綿パンを失くした

りんごちゃん

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 1日ぶりの我が家。

「ここが依ちゃんの部屋ね。ちょっとセキュリティが心配だなぁ」

 それなのに何故か真紘が一緒に着いてきてる。おかしい。
 しかも部屋にケチつけられた。

「なんで真紘は来たの?」
「依ちゃんのお部屋を見ておこうと思って。あと荷物も用意しないとね」
「荷物?」
「うん。ほら、荷物ないと俺の部屋から学校に通えないし」
「ん?」

 待って。なんか違和感ある。なんかおかしい。

 えぇっと、私の家はここだよね? 最寄り駅から徒歩五分。大学まではちょっと遠めで電車で二十分。部屋は結構広くて、広い部屋と少し狭めの部屋の2つに分かれてる。家賃は結構高いけど、セキュリティも悪くないし、お母さんはここがいいって。
 それにお兄ちゃんのマンションがこの近くにあって、困ったことがあったらお兄ちゃんのところに行ける。
 うん。荷物を真紘のところに持って行く意味がわからない。

「真紘、家まで送ってくれてありがとう」
「どうせ俺の家に戻るんだからいいんだよ。それに俺も依ちゃんの家は確認しときたかったし」
「……ん?」

 やっぱりなんかおかしいよね?

「戻らないよ?」
「えっ、今日は依ちゃんの家にお泊まりなの? 二人で寝るにはベッド狭くない?」
「えっ?」
「えっ?」

 なんかすごい食い違いがある。
 こてんと首を傾げると、真紘も私に合わせてこてんと首を傾げる。

「真紘、帰るよね?」
「依ちゃん、俺の家に帰るよね?」

 ん?

「明日学校だよ」
「俺、明日二限目から。依ちゃんは?」
「一限目から。お家帰ろ?」
「依ちゃんと帰るよ? 俺、別に一限目から行ってもいいし」

 この人、私から離れないつもりだ。
 むむ、と口を尖らせる。どうしたら真紘を帰らせることができるか。

 あっ。というかスマホ! りいちゃんに連絡するの忘れてた!
 慌ててカバンの中のスマホを取り出して、画面を点ける。
 ──何故か私のスマホにロックがついてた。

「なんで!?」
「あ、りいちゃん? には連絡しといたよ。ちゃんと依ちゃんの振りしといたから。他にも女から来てたから適当に。あと、暗証番号もないとか不安だからつけといた。暗証番号は1224ね。クリスマスイブ。わかりやすいでしょ?」
「勝手なことするなーっ! 真紘のばかっ!」

 暗証番号を入力するとSNSの画面。
 りいちゃんに「途中で抜けてごめんね。寝不足で体調悪くなっちゃっただけだから安心してください。土日は寝込むから返信できないかも。ごめんね。寝たら治るから心配しないで」なんて送られてる。
 他の真紘と一緒に出て行ったことに関しての女の子からのメッセージには「御岳くんはいつも通りでした。安心してください。体調が悪いので失礼します」と。
 うん、確かにいつも通りといえばいつも通りだけど……違うよね。たぶん、私の知ってるいつも通りと、周りの知ってるいつも通りは違う。
 私の知ってる真紘はチャラい感じのヤリチン。でも、大学の人が知ってるいつもの真紘はクールな感じの真紘だ。

 しかも、うわぁぁぁあ……。うまい具合に全部私みたいに送ってるぅ……。
 でも、正直に真紘のことを書いてなくて安心した。
 真紘との関係はあんまり公にしたくない。
 だって、真紘ってばすごくモテモテなんだよ? 他の大学からも真紘を見に来るぐらいにモテモテ。しかも噂ではミスコンに選ばれた先輩が真紘に猛アピールって話だし。
 たぶん、真紘が真紘じゃなかったら絶対関わりたくない。

「ごめんね。依ちゃんとのイチャイチャを邪魔されたくなくてさぁ」
「まぁ、もうしょうがないけど……」

 それにスマホに見られて困るようなものは入ってない。
 りいちゃんも真紘の返信で納得してくれたみたいだし、ずっと連絡しないよりはマシ。そういうことにしよう。

 りいちゃんにはまた明日会うとして、問題は真紘だ。どうしよう。
 真紘と一緒に学校なんて絶対ごめんである。

「真紘と一緒に大学なんて行きたくない」
「みんなにバレたくないの?」
「バレたくないの」
「じゃあ、これ書いて」

 これ、と言われてぺらりと紙を目の前に出される。
 あまりに近くに出されてよく見えなくて、その紙を手に取って少し離して見る。

 えぇっと、なになに。

「…………これ、」
「俺としては依ちゃんのこと逃したくないし、この先依ちゃん以外のことを好きになるつもりもない、っていうか好きになれないだろうし、周りが騒がしくなる前に結婚しよ?」

 なんとも軽いプロポーズである。
 ……プロポーズ?

「はいっ!?」
「ああ、良かった。大丈夫。浮気なんてしない、っていうか他の女相手だと勃たないからできないから安心してね。依ちゃんと会わなかった間、他の女と一切寝てないし。あ、でもその前に依ちゃんママに挨拶しないとね。依ちゃんパパには殴られちゃうかなぁ。まあ、しょうがないよね。依ちゃんママにはブチギレられそう。でも絶対諦めたりしないからね。ちゃんと許しが貰えるまで依ちゃんママにお願いするから。子供は大学出るまでは我慢しようね。依ちゃんと子供のことは俺が自分の手で養いたい。就職先は決まってるから、依ちゃん達のこと養えるようになるのは三年くらい必要かな。あ、それとも株でもやろうか。でもやっぱり依ちゃんの旦那として社会的な地位はちゃんと欲しいし……。うん、大学にいる間にある程度株で儲けることにする。友達の手伝ったことあるし、コツは掴んでるから心配しないで。ちゃんと依ちゃんのこと幸せにするからね」

 ガーッと真紘の言葉が入ってきて抜けていく。
 驚いてぽけーっとしてると、ペンを持たされて、テーブルに誘導される。
「はい、どうぞ」
 じゃない! 違う!

「ま、まままって! 結婚しないよ!? というかはい、って違うから! 聞き返しただけだから!」
「しないの?」
「成人もしてないのに早いよ!」
「でも法的には結婚できるし。成人してなくても結婚してる人はいるよ」
「確かにそうだけど……」

 いやいやいや、それとこれとは話が別だし、というかそんな話じゃない。

 普通、普通は恋人同士になって、あまーい感じになって、社会人になって、仕事に慣れてきたら結婚とかじゃないの?
 いやでも真紘は子供の頃のことが原因で普通がわからないのかも……って、いやいや。それとこれとは今の話関係ないね。
 普通に真紘が頭おかしいね。

「えっと、確認なんだけど、私と真紘はす、好き同士なんだよね?」
「吃る依ちゃんってかわいい。そうだね、好き同士だね」
「じゃあ……恋人同士ってことだよね?」
「恋人って単語に照れる依ちゃんもかわいい。そうだね、俺と依ちゃんは恋人同士だね」
「んんっ、結婚はせめて期間を置いてからだよね?」
「俺にかわいいって言われて顔真っ赤な依ちゃんは本当にかわいい」
「答えてよーっ!」

 真紘はいつの間にか私を後ろから抱き締めながら、ほっぺたを髪にすりすりしてくる。
 すごく大事なお話してるのに! というかなんで最後だけ答えない!

「……ごめんね、依ちゃん」
「え……?」
「本当は俺分かってるんだ」

 かわいいかわいいと私にスリスリしてると思ったら、真紘は突然悲しそうな声を出す。後ろにいるから真紘の顔があんまりよく見えない。
 ふり向こうとすると、真紘がそれを止めるように私の肩に顔を置いてきた。

「俺はほら幼い頃にああいうことがあったから、人を好きになるなんて思わなかったし、依ちゃんのことを好きになれたのは本当に奇跡だと思ってる。
 でも、依ちゃんは違うからね。依ちゃんは今後俺なんかよりもいい奴に会うかもしれないし、俺に愛想を尽かすかもしれない。俺、それがすごく怖いんだ」
「そんなこと……」
「絶対ないとは言えないでしょ?」

 真紘の言葉に否定しなくちゃと思うのに黙ってしまう。
 だって、確かに絶対とは言い切れない。私はまだ二十歳にもなってない。今後のことなんてわからない。
 今は真紘のことすごく好きだけど、今後はどうなるかなんてわからない。
 気持ちは褪せるものだし、人は慣れるもの。
 真紘は私のことを好きになれたのは奇跡だって言うけど、私なんかよりもいい人はいっぱいいる。

「俺はね、依ちゃん。依ちゃんが他の男を選んでも俺のところに帰ってきて欲しいんだよ」
「……?」
「ああ、意味がわからない? あのね、依ちゃんと俺が結婚してたら依ちゃんはどうしても俺が了承しないと離婚できないでしょ? そしたら俺のところに帰ってくるしかなくなる。俺にチャンスがあるんだよ」
「なるほど」

 納得だ。つまり真紘が浮気して他の女の子と結婚したいよーって言ったときに、私にもチャンスがあるってことだね。
 なるほど。真紘は頭がいいかもしれない。
 真紘って他に女の子ができたら、そのまま私のところから逃げそうだし、結婚してたら最後に一発殴れるかもしれないよね。

「……納得しちゃうところが依ちゃんだよねー。ほんとすき」
「馬鹿にしてる?」
「してないよ。依ちゃんのその素直なところ好きだなーって」

 なんか馬鹿にされてる気がする。

「婚姻届は依ちゃんの両親に挨拶してからにしようね」
「あ、私父親いないよ」
  
 そういえば言うの忘れてた。
 だから真紘がお父さんに殴られたりとかはないよ。それよりお母さんに殴られそう。
 お母さん、結構拳で語るタイプだし……。私は怒られたことないけど、お兄ちゃんはよくイタズラして拳骨もらってた。
 私のお母さんって、傍迷惑な教育ママだけど、自分は全然違うんだよねぇ。私の見本になろうと頑張ってたけど、色々ボロが出てたし。
 お母さんのこと好きだからいいけど。お母さんは確かにすごく厳しかったけど、そのぶん私のこと愛してくれたし。
 お兄ちゃんとお母さんとで、一緒にお勉強とか楽しかったなぁ。

「そうだったの?」
「うん。あのね、私が小さいときに死んじゃったんだって。私は全然お父さんのこと覚えてないけど、お兄ちゃんは覚えてるって言ってたよ」
「依ちゃん、お兄さんいるの?」
「うん、一個上。同じ大学に通ってるよ。工学部だからあんまり知らないかも」

 そういえばお兄ちゃんのことも言ったことなかったかも。
 でも、大学では結構お兄ちゃん有名だし、その妹で私も知られてたと思うんだけどなぁ。

「……あっ、そういえば工学部のイケメンの妹が文学部にいるって話はあったかも」
「それそれ。お兄ちゃん、イケメンなんだよ」
「俺よりも?」
「真紘はかっこいいというより綺麗。私、真紘より綺麗な人に逢ったことないもん」

 というか、真紘より綺麗な顔をした人に逢ったことない。
 真紘はそれでなくとも綺麗な人だと思う。隣に立つのが嫌になるくらい。イケメンというより綺麗っていうか、美人さん。

「やった。依ちゃんだいすき!」
「……真紘って変な人」

 お兄ちゃんに勝って嬉しいの?
 ギュッギュッと私を抱き締める真紘はちょっと頭がおかしいのかなって不安になった。

 ……好きだけど。
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