立っていた。
「生駒先輩!ぼ、暴力ですよ!」
「天野、お前が余計なこと言い過ぎるからだ。」
「いや、だって…。」
「紗希ちゃん、ごめんな。こいつ、祐太郎のことが好きで好きで。」
「ちょ!な、何を言うんですか!」
天野は顔を真っ赤にして抵抗したが、生駒はまるで子どもをあやすように、天野を窘めた。
「ありがとう、みあきちゃん。」
紗希の言葉に、言い合いをしていた二人はピタリと止まり、静かに紗希の表情を伺った。
「みあきちゃんの言うとおりよね。本当だったら、24時間、榊くんの側にいてあげたいんだけど…私自身もおかしくなっちゃいそうで。今、目の前にいる榊くんが、もうじき死んじゃうなんて…考えたくないし…でも、目の前に榊くんがいると、そればかりが頭の中に響いてきちゃうの…。」
「…先輩…。」
心配そうに見つめる天野。生駒は、天野の肩に優しくポンと手を置いた。
「…天野、紗希ちゃんは勿論、みんなお前と同じ気持ちだよ。ツラいのは勿論ゆうた自身かもしれないが、周りの紗希ちゃんや俺らだってツラいんだ。…大丈夫、紗希ちゃんはちゃんと分かってるから。」
「…生駒先輩…。」
天野が生駒の顔を見つめた。潤んだ瞳で見つめられた生駒は、少しドキッとしてしまった。
「…天野?」
「セクハラですよ!肩に手を置くのは!」
天野は、急に生駒を睨み付けて言い放った。
「…ん!?て、てめぇ、人が優しくしてやってんのによぉ!」
「頼んでませんからぁ!」
「くぅぅぅ、むかつくぅ。」
再び言い合いを始めた二人を見て、紗希はクスクスと笑ってしまった。
15分後、準備を済ませた紗希は出掛けるために、エレベーターを待っていた。
「紗希ちゃん。」
振り向くと、同じく営業に出掛ける生駒がいた。
「さっきはごめんな、騒がしくしちゃって。」
「いえいえ、生駒さんとゆうちゃんのコンビも好きですけど、みあきちゃんとのコンビも良かったですよ。」
「…お笑いコンビじゃないって…。」
チンッ!エレベーターが到着し、扉が開くと誰も乗っていないエレベーターに二人が乗り込んだ。
「…紗希ちゃんさ、ゆうたからプロポーズ…とかされてないのか?」
「……………………。」
「…紗希ちゃん?」
黙って下を向いたままの紗希を心配して、生駒が顔を覗き込んだ。
「…されました。北海道で。」
「そ、そうなんだ。…でも、あんまり嬉しそうな表情じゃないところ見ると…断った?」
紗希はすぐに首を横に振った。
「嬉しかったですよ。結婚しようと思ってたんです。…でも…。」
「ゆうたが倒れたから?」
「…何か実際に目の前で倒れられたら、私で支えられるのかって…不安になっちゃって…。ゆうちゃんは、きっと私の返事を待ってると思うんですけど、自分に勇気が出なくて…。」
「…焦ることはない、って言いたいけど、君たちには時間が有り余ってるわけじゃないからな。綺麗事は言わないようにするよ。…でもな、紗希ちゃん。ゆうたは俺の自慢の親友だ。命は短いかもしれないが、その間は君に特別な人生を用意してくれる、ゆうたなら間違いないよ。」
チンッ!
エレベーターが一階に到着すると、生駒はニコリと微笑んで、先にエレベーターを降りていった。
紗希はボーッと考え込んでしまい、そのうちにエレベーターの扉は閉まり、再び上昇を始めた。
「失礼します。」
「片野先生。こんにちは。」
片野医師は、祐太郎の回診に訪れた。
「体調はいかがですか?」
「今日は大分良いです。」
「そのようですね。顔色も良い。…また退院の話をそろそろ進めたいと思ってます。」
片野医師の言葉に、祐太郎は上半身を起こした。
「え、退院できるんですか?」
「えぇ、榊さんのご意向があれば。…まだ、やりたいことあるんですよね?」
祐太郎は頷いた。
「そりゃあまだまだいっぱいありますよ。…彼女との結婚とか…。」
「彼女さんは何て?」
「前に言った通りプロポーズはしました。嬉しいって言ってくれたんですが、あれから具体的な話題も紗希から出ることもなく、まだ正式な回答は貰えて無いような…そんな考えに変わってしまって…。でも、その後にこんな状態になってしまったら、答えを確認するわけにもいかなくて…。この目標だけは達成できそうにないですね。」
苦笑いを浮かべる祐太郎。片野医師は、優しい口調で続けた。
「こんなこと言うのはあれですが…もう後悔する時間も惜しいじゃないですか?ハッキリとした答えがいただけず、モヤモヤする気持ちがあるようでしたら、もう一度プロポーズすべきですよ。あなたには、まだまだやりたいことがあるはず。彼女さんとの結婚の件が片付かないと、新しいことにシフトチェンジもできないのでは?」
祐太郎は片野医師に全てを見抜かれているような気がして、冷や汗をかいた。
「先生、カウンセラーにも向いてますね。…おっしゃるとおりです。でも…次のプロポーズで紗希にハッキリと断られたら、紗希とは疎遠になってしまう。…そんな不安があるんです…。今の自分には紗希が必要なんです。失ってしまうのが恐くて…。」
「そのお気持ちも理解できます。でも、紗希さんはそんな方ではないんじゃないですか?仮にプロポーズを断るとしても、榊さんと縁を切るなんてことをするとは思えません。それは、あなたもそう思ってるはずです。」
祐太郎は、片野医師の話を聞くうちに、知らぬ間に一筋の涙を流していた。
祐太郎自身、片野医師の今の言葉と全く同じ考えを持っていた。単純に勇気が無かった。しかし、片野医師の言葉で、祐太郎の中の何かが変わった。
「…今…ですよね?」
「…ん?」
「今やらなきゃ、いつやるんだって話ですよね!退院するときに、もう一度プロポーズしてみます。」
片野医師はニコリと微笑んだ。
一方、紗希は会社の自席で次の営業先に行く準備をしていた。
「紗希先輩。」
声のした方に振り向くと天野が立っていた。
「みあきちゃん。…どうしたの、神妙な顔して…。」
「いいんですか?仕事来てて。」
「え?」
「だって、榊先輩まだ入院してるって。元々余命1ヶ月って言われてる時点で凄い心配なのに、倒れて入院してるのに、仕事なんて来てて…。」
バシッ!!
「いったぁぁぁ!誰ですか!?」
天野が話の途中で頭を叩かれ、後方を向くと生駒が睨み付けるようにして立っていた。
「生駒先輩!ぼ、暴力ですよ!」
「天野、お前が余計なこと言い過ぎるからだ。」
「いや、だって…。」
「紗希ちゃん、ごめんな。こいつ、祐太郎のことが好きで好きで。」
「ちょ!な、何を言うんですか!」
天野は顔を真っ赤にして抵抗したが、生駒はまるで子どもをあやすように、天野を窘めた。
「ありがとう、みあきちゃん。」
紗希の言葉に、言い合いをしていた二人はピタリと止まり、静かに紗希の表情を伺った。
「みあきちゃんの言うとおりよね。本当だったら、24時間、榊くんの側にいてあげたいんだけど…私自身もおかしくなっちゃいそうで。今、目の前にいる榊くんが、もうじき死んじゃうなんて…考えたくないし…でも、目の前に榊くんがいると、そればかりが頭の中に響いてきちゃうの…。」
「…先輩…。」
心配そうに見つめる天野。生駒は、天野の肩に優しくポンと手を置いた。
「…天野、紗希ちゃんは勿論、みんなお前と同じ気持ちだよ。ツラいのは勿論ゆうた自身かもしれないが、周りの紗希ちゃんや俺らだってツラいんだ。…大丈夫、紗希ちゃんはちゃんと分かってるから。」
「…生駒先輩…。」
天野が生駒の顔を見つめた。潤んだ瞳で見つめられた生駒は、少しドキッとしてしまった。
「…天野?」
「セクハラですよ!肩に手を置くのは!」
天野は、急に生駒を睨み付けて言い放った。
「…ん!?て、てめぇ、人が優しくしてやってんのによぉ!」
「頼んでませんからぁ!」
「くぅぅぅ、むかつくぅ。」
再び言い合いを始めた二人を見て、紗希はクスクスと笑ってしまった。
15分後、準備を済ませた紗希は出掛けるために、エレベーターを待っていた。
「紗希ちゃん。」
振り向くと、同じく営業に出掛ける生駒がいた。
「さっきはごめんな、騒がしくしちゃって。」
「いえいえ、生駒さんとゆうちゃんのコンビも好きですけど、みあきちゃんとのコンビも良かったですよ。」
「…お笑いコンビじゃないって…。」
チンッ!エレベーターが到着し、扉が開くと誰も乗っていないエレベーターに二人が乗り込んだ。
「…紗希ちゃんさ、ゆうたからプロポーズ…とかされてないのか?」
「……………………。」
「…紗希ちゃん?」
黙って下を向いたままの紗希を心配して、生駒が顔を覗き込んだ。
「…されました。北海道で。」
「そ、そうなんだ。…でも、あんまり嬉しそうな表情じゃないところ見ると…断った?」
紗希はすぐに首を横に振った。
「嬉しかったですよ。結婚しようと思ってたんです。…でも…。」
「ゆうたが倒れたから?」
「…何か実際に目の前で倒れられたら、私で支えられるのかって…不安になっちゃって…。ゆうちゃんは、きっと私の返事を待ってると思うんですけど、自分に勇気が出なくて…。」
「…焦ることはない、って言いたいけど、君たちには時間が有り余ってるわけじゃないからな。綺麗事は言わないようにするよ。…でもな、紗希ちゃん。ゆうたは俺の自慢の親友だ。命は短いかもしれないが、その間は君に特別な人生を用意してくれる、ゆうたなら間違いないよ。」
チンッ!
エレベーターが一階に到着すると、生駒はニコリと微笑んで、先にエレベーターを降りていった。
紗希はボーッと考え込んでしまい、そのうちにエレベーターの扉は閉まり、再び上昇を始めた。
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