最期の時間(とき)

雨木良

文字の大きさ
48 / 56

榊 祐太郎 16

しおりを挟む
二日後、祐太郎は一時退院する日を迎えた。

病室には、母親のゆかりと妹の加奈子が来ていた。

「でも良かったよ、お兄ちゃん退院できるくらいまで回復してさ。」

加奈子が祐太郎の荷物を鞄に詰めながら言った。

「悪かったな、加奈子も仕事休んでくれたんだろ?」

「いいのよ、倒れて入院した日に来れなかったんだから、そのお詫び。あ、そうだ、車に袋忘れてきちゃった!ちょっと取りに行ってくるね。」

加奈子はそう言って病室を出ていった。

二人きりになると、ゆかりがパイプ椅子に腰掛けて、荷物を整理している祐太郎に話し掛けた。

「祐太郎、紗希ちゃんとはどうなの?」

「…どうって?」

「…あなたが倒れた時から、紗希ちゃんの様子が少し変わったような気がして。…連絡は取ってるの?」

祐太郎はその場で固まった。

確かに、以前よりメッセージをやり取りする回数が減っており、その返事もシンプルで何処か素っ気ないものばかりになっていた。

「…別に前と変わらず連絡取ってるけど…。」

祐太郎はゆかりに振り向いて答えた。

「…あなた嘘ついてるでしょ!?」

「…な、何だよそれ。」

「何年あなたの母親やってると思ってるのよ。あなたが嘘つくときの癖くらい分かってます。」

「く、癖って?」

祐太郎は分かりやすく動揺していた。

「…内緒よ。それよりもどうして?…もしかして、母さんが原因?」

ゆかりは、祐太郎が倒れた時に取り乱し、片野医師や紗希に失礼な言動をしたことをずっと後悔していた。

あの後、片野医師や紗希をはじめ、その場にいた面々にはお詫びをして、紗希もゆかりの気持ちは理解できると、私も止めるべきだったと逆に謝られてしまっていた。

その後も顔を合わせてはいたが、紗希の様子が以前と違うような気がして、自分のせいで紗希が祐太郎から離れていってしまったら、どう責任を取ればよいのかと悩んでいたのだ。

潤んだ瞳で問い掛けてくるゆかりに対し、祐太郎は首を横に振った。

「まさか、母さんのせいなわけないよ。悪いのは僕だよ。」

「何かあったの?」

「僕が倒れたから…。紗希に不安な思いをさせたから、現実を見て色々思うことがあるんだと思うよ。」

「…祐太郎…。」

「でも、僕は紗希と結婚したいと思ってるんだ。北海道でプロポーズしたけど、これからもう一度プロポーズしてみようかと思ってて。…結婚してください!ってさ。」

「こちらこそ、結婚してください!」

急に病室の入口から声がして二人が振り向くと、紗希が肩を震わせながら立っていた。

「…紗希。え?今日仕事で来れないって…。」

驚いている祐太郎に、紗希は駆け寄って抱き付いた。

「生駒さんが、仕事は俺に任せてゆうちゃんのとこに行けって、言ってくれたの。」

「…タケのやつ。」

「それよりさ、さっきのプロポーズは本気よね?」

紗希が耳元で囁いた。祐太郎は、紗希の背中に手を回し、ギュッと抱き締めながら答えた。

「あぁ。僕と結婚してください。」

「…うぅ…勿論よ。ずっとずっとずっとずーっとゆうちゃんと一緒にいるから。」

紗希は祐太郎の肩を濡らしながら答えた。

ドサッ! 
車から戻ってきた加奈子が、病室の光景を見て驚き、手に持っていた荷物を落とした。

それを見たゆかりが、涙を拭いながら加奈子に駆け寄り、二人はそのまま病室から出て扉を閉めた。

二人きりになった病室。

「ゆうちゃん、愛してる。」

「僕も、愛してるよ。」

祐太郎は紗希にそっと顔を近付け唇を重ねた。


二時間後。

会社では生駒が上機嫌で、鼻歌を唄いながら仕事をしていた。

「生駒くん、随分機嫌が良いじゃないか。新規の大口でも取ったのかい?」

偶々前を通り掛かった山本が気が付いて問い掛けた。

「あ、課長。すみません、仕事の話じゃないんすよ。これですよ、これ。」

生駒はそう言って、自分のスマホの画面を山本に見せた。

それは紗希とのメッセージアプリの画面だった。山本はスマホを手に取り、表示されている紗希からのメッセージを読み上げた。

「“生駒さんのおかげで、ゆうちゃんと結婚することになりました。本当にありがとうございました。”…これって…。」

「えぇ、あの二人がゴールインってことです!」

満面の笑みで答える生駒。

「そりゃめでたい話だ。…だが…。」

山本は浮かない表情を浮かべた。

「…幸せは長く一緒にいることが全てじゃないっすよ。」

山本の考えを読んだ生駒が言った。

「あの二人はそれは覚悟してますよ。でも、この結果を選んだ。俺は本当に凄いことだと思うし、めでたい話で俺自身も嬉しいですよ。」

生駒の言葉に、山本も頷いた。

「で、課長!俺からお願い事がありまして…。」

「お願い事?」



その日の夜。

「…緊張するな。」

「ゆうちゃんなら大丈夫よ。」

祐太郎と紗希は、紗希の実家の前に来ていた。紗希との結婚について承諾を貰うため、アポを取って来たのだ。

ガチャ。
玄関の扉が開いた。紗希の母親の一恵(かずえ)が姿を現した。

「あなたたち、いつまで外にいるの?入りなさい。」

「あ、母さん。」

「祐太郎さん、いらっしゃい。どうぞ。」

一恵が笑顔で出迎えた。祐太郎はペコリと頭を下げた。

二人は一恵の誘導でリビングに入ると、父親の孝夫(たかお)が先にソファに腰掛けていた。

祐太郎は面識はあるが、事が事だけにとても緊張していた。

「おとうさん、夜分にすみません。お久しぶりです。」

「おう、祐太郎くん。紗希から病気の話は聞いた。今まで見舞いにも行けずにすまなかった。というのも、紗希から君の病気のことを聞いたのは三日前なんだ。」

二人は対面のソファに腰掛け、一恵は孝夫の隣に座った。

「いえ、とんでもないです。病気の話は全てお聞きですか?」

孝夫と一恵は一度目を見合せ、再び祐太郎の顔を見ながら頷いた。

「そうですか。今日、お時間をいただいたのは…。」
「紗希は君にはやれない。」

祐太郎が本件を話す前に、孝夫が割り込んだ。祐太郎と紗希はその場で固まった。

「あなた!」

「お前は黙ってろ。…祐太郎くん。君の気持ちには感謝している。それに君は人間としてとても出来てる人だ、申し分ない。…だが…、やはり余命がない人間に娘はやれない。…別に籍を入れる必要はないだろ?」

申し訳なさそうにも、淡々と話す孝夫。祐太郎は何も反論することなく、孝夫の話をじっと聞いていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

【完結】ジュリアはバツイチ人生を謳歌する

ariya
恋愛
エレン王国の名門貴族・アグリア伯爵家に嫁いだジュリア・アグリア(旧姓ベルティー)。 夫のアベル・アグリア伯爵は、騎士として王妃の護衛任務に没頭し、結婚翌日からほぼ別居状態。 社交界のパーティーでは妻のエスコートを代理人に任せ、父の葬儀にも顔を出さず、事務的な会話と手紙のやり取りだけの日々が続く。 ジュリアは8年間の冷遇に耐え抜いたが、ある朝の食事中、静かに切り出す。 「私たち、離婚しましょう」 アベルは絶句するが、ジュリアは淡々と不満を告げる。 どれも自分のしでかしたことにアベルは頭を抱える。 彼女はすでに離婚届と慰謝料の用意を済ませ、夫の仕事に理解を示さなかった「有責妻」として後腐れなく別れるつもりだった。 アベルは内心で反発しつつも、ジュリアの決意の固さに渋々サイン。 こうしてジュリア・アグリアは、伯爵夫人としての全てを置き去りにし、バツイチ人生を開始する。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

処理中です...