Rem-リム- 呪いと再生

雨木良

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第7節 解錠

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池畑は早足で執務室に戻り、自席にいる溝口を見つけ、鍵を溝口の机に置いた。

「…鍵?何の鍵ですか?」

「南雲由実の机の引出しの鍵だ。」

池畑の言葉に、溝口は鍵を手に取り、凝視した。

「え、これがあの引出しのですか!?なら、例の引き出し、確かめに行かないといけないですね。」

池畑は、隣の自席に座った。

「悪いが溝口、今から行ってきてくれないか?南雲さん宅と課長には俺から説明しておくから。」

「え?池畑さんは行かないんですか?」

溝口はキョトンとした表情で聞いた。

「すまん、やらないと…確かめないといけないことがあるんだ。佐倉のことで…。俺はこれから科学研究所に行ってくるよ。お願いできるか?」

溝口は、佐倉の件と言われると、何も言えずに頷いた。

池畑は、杉崎に報告をし、自分は科学研究所に向かうことにし、駐車場で車に乗り込んだ。

トントントン。

助手席側から窓を叩く音がし、助手席側の窓を開けると、秋吉が屈んで顔を覗かせた。

「秋吉!?出勤は午後からじゃ。」

「予定は変わるもんだ。逆に早く来て良かった。俺も連れていけ!佐倉由香里の事件は今俺の担当だ、文句は言わせないぞ!」

秋吉は、助手席に強引に乗り込んだ。

ー 車中 ー

発車してから五分くらい経過したが、池畑は一言も発せずに、正面から目を逸らすこともなかった。

秋吉は、そんな池畑を時々見ては、ニヤリと不敵な笑みを浮かべていたが、沈黙を破るべく秋吉が口を開いた。

「恐いか?死ぬのが。」

「……………。」

秋吉は、ハンドルを握る池畑の手が震えているのに気が付いた。

「悪いが…俺はお前に気は遣わない。お前らは真実を知りたいんだろう?だから、俺はお前に真実を話した。だがな、当然まだ呪いに関しては研究も始まったばかり。呪いを掛けられたら死ぬってのは…眞鍋幸司に聞いた話だ。」

池畑は驚き、ちらりと秋吉の顔を伺った。

「お前、眞鍋に会ったのか?」

口を開いた池畑に、秋吉はニヤリと笑みを浮かべた。

「ふっ、漸く話すようになったじゃねぇか。桐生朱美を調べていれば、眞鍋幸司という名には行き着くさ、当時の恋人だからな。ただ、眞鍋の居場所を探すのに手間取っちまったよ。」

(まぁ、小型のGPS発信器をお前のスーツに忍び込ませて突き止めたんだがな。)

秋吉は、またニヤリと笑った。淡々と話す秋吉とは裏腹に、池畑は少し興奮気味だった。

「それで逮捕しなかったのか?お前ならしそうじゃないか。大手柄だぞ。」

「ふっははは、確かにな。でも、俺にだって慈悲はある。眞鍋は今日の何処かで死ぬさ。そんな儚い奴を俺はしょっぴく事はしないさ。」

秋吉はわざとさらっと言ったが、池畑は今の言葉を聞き逃さなかった。池畑は、ハザードを出し、脇に停車した。

「…え、今日?なのか?」

池畑は、秋吉の目を見て聞いた。秋吉は一瞬目が合うと、フンッと鼻で笑って目を反らした。

「…あぁ。裏の情報で、桐生朱美の死刑が今日執行されることが決まっているらしい。時間までは分からんが、恐らく夕方までには執行されるだろう。…ほら、車出せよ。」

池畑は、再び本線に車を戻し、研究所に向けて走り出した。

「眞鍋は知っていたよ。倉庫は空っぽだったし、リムも無くなっていた。……それより、今日は何が分かりそうなんだ、研究所で。」

池畑は、運転席側のドアポケットから、例の科学雑誌を取り出し、秋吉に渡した。秋吉は、付箋が付いたページを開き内容を読み出した。

「秋吉、英語出来るのか?」

「あぁ、こんくらいの文章ならな。まぁ専門用語はわからんが。………なるほどな、この二人が佐倉由香里の研究結果を自分たちだけのものにしたって感じか。つまり、所長らがこのために佐倉由香里を殺したと?」

池畑は、正面を見ながらゆっくり頷いた。

「…秋吉の言うとおりなら、俺はいつ死んでも不思議じゃない、時間がないんだ。死ぬ前に佐倉の事件はどうしても解決したい。だから、少しでも可能性があるなら、それに賭けたいんだ。」

「ふっ、お前が成仏できるように協力するさ。」

ー 科学研究所 ー

10時38分

池畑と秋吉は、所長室へと直行した。所長室へのドアの脇には在室中のプレートが掛かっており、ノックをしドアを開けた。

「おはようございます。工藤所長。」

自席で書類に目を通していた工藤は、席を立ち、ゆっくり池畑たちに歩み寄ってきた。

「おや、池畑刑事に…お、久しぶりですね、秋吉刑事。おはようございます。どうぞ、こちらへ。」

工藤は、二人をソファへと案内し、自分は対面に座った。

「佐倉先生の事件を担当者として、未だ解決に至らずおわびいたします。本日は突然申し訳…。」

秋吉が頭を下げた。

「いや、いいんですよ。正直、そろそろお越しになると思ってましたから。」

工藤は秋吉の挨拶を遮るように話し出して、続けた。

「今、池畑刑事が手にお持ちの雑誌についてですよね。私と竃山解剖医学センター長の連盟の研究報告。…私は何も悪いことはしてませんよ。」

工藤は、池畑から雑誌を貰い、そのページを開き読み出した。その様子を伺いながら池畑は質問した。

「あの…悪いことはしてないって…その内容は、佐倉先生の研究成果ですよね。本来なら佐倉先生の名前が載るはずです。」

「…証拠は?」

「え?」

思いもよらない工藤の言葉に池畑たちは、目を見合わせた。

「ですから、私じゃなく佐倉先生の研究成果だという証拠は?」

工藤は何も動じることはなく、淡々と反論してきたため、池畑は呆気にとられてしまった。工藤は、態度を変えることなく続けた。

「この世界は奪い合いですよ。同じ題材、テーマで研究してる人間は、皆我先にと競争です。そうですねぇ、云わば゛うさぎとかめ゛ですかね。競争を有利に進めていたうさぎでしたが、休息中にかめに逆転されるやつです。状況は似たようなものです。」

ニヤリと笑みを浮かべながら話す工藤の言葉に頭に来た池畑は、ソファを立ちあがり、所長に掴みかかろうとしたが、秋吉が身体を張って止めた。

「やめろ、池畑。腹ただしいのはわかるが、暴力振るったら負けだ。……所長、あなたもわざと池畑を怒らせようとしましたね。」

秋吉は、工藤を睨み付けた。

「ハハハ、やめてくださいよ、そんな恐ろしい目。…刑事さんたちはあれですよね。そのまま、研究成果を盗むために私たちが佐倉先生を殺したということに持っていきたかったんですよね?」

「あの時、あなたのアリバイは無いじゃないですか。」

秋吉がイラ立った口調で聞いた。

「…確かに。この部屋に居ましたが、出入りを記録する部屋の前の防犯カメラは、ご存知のとおり作動していませんでしたからね。アリバイはありませんよ。でもね、人を殺してまで得たいとは思いませんよ。…それとも、私を犯人に導く証拠でも?」

秋吉のお陰で、少し冷静さを取り戻した池畑は、工藤に一礼して部屋を出ていった。秋吉も慌てて池畑を追いかけた。

「ふん、こっちだって痛手ですよ。有能な科学者を一人失ったんだ。」

工藤は、二人が出ていった後のドアに向かって呟いた。
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