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第3節 それぞれの葛藤
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正人はおかわりしたコーヒーを飲みながら、眞鍋の言葉を思い出していた。
千里を生き返らせる余程の理由か…と。
正人は千里の妹の紗希の言葉によって、自分がただ単純に寂しかったんだということに気付き、眞鍋の言葉で、さらに千里が自殺した理由を知りたいという思いも出てきていた。
遺書とみられている紙切れに書かれていた゛ごめんなさい゛の意味は何だったのか。
正人は、今は真相を知りたい気持ちが勝り、生き返らせた千里に何かあったときには、登録者である自分が命を奪われることに関しては、不思議と恐怖心は無くなっていた。
明日は畑の件で池畑に会うことになっている。その時に、一度リムの話をし、考えを聞いてみようと思った。
正人はコーヒーを飲み干すと店を後にし家路についた。
ー 居酒屋前 ー
畑は、定時後にまた足立からメッセージアプリが届き、以前の居酒屋の前にいた。入る前にふと店の脇を見ると、小さめの行灯が立っており゛居酒屋 祿壽應穏゛と書かれていた。
「いざかや…何て読むんだろ…」
畑は何も書いてない赤い暖簾とガラス戸を開けて店の中に入った。
「お、にいちゃん、お疲れさん。かぐらちゃんとかはあっちね。」
店主が笑顔で迎えてくれた。
「あの、店の名前なんて読むんですか?」
「あぁ、あれね。ろくじゅおうおん。おっさん歴史が好きでさ。」
「昔の言葉なんですか。」
畑が首を傾げながら聞いた。
「おう、戦国時代のな。まぁ後でネット検索でもしてみてよ。」
畑は、はいと頷きながら、足立と粟田の待つ小上がりに向かった。
「お疲れ様。今日も急にごめんねぇ。」
足立が笑顔で畑を迎え入れた。横の粟田は静かにぺこりと頭を下げた。畑は靴を脱ぎ、足立たちの向かい側に座り、自分の分のビールを頼んだ。
「どうしたんです?今日は。」
畑はおしぼりで手を拭きながら足立に聞いた。
「うん、kiriちゃんのことが色々気になっちゃって。霞ちゃんにも話したんだけど、霞ちゃんは呪いじゃないかって言うからさ。ね!」
話を振られた粟田は、ちょっと慌てながら答えた。
「え、う、うん。確かに言ったけど、別に根拠は無いというか。かぐらちゃんから話を聞いて、そのkiriって子が言ってた言葉が気になって。…その、…呪いは自分に戻ってくるって。」
「人を呪わば穴二つ、ね。実際事件の詳細ってどうなのかな?」
足立の言葉に、畑がスマホを取り出しニュース画面を開いた。
「うーん、まだ詳しくは報道されてないみたいですね。ただ、ニュース記事によると母親とみられる女性は自殺で間違いないみたいですから、娘を殺して自殺を図った無理心中ですかね。」
「あとは、あの桐生朱美の生き別れの妹ってのが何かありそうだなって。」
粟田がビールをひと口飲んで呟くように言った。
「確かにkiriちゃん、桐生朱美が実の姉って知るまで色々ありそうだったよね。」
「まぁ母親が必死に隠していた手紙を読んで気付いたって言ってましたもんね。何で母親は手紙を隠していたんですかね?」
「うーん、それは母親のプライドみたいなもんなんじゃない。実の姉が犯罪者なんて娘に知らせたくは無いだろうし。」
畑は、成る程の意味で頷きながらビールを飲んだ。
「あ、そうそう。かぐらちゃんに話を聞いてから、kiriについて調べてみたんだけど、そのkiriって子のことを書き込んでいる掲示板を見つけたのね。それがこれ。」
粟田はスマートフォンの画面を二人に見せた。掲示板のタイトルは゛呪いの伝播゛とあり、書き込みをさらっと読むと、確かに長尾のことのようだった。
「それで気になる書き込みがあって。それが…えーと、…あ、これ。」
そこには、kiriが゛赤い紙゛と呼ばれる呪いの紙をインターネットで販売しているという内容が書かれていた。画面をスライドさせ、書き込みを見ていくと、その紙は一枚50万円で売られていたことがわかった。
畑は、その金額に驚きを隠せなかった。
「ご、50万円!?こんな値段で買い手はいたんですかね?…あれ、でも足立さんがkiri…長尾さんの書き込みでプリントした呪いの紙は何だったんですかね?」
「うーん、本人に聞かないとわかんないけど、時々宣伝のためにタダでネット上で公開してたんじゃないかな?呪いの掲示板を見るような人が使って効果があれば、きっとそのことを掲示板に書き込んでくれる。それを見た興味のある人は50万円でも購入したくなるんじゃないかな。」
「つまり、宣伝広告の紙をたまたま足立さんが見つけたってこと…か。ありそうな話ですね。」
畑は納得したように頷いた。粟田は、足立の話を聞いてあることに閃き、珍しく大きめな声を出した。
「あっそうか!だから使ったら燃やせってなってたのかな。無料の物が出回ったら商売にならない。桐生朱美の件で呪いの存在は証明されてるから、燃やさないと自分に災いがかかるって説明があれば信じちゃうよ。私とかぐらちゃんも何の疑いもなく燃やしちゃったもん。」
畑は重要なことに気が付いた。長尾が呪いの紙を売っていると書き込みがあったのは、今から半年前であり、50万円という金額でももしかしたら数人の購入者がいるのではないかと。
そうであれば、正に掲示板のタイトル通り、呪いは伝播していることになる。桐生朱美と長尾智美以外にも呪いを使える人間が世の中にいることを考えると寒気がした。
そして、畑は長尾の死を知った時から考えていることを、二人にゆっくりと話し出した。
「…足立さん。長尾さんが殺されてしまったのが俺たちと会った直後だったのは、ただの偶然だったのかもしれません。
…でも、もしかしたら俺たちが何か原因になるようなことをしてしまったのか…そう考えてしまうこともあるんです。もう俺たちは長尾さんの死に関わってしまった。俺は長尾さんの死の真相を知りたいんです。霞さんの言う通り、呪いが原因なら、警察はその事を公表することはしないと思います。」
畑の話を頷きながら聞いていた足立が、少し考えてから話し出した。
「…うん。多分警察は呪いについては、桐生朱美を死刑にして全てを終わらせたいと思ってるよね。こんなものが世の中に普通に存在したら、平穏な生活なんて送れないよ。」
二人の会話を聞きながら粟田も頷いていた。
「明日、村上さんに刑事さんを紹介してもらえることになってます。その人に自分が持ってる長尾さんの情報を伝えてきます。」
ガラガラガラッ。店の引き戸が開いた。
「おっ、ケイちゃんいらっしゃい。あれ、今日はお連れさんもかい、珍しい。」
店主は、入ってきた客を親しげに迎え入れた。
千里を生き返らせる余程の理由か…と。
正人は千里の妹の紗希の言葉によって、自分がただ単純に寂しかったんだということに気付き、眞鍋の言葉で、さらに千里が自殺した理由を知りたいという思いも出てきていた。
遺書とみられている紙切れに書かれていた゛ごめんなさい゛の意味は何だったのか。
正人は、今は真相を知りたい気持ちが勝り、生き返らせた千里に何かあったときには、登録者である自分が命を奪われることに関しては、不思議と恐怖心は無くなっていた。
明日は畑の件で池畑に会うことになっている。その時に、一度リムの話をし、考えを聞いてみようと思った。
正人はコーヒーを飲み干すと店を後にし家路についた。
ー 居酒屋前 ー
畑は、定時後にまた足立からメッセージアプリが届き、以前の居酒屋の前にいた。入る前にふと店の脇を見ると、小さめの行灯が立っており゛居酒屋 祿壽應穏゛と書かれていた。
「いざかや…何て読むんだろ…」
畑は何も書いてない赤い暖簾とガラス戸を開けて店の中に入った。
「お、にいちゃん、お疲れさん。かぐらちゃんとかはあっちね。」
店主が笑顔で迎えてくれた。
「あの、店の名前なんて読むんですか?」
「あぁ、あれね。ろくじゅおうおん。おっさん歴史が好きでさ。」
「昔の言葉なんですか。」
畑が首を傾げながら聞いた。
「おう、戦国時代のな。まぁ後でネット検索でもしてみてよ。」
畑は、はいと頷きながら、足立と粟田の待つ小上がりに向かった。
「お疲れ様。今日も急にごめんねぇ。」
足立が笑顔で畑を迎え入れた。横の粟田は静かにぺこりと頭を下げた。畑は靴を脱ぎ、足立たちの向かい側に座り、自分の分のビールを頼んだ。
「どうしたんです?今日は。」
畑はおしぼりで手を拭きながら足立に聞いた。
「うん、kiriちゃんのことが色々気になっちゃって。霞ちゃんにも話したんだけど、霞ちゃんは呪いじゃないかって言うからさ。ね!」
話を振られた粟田は、ちょっと慌てながら答えた。
「え、う、うん。確かに言ったけど、別に根拠は無いというか。かぐらちゃんから話を聞いて、そのkiriって子が言ってた言葉が気になって。…その、…呪いは自分に戻ってくるって。」
「人を呪わば穴二つ、ね。実際事件の詳細ってどうなのかな?」
足立の言葉に、畑がスマホを取り出しニュース画面を開いた。
「うーん、まだ詳しくは報道されてないみたいですね。ただ、ニュース記事によると母親とみられる女性は自殺で間違いないみたいですから、娘を殺して自殺を図った無理心中ですかね。」
「あとは、あの桐生朱美の生き別れの妹ってのが何かありそうだなって。」
粟田がビールをひと口飲んで呟くように言った。
「確かにkiriちゃん、桐生朱美が実の姉って知るまで色々ありそうだったよね。」
「まぁ母親が必死に隠していた手紙を読んで気付いたって言ってましたもんね。何で母親は手紙を隠していたんですかね?」
「うーん、それは母親のプライドみたいなもんなんじゃない。実の姉が犯罪者なんて娘に知らせたくは無いだろうし。」
畑は、成る程の意味で頷きながらビールを飲んだ。
「あ、そうそう。かぐらちゃんに話を聞いてから、kiriについて調べてみたんだけど、そのkiriって子のことを書き込んでいる掲示板を見つけたのね。それがこれ。」
粟田はスマートフォンの画面を二人に見せた。掲示板のタイトルは゛呪いの伝播゛とあり、書き込みをさらっと読むと、確かに長尾のことのようだった。
「それで気になる書き込みがあって。それが…えーと、…あ、これ。」
そこには、kiriが゛赤い紙゛と呼ばれる呪いの紙をインターネットで販売しているという内容が書かれていた。画面をスライドさせ、書き込みを見ていくと、その紙は一枚50万円で売られていたことがわかった。
畑は、その金額に驚きを隠せなかった。
「ご、50万円!?こんな値段で買い手はいたんですかね?…あれ、でも足立さんがkiri…長尾さんの書き込みでプリントした呪いの紙は何だったんですかね?」
「うーん、本人に聞かないとわかんないけど、時々宣伝のためにタダでネット上で公開してたんじゃないかな?呪いの掲示板を見るような人が使って効果があれば、きっとそのことを掲示板に書き込んでくれる。それを見た興味のある人は50万円でも購入したくなるんじゃないかな。」
「つまり、宣伝広告の紙をたまたま足立さんが見つけたってこと…か。ありそうな話ですね。」
畑は納得したように頷いた。粟田は、足立の話を聞いてあることに閃き、珍しく大きめな声を出した。
「あっそうか!だから使ったら燃やせってなってたのかな。無料の物が出回ったら商売にならない。桐生朱美の件で呪いの存在は証明されてるから、燃やさないと自分に災いがかかるって説明があれば信じちゃうよ。私とかぐらちゃんも何の疑いもなく燃やしちゃったもん。」
畑は重要なことに気が付いた。長尾が呪いの紙を売っていると書き込みがあったのは、今から半年前であり、50万円という金額でももしかしたら数人の購入者がいるのではないかと。
そうであれば、正に掲示板のタイトル通り、呪いは伝播していることになる。桐生朱美と長尾智美以外にも呪いを使える人間が世の中にいることを考えると寒気がした。
そして、畑は長尾の死を知った時から考えていることを、二人にゆっくりと話し出した。
「…足立さん。長尾さんが殺されてしまったのが俺たちと会った直後だったのは、ただの偶然だったのかもしれません。
…でも、もしかしたら俺たちが何か原因になるようなことをしてしまったのか…そう考えてしまうこともあるんです。もう俺たちは長尾さんの死に関わってしまった。俺は長尾さんの死の真相を知りたいんです。霞さんの言う通り、呪いが原因なら、警察はその事を公表することはしないと思います。」
畑の話を頷きながら聞いていた足立が、少し考えてから話し出した。
「…うん。多分警察は呪いについては、桐生朱美を死刑にして全てを終わらせたいと思ってるよね。こんなものが世の中に普通に存在したら、平穏な生活なんて送れないよ。」
二人の会話を聞きながら粟田も頷いていた。
「明日、村上さんに刑事さんを紹介してもらえることになってます。その人に自分が持ってる長尾さんの情報を伝えてきます。」
ガラガラガラッ。店の引き戸が開いた。
「おっ、ケイちゃんいらっしゃい。あれ、今日はお連れさんもかい、珍しい。」
店主は、入ってきた客を親しげに迎え入れた。
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