Rem-リム- 呪いと再生

雨木良

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第5節 決断の瞬間(とき)

(3)

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「長尾智美…呪いの使い魔…やはり姉である桐生朱美からですかね。」

池畑は、呪いが長尾智美で終わっているとも思えず、世の中のどこまで広がっているのか、想像しただけでも恐ろしく感じていた。

「まだ証拠はないがな。長尾の部屋から呪いの紙が見つかったよ。それも大量にな。知ってるか?呪いの紙。」

池畑たちの前を歩く犬童は、ポケットからくしゃくしゃのレシートを取り出し、呪いの紙に見立ててピラピラ靡かせながら言った。

「えぇ、知ってますよ。…それにその話、どうやら長尾はその紙をインターネットを使って売っていたらしいですよ。」

「…やはりそうか。」

池畑は、犬童を追い越し足を止め、正人と畑に教えられた゛呪いの伝播゛という掲示板サイトを歩きながら犬童と松蔭に見せた。二人は、長尾が呪いの紙を販売しているような内容の書き込みを流し読みした。

「これが本当なら、少なくても数人は購入してそうですね。」

松蔭が画面に釘付けになりながら呟いた。

「あぁ、あの大量の呪いの紙の意味がわかったな。」

「…あの犬童係長、話が少し戻りますが…何故桐生朱美に妹がいた事を隠す必要があるんですか?それがどう呪いの件に影響するんでしょうか?」

犬童は松蔭の質問に少し考え込むと、再び歩き出しながら答えた。どうやら松蔭の顔を見ながら話したくはないようだと池畑は感じた。

「…真実はわからん。俺も上の指示に従っただけだ。だが、恐らく桐生朱美については如何なる情報も出さないという箝口令でも出てるんだろ。…桐生朱美、判決から死刑までの期間の短さは異常中の異常だ。下手な情報でも出て、それが世間が桐生朱美に同調するような内容だったら困るわけだ。特に家族の話は、世間が桐生朱美に同情してしまう内容かもしれない。きっと、警察は桐生朱美を常軌を逸した世紀の殺人鬼という印象のまま死刑に持ち込みたいのさ。…と、話してる間に着いたな。」

犬童は足を止め、目の前の2階建てのアパートを指差した。見た目は最近出来たばかりのような綺麗な現代的な建物だった。先頭を歩く犬童は、2階の角部屋の前で立ち止まり、持っていた鍵でドアを開けた。

「娘も母親も出血が酷くてな、血溜りの跡が大きく残ってるぞ。」

犬童はそう言うと、靴を脱いで部屋に入っていった。池畑と松蔭も続いて部屋にあがった。

1LDKの間取りのアパートは、玄関、短い廊下とあり、廊下には水回りも含めて3つの扉があった。一番奥の扉を開けるとLDKに繋がり、開けた瞬間渇いた鉄錆びのような臭いが漂ってきた。8畳ほどの部屋の半分近い面積分の床に、赤黒い血痕の跡が残っていた。

「うわっ、こんな現場初めて見ました。」

ハンカチで口と鼻を覆いながら松蔭が言った。どうやら松蔭も現場に来たのは初めてだったようだ。

犬童は、フンッと鼻で笑いながら、部屋の奥まで進み、部屋の全景を見れる位置に立った。

「あの血痕の跡の所に二人の遺体があった。長尾智美の遺体の上に、母親の長尾薫の遺体が重なるような格好でな。」

犬童は血溜まりを指差しながら、遺体の位置を説明した。池畑は、手帳を取り出しメモを取りながら犬童に質問した。

「母親の薫が娘の智美を殺して自殺、それはもう間違いないんですよね?」

「遺体や凶器、部屋の状況からみて、間違いないだろうな。」

「近隣の目撃情報とかは?」

「どんな感じだったっけ、松蔭。」

「あ、はい。えーと、実はこのアパートまだ非常に新しいもので、入居者もそんなにいない状況でして。2階は、ここの長尾さんと、反対の道路側の角部屋に一組です。間には3部屋あります。1階はこの部屋の下と、反対の道路側の角部屋とその隣の3組、アパート全体では5組の住民しかいません。それで、住民に聞き取りを行ったんですけど、全員事件当時にこのアパートにはいなかったようで、目撃情報がないんですよ。…あ、そうだ。この部屋の下の人とはまだ接触できてないです。」

松蔭は手帳をペラペラと捲りながら、所々自分の書いた字に首を傾げながら、たどたどしく答えた。

「犯行時間が昼間でしたからね。それで、母親の動機はわかったんですか?」

池畑は今の松蔭の説明をメモしながら質問を続けた。

「いや、確証を得れるものはまだだ。ただ、見ての通り母親とは別居してたわけだが、実は実家も近くにあって、もしかしたら仲の悪さから実家を出たのかもな。」

「…そうですか。確かに母子家庭で実家が近いのに別居ってのは引っ掛かりますね。…あ、そうだ。この家か実家で手紙がありませんでしたか?」

池畑は正人と畑から聞いた時のメモを確認し、手紙のことを思い出した。

「手紙?中身は?」

「具体的な中身はわかりませんが、長尾家と桐生朱美との関係がわかる手紙があるようです。先日、長尾智美さんと面識のある方から情報提供がありまして。その方の話ですと桐生朱美が母親、つまり長尾薫に宛てた手紙だそうです。」

池畑は、雑誌記者からの提供というのは敢えて伏せた。

松蔭は、ペラペラと手帳を見返しながら、手紙についての情報があったか確認したが見当たらなかった。松蔭は犬童に首を横に振ってそのことを告げた。

「この部屋の捜索は一通り終わってるんだが、今回の事件に関連しそうな物は無かったよ。…今日はまだ聞き取りが出来ていないこの部屋の下の住人を中心に、周辺の聞き取りを行おうと思ってな。…もういいか?部屋出るぞ。」

池畑が頷くと、3人は部屋を出て、アパートの一階を目指し階段を下り始めた。

「ところで池畑、お前は仕事で来てんのか?」

「……いえ、プライベート扱いでお願いします。」

「ハッハハハ、やっぱりな。一人っきりだからおかしいと思ったんだよ。てことは、職場には内緒でか。そうでもしないとマズイ理由があんのか?」

犬童はニヤリとしながら聞いた。

「…桐生朱美の件は、誰が真実を知っていて、誰が隠し事をしてるかわかりませんから。今は自分とこの課長にさえ、疑心暗鬼になりそうで。」

「長年仕事してりゃあそういう事件にも遭遇するさ。」

犬童は池畑の肩をポンっと叩くと、長尾の部屋の下の部屋を目指した。

すると、ガラガラガラとスーツケースを引きずる音が、後方のアパートの入口から聞こえ、3人は後ろを振り返った。
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