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最終章 先生と透明
(13)【完結】
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朝倉の言葉で、二人は規制のテープの中に入り、制止する警察官を避けながら怪我人たちの元に駆け寄った。それでも、警察官たちは、夏音と朝倉を制止しようと必死だった。
「…あいつら何やってんだ?」
規制のテープぎりぎりの場所で森末が夏音たちを見つめて言った。愛弓も向井との電話を終え、野次馬をかき分けて森末のところまで来ると、夏音を見つめた。
「…きっと、能力を使うのよ。…本当に凄い。」
愛弓の言葉に、森末はカメラを構えた。だが、夏音たちは複数の警察官に掴まれ、身動きが取れなくなっていた。
「…ちっ、警官ども邪魔だな。…だいたい、何であんなに必死なんだ、あいつら。」
森末がそう言いながら愛弓の表情を見ると、愛弓は祈るように手を合わせ、潤わせた目で夏音を見つめていた。
「…ったくよ。ほれ!」
森末はカメラを首から外し、愛弓に手渡した。愛弓は訳が分からぬまま、カメラを手にした。
「…え?」
「良い写真撮れよ!!」
森末はニヤリと微笑むと、規制のテープの内側へと駆け込んだ。
「ウォォォォォォ!!」
すると、森末は狂ったような奇声を上げて辺りを駆け回った。夏音たちを制止しようとしていた警察官たちは、何事かと皆、森末の元へと離れていった。
「…ったく。何してんだ、俺。」
森末は、ニヤリとしながら呟いた。その瞬間、複数の警察官に飛び掛かられ、地面に倒れ込んだ。
一方、身軽になった夏音たちは、怪我人の元へとたどり着いた。現場では、救急隊員たちが怪我人に声を掛けながら必死に重症度の確認をしていた。
「この人!ヤバイから早く!!」
人手が足りず、まだ救急隊員が見ていない怪我人の元に駆け寄った朝倉は、イロカゲを見て黒に近い紫色を確認し、別の怪我人を対応している救急隊員を呼んだ。
「…あんた一体。」
呼ばれた救急隊員は、朝倉を不審がったが、朝倉が命の危険を指摘すると、救急隊員の顔つきが変わり、担架や応援を呼んだ。
夏音もまた、朝倉と同じようにイロカゲで判断し、より命の危険がある怪我人の元に救急隊員を呼んだ。
救急隊員は、初めは皆不審がるが、実際に怪我人の状態を見て、すぐに夏音たちの判断の正しさに気が付き、適切に重症者の対応に当たった。
「夏音!大丈夫か?」
離れた場所から朝倉が夏音に聞いた。夏音は振り返り、大きく頷いた。
「いい顔だ。…やはりイロカゲは神からの使命だな。」
朝倉はそう呟き、大きく頷いた。
ドォォォーン!!
その時、またビル内で新たな爆発が起きた。
「一旦離れて!!」
消防士が、救急隊員や警察官たちに一旦退去を命じた。ビル内からは、小さな爆発音が何度もしており、朝倉も一旦規制のテープよりも外に出ようとしたが、ふと視ると、夏音は一心不乱に怪我人の様子を見続けていた。
「そこの女の子!早く出なさい!」
消防士の声掛けも夏音には全く届いていなかった。
「夏音!一旦出ろ!また爆発するかもしれないぞ!」
朝倉の声掛けにも夏音は反応せず、変わらず怪我人のイロカゲを見ていた。
(…夏音。お前のイロカゲの正体はこれか?)
朝倉は嫌な予感がし、夏音の元に駆け寄った。
ドォォォーン!
同時にまた爆発が起き、爆発により夏音と朝倉は数メートル飛ばされた。
「つぅぅ。…か、夏音!?」
朝倉は腕を抑えながら、ゆっくり立ち上がり、辺りを見回し夏音を探した。
「夏音!!」
夏音を呼ぶ声が聞こえ、声の方を向くと、愛弓がふらいついている夏音に抱きついていた。とりあえず、夏音の安否が確認でき朝倉は胸を撫で下ろした。朝倉は、確認のため、夏音のイロカゲを見直した。
「…ダメか。」
夏音のイロカゲは、まだ命の危険を表していた。朝倉は、夏音にイロカゲの使命について、気が付かせたい一方、イロカゲが表す夏音の未来を変えたかった。勿論、夏音の命を優先するならば、この現場から遠ざけるのが一番なのだが、命を身近に感じることで、イロカゲという能力の意味がわかるはずだという思いも捨てきれず、朝倉が夏音を守りながら、今の使命を全うする決意をしたのだ。
朝倉が夏音の元に行こうとすると、駅から出てくる茜の姿が目に入った。
「………。」
朝倉は、進路を変えて、夏音から離れた場所で規制のテープの外に出た。
「夏音!愛弓!」
夏音と愛弓は茜の声だと気が付き、振り返った。
「ハァハァ、良かった。駅で爆発があったって言うから。愛弓が駅に行くって言ってたの思い出して焦っちゃった。…大丈夫…よね?」
さっきの爆発により飛ばされた夏音の身体は多数の傷があり、服には血や汚れが付いていたのを見て、茜が聞いた。
「……大丈夫よ。母さんは私の心配なんかしなくていい。」
夏音は冷たく答えて、またビルの方を向いた。
「…夏音。」
茜は夏音に何かあったことを悟った。
現場では、小さな爆発音も聞こえなくなったため、再び救急隊員が怪我人の元に駆け寄り、一人ずつ担架で運び出した。
朝倉は、テープ内に戻る前にビルのイロカゲを確認した。壁や看板を含め、倒壊する恐れはないと判断し、テープ内に戻った。夏音は、朝倉の様子を遠目で見ていて、ビルのイロカゲを見ていることに気が付き、自分もビルに視線を向けた。
すると、ビルの屋上に付けてある看板の鉄骨が黒に近い紫色なのに気が付き、慌てて真下にいる救急隊員に向かって叫んだ。
「今すぐ逃げて!!看板が危ない!!」
夏音の叫びを聞いた朝倉は、首を傾げた。
「看板?馬鹿な、今見たイロカゲじゃあそんな兆候…。」
朝倉がそう言いながら上を見ると、バキバキッと嫌な音がした。屋上に設置している巨大な看板の脚の部分の鉄骨が、正に折れる寸前だった。
事態を飲み込めず、一人の救急隊員が、看板が落下したら危険な場合に立っていた。夏音も、朝倉とほぼ同時に看板の異変に気が付き、急いでテープの中に飛び込み、救急隊員の元に駆け出した。
朝倉は、夏音の姿を見て「これか!!ダメだ!」と思い、それと同時に救急隊員の元に駆け出した。
バキンッ!!
鈍い音とともに、鉄骨が折れ巨大な看板が真下へと落下してきていた。
「「か、夏音!!」」
「マジか!?」
茜と愛弓、森末は叫びながらもどうにもできなかった。
救急隊員の元へと夏音が先にたどり着き、夏音は救急隊員に飛び掛かるように、危険な範囲から遠ざけようとした。だが、女の子の力では限界があり、救急隊員を飛ばす力がなく、少し動いただけだった。
落下してきた看板が夏音たちの上空数メートルと差し掛かった。
「かのーん!!」
朝倉は、咄嗟に夏音の腕を掴み、ハンマー投げの用量で夏音と夏音が掴んでいた救急隊員を投げ飛ばした。その瞬間、朝倉にはスローモーションのような感覚になり、夏音のイロカゲを無意識に確認した。
(…夏音のイロカゲ戻ったな。)
ドォォォーン!
看板が地面に落下した。夏音はすぐに立ち上がり看板を見つめた。朝倉の姿は夏音の視界には入らなかった。
「いやぁぁぁぁ!せんせー!!」
夏音は、その場で崩れ落ちるように地面に座り込んだ。
「どいてぇぇ!」
漸く現場に到着した内藤たちが野次馬をかき分けて、規制のテープの中に入った。
「…今の音、あれが落ちたってことですか?」
曽我が看板を指差しながら、誰にでもなく聞いた。
内藤と神谷は、すぐに泣き叫んでいる夏音の元に駆け寄った。
「あなた、大丈夫!?」
「先生が、先生が。いやぁぁぁぁ!」
内藤の声掛けに、夏音は看板を指差しながら朝倉の存在を教えた。
「先生…え?あの看板の下に?」
神谷が驚愕の表情で看板を見つめた。
「と、とにかく、あなたは外に!」
内藤は曽我を呼び、夏音と救急隊員をテープの外に運び出した。
「先生!先生!!」
テープの外でも、夏音は朝倉を呼び続けた。夏音は、看板の周りに集まった警察官たちが、看板の下を覗き込む姿を固唾を飲んで見守った。
「…夏音。」
茜と愛弓、森末も夏音のところに駆け寄り、様子を伺った。
一番に覗き込んだ神谷が、すっと立ち上がり、周りの警察官たちに向かって、首を横に振った。そして、それを見た内藤が警察官たちにブルーシートで看板の回りを囲わせる指示を出し、何人かの警察官がブルーシートを運び始めた。
それは、朝倉の死を意味していた。
「いやぁぁぁぁ!そんな、そんな。」
泣き叫ぶ夏音を愛弓が後ろから抱き締めた。
その間に、救急隊員たちが怪我人を全員テープの外に連れ出すことができ、重症者は、救急車で次々と運ばれていった。
夏音たちが見守る中、ビルの消火活動に加え、ブルーシートで囲われた中では、看板の解体作業が行われ、チェーンソーのような機材の音が響いていた。
「あ、夏音!夏音!!」
夏音の位置の反対側から、夏音を呼ぶ声が聞こえ、視線を上げると奏と小島が手を振りながら位置を知らせていた。二人は、急いで野次馬をかけ分けながら夏音の元へとやって来た。傷だらけの夏音を見て、小島が心配そうに聞いた。
「夏音ちゃん、大丈夫か?」
「…先輩。…どうして?」
「どうして?って。…夏音ちゃんから着信履歴があって、掛け直しても出ないし、時間を見たらこの爆発の発生時間と重なってたから、心配になって飛んできたんだよ!小林さんも同じで、さっき駅で会ったんだ。」
夏音は、心配そうな表情を浮かべる小島と奏の顔を見て涙を拭った。
「…私、もう一人ぼっちだと思ってたよ。う、うぅ。」
夏音の言葉の意味が理解できずに小島と奏は目を見合せた。
「皆、あんたを心配して集まったんだよ。私だって、母さんだって、友だちだって、…それから…。」
愛弓は、ブルーシートの囲いから担架に乗せられて運ばれていく、朝倉を見つめた。勿論、朝倉の遺体はシートに包まれているため確認は出来なかったが、夏音も立ち上がり、運ばれていく朝倉に向かって手を合わせた。
「…たった二日間で、父さんが二人居なくなっちゃった。」
夏音の呟きに、茜が夏音を後ろから抱き締めた。
「ごめんなさい、夏音。ごめんなさい。母さん…何て言ったらよいか…。」
「…うぅん。いいの。母さんは母さん。私の母さんなのには、変わりないから。」
夏音は、茜の手をギュッと握った。
夏音は、救急車に乗せられ、運ばれていく朝倉を、救急車が見えなくなるまでじっと見つめ続けていた。
「…ありがとう、二人の父さん。」
ー 数日後 ー
【三嶽宅】
「かのーん!出来たよ、記事!」
愛弓が仕事から帰宅するなり、リビングで寛いでいた夏音と茜の前に、記事をバンッと置いた。
夏音と茜は二人で手に取り、記事を読み始めた。
「なになに。『小田原駅前ビル火災。命を救った二人の英雄』ですって。」
茜が嬉しそうにタイトルを読みあげた。
「お姉ちゃん。まさか、この二人の英雄って…。」
「勿論、あなたと朝倉先生よ!素晴らしい能力で怪我人の状態を即座に判断し、命の危機にあった重症者を何人も救う!…我ながら素晴らしい文章!」
仁王立ちで自慢気に話す愛弓。
「いいよぉ、私のことは書かなくても…恥ずかしいし。」
夏音は、照れくさそうに言った。
「ダメ!実際、医者に聞いたら、判断誤ってたら死んでた人が幾人もいたって言ってたよ!爆発で即死だった人以外は、全員助かったのは奇跡に近いってさ!まさに英雄じゃない!ね、母さん!」
愛弓はテンション高く茜に聞くと、茜も頷いた。
「まぁ、名前とは伏せるけどさ。森末さんが撮影した火災現場写真と、私が撮影した夏音と朝倉先生の救急隊員に指示する姿の写真。どちらも中々でしょ?」
夏音は、満面の笑顔の愛弓に、これ以上は言えないなと、記事にすることを受け入れた。
イロカゲ。それは、朝倉の言っていた通り、神様からの使命として授けられた能力なのかは分からないが、夏音の中で一つはっきりと考えが変わったことがあった。
ー 私、イロカゲの能力のこと、心から好きになれた気がする ー
ー 完 ー
「…あいつら何やってんだ?」
規制のテープぎりぎりの場所で森末が夏音たちを見つめて言った。愛弓も向井との電話を終え、野次馬をかき分けて森末のところまで来ると、夏音を見つめた。
「…きっと、能力を使うのよ。…本当に凄い。」
愛弓の言葉に、森末はカメラを構えた。だが、夏音たちは複数の警察官に掴まれ、身動きが取れなくなっていた。
「…ちっ、警官ども邪魔だな。…だいたい、何であんなに必死なんだ、あいつら。」
森末がそう言いながら愛弓の表情を見ると、愛弓は祈るように手を合わせ、潤わせた目で夏音を見つめていた。
「…ったくよ。ほれ!」
森末はカメラを首から外し、愛弓に手渡した。愛弓は訳が分からぬまま、カメラを手にした。
「…え?」
「良い写真撮れよ!!」
森末はニヤリと微笑むと、規制のテープの内側へと駆け込んだ。
「ウォォォォォォ!!」
すると、森末は狂ったような奇声を上げて辺りを駆け回った。夏音たちを制止しようとしていた警察官たちは、何事かと皆、森末の元へと離れていった。
「…ったく。何してんだ、俺。」
森末は、ニヤリとしながら呟いた。その瞬間、複数の警察官に飛び掛かられ、地面に倒れ込んだ。
一方、身軽になった夏音たちは、怪我人の元へとたどり着いた。現場では、救急隊員たちが怪我人に声を掛けながら必死に重症度の確認をしていた。
「この人!ヤバイから早く!!」
人手が足りず、まだ救急隊員が見ていない怪我人の元に駆け寄った朝倉は、イロカゲを見て黒に近い紫色を確認し、別の怪我人を対応している救急隊員を呼んだ。
「…あんた一体。」
呼ばれた救急隊員は、朝倉を不審がったが、朝倉が命の危険を指摘すると、救急隊員の顔つきが変わり、担架や応援を呼んだ。
夏音もまた、朝倉と同じようにイロカゲで判断し、より命の危険がある怪我人の元に救急隊員を呼んだ。
救急隊員は、初めは皆不審がるが、実際に怪我人の状態を見て、すぐに夏音たちの判断の正しさに気が付き、適切に重症者の対応に当たった。
「夏音!大丈夫か?」
離れた場所から朝倉が夏音に聞いた。夏音は振り返り、大きく頷いた。
「いい顔だ。…やはりイロカゲは神からの使命だな。」
朝倉はそう呟き、大きく頷いた。
ドォォォーン!!
その時、またビル内で新たな爆発が起きた。
「一旦離れて!!」
消防士が、救急隊員や警察官たちに一旦退去を命じた。ビル内からは、小さな爆発音が何度もしており、朝倉も一旦規制のテープよりも外に出ようとしたが、ふと視ると、夏音は一心不乱に怪我人の様子を見続けていた。
「そこの女の子!早く出なさい!」
消防士の声掛けも夏音には全く届いていなかった。
「夏音!一旦出ろ!また爆発するかもしれないぞ!」
朝倉の声掛けにも夏音は反応せず、変わらず怪我人のイロカゲを見ていた。
(…夏音。お前のイロカゲの正体はこれか?)
朝倉は嫌な予感がし、夏音の元に駆け寄った。
ドォォォーン!
同時にまた爆発が起き、爆発により夏音と朝倉は数メートル飛ばされた。
「つぅぅ。…か、夏音!?」
朝倉は腕を抑えながら、ゆっくり立ち上がり、辺りを見回し夏音を探した。
「夏音!!」
夏音を呼ぶ声が聞こえ、声の方を向くと、愛弓がふらいついている夏音に抱きついていた。とりあえず、夏音の安否が確認でき朝倉は胸を撫で下ろした。朝倉は、確認のため、夏音のイロカゲを見直した。
「…ダメか。」
夏音のイロカゲは、まだ命の危険を表していた。朝倉は、夏音にイロカゲの使命について、気が付かせたい一方、イロカゲが表す夏音の未来を変えたかった。勿論、夏音の命を優先するならば、この現場から遠ざけるのが一番なのだが、命を身近に感じることで、イロカゲという能力の意味がわかるはずだという思いも捨てきれず、朝倉が夏音を守りながら、今の使命を全うする決意をしたのだ。
朝倉が夏音の元に行こうとすると、駅から出てくる茜の姿が目に入った。
「………。」
朝倉は、進路を変えて、夏音から離れた場所で規制のテープの外に出た。
「夏音!愛弓!」
夏音と愛弓は茜の声だと気が付き、振り返った。
「ハァハァ、良かった。駅で爆発があったって言うから。愛弓が駅に行くって言ってたの思い出して焦っちゃった。…大丈夫…よね?」
さっきの爆発により飛ばされた夏音の身体は多数の傷があり、服には血や汚れが付いていたのを見て、茜が聞いた。
「……大丈夫よ。母さんは私の心配なんかしなくていい。」
夏音は冷たく答えて、またビルの方を向いた。
「…夏音。」
茜は夏音に何かあったことを悟った。
現場では、小さな爆発音も聞こえなくなったため、再び救急隊員が怪我人の元に駆け寄り、一人ずつ担架で運び出した。
朝倉は、テープ内に戻る前にビルのイロカゲを確認した。壁や看板を含め、倒壊する恐れはないと判断し、テープ内に戻った。夏音は、朝倉の様子を遠目で見ていて、ビルのイロカゲを見ていることに気が付き、自分もビルに視線を向けた。
すると、ビルの屋上に付けてある看板の鉄骨が黒に近い紫色なのに気が付き、慌てて真下にいる救急隊員に向かって叫んだ。
「今すぐ逃げて!!看板が危ない!!」
夏音の叫びを聞いた朝倉は、首を傾げた。
「看板?馬鹿な、今見たイロカゲじゃあそんな兆候…。」
朝倉がそう言いながら上を見ると、バキバキッと嫌な音がした。屋上に設置している巨大な看板の脚の部分の鉄骨が、正に折れる寸前だった。
事態を飲み込めず、一人の救急隊員が、看板が落下したら危険な場合に立っていた。夏音も、朝倉とほぼ同時に看板の異変に気が付き、急いでテープの中に飛び込み、救急隊員の元に駆け出した。
朝倉は、夏音の姿を見て「これか!!ダメだ!」と思い、それと同時に救急隊員の元に駆け出した。
バキンッ!!
鈍い音とともに、鉄骨が折れ巨大な看板が真下へと落下してきていた。
「「か、夏音!!」」
「マジか!?」
茜と愛弓、森末は叫びながらもどうにもできなかった。
救急隊員の元へと夏音が先にたどり着き、夏音は救急隊員に飛び掛かるように、危険な範囲から遠ざけようとした。だが、女の子の力では限界があり、救急隊員を飛ばす力がなく、少し動いただけだった。
落下してきた看板が夏音たちの上空数メートルと差し掛かった。
「かのーん!!」
朝倉は、咄嗟に夏音の腕を掴み、ハンマー投げの用量で夏音と夏音が掴んでいた救急隊員を投げ飛ばした。その瞬間、朝倉にはスローモーションのような感覚になり、夏音のイロカゲを無意識に確認した。
(…夏音のイロカゲ戻ったな。)
ドォォォーン!
看板が地面に落下した。夏音はすぐに立ち上がり看板を見つめた。朝倉の姿は夏音の視界には入らなかった。
「いやぁぁぁぁ!せんせー!!」
夏音は、その場で崩れ落ちるように地面に座り込んだ。
「どいてぇぇ!」
漸く現場に到着した内藤たちが野次馬をかき分けて、規制のテープの中に入った。
「…今の音、あれが落ちたってことですか?」
曽我が看板を指差しながら、誰にでもなく聞いた。
内藤と神谷は、すぐに泣き叫んでいる夏音の元に駆け寄った。
「あなた、大丈夫!?」
「先生が、先生が。いやぁぁぁぁ!」
内藤の声掛けに、夏音は看板を指差しながら朝倉の存在を教えた。
「先生…え?あの看板の下に?」
神谷が驚愕の表情で看板を見つめた。
「と、とにかく、あなたは外に!」
内藤は曽我を呼び、夏音と救急隊員をテープの外に運び出した。
「先生!先生!!」
テープの外でも、夏音は朝倉を呼び続けた。夏音は、看板の周りに集まった警察官たちが、看板の下を覗き込む姿を固唾を飲んで見守った。
「…夏音。」
茜と愛弓、森末も夏音のところに駆け寄り、様子を伺った。
一番に覗き込んだ神谷が、すっと立ち上がり、周りの警察官たちに向かって、首を横に振った。そして、それを見た内藤が警察官たちにブルーシートで看板の回りを囲わせる指示を出し、何人かの警察官がブルーシートを運び始めた。
それは、朝倉の死を意味していた。
「いやぁぁぁぁ!そんな、そんな。」
泣き叫ぶ夏音を愛弓が後ろから抱き締めた。
その間に、救急隊員たちが怪我人を全員テープの外に連れ出すことができ、重症者は、救急車で次々と運ばれていった。
夏音たちが見守る中、ビルの消火活動に加え、ブルーシートで囲われた中では、看板の解体作業が行われ、チェーンソーのような機材の音が響いていた。
「あ、夏音!夏音!!」
夏音の位置の反対側から、夏音を呼ぶ声が聞こえ、視線を上げると奏と小島が手を振りながら位置を知らせていた。二人は、急いで野次馬をかけ分けながら夏音の元へとやって来た。傷だらけの夏音を見て、小島が心配そうに聞いた。
「夏音ちゃん、大丈夫か?」
「…先輩。…どうして?」
「どうして?って。…夏音ちゃんから着信履歴があって、掛け直しても出ないし、時間を見たらこの爆発の発生時間と重なってたから、心配になって飛んできたんだよ!小林さんも同じで、さっき駅で会ったんだ。」
夏音は、心配そうな表情を浮かべる小島と奏の顔を見て涙を拭った。
「…私、もう一人ぼっちだと思ってたよ。う、うぅ。」
夏音の言葉の意味が理解できずに小島と奏は目を見合せた。
「皆、あんたを心配して集まったんだよ。私だって、母さんだって、友だちだって、…それから…。」
愛弓は、ブルーシートの囲いから担架に乗せられて運ばれていく、朝倉を見つめた。勿論、朝倉の遺体はシートに包まれているため確認は出来なかったが、夏音も立ち上がり、運ばれていく朝倉に向かって手を合わせた。
「…たった二日間で、父さんが二人居なくなっちゃった。」
夏音の呟きに、茜が夏音を後ろから抱き締めた。
「ごめんなさい、夏音。ごめんなさい。母さん…何て言ったらよいか…。」
「…うぅん。いいの。母さんは母さん。私の母さんなのには、変わりないから。」
夏音は、茜の手をギュッと握った。
夏音は、救急車に乗せられ、運ばれていく朝倉を、救急車が見えなくなるまでじっと見つめ続けていた。
「…ありがとう、二人の父さん。」
ー 数日後 ー
【三嶽宅】
「かのーん!出来たよ、記事!」
愛弓が仕事から帰宅するなり、リビングで寛いでいた夏音と茜の前に、記事をバンッと置いた。
夏音と茜は二人で手に取り、記事を読み始めた。
「なになに。『小田原駅前ビル火災。命を救った二人の英雄』ですって。」
茜が嬉しそうにタイトルを読みあげた。
「お姉ちゃん。まさか、この二人の英雄って…。」
「勿論、あなたと朝倉先生よ!素晴らしい能力で怪我人の状態を即座に判断し、命の危機にあった重症者を何人も救う!…我ながら素晴らしい文章!」
仁王立ちで自慢気に話す愛弓。
「いいよぉ、私のことは書かなくても…恥ずかしいし。」
夏音は、照れくさそうに言った。
「ダメ!実際、医者に聞いたら、判断誤ってたら死んでた人が幾人もいたって言ってたよ!爆発で即死だった人以外は、全員助かったのは奇跡に近いってさ!まさに英雄じゃない!ね、母さん!」
愛弓はテンション高く茜に聞くと、茜も頷いた。
「まぁ、名前とは伏せるけどさ。森末さんが撮影した火災現場写真と、私が撮影した夏音と朝倉先生の救急隊員に指示する姿の写真。どちらも中々でしょ?」
夏音は、満面の笑顔の愛弓に、これ以上は言えないなと、記事にすることを受け入れた。
イロカゲ。それは、朝倉の言っていた通り、神様からの使命として授けられた能力なのかは分からないが、夏音の中で一つはっきりと考えが変わったことがあった。
ー 私、イロカゲの能力のこと、心から好きになれた気がする ー
ー 完 ー
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世迷言を言ってくる夫。
だめだめ、信用できないからね~。
さようなら。
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◇|日比野滉星《ひびのこうせい》32才 会社員
◇ 日比野ひまり 32才
◇ 石田唯 29才 滉星の同僚
◇新堂冬也 25才 ひまりの転職先の先輩(鉄道会社)
2025.4.11 完結 25649字
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