疎遠だった幼馴染に突然キスをされた男の子の話

白井ゆき

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「でた。また塚本千明告られてんじゃん」

 窓の桟に凭れながらぶつくさと文句を垂れる 岡田光希の視線を辿れば、見知った後ろ姿が目に入った。

 塚本千明。
 文武両道。眉目秀麗。そういった賞賛の声がよく似合うその男は、高校に入学してまだ半年しか経っていないというのに既に数人の女子生徒から告白されているらしい。精悍な顔立ちに綺麗に切りそろえられた艶のある黒髪。180を優に超える体躯。その容姿に加えて、運動や勉強もできるのだから女子が放っておかないのも納得だ。

 そんな欠点のない男の向かいに立つ女子生徒の中履きのスリッパは緑色で、2年生かと考える。

 3年が赤、2年が緑と分けられていて、俺達1年は青色を履いている。

 2人が立っている校舎と体育館に挟まれたその通路は、利用者が少ないからか、よく告白の場に使われている。塚本千明の告白現場を見かけたのは、これで2回目だ。


「つーかさー、あれチア部の先輩じゃね?先月も2組の飯田さんに告られてなかった?いーなーイケメンは」


 窓の外から友人に視線を戻し、購買で買った焼きそばパンに齧り付いた。

 渡り廊下を見下ろしながら塚本千明を羨んでいるコイツも決してモテないわけではない。ただ塚本千明が異常なだけだ。アイドルのような整った顔立ちに日に当たると明るく透ける髪。人懐っこい性格も相まって男女共に好感度の高い人物だと思う。

 その人気者の光希と愛想の悪い俺、小倉凛がつるむようになった理由は、単に席が前後だったからだ。入学式の日に、コイツが初対面とは思えないほど人懐っこく話しかけてきたのがきっかけである。
 なんとなく染めた明るい金髪に仏頂面の俺に話しかけるような物好きなんて、そうそういるはずもなく、そのまま成り行きで一緒に過ごすようになった。
 成り行きでとはいうものの次から次へと表情が変わるコイツの話は聞いていて飽きないし、近い距離感も嫌ではない。


「そういえばさー、凛って塚本と幼馴染ってガチ?」

 焼きそばパンの最後の一口を放り込み、パックのミルクティを吸い上げて光希へ視線をよこした。

 物心ついたころからの顔なじみ、という意味では幼馴染であるが、仲がいいわけではない。
 偶然家が隣で、偶然親同士が意気投合したため、一緒に遊んでいた時期もあったが、高校生にもなれば当然お互い別のコミュニティに属することになる。現に、塚本と会話をする機会などないに等しく、最後に顔を合わせたのはいつかも思い出せない。親同士は未だに仲がいいようだが、だからと言って、子供まで仲良くする必要なんてない。

「……小中が一緒だっただけ。特別仲いいわけじゃねぇよ」
「えぇー、せっかく聞きたいことあったのに」
「何、聞きたいことって」

 窓際から離れ、俺の向かいの椅子の背もたれを跨ぐように座った光希の不満げに口をとがらせた表情に首をかしげた。

 久しく連絡を取っておらず、満足のいく回答を出せるとは言い難いものの、意味ありげな表情の光希を見ると気になってしまうのが人間の性だ。

 言えよ、と顎で促せば待ったましたと言わんばかりの笑みを浮かべた光希に手招かれるままに顔を近づける。

「塚本千明ってゲイなの?」

 周囲を配慮してか、小さな声でそう囁く光希の突拍子のないその発言に素っ頓狂な声が出た。

 何を聞かれるのかと思えば、塚本がゲイ?あの真面目で教師からの信頼も厚い人間が?良い大学に入って、有名企業に就職して、幸せな家庭を築く王道の人生を歩みそうなあの男が、ゲイ?

 聞いたこともなければ、想像すらも難しいその噂に、首を振った。

「ありえないだろ」
「えー、だってさ、あんなにモテるのに彼女いないんだよ?入学してから一度も。おかしいと思わない?」
「別にそんなやついくらでもいるだろ」

 現に俺も光希も入学してから一度も彼女がいない奴の1人だ。それだけの理由でゲイ呼ばわりされるのは、本人にとっても心外だろう。

 ストローで吸い上げたパックから、ズズズと音が鳴る。

「いやいや、他の奴らと塚本千明一緒にしちゃだめでしょー。さっきだって先輩振られてたし」
「なんで分かんだよ」
「先輩の落ち込み加減で?」
「へー」

 考えたこともなかったが、言われてみれば女子の好みをふんだんに詰め込んだあの塚本千明に彼女がいないのは不思議ではある。
 成長期でどんどん背が伸び始めたあたりから今ほどではないものの、女子からの人気はあった。しかし、彼女がいるなどの浮ついた話は1度も聞いたことがない。そのため、校内でも硬派というイメージが根付いている。

「……普通に理想高いんじゃねぇの」
「あんなに可愛い子たちでもだめならもう無理でしょ」
「お前にとってはチャンスだろ。彼女欲しいってよく言ってんじゃん」
「んー。まーねー……」

 まだ疑っているのか歯切れの悪い返事をするの光希を怪訝に感じたものの、ちょうど昼休みの終わりを知らせる予鈴が鳴り響いた。
 パックを潰しながら、光希に言われた言葉を心の中で繰り返す。

 塚本がゲイ、か。……いや、あり得ないな。

 潰し終えたパックと焼きそばパンを包んでいたラップを捨て、2人で教室に戻った。

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