桜はもう枯れた。

ミックスサンド

文字の大きさ
1 / 7

山下鷹花

しおりを挟む


彼女は、この世に生をうけた時から独りで生きる事が決まってしまっていた。

独りで生きるのはとても大変な事だ。
逞しく、賢く、しなやかでなくてはならない。

だが、彼女はそれとは真反対の人間だった。

例えば、預けられた孤児院では院長の大切にしていたツボを拭こうとするが誤って割り、晩飯抜きをくらったり、
男の子におやつを取られても気付かず一日を終えたり。

そんな事だから、彼女は院の子達に「ようか」では無く「ばか」と嘲笑を込めて呼ばれていた。

院を出た後の奉公先でも度々迷惑をかけた。
おそらく彼女に『給仕』という仕事は世界で1番向いていなかった。

ーーーーー


「あんた、くびよ。」

「え……?」

床に散らばる割れた皿の破片を、しゃがんで片付ける彼女を、汚物を見るような目で見下ろすこの喫茶店の店長は溜息をついてそう言い放った。

「そ…そんな!わたし頑張ります!
 もうお皿を割ったりしません!」

「毎度毎度そういって今日で何個割ったと思ってるのよ…。」

彼女は今朝から今までを思い出しながら指を折ってゆく。
「……3個です!」

「元気に答えるんじゃないわよ!
貴方を雇ったこの1週間でどんだけ皿を買いかえなきゃいけなかったと思ってるの!?もはやこの店の全ての皿が入れ替わっちゃったわよ!」

「ご、ごめんなさい…。」

彼女は俯き、謝った。
自分が頑張ろうとする程誰かに迷惑をかけてしまうのは、身に沁みてわかっていた。
どんなに自身の不甲斐なさを嘆いても、次の瞬間には彼女は誰かを困らせていた。もう、自分には、謝るしかなかった。


店長はさきほどより濃い溜息をついた。

「貴方、もう何軒もの店で働いては迷惑かけてるんでしょう?
貴方のせいで潰れかけた店もあるって聞くわ。はっきり言って、向いてないのよ。
お金がないならもう体でも売るしかないんじゃない?その方が他人に迷惑かけなくて済むじゃない。」


そう言われて、今月分の給金を手渡された。
再び謝って、彼女は店を出た。



ーーーーーーー



道路に白い円を描き、けんけんぱをして遊ぶ子供。
外国から入ってきた車という乗り物。
お肉屋の前で下衆な世間話で盛り上がっている主婦達。

その昭和の町の普通の光景を、彼女はぼーっと見つめていた。
ほのぼのとした空気感が、自分の心象風景と真逆でおかしかった。

「わたし…これからどうすれば…。」

掠れた声でそう独り、呟いた。
ー体でも売るしかないんじゃない?
言われた言葉が頭の中を反芻して、傷心の心を更に痛めつけた。

「生きてるだけで迷惑をかけるなら…生まれてきたくなかったよ…」

彼女の目からは大粒の涙が流れて、止まらなかった。
花壇の端っこに座り、車の影でぐずくずと膝を抱えて泣いている成人女性を、子供も、主婦も好奇の目で見ていた。
早く泣き止んでこの場から立ち去らなければいけないのに、足は震えて立てなかった。



「ふぐぁっ!」
すると顔に何かが思いっきりぶつかった。
彼女が隠れていた車のドアが開いたのだ。

「痛ぁ……。」
車のドアに横からビンタされた彼女は赤い頬をさすった。泣きっ面に蜂とはまさにこの事だと思う。

車の主が中から出てきた。

「きゃあっ!すみません。」

中から出てきたのは若い女性と、男だった。
夫婦だろうか?

「だ、大丈夫です。お気になさらずに…」

「泣くほど痛かったのね…。
何かお詫びをしなきゃ…!」

「あ、いえ…これは元々泣いてたんです。
ほんとに大丈夫ですから!」

私は夫婦に事の顛末を話した。
すると夫婦は少し考え込む姿勢をとった。

「………。」

「あ、あの…?」

「………貴方、子供は好き?」

「は、はい。子供や猫や…お花なんかも好きです。」

特に幼い子供には好かれた。
彼女のおっとりとした所に安心するのか、院では幼い子供の世話はよく見ていた。
そんな可愛い可愛い子供達も、大きくなるにつれて彼女を『人より劣っている』と理解し、「ばか」と呼び出し、おやつを奪うようになるのだが。

「そう…私達にも12歳になる子供がいるのよ。すごくかわいいのよ。」

若い女性の言葉に、隣の男性もうんうんと頷いた。余程かわいいのだろうか…。

「でもちょっと、ちょっとだけよ!?
お転婆な所があって、お世話を頼んだ子が皆辞めちゃうのよ!あんなにかわいいのに!」

「は、はい…」
詰め寄られ、思わず一歩引いた。
それは親の、我が子への愛情というフィルターで可愛く見えているだけなのでは…。

「だから貴方、家で働かない?その喫茶店、クビになっちゃったんでしょ?」



…………。

「ええっ!?」

「お願いよ!私達は基本仕事で家にいないから心配なのよ!かわいいあの子が攫われたり…とかそんな感じの事になったら!」

「でも…わたし…!」

すると顔を耳に近づけてボソッと言われた。

「ちなみにお給金は…………………」

「!」

今までのお給金の3倍はある額だった。
気がつくと、女性の手を熱く握りしめていた。

「ふつつか者ですが…よろしくお願いします!」

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

あなたへの愛を捨てた日

柴田はつみ
恋愛
公爵夫人エステルは、冷徹な夫レオニスを心から愛していた。彼の好みを調べ、帰宅を待ちわび、献身的に尽くす毎日。 しかし、ある夜会の回廊で、エステルは残酷な真実を知る。 レオニスが、未亡人クラリスの手を取り囁いていたのだ。 「君のような(自立した)女性が、私の隣にいるべきだった」 エステルは悟る。自分の愛は彼にとって「重荷」であり、自分という人間は彼にとって「不足」だったのだと。その瞬間、彼女の中で何かが音を立てて砕け散る。

『お前を愛する事はない』なんて言ってないでしょうね?

あんど もあ
ファンタジー
政略結婚で妻を娶った息子に、母親は穏やかに、だが厳しく訊ねる。 「『お前を愛する事は無い』なんて言ってないでしょうね?」

幸せな婚約破棄 ~どうぞ妹と添い遂げて~

あんど もあ
ファンタジー
王立学園の卒業パーティーで婚約破棄を宣言された私。彼の横には、何故か妹が。 私……あなたと婚約なんてしていませんけど?

妹の初恋は私の婚約者

あんど もあ
ファンタジー
卒業パーティーで、第一王子から婚約破棄を宣言されたカミーユ。王子が選んだのは、カミーユの妹ジョフロアだった。だが、ジョフロアには王子との婚約が許されない秘密があった。

ちゃんと忠告をしましたよ?

柚木ゆず
ファンタジー
 ある日の、放課後のことでした。王立リザエンドワール学院に籍を置く私フィーナは、生徒会長を務められているジュリアルス侯爵令嬢アゼット様に呼び出されました。 「生徒会の仲間である貴方様に、婚約祝いをお渡したくてこうしておりますの」  アゼット様はそのように仰られていますが、そちらは嘘ですよね? 私は最愛の方に護っていただいているので、貴方様に悪意があると気付けるのですよ。  アゼット様。まだ間に合います。  今なら、引き返せますよ? ※現在体調の影響により、感想欄を一時的に閉じさせていただいております。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

あなたの幸せを祈ってる

あんど もあ
ファンタジー
ルイーゼは、双子の妹ローゼリアが病弱に生まれたために、「お前は丈夫だから」と15年間あらゆる事を我慢させられて来た。……のだが、本人は我慢させられていると言う自覚が全く無い。とうとう我慢のしすぎで命の危機となってしまい、意図せぬざまぁを招くのだった。 ドアマットだと自覚してないドアマット令嬢のお話。

処理中です...