桜はもう枯れた。

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山下鷹花②

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彼女は夫婦の車に乗った。

「もし、このまま外国に売り飛ばされたりしたらどうしよう…」という思いもあったが、夫婦と世間話をしながら、車内で出してくれた「ちょこれーと」というお菓子を食べていたらあっという間に着いた。
女性が鷹花の手を引っ張り、車から降りた。


「ここが私達の家よ。」


降りたそこには、豪邸の日本家屋があった。

一体どれだけこの人達は金持ちなのだろうか、という事も衝撃的だったが、最も彼女を驚かせた事はその家をこれまで毎日目にしてきた事だった。
そう、この屋敷の隣に建つオンボロアパートこそが、彼女の住まいだ。

「どうしたの?そんなに驚いて」

「わ、私の住むアパートの隣だったので…。
少々吃驚して…。」

「えっ……」

そう言うと夫婦は顔を青ざめた。
鷹花は『何か言ってはいけない事を言ってしまっただろうか?』とおろおろした。

「鷹花ちゃん……

あんな所に女の子が住んじゃ駄目よ!!!」

「そうだそ!大家が家の管理をサボってるからこの県の『少しの地震で崩れそうなアパートTOP1』なんだぞあそこは!!!」

女性も、夫の方も凄い形相だ。
「だから家賃を払えたんですよ」とは言わないでおいた。

「貴方、後で荷物を持ってきなさい!今日から家の余った部屋を貸したげるから!!」

「えっ…そこまでして頂くわけには」

「いいから!」

「……はい。」


正直、彼女はまた自分のドジを見て、直ぐにクビにされるだろうと考えていた。
なので余りいい思いはしたくなかった。
後で辛くなるから。

ーーーーーー



「失礼します、坊っちゃん。
今日から坊っちゃんの身の回りの世話をさせて頂きます。山下鷹花と申します。」

鷹花は坊っちゃんが中にいるという襖の前で、正座をしてそう言うが、返事は一向に帰ってこなかった。
仕方がないので襖を開けた。嫌な予感がした。

「失礼しますッ!」

がらり。

その広々のした部屋には誰もいない。
青々とした畳目だけが広がっている。
鷹花は血の気を引き、急いで夫婦…もとい主人の元へ走った。



「坊っちゃんがいません!」

ぜえぜえと息を切らしてそう伝えると、夫婦は「あら。」と言った。

「ゆ…誘拐かも…!」

「多分まだ屋敷のどこかにいるわ。」

「……へ!?」

「あの子の勉強嫌いにも困ったもんだねぇ。」

夫婦はふふふと笑い合う。
もしかして…ご子息は毎度毎度、勉強が嫌で屋敷を逃げ出してるのか?
夫婦は鷹花にその見張りを頼のみたく、雇ったのだ!

「頑張ってね、鷹花ちゃん。」

にっこりと微笑まれ、鷹花は急いで屋敷をまわった。「ばか」な鷹花にもわかった。この家でお皿を割ろうがクビにはされない。だが、坊っちゃんを見つけられなければ、



クビだと。











数分後、
屋敷を3周した鷹花は、ようやく庭の木の上で本を読んでる少年をみつけた。あれが坊っちゃんだ。


鷹花は木に近づき、おそるおそる口を開いた。
「あの…お初にお目にかかります。
今日から坊っちゃんのお世話をさせて頂きく、山下鷹花と申します。」

返事はない。

「あの…お初にお目にかかります。今日」

「聞こえない。」
その少年は、木の上から、本から目も離さずそう言った。明らかに聞こえている。

「あの…お部屋に戻りませんか?
そろそろ日も暮れますし…。危ないですし…。」

「聞こえない。」

「……。」

何を言っても『聞こえない』の一点張り。
拉致があかなかった。目の前にそびえ立つ2メートルはありそうな木を前に、鷹花はごくりと生唾を飲んだ。
………坊っちゃんをこのまま放置したらクビだ。お給金よりも、私を哀れみ、雇ってくださった夫婦にそれでは申し訳がたたない。

鷹花は草履を脱ぐと、木にしがみつき、登った。

ーーー

「ぼ…坊っちゃん……!」

「うわっ!お前いつの間に…。諦めて帰ったんじゃなかったのかよ!」
鷹花は数十分かけて、なんとか少年がいる木の枝まで登りきった。少年は突然真横に現れた鷹花に驚きの表情をみせる。
そしてその拍子に、坊っちゃんは読んでいた本を手からするりと落とした。

「あ…!」
少年は本をとろうと腕を伸ばす。少年の体制はぐらりと崩れた。
このままでは無残に地面に落下してしまうだろう。

「だめ……!」
鷹花は身を乗り出し、枝から落ちようとする少年をぎゅっと抱きかかえた。小さな体の温かな体温が伝わってくる。

そしてそのまま自分を下にして地面に落ちた。背中から地面に叩きつけられ、未だかつてない衝撃が鷹花に走った。

少年は鷹花の上からどき、焦りを交えた声で鷹花に何かを言っているが、それが聞こえる前に…彼女の意識は途切れた。


ーーーーーー
気がつくと鷹花は、柔らかな布団の上に横たわっていた。
「坊っちゃんは!?」
起き上がると隣には心配そうに鷹花を見るあの夫婦がいた。

「鷹花ちゃん。よかったわ目が覚めて
あの子が泣きながら私達を呼んできた時は吃驚しちゃった。」

「あ…坊っちゃんは…」

「あの子なら部屋で大人しくしてるわ。」

そう言うと女性は鷹花の手をぎゅっと握った。

「ごめんなさい、若い子に大変な事させて。
世話係はもういいわ。貴方には掃除なんかを手伝ってもらうから。」



鷹花は俯いた。もうこの屋敷に、自分がいては駄目だと思った。






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