Rem-リム- 呪いと再生

雨木良

文字の大きさ
上 下
51 / 114
第3節 それぞれの葛藤

(7)

しおりを挟む
店主が明るく迎え入れる声に畑たちは入ってきた客に目線を向けた。その視線に気付いた客も畑たちの方に目線を向けた。

「あれ!?生駒さん?それに荒木さんも!」

思いも寄らない人物に、畑は大きな声を出してしまった。

「あれ、何だお前らこの店知ってたんだ。若い奴らは寄り付かないと思ってたのに。てか、足立と畑って仲良しだったんだな。」

生駒がニヤニヤしながら言った。

「畑、お前もしかして、まだこの前の事件を刑事みたいに調べようとしてるわけじゃないよな?お前は雑誌記者だ。事件を調べるより、読者が食いつくような記事を作るのが仕事なのを忘れんなよ。」

一言目から容赦ない荒木だが、勘が冴えていた。

「…わかってますよ。」

畑は下を向きながら力なく答えた。

「え、えと…生駒さんと荒木さんって仲良かったんですね!」

足立が、畑の表情を伺って話題を変えた。

「まぁね。ほら、あのメンバーで酒がそれなりに飲めるの俺と荒木さんだけだから。」

生駒と荒木はそう言うとカウンター席に座り、生ビールを2杯注文した。

「…職場の人?」

全く蚊帳の外だった粟田が足立に聞いた。

「うん。あっちの眼鏡の人が生駒さんで、横の人が荒木さん。平職の中では荒木さんが一番年長で、仕事の腕は流石って感心するとこばかりなんだけど…口と態度がねぇ。」

「聞こえてんぞ!」

足立的にはボリュームを落として答えたつもりが、荒木にはバッチリ聞こえていたようだ。足立の前に座っている畑は苦笑いしていた。

荒木はそう言うと、カウンター席からビールジョッキを持って、畑の横に座り足立に説教めいたことを言い始めた。

説教が3分程続くと、カウンター席でビールを片手に見ていた生駒も、あ~あという表情になり、足立たちを助けに行くため腰を上げた。

「変わんないねぇ、荒木は。昔っから仕事に対する熱意は人一倍だった。あと後輩の面倒見もな。」

店主が生駒に言った。生駒はニヤっと笑いながら、すっかり小さくなってる畑と荒木の間に割って入り、下らないことを言いながら荒木の説教を止めようとした。

「おい、生駒!邪魔すんなよ。」

「まぁまぁ、折角の酒の席なんすから、暗い雰囲気は良くないっすよ。こいつら、仕事はちゃんとやってますって。足立さんは会議では中々自分を曝け出すのが苦手ですけど、紙面ではしっかりザ・足立っていう記事を書いてて、内容も面白いですし、畑は今回初の企画ページの主担当ってことで、責任感持ってやってるじゃないっすか!」

「…んなことわかってるよ。」

荒木のこの言葉に、それまで下を向いていた足立と畑、そして全く無関係だが空気に飲まれた粟田の3人は一斉に荒木の顔を見た。

一斉に見られたことで荒木は驚きと照れで皆から目を反らしながら続けた。

「こ、こいつらがちゃんと仕事やる人間だってことくらいわかってるよ。俺は暴走をしてほしくないだけだ。こいつら、ほっとくと刑事の真似事で、どんどん事件に深入りしてくぞ。……高遠(たかとお)みたいにはなってほしくないだけだ。」

「…たかとお?」

畑が荒木の言葉を呟くように繰り返した。

「…高遠さん。聞いたことある。……確か、仕事中にお亡くなりになったって…。」

「…ふんっ、何だ足立知ってんのか。だったら畑の暴走はお前が止めろ。」

「あの、その高遠さんはどうしてお亡くなりになったんですか?」

気になった粟田が思わず質問した。

「高遠は…」

「高遠さんは、ある事件の記事を書いてたんです。殺人事件の遺族を特集する企画を。」

話し出そうとする荒木の言葉を生駒が奪い取って話し出した。どうやら、生駒は今まで粟田の存在に気付いておらず、よく見ると驚くほど好みなタイプだったため、張り切り出した。

生駒は、右からの荒木の睨む視線を無視し、そのまま続けた 。

「ある事件で、被害者の遺族を取材するうち、高遠さんは犯人に疑問を抱いたんです。後々分かったんですが、実は警察が捕まえた犯人は間違いだったんです。いち早くその事に気付いた高遠さんは、遺族を救いたく自分で真犯人を探し出したんですよ。それで、その真犯人ってのが所謂ヤクザで、高遠さんの動きに気付いた組の連中に銃殺されたんです。」

「…ふん。その通りだ。な、武井(たけい)さん。」

荒木はカウンターに視線を向けた。畑たちは、何で荒木が店主に話を振ったのかが理解できなかった。

「あぁ…何回悔いても、高遠くんには申し訳ない気持ちでいっぱいだよ。」

カウンター内の店主が、料理をする手を止めて力なく答えた。

「え、え!?店主って何者なんすか!?」

畑は驚きを隠せずに店主と荒木と生駒の顔を何回も見回した。

「山本編集長の前の編集長だ。」

荒木が答えた。

「え、そうだっんですか!?それは私も知らなかった。」

足立も驚きを隠せなかった。

「…私は高遠くんのやってることには気付いていたんだが、彼の思うがままに行動させたいと考え、彼を止めることはしなかった。だが、まさか真犯人に辿り着いてるとは想像もしてなかった。…今でも忘れられない。仕事中に警察から高遠くんの死を告げる電話があったあの瞬間を。

私はあれから電話をとることがトラウマになってしまい、この店にも電話を置くことができていない。……もっと私が彼のことを真剣に見ていれば防げた事件だった。私は高遠くんの件で責任をとって職を辞した。

暫くたってからこの空き家を借りて趣味を活かした今の店をやっている。…にいちゃん…畑くんだっけかな?荒木の言う通り深入りはしないことだ。もし、誰かを思ってどうしても行動したいなら警察に協力を仰ぎなさい。かぐらちゃんもお願いね。」

武井はそう言うとカウンター内にある扉を開けて部屋の中に入って行った。

「…おじちゃん…。」

今まで全く知らなかった武井の過去を知り、足立は胸がいっぱいになった。

「…荒木さん、ありがとうございます。自分は今回の事件の真相を、読者が本当に読みたがる記事を作りたいんです。ちゃんと警察にも協力を煽るつもりです。」

畑は真っ直ぐな目で荒木を見つめた。

「…そうか。忠告はしたからな。」

荒木はそう言うとビールジョッキを持って、生駒を連れカウンター席へと戻った。生駒は荒木に連れられ戻る途中で畑に微笑みかけた。

「畑くん。私はあなたを高遠さんと同じ運命にはしないわ。でも、真相は知りたい。高遠さんみたいに一人じゃないもの。二人、いや霞ちゃんも入れて三人で真相を掴みましょう。」

足立はそう言うと立ちあがり、右腕をスッと前方に伸ばした。まるで円陣をきるかのポーズをとり、二人にも立ちあがるようにサインを出すと、粟田がスッと立ちあがり足立の右手に自分の右手を重ねた。それを見た畑も立ちあがり粟田の右手に自分の右手を重ねた。

「北条出版ファイト!!」

足立が急に声を張り、三人は笑いながらまた着席した。

その様子を生駒は微笑ましく、荒木は冷たい目線で見守っていた。
しおりを挟む

処理中です...