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最終章 先生と透明
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【小田原市立病院】
翌日、6時15分。
来は、命に別状は無かったが、気を失ったまま検査を受けた後も、目を覚ますことなく病室のベッドの上にいた。来の両親と奏は、病室で来が目を覚ますのを待ち望んでいた。来の父親はパイプ椅子の上でウトウトとしているが、母親と奏は、ベッドのすぐ側で、じっと来の顔を見つめていた。
「…小林さん。あなたはもう帰って休みなさい。後は、私たちが看ておきますから。迷惑かけちゃってごめんなさいね。」
来の母親が、奏に優しく言った。正直、奏の心身の披露は限界を優に越えていた。
「…すみません。目が覚めたら連絡貰えますか。」
奏は鞄からノートを取り出し、ビリビリ破った切れ端に自分の携帯番号を書いて、母親に手渡した。
「えぇ、勿論よ。本当にありがとう。来、きっとすぐに目覚めるわ。」
奏は、両親に一礼し病室を出ていった。病室の扉を閉めると、色々な緊張が少し解けたようで、深い溜息が自然と出た。
「…あ、今日学校か。…でも、夏音も来ないしな。」
奏は、夜中のうちに夏音に、事の顛末を電話で話しており、逆に夏音の父親の死についても話を聞いていた。
「夏音の状況に比べたら、まだ私の方がマシ…なのかな。」
奏は、自分たちに起きているこの二日間の出来事が、本当に現実なのかと考えた。足元をフラつかせながら、病院の出口に向かって歩いていると、正面からこちらに向かって走ってくる女性の足音が聞こえた。奏は顔を上げて女性の顔を見た。
「え?…片倉先輩…?」
片倉も奏に気が付き、すれ違う寸前に立ち止まった。
「奏ちゃん!来が…佐藤くんが運ばれたって…聞いて。」
「……え?」
(今、片倉先輩、佐藤くんのこと“来”って言った?え、二人ってどういう…)
奏は心の中の疑問を片倉にぶつけることはできず、来の病室を指差して、部屋番号を伝えた。
「ありがとう。今度詳しい話聞かせてね。」
片倉はそう言うと、来の部屋まで走ると、ノックをして中に入っていった。
奏は、帰ってゆっくり休みたい気持ちより、片倉と来の関係が気になる気持ちが勝り、無意識に来の部屋の前まで戻り、聞き耳を立てて中の様子を伺った。
「そう、あなたが。ねぇ、お父さん、来の彼女さんですって!ちょっと、寝てないで挨拶して!」
来の母親の声がハッキリと聞こえた。
「…そっか。佐藤くん、片倉先輩と付き合ってたんだ。…はぁ、何してたんだろ、私。」
奏は、もしかしたら来と付き合えるかもしれないと考え、疲れていた心身にムチ打って今に至っており、鈍感な自分が嫌でしょうがなかった。
奏は悲しいはずなのに、不思議と涙が出ることはなかった。
「ハハッ、もう涙も枯れちゃったかな。最近、色々泣いたからなぁ…。」
奏はそう呟くと、病室の出口に向かってゆっくり歩き出した。
【小田原警察署】
同時刻。
曽我が、昨日の事件の報告書を作成するため、いつもより早めに出勤し、執務室の扉を開けた。明かりが付いていたため、執務室内を見回すと、奥の打ち合わせスペースのソファで寝ている内藤を見つけた。
「…先輩。」
寝ている内藤の服装が、昨日と同じだと気が付き、寝泊まりしたことを悟った曽我は、ソファの下にずり落ちていたタオルケットを内藤にそっと掛けて、自席に座った。
ふと、隣の内藤の席を見ると、昨夜の事件の報告書が置かれていた。
「ったく。俺がやるって言ったのに…本当、先輩は無理するから。」
曽我はそう呟きながら、報告書を手に取り一読した。
昨日、朝倉の容疑を晴らす裏付けを取るため、今度は環奈の母親ではなく、朝倉本人に直接話を伺おうと、まず高校を訪れた。
ー 昨日 ー
「…先輩。やっぱり今日は臨時休校で、時間ももう夕方ですし、校門閉まってますね。」
「そうね。中も…人の気配は無さそう。」
曽我と内藤は、校門の外から校舎の中の様子を伺い、誰もいないことを確認すると、車に戻ることにした。
「あ、あのぅ、昨日の警察の方ですよね?」
背後から声を掛けられ、振り返ると一人の少女が立っていた。
「えぇ、そうですが。あなたは?」
「この高校の生徒で、二年生の齋藤文香(さいとうふみか)といいます。実は、刑事さんに相談したいことがあって、今日、ずっとここで待ってました。環奈の事件の捜査で来るかなって。」
内藤は、何か嫌な予感がして、齋藤を車の後部座席に座らせ、自分が隣に座り話を聞いた。
「それで、相談したいことって?」
「…神楽の件なんですけど、彼女、皆から神楽のせいで環奈が死んだって言われてて。」
「でも、久保寺神楽が、由比環奈をいじめてたのは、本当じゃないのかな?」
運転席に座っている曽我が、ミラーで齋藤の表情を伺いながら質問した。齋藤は少し黙り込み、意を決したように顔を上げた。
「…そうなんですけど…。神楽は神楽で被害者というか。…その、彼女も脅されてて。」
齋藤は、漸く溜めていた言葉を吐き出せたように、少し震えながら答えた。
「…脅されてたって、誰に?」
内藤が表情を強張せながら聞いた。
「…日下部先生です。」
曽我は、手元の資料を急いで広げ、教師リストを探し、日下部の名前を見つけた。
「先輩。二年一組の担任です。由比環奈や久保寺神楽は二組ですから、隣のクラスの担任ですね。」
「…隣のクラスの担任。…齋藤さん、もっと詳しく聞かせてくれる?」
内藤の言葉に齋藤は頷いて、詳細を語り始めた。
翌日、6時15分。
来は、命に別状は無かったが、気を失ったまま検査を受けた後も、目を覚ますことなく病室のベッドの上にいた。来の両親と奏は、病室で来が目を覚ますのを待ち望んでいた。来の父親はパイプ椅子の上でウトウトとしているが、母親と奏は、ベッドのすぐ側で、じっと来の顔を見つめていた。
「…小林さん。あなたはもう帰って休みなさい。後は、私たちが看ておきますから。迷惑かけちゃってごめんなさいね。」
来の母親が、奏に優しく言った。正直、奏の心身の披露は限界を優に越えていた。
「…すみません。目が覚めたら連絡貰えますか。」
奏は鞄からノートを取り出し、ビリビリ破った切れ端に自分の携帯番号を書いて、母親に手渡した。
「えぇ、勿論よ。本当にありがとう。来、きっとすぐに目覚めるわ。」
奏は、両親に一礼し病室を出ていった。病室の扉を閉めると、色々な緊張が少し解けたようで、深い溜息が自然と出た。
「…あ、今日学校か。…でも、夏音も来ないしな。」
奏は、夜中のうちに夏音に、事の顛末を電話で話しており、逆に夏音の父親の死についても話を聞いていた。
「夏音の状況に比べたら、まだ私の方がマシ…なのかな。」
奏は、自分たちに起きているこの二日間の出来事が、本当に現実なのかと考えた。足元をフラつかせながら、病院の出口に向かって歩いていると、正面からこちらに向かって走ってくる女性の足音が聞こえた。奏は顔を上げて女性の顔を見た。
「え?…片倉先輩…?」
片倉も奏に気が付き、すれ違う寸前に立ち止まった。
「奏ちゃん!来が…佐藤くんが運ばれたって…聞いて。」
「……え?」
(今、片倉先輩、佐藤くんのこと“来”って言った?え、二人ってどういう…)
奏は心の中の疑問を片倉にぶつけることはできず、来の病室を指差して、部屋番号を伝えた。
「ありがとう。今度詳しい話聞かせてね。」
片倉はそう言うと、来の部屋まで走ると、ノックをして中に入っていった。
奏は、帰ってゆっくり休みたい気持ちより、片倉と来の関係が気になる気持ちが勝り、無意識に来の部屋の前まで戻り、聞き耳を立てて中の様子を伺った。
「そう、あなたが。ねぇ、お父さん、来の彼女さんですって!ちょっと、寝てないで挨拶して!」
来の母親の声がハッキリと聞こえた。
「…そっか。佐藤くん、片倉先輩と付き合ってたんだ。…はぁ、何してたんだろ、私。」
奏は、もしかしたら来と付き合えるかもしれないと考え、疲れていた心身にムチ打って今に至っており、鈍感な自分が嫌でしょうがなかった。
奏は悲しいはずなのに、不思議と涙が出ることはなかった。
「ハハッ、もう涙も枯れちゃったかな。最近、色々泣いたからなぁ…。」
奏はそう呟くと、病室の出口に向かってゆっくり歩き出した。
【小田原警察署】
同時刻。
曽我が、昨日の事件の報告書を作成するため、いつもより早めに出勤し、執務室の扉を開けた。明かりが付いていたため、執務室内を見回すと、奥の打ち合わせスペースのソファで寝ている内藤を見つけた。
「…先輩。」
寝ている内藤の服装が、昨日と同じだと気が付き、寝泊まりしたことを悟った曽我は、ソファの下にずり落ちていたタオルケットを内藤にそっと掛けて、自席に座った。
ふと、隣の内藤の席を見ると、昨夜の事件の報告書が置かれていた。
「ったく。俺がやるって言ったのに…本当、先輩は無理するから。」
曽我はそう呟きながら、報告書を手に取り一読した。
昨日、朝倉の容疑を晴らす裏付けを取るため、今度は環奈の母親ではなく、朝倉本人に直接話を伺おうと、まず高校を訪れた。
ー 昨日 ー
「…先輩。やっぱり今日は臨時休校で、時間ももう夕方ですし、校門閉まってますね。」
「そうね。中も…人の気配は無さそう。」
曽我と内藤は、校門の外から校舎の中の様子を伺い、誰もいないことを確認すると、車に戻ることにした。
「あ、あのぅ、昨日の警察の方ですよね?」
背後から声を掛けられ、振り返ると一人の少女が立っていた。
「えぇ、そうですが。あなたは?」
「この高校の生徒で、二年生の齋藤文香(さいとうふみか)といいます。実は、刑事さんに相談したいことがあって、今日、ずっとここで待ってました。環奈の事件の捜査で来るかなって。」
内藤は、何か嫌な予感がして、齋藤を車の後部座席に座らせ、自分が隣に座り話を聞いた。
「それで、相談したいことって?」
「…神楽の件なんですけど、彼女、皆から神楽のせいで環奈が死んだって言われてて。」
「でも、久保寺神楽が、由比環奈をいじめてたのは、本当じゃないのかな?」
運転席に座っている曽我が、ミラーで齋藤の表情を伺いながら質問した。齋藤は少し黙り込み、意を決したように顔を上げた。
「…そうなんですけど…。神楽は神楽で被害者というか。…その、彼女も脅されてて。」
齋藤は、漸く溜めていた言葉を吐き出せたように、少し震えながら答えた。
「…脅されてたって、誰に?」
内藤が表情を強張せながら聞いた。
「…日下部先生です。」
曽我は、手元の資料を急いで広げ、教師リストを探し、日下部の名前を見つけた。
「先輩。二年一組の担任です。由比環奈や久保寺神楽は二組ですから、隣のクラスの担任ですね。」
「…隣のクラスの担任。…齋藤さん、もっと詳しく聞かせてくれる?」
内藤の言葉に齋藤は頷いて、詳細を語り始めた。
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