47 / 56
榊 祐太郎 15
しおりを挟む
コンコン。
「失礼します。」
「片野先生。こんにちは。」
片野医師は、祐太郎の回診に訪れた。
「体調はいかがですか?」
「今日は大分良いです。」
「そのようですね。顔色も良い。…また退院の話をそろそろ進めたいと思ってます。」
片野医師の言葉に、祐太郎は上半身を起こした。
「え、退院できるんですか?」
「えぇ、榊さんのご意向があれば。…まだ、やりたいことあるんですよね?」
祐太郎は頷いた。
「そりゃあまだまだいっぱいありますよ。…彼女との結婚とか…。」
「彼女さんは何て?」
「前に言った通りプロポーズはしました。嬉しいって言ってくれたんですが、あれから具体的な話題も紗希から出ることもなく、まだ正式な回答は貰えて無いような…そんな考えに変わってしまって…。でも、その後にこんな状態になってしまったら、答えを確認するわけにもいかなくて…。この目標だけは達成できそうにないですね。」
苦笑いを浮かべる祐太郎。片野医師は、優しい口調で続けた。
「こんなこと言うのはあれですが…もう後悔する時間も惜しいじゃないですか?ハッキリとした答えがいただけず、モヤモヤする気持ちがあるようでしたら、もう一度プロポーズすべきですよ。あなたには、まだまだやりたいことがあるはず。彼女さんとの結婚の件が片付かないと、新しいことにシフトチェンジもできないのでは?」
祐太郎は片野医師に全てを見抜かれているような気がして、冷や汗をかいた。
「先生、カウンセラーにも向いてますね。…おっしゃるとおりです。でも…次のプロポーズで紗希にハッキリと断られたら、紗希とは疎遠になってしまう。…そんな不安があるんです…。今の自分には紗希が必要なんです。失ってしまうのが恐くて…。」
「そのお気持ちも理解できます。でも、紗希さんはそんな方ではないんじゃないですか?仮にプロポーズを断るとしても、榊さんと縁を切るなんてことをするとは思えません。それは、あなたもそう思ってるはずです。」
祐太郎は、片野医師の話を聞くうちに、知らぬ間に一筋の涙を流していた。
祐太郎自身、片野医師の今の言葉と全く同じ考えを持っていた。単純に勇気が無かった。しかし、片野医師の言葉で、祐太郎の中の何かが変わった。
「…今…ですよね?」
「…ん?」
「今やらなきゃ、いつやるんだって話ですよね!退院するときに、もう一度プロポーズしてみます。」
片野医師はニコリと微笑んだ。
一方、紗希は会社の自席で次の営業先に行く準備をしていた。
「紗希先輩。」
声のした方に振り向くと天野が立っていた。
「みあきちゃん。…どうしたの、神妙な顔して…。」
「いいんですか?仕事来てて。」
「え?」
「だって、榊先輩まだ入院してるって。元々余命1ヶ月って言われてる時点で凄い心配なのに、倒れて入院してるのに、仕事なんて来てて…。」
バシッ!!
「いったぁぁぁ!誰ですか!?」
天野が話の途中で頭を叩かれ、後方を向くと生駒が睨み付けるようにして立っていた。
「生駒先輩!ぼ、暴力ですよ!」
「天野、お前が余計なこと言い過ぎるからだ。」
「いや、だって…。」
「紗希ちゃん、ごめんな。こいつ、祐太郎のことが好きで好きで。」
「ちょ!な、何を言うんですか!」
天野は顔を真っ赤にして抵抗したが、生駒はまるで子どもをあやすように、天野を窘めた。
「ありがとう、みあきちゃん。」
紗希の言葉に、言い合いをしていた二人はピタリと止まり、静かに紗希の表情を伺った。
「みあきちゃんの言うとおりよね。本当だったら、24時間、榊くんの側にいてあげたいんだけど…私自身もおかしくなっちゃいそうで。今、目の前にいる榊くんが、もうじき死んじゃうなんて…考えたくないし…でも、目の前に榊くんがいると、そればかりが頭の中に響いてきちゃうの…。」
「…先輩…。」
心配そうに見つめる天野。生駒は、天野の肩に優しくポンと手を置いた。
「…天野、紗希ちゃんは勿論、みんなお前と同じ気持ちだよ。ツラいのは勿論ゆうた自身かもしれないが、周りの紗希ちゃんや俺らだってツラいんだ。…大丈夫、紗希ちゃんはちゃんと分かってるから。」
「…生駒先輩…。」
天野が生駒の顔を見つめた。潤んだ瞳で見つめられた生駒は、少しドキッとしてしまった。
「…天野?」
「セクハラですよ!肩に手を置くのは!」
天野は、急に生駒を睨み付けて言い放った。
「…ん!?て、てめぇ、人が優しくしてやってんのによぉ!」
「頼んでませんからぁ!」
「くぅぅぅ、むかつくぅ。」
再び言い合いを始めた二人を見て、紗希はクスクスと笑ってしまった。
15分後、準備を済ませた紗希は出掛けるために、エレベーターを待っていた。
「紗希ちゃん。」
振り向くと、同じく営業に出掛ける生駒がいた。
「さっきはごめんな、騒がしくしちゃって。」
「いえいえ、生駒さんとゆうちゃんのコンビも好きですけど、みあきちゃんとのコンビも良かったですよ。」
「…お笑いコンビじゃないって…。」
チンッ!エレベーターが到着し、扉が開くと誰も乗っていないエレベーターに二人が乗り込んだ。
「…紗希ちゃんさ、ゆうたからプロポーズ…とかされてないのか?」
「……………………。」
「…紗希ちゃん?」
黙って下を向いたままの紗希を心配して、生駒が顔を覗き込んだ。
「…されました。北海道で。」
「そ、そうなんだ。…でも、あんまり嬉しそうな表情じゃないところ見ると…断った?」
紗希はすぐに首を横に振った。
「嬉しかったですよ。結婚しようと思ってたんです。…でも…。」
「ゆうたが倒れたから?」
「…何か実際に目の前で倒れられたら、私で支えられるのかって…不安になっちゃって…。ゆうちゃんは、きっと私の返事を待ってると思うんですけど、自分に勇気が出なくて…。」
「…焦ることはない、って言いたいけど、君たちには時間が有り余ってるわけじゃないからな。綺麗事は言わないようにするよ。…でもな、紗希ちゃん。ゆうたは俺の自慢の親友だ。命は短いかもしれないが、その間は君に特別な人生を用意してくれる、ゆうたなら間違いないよ。」
チンッ!
エレベーターが一階に到着すると、生駒はニコリと微笑んで、先にエレベーターを降りていった。
紗希はボーッと考え込んでしまい、そのうちにエレベーターの扉は閉まり、再び上昇を始めた。
「失礼します。」
「片野先生。こんにちは。」
片野医師は、祐太郎の回診に訪れた。
「体調はいかがですか?」
「今日は大分良いです。」
「そのようですね。顔色も良い。…また退院の話をそろそろ進めたいと思ってます。」
片野医師の言葉に、祐太郎は上半身を起こした。
「え、退院できるんですか?」
「えぇ、榊さんのご意向があれば。…まだ、やりたいことあるんですよね?」
祐太郎は頷いた。
「そりゃあまだまだいっぱいありますよ。…彼女との結婚とか…。」
「彼女さんは何て?」
「前に言った通りプロポーズはしました。嬉しいって言ってくれたんですが、あれから具体的な話題も紗希から出ることもなく、まだ正式な回答は貰えて無いような…そんな考えに変わってしまって…。でも、その後にこんな状態になってしまったら、答えを確認するわけにもいかなくて…。この目標だけは達成できそうにないですね。」
苦笑いを浮かべる祐太郎。片野医師は、優しい口調で続けた。
「こんなこと言うのはあれですが…もう後悔する時間も惜しいじゃないですか?ハッキリとした答えがいただけず、モヤモヤする気持ちがあるようでしたら、もう一度プロポーズすべきですよ。あなたには、まだまだやりたいことがあるはず。彼女さんとの結婚の件が片付かないと、新しいことにシフトチェンジもできないのでは?」
祐太郎は片野医師に全てを見抜かれているような気がして、冷や汗をかいた。
「先生、カウンセラーにも向いてますね。…おっしゃるとおりです。でも…次のプロポーズで紗希にハッキリと断られたら、紗希とは疎遠になってしまう。…そんな不安があるんです…。今の自分には紗希が必要なんです。失ってしまうのが恐くて…。」
「そのお気持ちも理解できます。でも、紗希さんはそんな方ではないんじゃないですか?仮にプロポーズを断るとしても、榊さんと縁を切るなんてことをするとは思えません。それは、あなたもそう思ってるはずです。」
祐太郎は、片野医師の話を聞くうちに、知らぬ間に一筋の涙を流していた。
祐太郎自身、片野医師の今の言葉と全く同じ考えを持っていた。単純に勇気が無かった。しかし、片野医師の言葉で、祐太郎の中の何かが変わった。
「…今…ですよね?」
「…ん?」
「今やらなきゃ、いつやるんだって話ですよね!退院するときに、もう一度プロポーズしてみます。」
片野医師はニコリと微笑んだ。
一方、紗希は会社の自席で次の営業先に行く準備をしていた。
「紗希先輩。」
声のした方に振り向くと天野が立っていた。
「みあきちゃん。…どうしたの、神妙な顔して…。」
「いいんですか?仕事来てて。」
「え?」
「だって、榊先輩まだ入院してるって。元々余命1ヶ月って言われてる時点で凄い心配なのに、倒れて入院してるのに、仕事なんて来てて…。」
バシッ!!
「いったぁぁぁ!誰ですか!?」
天野が話の途中で頭を叩かれ、後方を向くと生駒が睨み付けるようにして立っていた。
「生駒先輩!ぼ、暴力ですよ!」
「天野、お前が余計なこと言い過ぎるからだ。」
「いや、だって…。」
「紗希ちゃん、ごめんな。こいつ、祐太郎のことが好きで好きで。」
「ちょ!な、何を言うんですか!」
天野は顔を真っ赤にして抵抗したが、生駒はまるで子どもをあやすように、天野を窘めた。
「ありがとう、みあきちゃん。」
紗希の言葉に、言い合いをしていた二人はピタリと止まり、静かに紗希の表情を伺った。
「みあきちゃんの言うとおりよね。本当だったら、24時間、榊くんの側にいてあげたいんだけど…私自身もおかしくなっちゃいそうで。今、目の前にいる榊くんが、もうじき死んじゃうなんて…考えたくないし…でも、目の前に榊くんがいると、そればかりが頭の中に響いてきちゃうの…。」
「…先輩…。」
心配そうに見つめる天野。生駒は、天野の肩に優しくポンと手を置いた。
「…天野、紗希ちゃんは勿論、みんなお前と同じ気持ちだよ。ツラいのは勿論ゆうた自身かもしれないが、周りの紗希ちゃんや俺らだってツラいんだ。…大丈夫、紗希ちゃんはちゃんと分かってるから。」
「…生駒先輩…。」
天野が生駒の顔を見つめた。潤んだ瞳で見つめられた生駒は、少しドキッとしてしまった。
「…天野?」
「セクハラですよ!肩に手を置くのは!」
天野は、急に生駒を睨み付けて言い放った。
「…ん!?て、てめぇ、人が優しくしてやってんのによぉ!」
「頼んでませんからぁ!」
「くぅぅぅ、むかつくぅ。」
再び言い合いを始めた二人を見て、紗希はクスクスと笑ってしまった。
15分後、準備を済ませた紗希は出掛けるために、エレベーターを待っていた。
「紗希ちゃん。」
振り向くと、同じく営業に出掛ける生駒がいた。
「さっきはごめんな、騒がしくしちゃって。」
「いえいえ、生駒さんとゆうちゃんのコンビも好きですけど、みあきちゃんとのコンビも良かったですよ。」
「…お笑いコンビじゃないって…。」
チンッ!エレベーターが到着し、扉が開くと誰も乗っていないエレベーターに二人が乗り込んだ。
「…紗希ちゃんさ、ゆうたからプロポーズ…とかされてないのか?」
「……………………。」
「…紗希ちゃん?」
黙って下を向いたままの紗希を心配して、生駒が顔を覗き込んだ。
「…されました。北海道で。」
「そ、そうなんだ。…でも、あんまり嬉しそうな表情じゃないところ見ると…断った?」
紗希はすぐに首を横に振った。
「嬉しかったですよ。結婚しようと思ってたんです。…でも…。」
「ゆうたが倒れたから?」
「…何か実際に目の前で倒れられたら、私で支えられるのかって…不安になっちゃって…。ゆうちゃんは、きっと私の返事を待ってると思うんですけど、自分に勇気が出なくて…。」
「…焦ることはない、って言いたいけど、君たちには時間が有り余ってるわけじゃないからな。綺麗事は言わないようにするよ。…でもな、紗希ちゃん。ゆうたは俺の自慢の親友だ。命は短いかもしれないが、その間は君に特別な人生を用意してくれる、ゆうたなら間違いないよ。」
チンッ!
エレベーターが一階に到着すると、生駒はニコリと微笑んで、先にエレベーターを降りていった。
紗希はボーッと考え込んでしまい、そのうちにエレベーターの扉は閉まり、再び上昇を始めた。
0
あなたにおすすめの小説
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
【完結】仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──
【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない
くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、
軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。
言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。
――そして初めて、夫は気づく。
自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。
一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、
「必要とされる存在」として歩き始めていた。
去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。
これは、失ってから愛に気づいた男と、
二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。
――今さら、遅いのです。
サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします
二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位!
※この物語はフィクションです
流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。
当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる