目を覚ますとサークル1のイケメンが隣で寝ていた件について

白井ゆき

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1章

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「終わったー!」

 隣に座る文哉と仲良く伸びをする。

 金曜のラスト、5限の講義終わり。1週間お疲れ様、と自分を労う。同じことを考えているであろう文哉も、浮かれた様子で教材を仕舞っている。

「那生、今日予定ある?」
「おう! 今日も彼女と――」

 片付けをしながら、生活の一部になりつつあった予定を口にしようとして、動きを止めた。

 そうだ、俺振られたんだった。

 昨日、散々慰めてもらったおかげで、気持ちに片を付けたと思っていたけれど、そうではなかったらしい。咄嗟にない予定を返してしまうほど、俺の身体に棲みついている元カノとは、会うことはおろか連絡を取り合うことさえもできないというのに。

 自分の方へ顔を向けたまま固まる俺に、文哉は憐れんだ視線を送った。その顔が一層、俺の心を沈ませる。

「あー……、飲みにでも行く……?」
「いい。昨日散々飲んだから」
「足りてねぇんだって。じゃないと、ほら、こんなこと……な?」

 こんなこと言うわけない、とでも言いたいんだろう。俺だって言いたくて言ったわけじゃない。ただ、油断していただけで。
 あぁ、これをお酒が足りていない、と言うのか。そもそも、お酒を飲んで昨日まで付き合っていた相手を忘れられる人なんていない。実際忘れられてないし。それに、飲みすぎた昨日のお酒が、お昼過ぎにようやく抜けたばかりの身体に、またアルコールを流し込むのは不健康が過ぎるというか何ていうか。

「えー、でも」と渋っていると、

「うだうだしない! 男なら男らしくシャキッと! 行くなら行く、行かないなら行かない! さぁどっち!」
「行く!」

 男らしく、という言葉につられて、思わず行くと言ってしまったことを、1秒後には後悔していた。
 でも、仕方ない。目の前に垂らされた、今一番欲しい男らしさのかけらを掴みたくなってしまったんだから。
 体にはまだ少し気怠さが残っているけれど、ここで断ってしまえば微かに増えた俺の男らしさがマイナスになってしまう気がする。それに、昨日みたいにバカみたいな飲み方をしなければ大丈夫だろう。
 酒を飲んでも飲まれるな、そう誓った言葉に酒を飲むなとは書かれていないんだし。

 片付けを終え、文哉を振り返る。

「どこ行く? いつもの店?」
「いや、今日は別のとこ行こうぜ。後輩がバイト始めたらしくてさぁ。たしか金曜はいつもシフト入ってるって言ってたんだよな」

 ここなんだけど、と差し出されたスマホを覗き込む。個室のおしゃれな居酒屋のおいしそうな写真に、どんどん乗り気になっていく。

「いいね、ここにしよ!」

 体の疲れなどすっかり忘れて、お店に向かった。


 
 
「いらっしゃいませ……って文哉さん来てくれたんですか!?」
「おう、頑張ってるか?」
「はい、もちろんです!……あっ、こんにちは!」
「こんにちは」

 人懐っこい笑顔を浮かべる文哉の後輩に会釈をする。道中聞いた話によると、この子は相川はじめ君。サークルの後輩で文哉に懐いてくれているらしい。確かに、この裏表のなさそうな子に懐かれれば、可愛がってしまうのも分かる気がする。
 先輩ばかりと一緒にいるせいか後輩たちとの交流が浅く、おまけに学生時代は帰宅部だったため、後輩に懐かれるという経験がない俺にとっては少し羨ましい。仲良くなりたくないわけではないけれど、年下の子とどうやって接すればいいのか考えあぐねている間に、気づけばいつもの先輩たちに囲まれているのだ。いい機会だし、後輩との接し方のお手本を見せてもらおう。
 
 相川君に案内された席に着き、メニュー表を開く。

「はじめ、なんかおすすめある?」
「おすすめですか? 人気なのは、えーと……あった。この生ハムのサラダと、エビのアヒージョと、あとラザニアですかね」
「じゃあ、とりあえずその3つと……何か食いたいのある?」
「生春巻き食べたい」
「あとは……」

 あー、手際よくて頼りになる。

 手慣れた様子の文哉に注文を丸投げして、他のメニューを眺める。決して押し付けているわけではない。文哉と話したそうな後輩の気持ちを慮っての行動だ。後輩と軽い会話を挟みながら注文を進める文哉に「カシオレ飲む」とだけ伝えて、再びメニューに目を落とす。

 アラカルト、メイン、デザート、ドリンクと分かれたメニュー表を上から下へと順に辿っていく。食欲をそそられる写真がところどころに載っていて、その色鮮やかさをぼんやりと見つめた。

 あ、バスクチーズおいしそ。

「以上で!」
「はい。サラダ系は10分くらいでできると思います!」
「ゆっくりでいいからな」
「ありがとうございます!」

 少々お待ちください、と戻っていく相川君に手を振る文哉に怪訝な視線を送る。

「何か、文哉の先輩面違和感ある……」
「は?」
「だって、いつもは課題もテストもギリギリだろ?」
「お前も人のこと言えねぇだろ」

 カウンターを喰らい、言葉を詰まらせる。
 大学生ってそんなもんでしょ。バイトして、サークル行って、飲み会参加して、その合間に講義と課題をこなすんだよ。要領よくやった方が人生楽しいしね。なんだかんだで落単0だからオールオッケー。

「俺は先輩ぶったことなんてないだろ。頼りになる雰囲気出しちゃってさぁ」
「俺だって先輩ぶってねぇよ。つーか、2個下だと自然とあぁなるんだよ」

 1年浪人した文哉は、俺よりも1個年上だ。仲良くなってから知ったから、あまり意識したことはなかったけれど、こういう面を見るとちゃんと年上らしさを感じる。

「そういえば、一応、年上だったな」
「一応ってなんだ一応って」
「てか俺に対する態度と全然違くなーい? やっぱ後輩だからってかっこつけてるだろ」
「お前と違ってはじめは良い子だからだよ。優しくされたきゃ敬え」
「うわっ。今の顔、相川君に見せてあげたい」

 軽口を叩いていると、飲み物が届いた。持ってきたのが相川君じゃなくて分かりやすく落ち込む文哉にグラスを突きつける。

「はい、かんぱーい」
「乾杯」

 甘いものしか飲めない俺とは違って、ワインを使っているらしいカクテルを飲む文哉は、なんだかんだ言いつつも、やっぱり大人なんだと思う。前に参加した飲み会で似たようなお酒を先輩から一口もらったけれど、苦くて飲めたものではなかった。
 何と言うか、俺には男らしさはもちろん、こういう大人っぽさや落ち着きも足りていない気がする。包容力があって頼りになる人間になれば、自然と男らしさも増すんじゃないか。

「俺、大人になりたいんだよね」

 届いたサラダを取り分ける文哉にそう伝える。

「どうした急に」
「いやさぁ、いつも男らしさが足りないみたいなこと言われて振られるじゃん? 見た目はどうしようもないから置いといて、中身くらいは頼りになる人になりたいなぁ、って」

 取り皿に綺麗に盛られたサラダを受け取り、お礼を言う。

「中身ねぇ。確かにお前、誰に対しても後輩キャラだもんな」
「そんなつもりないんだけど」

 誰かの後輩になる前から俺はこういう性格だ。俺が後輩キャラなんじゃなくて、後輩キャラが俺に寄ってきているんだと思う。……でも確かに、昔から年上の人から好かれやすい気がする。サークルの先輩たちはもちろん、元カノもみんな年上だし。そういえば、小学生の時は、友達のお母さんたちからの評判がやたらと良かった。
 でも、結局のところは振られているし、恋愛市場においては価値が高くないんだろうな。

「目指そうかな、先輩キャラ……」
「お前が? 無理だろ。諦めろって。……はい、こんくらいでいい?」
「うん、ありがとー。……って、ダメ! これじゃダメだ!」

 ちょうどいい量がよそってあるラザニアを見て首を振る。
 今日、というかいつも取り分けられるのを待つばかりで取分けたことなんてない気がする! 気がするじゃなくて、絶対ない!
 相手が文哉だからというわけではなく、サークルの先輩たちとの飲みでも、気が付けば目の前に置かれてある取り皿に載っている料理を食べている。

「足りない?」
「いや、足りてる! 足りてるけど! 俺さ、いつもこういうの、やってもらってばっかじゃない!?」
「こういうのって?」
「料理の取り分け!」

 自分の分を取り分ける手を止めた文哉が、斜め上を見上げる。

「言われてみれば……それがどうかした?」
「こういうところが後輩っぽいのかな、って」
「まぁまぁ、とりあえず冷める前に食おうぜ。」

 さりげなく差し出されたスプーンを凝視する。
 いつの間に取り出したんだろう。カトラリーが入っているカゴはどちらかと言えば俺の席の方が近いはずなのに、全然気づかなかった。

「食わねぇの」
「食べる……。いただきます」

 軽いショックを受けながらも、ラザニアを口に入れる。
 え、なにこれ、めっちゃおいしい。
 スプーンに乗せたラザニアをよく冷まし、もう一度頬張る。

 「おいしい!」

 正面に座る文哉も「うまい」って言ってるから間違いない。
 
 あまりの美味しさに、話もそこそこにして頬張っていれば、数分前に頭を悩ませていた大人化計画はすっかり頭から消え去っていた。

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