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山下鷹花
しおりを挟む彼女は、この世に生をうけた時から独りで生きる事が決まってしまっていた。
独りで生きるのはとても大変な事だ。
逞しく、賢く、しなやかでなくてはならない。
だが、彼女はそれとは真反対の人間だった。
例えば、預けられた孤児院では院長の大切にしていたツボを拭こうとするが誤って割り、晩飯抜きをくらったり、
男の子におやつを取られても気付かず一日を終えたり。
そんな事だから、彼女は院の子達に「ようか」では無く「ばか」と嘲笑を込めて呼ばれていた。
院を出た後の奉公先でも度々迷惑をかけた。
おそらく彼女に『給仕』という仕事は世界で1番向いていなかった。
ーーーーー
「あんた、くびよ。」
「え……?」
床に散らばる割れた皿の破片を、しゃがんで片付ける彼女を、汚物を見るような目で見下ろすこの喫茶店の店長は溜息をついてそう言い放った。
「そ…そんな!わたし頑張ります!
もうお皿を割ったりしません!」
「毎度毎度そういって今日で何個割ったと思ってるのよ…。」
彼女は今朝から今までを思い出しながら指を折ってゆく。
「……3個です!」
「元気に答えるんじゃないわよ!
貴方を雇ったこの1週間でどんだけ皿を買いかえなきゃいけなかったと思ってるの!?もはやこの店の全ての皿が入れ替わっちゃったわよ!」
「ご、ごめんなさい…。」
彼女は俯き、謝った。
自分が頑張ろうとする程誰かに迷惑をかけてしまうのは、身に沁みてわかっていた。
どんなに自身の不甲斐なさを嘆いても、次の瞬間には彼女は誰かを困らせていた。もう、自分には、謝るしかなかった。
店長はさきほどより濃い溜息をついた。
「貴方、もう何軒もの店で働いては迷惑かけてるんでしょう?
貴方のせいで潰れかけた店もあるって聞くわ。はっきり言って、向いてないのよ。
お金がないならもう体でも売るしかないんじゃない?その方が他人に迷惑かけなくて済むじゃない。」
そう言われて、今月分の給金を手渡された。
再び謝って、彼女は店を出た。
ーーーーーーー
道路に白い円を描き、けんけんぱをして遊ぶ子供。
外国から入ってきた車という乗り物。
お肉屋の前で下衆な世間話で盛り上がっている主婦達。
その昭和の町の普通の光景を、彼女はぼーっと見つめていた。
ほのぼのとした空気感が、自分の心象風景と真逆でおかしかった。
「わたし…これからどうすれば…。」
掠れた声でそう独り、呟いた。
ー体でも売るしかないんじゃない?
言われた言葉が頭の中を反芻して、傷心の心を更に痛めつけた。
「生きてるだけで迷惑をかけるなら…生まれてきたくなかったよ…」
彼女の目からは大粒の涙が流れて、止まらなかった。
花壇の端っこに座り、車の影でぐずくずと膝を抱えて泣いている成人女性を、子供も、主婦も好奇の目で見ていた。
早く泣き止んでこの場から立ち去らなければいけないのに、足は震えて立てなかった。
「ふぐぁっ!」
すると顔に何かが思いっきりぶつかった。
彼女が隠れていた車のドアが開いたのだ。
「痛ぁ……。」
車のドアに横からビンタされた彼女は赤い頬をさすった。泣きっ面に蜂とはまさにこの事だと思う。
車の主が中から出てきた。
「きゃあっ!すみません。」
中から出てきたのは若い女性と、男だった。
夫婦だろうか?
「だ、大丈夫です。お気になさらずに…」
「泣くほど痛かったのね…。
何かお詫びをしなきゃ…!」
「あ、いえ…これは元々泣いてたんです。
ほんとに大丈夫ですから!」
私は夫婦に事の顛末を話した。
すると夫婦は少し考え込む姿勢をとった。
「………。」
「あ、あの…?」
「………貴方、子供は好き?」
「は、はい。子供や猫や…お花なんかも好きです。」
特に幼い子供には好かれた。
彼女のおっとりとした所に安心するのか、院では幼い子供の世話はよく見ていた。
そんな可愛い可愛い子供達も、大きくなるにつれて彼女を『人より劣っている』と理解し、「ばか」と呼び出し、おやつを奪うようになるのだが。
「そう…私達にも12歳になる子供がいるのよ。すごくかわいいのよ。」
若い女性の言葉に、隣の男性もうんうんと頷いた。余程かわいいのだろうか…。
「でもちょっと、ちょっとだけよ!?
お転婆な所があって、お世話を頼んだ子が皆辞めちゃうのよ!あんなにかわいいのに!」
「は、はい…」
詰め寄られ、思わず一歩引いた。
それは親の、我が子への愛情というフィルターで可愛く見えているだけなのでは…。
「だから貴方、家で働かない?その喫茶店、クビになっちゃったんでしょ?」
…………。
「ええっ!?」
「お願いよ!私達は基本仕事で家にいないから心配なのよ!かわいいあの子が攫われたり…とかそんな感じの事になったら!」
「でも…わたし…!」
すると顔を耳に近づけてボソッと言われた。
「ちなみにお給金は…………………」
「!」
今までのお給金の3倍はある額だった。
気がつくと、女性の手を熱く握りしめていた。
「ふつつか者ですが…よろしくお願いします!」
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