Rem-リム- 呪いと再生

雨木良

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最終節 最期

(8)【完結】

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〈数日後〉

ー 定食屋 祿壽應穏 ー

粟田は武井の店を訪れた。粟田が店の扉を開けると、カウンターから武井が顔を覗かせた。

「いらっしゃい。お、霞ちゃんか、休日に珍しいな。昼飯食ってくか?」

粟田は扉から店の中には入らずに、笑顔で答えた。

「ううん、今からかぐらちゃん迎えに行ってくるわ。夜に二人で来るから、スペシャルメニューよろしくねって言いに来ただけ。」

「おぉ、そうか今日だったな、戻ってくるの。良かったな、不起訴になって。」

武井は忘れていたようなリアクションをしたが、店のカレンダーの今日の日付欄には、デカデカと赤い花丸が記してあった。

「多分、群馬の警察の人が頑張ってくれたのかな。まぁ、前例がないし、直接かぐらちゃんの手元に物があったわけじゃないから、窃盗には当たらないってことになったみたい。」

「そうか。とにかく、かぐらちゃんが帰ってくるなら腕を奮わないとな。気をつけてな。」

武井の言葉に、粟田は満面の笑みで手を振って店を出ていった。

「…少しは、ハタ坊も救われたか…。」

武井は安堵した表情を浮かべた。

ー 居酒屋 祿壽應穏 ー

その日の夜。

「「「かんぱぁーい!」」」

足立、粟田、武井の三人は小上がりで足立の釈放を祝って宴会を開催した。

乾杯が済むと、足立は立ち上り、ゆっくり深く頭を下げた。

「本当にありがとうございます。私にはもう帰る場所なんてないと思ってて…。うぅ、か、霞ちゃんが迎えに…来てくれるとは…思ってなくて…。」

「ほら、かぐらちゃん!畏まった挨拶はいらないから座って座って!」

武井は、足立を座るように促した。

「本当に良かったよ、かぐらちゃん。」

粟田はそう言うと、足立を力強く抱き締めた。

「いたい…痛いよ…かぐらちゃん。」

「心配させた罰だよ。そんくらい我慢しろ。」

足立も粟田をギュッと抱き締め、溢れる涙を粟田の肩で拭った。

そんな二人を武井は、頬杖を付きながら、微笑ましく眺めていた。

「…本当だったら、この場に畑くんもいたんだよね?…何で…。」

足立が、粟田の耳元で囁いた。

「かぐらちゃん…。」

足立はゆっくり粟田から身体を離し、ペタンと畳に腰を下ろした。

「…私の…せいなのかな…?」

急に落ち込みだした足立を見て、武井が慌てて話を切り出した。

「か、かぐらちゃんのせいじゃないだろ。ハタ坊は心臓麻痺だったんだろ?タイミングがあれだったけど、彼は何か心臓に病を抱えていて、成るべくして成ってしまったんだと私は考えるけどね。…なぁ、霞ちゃん。」

「え、えぇ。私もかぐらちゃんのせいだなんて思ってないよ。…今度、畑さんのお墓に線香あげに行こう。」

粟田も必死で足立を元気付けようとした。

「…明日。」

足立がぼそっと呟いた。

「…え?」

「明日!明日行く!!」

足立は、粟田に振り向き力強く言い放った。粟田はちょっと驚いたが、笑顔で頷いた。

「あ、そうだ。ちょっと待っててくれ。」

武井は、思い出したかのように席を立ち、厨房へ行くと、作っておいた料理を大きなお盆に乗せて運んできた。

「ほぉら、今日の特別メニュー。今までかぐらちゃんがうちで食べたことのある料理を思い出せる分だけ作ってみたよ。名付けて、かぐらスペシャル定食!」

武井は、テーブルと厨房を三往復して、沢山の料理をどんどん運んだ。

「おっちゃん、こんなに食べられないよ。」

足立は涙を浮かべ、アジフライにかぶり付いた。

「おいひぃよぉ。」

三人が笑いに包まれていると、急に店のドアが開いた。武井が慌てて、小上がりを下りて入口に向かった。

「あ、お客さん?すみません、今日は貸し切りで。」

「客じゃないよ。こういうもんです。」

店に入ってきたのは、秋吉と石井だった。秋吉は警察手帳を三人に見せた。

「警察…?」

粟田が小上がりから様子を伺った。

「…警察の方が何か?」

武井の質問に、秋吉は令状を広げて見せた。

「釈放されたばかりですまないが、足立かぐらに、畑賢太郎の殺害容疑がかかっている。」

足立は驚いた表情で固まった。粟田が足立に代わって反論した。

「かぐらちゃんが畑くんを!?まさか…冗談はやめてください。」

「冗談かどうかは、署でお話を。」

秋吉は、石井を連れ、靴のまま小上がりに上がり、足立の腕を掴んだ。

「ちょ、ちょっと待ってください!どういうことですか?」

粟田が、足立を連れていこうとする秋吉の手を掴んだ。困った秋吉は、石井に目で合図を送り説明させた。

「足立かぐらさん。あなたは、畑賢太郎さんに呪いを掛けた。これは間違いありませんね?」

「呪い…えぇ、自分の顔に落書きするように。」

「本当です!本当にそれだけですよ。私もその場にいましたから!彼女は畑さんを殺すような呪いは…。」

粟田が興奮した様子で、足立を擁護した。粟田の言葉を聞いて、今度は秋吉が粟田に質問した。

「あなた、粟田さんですよね?あなたはその場にいらしたんですか?」

「えぇ、ですから、いたって言ってるじゃないですか!」

すると、秋吉は粟田の腕を掴んだ。

「なら、あなたもご一緒に署までご同行を。」

「………え?」

秋吉は、粟田の腕を引っ張り、小上がりを下りた。それに続いて、石井も足立の腕を引っ張り、秋吉の後ろについた。

秋吉は、後ろに振り返り、足立に質問した。

「呪いはね、内容は関係ないんですよ。足立さん、その呪いに使った畑さんの写真か画像、どうしました?」

「………消しました。」

足立が呟くように答えた。

「いつ?」

「前橋の警察に連れていかれた時です。畑くんや霞ちゃんを変に巻き込みたくなかったので、何も考えずにスマホの中の画像を一斉消去しました。 」

足立の言葉に、秋吉がニヤリと笑った。

「それが畑さんが亡くなった原因です。まぁ、詳しくは署で。さぁ行きましょう。」

足立と粟田は警察署へと連行された。武井は、そのやり取りを、ただ茫然と眺めていることしかできなかった。

〈翌日〉

ー 神奈川県警 本部長室前廊下 ー

「アポなしではダメですって!お忙しいんですから!」

長い廊下の中で、木霊する声。

「………………。」

「聞いてます!?」

ガチャ。

「失礼します、小林(こばやし)本部長。」

秋吉はそう言うと、部屋に入り軽く一礼した。

「申し訳ございません、お止めしたんですが、無理矢理に。」

総務部の職員は、制止が利かない秋吉に慌てていた。

机に座り、決裁に判を押していた本部長の小林は、一旦手を止め、入口の前に立つ秋吉を睨み付けた。

「アポを取るという常識もわからぬ君は誰かね?」

「刑事課の秋吉です。」

秋吉は、動じることなく名乗った。

「…秋吉?…あぁ、先日、溝口刑事を逮捕した秋吉くんか。あれはお手柄だった。結城(ゆうき)くん、下がってよろしい。少し彼と話をする。」

小林の指示で、結城は一礼をして、部屋を出ていった。

小林は、自席を立ち、応接用にソファに座り、秋吉に対面のソファに座るように案内した。

「で、今日は何かな?」

秋吉は少し間を置き、ゆっくり話し出した。

「…あなたですよね?呪い事件の真実を全て隠すように指示していたのは。」

秋吉の言葉を小林は鼻で笑った。

「ふんっ、いきなり何の話かね!?呪い事件てのは、桐生朱美の件か?あれは全てが終わっただろう。」

秋吉は、鞄から資料を取り出し、小林の前に置いた。

「何だねこれは。」

小林は資料を手に取り、ペラペラと流し読みをした。

「桐生朱美の半生から始まる、呪い事件の真実の全てを纏めたものです。それと…。」

秋吉は、鞄からUSBメモリー取り出して、資料の横に置いた。 

「それは、あなたが鷲尾刑事に、直接指示した会話を録音したものです。鷲尾刑事の自宅から見つかりました。…ご安心を。その中身を知っているのは、私だけです。」

小林は、USBを手に取り、ニヤリと笑みを浮かべた。

「…鷲尾か。…で、君は私にどうしろと?まさか、私を脅しに来たのか?」

小林は睨み付けるように秋吉に聞いた。

「真実を公表してください。桐生朱美の半生について、リムによって生き返らせた結果の犯行だと言うこと、更には南雲由実は桐生朱美の犯行ではないことなど、全てを語ってください。」

小林は、資料とUSBを机に投げ置き、秋吉の目から視線を反らさずに聞いた。

「…断る、と言ったら?」

小林の言葉に秋吉はニヤリと笑った。

「私がマスコミに流します。」

「ふんっ、私は日本国民の安堵と警察という組織を守ったにすぎん。現に今は、呪いについての話題は終息してるじゃないか。君は何が不満なんだ?」

「真実をつきとめるのが警察の職務だと考えておりますので、それに尽きます。」

小林はまた鼻で笑いとばした。

「なぁにが真実だ。だいたい、杉崎課長に監視を任せていたのに、裏切るようなことをするから、鷲尾の事件につながったんだ。」

小林の言葉に秋吉はカチンときて、ソファから立ち上がった。

「杉崎課長は、先日、鷲尾と溝口の事件の責任を取り、職を辞しました!……俺は、杉崎課長に警察内で余計な動きをする人間の監視を任されたんだ!桐生の事件について、少しでも余計な動きをする奴がいたら、無理矢理でも止めろとな!でも、皆熱意を持って、警察の仕事に誇りをもって毎日身を粉にして真実を突き止めていた!そんな姿を見て、誤りに気付かされたんだ!高みの見物のあんたに、現場の声はわからんだろ!」

秋吉は興奮し、息を切らせ、小刻みに震えながら言った。

「…言いたいことは、以上か?ふんっ、まぁいい。君の言いたいことは理解したよ。少し考えさせてくれ、君に悪いようにはしない。」

小林は興奮気味の秋吉に対して、冷静な口調で返した。秋吉は、一礼し、部屋を出ていった。

「…たくっ。」

小林は自席に戻り電話を掛けた。

「もしもし、私だ。先日、溝口刑事から押収した携帯をすぐに私の元に持ってきてくれ。…あぁ、厄介な虫だ。………いつも助かるよ。じゃあよろしく頼んだよ………“石井くん”。」

ー 横浜市内公園 ー

同時刻。

池畑は休暇を貰い、佐倉と港近くの公園にいた。二人はゆっくり歩きながら、陽の光に照らされた海面を眺めていた。

池畑は、公園内の何人かが、佐倉の姿を見て、コソコソと会話をしていることに気が付いた。

先日、リムの生き返りであると佐倉自身が公表してから、地元ではすっかり有名人になってしまい、メディアからも頻繁に問い合わせが来るようになっていた。

そんな日常にも佐倉は、以前と変わらずに、いや、むしろ生き生きとしているように、池畑には見えていた。

「由香里。やっぱりお前は凄いな。自分から生き返った人間だって公表するなんてよ。」

「え、またその話?…もう、私は自分が生きやすいように開き直っただけよ。ほら、こうしてあなたと堂々とデートも出来るでしょ。」

池畑は、急に立ち止まり、佐倉の両肩を掴み自分と向き合わせ、目を見つめた。

「…由香里、次は必ず俺が守るから。」

佐倉はニコリと頬笑むと勢いよく池畑に抱き付いた。

不意打ちを喰らって、池畑はよろめき、そのまま後方の芝生へと二人で倒れこんだ。

「プッハハハ。あーびっくりした。しっかり支えてよね。」

「つぅっ。ったく。…プッハハハハハハ。」

笑いに包まれ幸せな二人。池畑は、そのまま仰向けで寝転び、雲ひとつない空を見上げた。

「…いい天気だなぁ。」

「ね。気持ちいいね。」

ニコリと微笑む佐倉が握りしめている鞄からは、倒れ込んだ拍子に、中身が芝生に落ちていた。

化粧ポーチにポケットティッシュ…そして、呪いの紙と瀬古と溝口の写真。

“呪いに関わった人間は皆不幸になる。”

それは、まだ終息を許さない、不安な未来を物語っていた。

ー 完 ー
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