最期の時間(とき)

雨木良

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神谷 あずさ 9

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あずさと母親の由美子は、鵺野医師を訪れた日以来、お互いを避けるように生活をしていた。

拓海は名古屋での仕事を辞め、市内の実家に戻り、家業である魚屋での仕事を始めることにした。

拓海もあの日以来、再び由美子に話をしに行く勇気がなく、頭を悩ませながら、あずさとの連絡を続けていた。

深夜を回っても、あずさと拓海の二人は、これからのことが気になって中々眠りに付けず、お互いに心配事をメッセージアプリで送りあっていた。

『相変わらず、お母さんは私を避けてるよ。自然に私も避けちゃってるけど。』

『ごめんな、俺のせいだよな。あずさとあずさのお母さんが仲違いになることなんて、俺は望んでないよ。何か良い方法はないかな。』

『拓海くんのせいじゃないよ。私もいけないんだし。お腹の子のこと考えたら、やっぱり父親である拓海くんとは結婚したいの。…拓海くんが、本当に病気の私で良ければだけど。』

『何言ってんだよ。俺はそのお腹の子の父親だぞ。俺の気持ちは、あの時プロポーズした気持ちのままだよ。ただ、仕事を辞めちゃって、今は実家で修行の身だから、もう少し時間が欲しい。ぼちぼち寝ないとね。お腹の子にも障るよ。』

『ありがとう。また直接会って話したいな。うん、頑張って寝るようにする笑 おやすみなさい。』

『おやすみ。また明日ね。』

拓海はスマホを枕元に置いて、無理矢理眠りに付いた。

あずさは、寝る前にトイレに行くため、静かに階段を下った。一階に付き、そっと廊下の電気を付けると、調度、寝室から祖母が姿を現した。

「うわっ!……お、おばあちゃんか…。ビックリしたぁ。」

「おや、あずさか。まだ起きてたのかい?…悩んでて眠れないんだろう?」

どうやら祖母もトイレに行きたかったらしく、そう言うとあずさの答えを待たずに、トイレに入っていった。

あずさは、祖母がトイレに入っている間に、質問の答えを頭の中で考えていた。

ガチャ。祖母がトイレから出てくると、あずさにニコリと微笑んだ。

「あずさもトイレだろ、行っといで。んで、終わったらばあちゃんの部屋に来なさいな。」

祖母はそう言うと、またあずさの答えを待たずに、自分の寝室へと入っていった。

あずさは、祖母に言われるがまま、トイレで用を済ませると、ゆっくりと祖母の寝室のドアを開けた。

祖母は、小さな折り畳み式のテーブルを広げ、二人分のお茶を用意して、座椅子に座っていた。

「あずさ、ここ座り。」

祖母が、テーブルを挟んで自分の真正面に置いてある座布団を指差しながら言った。

あずさは座りながら、襖に視線を向けた。襖を挟んで反対側は、由美子の寝室だったからだ。その視線に気が付いた祖母が微笑みながら言った。

「大丈夫。由美子はもうぐっすり寝とるわ。…由美子も、私にあんたとのいざこざの全てを話してはくれんのよ。だから、詳しい話は分かってはないが、あれか?腹の子のことか?」

「…うん。あと、結婚…の話も。」

「…結婚…。あぁ、そういうことか。由美子が、男がどうだとか、ブツブツ言ってんのが聞こえたんよ。そうかい、結婚か。…つまりは、由美子がそれに反対してるっちゅー話か?」

あずさは、コクンと頷いた。

「なるほどなぁ。まぁ、由美子にとっちゃ、あずさに子が出来たことだけでも大事や、それに加えて結婚、それから、一番大きいのは…。」
「私の病気でしょ?」

「…あ、あぁ。私もだが、由美子もそりゃ心配しとる。それでも、子を産むことに関しては、あずさの意見を汲んでやってくれと、私が由美子に言ったんじゃ。…でも、結婚ちゅーことは、相手は同級生じゃなかと?少なくとも18以上やね。」

「…25歳。」

あずさが力無く答えると、祖母は驚いた表情を見せた。

「…あらまぁ、私が考えてたり大分上のだわな。…まぁ、由美子の気持ちも理解してやんしゃいな。ただ、ばあちゃんはあずさの味方や!これは何時だって揺るぎはしないことや。…あずさは、本当に今の男と結婚して、お腹の子は産みたいのかい?」

「…………。」

「赤子も旦那も、お前のアクセサリーじゃ無いんよ。自分だって普通の人みたいに結婚して子を産みたいって、ただそれだけの簡単な気持ちで言ってるわけじゃないわな?」

「…………。」

あずさは、祖母の言葉がとても重く感じた。祖母は敢えて厳しい言い方をしてるのだと理解しながらも、自分は“普通の人”ではないと改めて考えさせられた。そして、自分の為に、結婚や子どもが欲しいのか、そう面と向かって言われると、そうなのかもしれないという自分がいることにも気が付かせられた。

「…何で黙っちょる?」

あずさは、祖母の声のトーンが変わった気がした。

「ばあちゃんは基本的には、あずさの味方じゃき。けどな、信念はもっとかにゃあかんよ。もう一度よぉく考えて、答えを出すよぉにしぃや。」

祖母はそう言ってお茶を啜った。

あずさは、目を閉じて深呼吸をした。無の気持ちになって、ゆっくりと今の自分の考えを頭の中で纏めた。

あずさは、ちらりと由美子の寝室に繋がる襖を見つめた。そして、自分の妊娠を告げた瞬間、拓海が病院でプロポーズをした瞬間の由美子の顔が脳裏に飛び込んできた。

気が付くとあずさは泣いていた。

「…おばあちゃん。私ね、やっぱり病気が怖いんだ…。」

漸く口を開いたあずさに、祖母はニコリと表情を和らげ、あずさにティッシュを手渡した。あずさはそれで涙を拭って話を続けた。

「…何が怖いのか、よくわからないんだけど、普通の人より早く死んじゃうかもしれないって思うと…お母さんやおばあちゃんに対して恩返しすることも出来ない。」

「…私らに?」

「お母さんはきっと私の将来に期待をしてくれてたんだと思う。だって、女手ひとつで私をここまで育ててくれたんだもん。…何も出来ないまま、このまま迷惑だけ掛けて死にたくはないの…。…お母さんやおばあちゃんに、私の結婚する姿や子どもを見せるのは、これがラストチャンスかもしれないって…そう…思って…。」

「…あずさ…。」

次の瞬間、襖が急に開き、由美子が部屋に入ってくるなり、あずさを抱きしめた。

「…え?お母さん…?」

「由美子、起きてたのかい?」

突然現れた由美子に、二人は驚いたが、由美子は何も答えずにあずさをギュッと強く抱きしめた。

それを見て、祖母はそっと立ち上がり、部屋から出ていった。

由美子は抱きしめていた手を緩め、あずさの顔を見つめながら囁いた。

「たくみさんだっけ?今度、家に連れてきなさい。しっかりと母さんやおばあちゃんに紹介しなさい。…ごめんね、あずさが一番ツラかったんだよね。母さんは自分のことばっかり考えてたかもしれない。…ごめんね。」

あずさは首を横に振って、また由美子の胸の中で泣いた。

今日はこのままぐっすり眠れそうな気がした。 
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