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第6節 皮肉
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ー 解剖医学センター ー
17時11分
畑の死因特定のため、解剖が行われることになり、解剖医学センターには、畑の妹の栞菜と祖父母、出版社から山本、稗田、生駒、正人の四人、そして今日正人と携帯番号を交換したばかりの粟田が駆け付けていた。
待合室は、すすり泣く声が共鳴しており、一日で二人の友人を失った粟田は廃人のようだった。
山本と稗田の上司二人は、畑の家族にお悔やみを告げるとともに、状況を説明していた。
コンコンというノックとともに、待合室に秋吉と石井が入ってきた。
「皆さん、この度はご愁傷様です。神奈川県警の秋吉と石井です。これより、畑賢太郎さんの司法解剖をさせていただきます。」
秋吉は、いつもの癖で殺人だと仮定し、容疑者を探すように集まっている人間を見回した。すると、その中に正人がいることに気が付いた。
秋吉は、正人に近づき一礼した。
「北条出版の村上さんですよね。同僚の池畑から話を聞いています。度重なるご不幸、誠にご愁傷さまです。」
正人は立ち上がり一礼した。
「すみません、ご丁寧に。…あの、池畑さんたちは?まだ群馬ですか?」
「…えぇ、まだ午前中の件が残ってるようで。…では、解剖に立ち会う時間ですので。また。」
秋吉はドアの前で一礼し、部屋を出ていった。
司法解剖は、久保寺と本多の手により手際よく行われていた。
「死因は……心臓麻痺ね。まだ若いのに。ストレスかしら、午前中にツラい事件があったんでしょ?」
久保寺は、取り出した心臓を隈無く見回しながら聞いた。側にいた秋吉が答えた。
「はい。まぁ過度のストレスを感じた可能性はありますが。…脳はどうですか?」
「脳ね…ちょっと待って。この人も呪いでってこと?警察は何やってんのよ。どんどん呪いの被害者増えてるじゃない。」
久保寺は、イライラしたような口調で、頭を切開する道具を手に取った。本多と二人で頭蓋骨を開き、呪いの症例が出る場所を確認した。
18時15分
コンコンとノックとともに、待合室に秋吉と石井が入ってきた。
「皆さんお待たせいたしました。ご家族の方は?」
秋吉は、涙を流しながら、手を挙げた栞菜に検死結果を示した紙を渡した。
「お兄さんは心臓麻痺…病気で亡くなったことが分かりました。ツラいとは思いますが、お兄さんの分まで生きてあげてください。」
秋吉は深々と頭を下げた。紙を受け取った栞菜と祖父母は、石井の案内のもと、畑の遺体と対面するために待合室を出ていった。
それを見送ると、秋吉はまた正人の元に行き、正人を誘い出した。
誰もいないイーティングルームで、手前の円卓に正人を座らせ、部屋の隅の自販機で缶コーヒーを二本買い、秋吉も席に座った。
「甘いのはお好きですか?」
正人が頷くと、加糖コーヒーを手渡し、秋吉はブラックの缶コーヒーを開け、一口飲んだ。
「すみません、お疲れのところ。今日は、その…濃い一日でしたね。本当に。」
正人は秋吉の言葉に頷き、やりきれない表情を浮かべて答えた。
「…えぇ、本当に。嘘だと思いたいことばかりです。」
「…そんな中、追い討ちを掛けることになるかもしれませんが、一点お聞きしたいことが。」
秋吉は、鞄から正人たちが手掛けている雑誌のバックナンバーを取り出し、予め付箋を貼っていたページを開いた。
「この呪いにまつわるページは、畑さんがご担当ですか?」
「その通りです。あと…今日捕まった足立もいました。二人で作り上げたものです。…畑は…この号で初めて主担当を任されたと…張り切っていました。」
今や遠い思い出のように感じた正人は、我慢できずに、涙を流しながら答えた。
「ここに、呪いの紙は実験により効果が証明されたとあります。この中身はご存知ですか?」
秋吉が指差しながら聞いた。
「えぇ、足立が…畑にくだらない呪いを掛けたと。…ほら、中身はここに。顔に落書きを書かせた、と。」
秋吉は、正人の答えに頭を抱えた。
「…やっぱりか。やはり、畑さんは一度呪いを掛けられてたんですね。」
大袈裟な反応の秋吉に、正人は疑問を抱いた。
「…それが何か?…あ、いや、また足立の罪が重くなりますか。これは彼女だって単なる遊びで…。」
「遊びじゃ済まないんですよ!…この呪いは、どんなに簡単な命令でも、一度でも行えば、対象となった人間は死に至ることが、つい最近分かりました。」
正人は、頭の中で秋吉の言葉を整理した。
つまり、足立に落書きの呪いを掛けられたせいで、畑は死んだのかと。
正人の表情を伺いながら、秋吉が続けた。
「畑さんの脳から呪いの痕跡が見つかりましたので、裏付けのためにお聞きしました。ご協力感謝いたします。では。」
秋吉は正人の反応を待つことなく立ちあがり、部屋のドアへと向かい、開ける前に立ち止まった。
「村人さん。この事は最重要事項です。すみませんが絶対に口外しないでください。」
正人は秋吉の言葉に立ち上がって質問した。
「ご家族にもですか?…畑は両親を事故で亡くし、以来ずっと妹と生きてきました。妹は、祖父母以外に親族がいない。いずれは一人ぼっちになってしまうことになります。…妹の栞菜ちゃんには、真実を伝えてあげるべきでは?」
「…心臓麻痺という結論の方が一番彼女の救いになる。知らない方がいい真実もある。…私はそう思っています。」
秋吉はそう言い放ち、ドアを開けて出ていった。
17時11分
畑の死因特定のため、解剖が行われることになり、解剖医学センターには、畑の妹の栞菜と祖父母、出版社から山本、稗田、生駒、正人の四人、そして今日正人と携帯番号を交換したばかりの粟田が駆け付けていた。
待合室は、すすり泣く声が共鳴しており、一日で二人の友人を失った粟田は廃人のようだった。
山本と稗田の上司二人は、畑の家族にお悔やみを告げるとともに、状況を説明していた。
コンコンというノックとともに、待合室に秋吉と石井が入ってきた。
「皆さん、この度はご愁傷様です。神奈川県警の秋吉と石井です。これより、畑賢太郎さんの司法解剖をさせていただきます。」
秋吉は、いつもの癖で殺人だと仮定し、容疑者を探すように集まっている人間を見回した。すると、その中に正人がいることに気が付いた。
秋吉は、正人に近づき一礼した。
「北条出版の村上さんですよね。同僚の池畑から話を聞いています。度重なるご不幸、誠にご愁傷さまです。」
正人は立ち上がり一礼した。
「すみません、ご丁寧に。…あの、池畑さんたちは?まだ群馬ですか?」
「…えぇ、まだ午前中の件が残ってるようで。…では、解剖に立ち会う時間ですので。また。」
秋吉はドアの前で一礼し、部屋を出ていった。
司法解剖は、久保寺と本多の手により手際よく行われていた。
「死因は……心臓麻痺ね。まだ若いのに。ストレスかしら、午前中にツラい事件があったんでしょ?」
久保寺は、取り出した心臓を隈無く見回しながら聞いた。側にいた秋吉が答えた。
「はい。まぁ過度のストレスを感じた可能性はありますが。…脳はどうですか?」
「脳ね…ちょっと待って。この人も呪いでってこと?警察は何やってんのよ。どんどん呪いの被害者増えてるじゃない。」
久保寺は、イライラしたような口調で、頭を切開する道具を手に取った。本多と二人で頭蓋骨を開き、呪いの症例が出る場所を確認した。
18時15分
コンコンとノックとともに、待合室に秋吉と石井が入ってきた。
「皆さんお待たせいたしました。ご家族の方は?」
秋吉は、涙を流しながら、手を挙げた栞菜に検死結果を示した紙を渡した。
「お兄さんは心臓麻痺…病気で亡くなったことが分かりました。ツラいとは思いますが、お兄さんの分まで生きてあげてください。」
秋吉は深々と頭を下げた。紙を受け取った栞菜と祖父母は、石井の案内のもと、畑の遺体と対面するために待合室を出ていった。
それを見送ると、秋吉はまた正人の元に行き、正人を誘い出した。
誰もいないイーティングルームで、手前の円卓に正人を座らせ、部屋の隅の自販機で缶コーヒーを二本買い、秋吉も席に座った。
「甘いのはお好きですか?」
正人が頷くと、加糖コーヒーを手渡し、秋吉はブラックの缶コーヒーを開け、一口飲んだ。
「すみません、お疲れのところ。今日は、その…濃い一日でしたね。本当に。」
正人は秋吉の言葉に頷き、やりきれない表情を浮かべて答えた。
「…えぇ、本当に。嘘だと思いたいことばかりです。」
「…そんな中、追い討ちを掛けることになるかもしれませんが、一点お聞きしたいことが。」
秋吉は、鞄から正人たちが手掛けている雑誌のバックナンバーを取り出し、予め付箋を貼っていたページを開いた。
「この呪いにまつわるページは、畑さんがご担当ですか?」
「その通りです。あと…今日捕まった足立もいました。二人で作り上げたものです。…畑は…この号で初めて主担当を任されたと…張り切っていました。」
今や遠い思い出のように感じた正人は、我慢できずに、涙を流しながら答えた。
「ここに、呪いの紙は実験により効果が証明されたとあります。この中身はご存知ですか?」
秋吉が指差しながら聞いた。
「えぇ、足立が…畑にくだらない呪いを掛けたと。…ほら、中身はここに。顔に落書きを書かせた、と。」
秋吉は、正人の答えに頭を抱えた。
「…やっぱりか。やはり、畑さんは一度呪いを掛けられてたんですね。」
大袈裟な反応の秋吉に、正人は疑問を抱いた。
「…それが何か?…あ、いや、また足立の罪が重くなりますか。これは彼女だって単なる遊びで…。」
「遊びじゃ済まないんですよ!…この呪いは、どんなに簡単な命令でも、一度でも行えば、対象となった人間は死に至ることが、つい最近分かりました。」
正人は、頭の中で秋吉の言葉を整理した。
つまり、足立に落書きの呪いを掛けられたせいで、畑は死んだのかと。
正人の表情を伺いながら、秋吉が続けた。
「畑さんの脳から呪いの痕跡が見つかりましたので、裏付けのためにお聞きしました。ご協力感謝いたします。では。」
秋吉は正人の反応を待つことなく立ちあがり、部屋のドアへと向かい、開ける前に立ち止まった。
「村人さん。この事は最重要事項です。すみませんが絶対に口外しないでください。」
正人は秋吉の言葉に立ち上がって質問した。
「ご家族にもですか?…畑は両親を事故で亡くし、以来ずっと妹と生きてきました。妹は、祖父母以外に親族がいない。いずれは一人ぼっちになってしまうことになります。…妹の栞菜ちゃんには、真実を伝えてあげるべきでは?」
「…心臓麻痺という結論の方が一番彼女の救いになる。知らない方がいい真実もある。…私はそう思っています。」
秋吉はそう言い放ち、ドアを開けて出ていった。
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