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しおりを挟む「ごめーん!この前のテスト赤点取っちゃってさ」
HR後、いつものように光希の元へ行けば、そんなことを言われ、やむを得ず1人で帰ることとなった。
2週間程前にあった中間テストで赤点を取ったらしい光希は、今日から放課後は補習詰めらしい。
ここ最近は、バイトに行くか光希と俺の部屋に集まっていたため、久々の1人の放課後に少し寂しさを感じつつ、帰路につく。
イヤホンをし、好きなバンドの音楽を聞きながら駅に向かえば、丁度よくホームに到着した電車にそのまま乗り込んだ。
4月は、初めて乗る路線に不慣れな部分もあったが、半月も経てば慣れてしまい、日常の一部になりつつある。退勤ラッシュには早いこの時間は乗客もまばらで、定位置となりつつある入口のすぐ横の座席に座ることができた。スラックスからスマホを取り出し、ただ意味もなくスクロールする。何か目新しいものはないものかとSNSを更新すれば、右側に誰かが座るのとほぼ同時に右耳から音楽が消えた。
「1人なの珍しいね」
顔を上げればいやに整った端正な顔がこちらをみていた。
放課後だからだろうか、校内で見かける校則通りでの姿ではなく、制服を着崩してはいるものの、その整った容姿と綺麗に切りそろえられた艶のある黒髪のせいかだらしない印象はない。
何を考えているのか分からない表情でこちらを見下ろす塚本千明の手には俺から取り上げたイヤホンが握られていた。
そのイヤホンを当然かのように自分の右耳につけるその横暴さに、思わず顔を顰める。
「返せよ」
「あとでね」
返す素振りを見せないその様子に呆れ、再びスマホに視線を落とす。電波が悪いのか、くるくると回ったままフリーズするスマホに苛立ち、意味はないと分かりながら何度も下にスクロールして更新を促した。
「いつもの友達は?」
「は、」
「いつも一緒にいる人」
チラリと右上を見れば、何が楽しいのかくるくると回る画面をじっと見つめていた。
いつも一緒に……?光希のことだろうか。
「補習」
「そうなんだ」
自分で聞いておきながら興味のなさそうなその返事にイライラが募っていく。それをかき消すようにスマホの音量をあげ、音楽に耳を傾けた。
いくら音量を上げても、片耳ではどうしても外部の音が入ってくる。それもあって、眉間に刻んだシワがだんだんと深くなっていった。
「ねぇ、ちょっと音が大きいんじゃない?耳が悪くなるよ」
「……」
「ねぇ、」
「……るせぇな。お前が片方取るからだろ」
「返したら話できなくなるじゃん」
少し不満げな表情の塚本に眉間にシワが寄る。
「話すことなんてねぇだろ」
「あるよ、ずっと話してないんだから」
最後に話したのはいつだったかと思い出そうとしても思い出せない。話をしたとしても業務連絡レベルで、まともな会話となると中学まで遡らなければならないのかもしれない。
しかし、俺にとってはどうでもいい話だ。世間話や雑談をするような間柄でもないし、そもそも2人ともそういった類のものは苦手な部類のはずだ。
「ねぇよ」
ようやく更新されたSNSを指でスライドしるうちに、いつの間にか最寄り駅に到着していた。
駅の改札を抜け、いつものようにスマホを見ながら歩いていると、ふいに手からそれを奪い取られた。何をするんだと右上を睨めば、「危ないよ」と俺のスマホをスラックスのポケットにしまう姿が目に入った。
「保護者面してんじゃねぇ」
「音楽も聞いてるのに車に轢かれたらどうするの」
「んなガキじゃねぇだろ」
危ないといっても駅から家までは5分程度だ。住宅街で車の通りも少ないんだから轢かれるわけがない。こういう真面目すぎるところはどうにかならないものか。
返す素振りのない様子に、心の中で悪態をつきながら歩いていれば、あっという間に見慣れた我が家が見えてきた。
「そろそろ返せよ」
イヤホンとスマホを返してもらおうと手を差し出す。しかし、返そうとする素振りすら見せない。その様子に苛立ちながら、催促するように上下に手を振った。すると、代わりに塚本の手が乗せられ、思わず顔を顰める。
何してんだコイツ。
「嫌だ」
訝し気に見上げれば、そう短い言葉が聞こえ、顔を歪めた。
こちらを伺うことをせず、そのまま俺の手を握った塚本は、俺の家ではなく、その隣の自分の家に入ろうとする。
「何すんだよ。離せって」
「嫌だ」
「はぁ?は、な、せ」
振りほどこうと勢い良く手を振ってみても、指を剥がそうとしてみても、日頃から鍛えているのだろうか、塚本の手はびくともしない。
俺が抵抗している間にも塚本は家の鍵を開け、そのまま中に入っていき、必然的に俺も入ることになった。嫌でも目に入るその風景は、最後に見たときと変わっていない。
玄関の棚の上には、俺の家族と塚本の家族で撮った写真が飾られていて、玄関の向かいのガラス張りの棚にはコイツがとった盾やトロフィーが並べられている。
その棚の中には、幼い頃の俺と泣いている塚本の2人の写真もあって思わず目を逸らした。
塚本千明は今でこそ何でも卒なくこなしているが昔はそうではなかった。むしろ、何をするにも駄目で、いつも俺の後ろに隠れているような奴だった。
俺の家も塚本の家も共働きで家が隣だったこともあり、両親の仲はすぐに深まり、互いに子供を預け合うようになった。はじめは、いつも泣いていて、俺よりも小さい塚本を弟のように可愛がっていたし、俺が守らなければならないなんてことを考えていた気がする。
基本的には、お互いの家で遊んでいたが、ある時期から母親たちがいろいろな習い事をさせるようになった。母さん曰はく、英才教育の一環だったらしい。せっかく同じ年なんだし、という母親たちの考えで同じ教室に通っていた俺らは、水泳やピアノなど日替わりでいろんな教室に行っていた。
その頃の塚本は、今のような器用な姿はなく、どちらかといえば俺のほうが何でもできていたと思う。俺が覚えて、塚本に教える。それの繰り返し。これが俺らの日常だった。
それが逆転し始めたのは、俺の記憶が正しければ、中学1年の頃だった。
俺よりも小さかった塚本は、小学校を卒業する頃には目線が並んでいて、中学に入ってすぐに俺を追い越した。それと同時に勉強もスポーツも何1つとして塚本に勝てるものはなくなった。
それでも、俺は、俺たちの関係は変わることはないと思っていた。思っていた、けれど。
『凛にできることなんかないんだからほっといてよ!』
「……ん。りん。凛」
「……んだよ」
繋いでいない方の手で肩を揺らされ、意識が戻ってくる。
「具合悪い?」
「別に。つーか帰るからスマホとイヤホン返せ」
「だめ。おばさんに頼まれてるから」
「は?っちょ、おい!」
俺のことなど構わずに中へ進もうとする塚本に引っ張られ、慌てて靴を脱いだ。
おばさんに頼まれた、って母さんに?一体何を頼まれたのかは知らないが、こうなった時の母さんと塚本は特別しつこい。今逃げたとしても、塚本経由で母さんに伝わり、「千明君に迷惑かけないの!」と小言を言われるのが落ちである。よく言えば元気な、正直に言えばやんちゃな俺に手を焼いていたからか、大人しかった塚本は、母さんの中での好感度も信頼度もすこぶる高い。
抵抗をあきらめ、大人しくついて行けばリビングのソファへと座らされた。あれだけ返さないと意地を張っていたイヤホンもスマホも、机の上に置かれている。
ようやく帰ってきた、とケースに仕舞っていると、後ろの対面型キッチンからガタゴトと音が聞こえ、母さんから何を言われたのか察しがついた。
飯か。
朝は寝過ごして食べたり食べなかったり、昼は購買のパン、夜はバイトのある日は抜いて、ない日は光希とゲームをしながらお菓子をつまむという乱れた食生活を送っていることをつい先日母さんに指摘されたばかりだ。
手際よく食材を切っている塚本を横目に、確かに最近痩せたなとお腹をさする。
とはいえ、体調を崩すといった影響もないため、曖昧な返答をし、その後もまともにご飯を食べていなかった。それが原因で、母さんも塚本に頼んだのだろう。
あぁ、面倒だな。
天を仰ぎ、スマホ手に取ろうとして、やめた。
こちらから頼んだわけではないけれど、作ってもらっている身分でスマホをいじるのはいかがなものかと、俺の中にある僅かな良心が心を痛めたからである。だからと言って、手伝おうにも俺の料理スキルじゃかえって邪魔をするのが目に見えている。
キッチン聞こえる心地いい生活音を聞きながら、手持ち無沙汰に窓際の観葉植物の葉を数え始めた。
3段目の中腹までたどり着いたところで、あれ、今何枚目だったかなと記憶を辿っていれば、後ろから「できたよ」と声をかけられる。食卓の上には、2人分の料理が几帳面に並べられていた。
勉強やスポーツだけでなく料理までできると知ったらこれまでの数倍の女子から言い寄られるんだろうな、なんて考えながら椅子を引く。
俺が腰を下ろしたのを見届けてから手を合わせ、「いただきます」という塚本に続き、手を合わせた。
「いただきます」
塚本の作ったご飯は悔しいけれど美味しく、この男に欠点はあるのかと問いただしたくなる。点は二物を与えずなんて言うけれど、実際は一物を持ったものは二物も三物も持っている気がする。
世の中不公平だよな、と味噌汁を流し込んだ。
「いつからご飯食べてないの?」
「別に食ってなかったわけじゃねぇよ」
「でも痩せたでしょ」
「……筋肉が落ちたんだろ。部活やめてからどんだけ経ったと思ってんだよ」
実際は痩せたんだろうけど、コイツの言うことを肯定するのは癪に障るから、とつい言い訳をした。事実、嘘ではない。もともと筋肉が付きにくい体質なのか、部活を辞めた瞬間、みるみるうちに筋肉が落ちて驚いたのは記憶に新しい。
もう一度、味噌汁を流し込みながら上目で伺うと、何か言いたげな目と目が合う。
「ご飯食べないと大きくなれないよ」
親戚のおじさんのようなことをいう塚本に顔が歪んだ。
大体、俺は小さいわけではない。177cmとどちらかと言えば背が高い部類に入るくらいの身長はある。俺が小さいのではなく、目の前に座って行儀よく食事をするこの男がデカイだけだ。
お前からみれば大抵の人間は小さいんだよ。
「……勝手に言ってろ。」
不満げに呟き、味噌汁をもう一口飲み込んだ。
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