疎遠だった幼馴染に突然キスをされた男の子の話

白井ゆき

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 幼馴染に避けられている気がする、というモヤモヤを抱えたまま2年生になった。小1の頃からずっと同じクラスだった俺たちは、初めて違うクラスになった。
 とはいえ、部活も同じだし、大きな変化はないだろうと考えていたが、授業中や休み時間の交流がなくなり、交友関係が違うだけで、話す頻度はぐっと減ってしまった。

 顔を近づけたり、肩を組んだりするのを嫌がっていただけの半年前とは違い、千明から話しかけられることがほとんどない。これは、いよいよ本格的に嫌われてしまったかなと怯えながらも、部活中に話しかければ、あの頃と変わらない態度で応答する千明の姿に困惑した。だけど、完全に嫌われたわけではないのかもしれない、というその僅かな可能性に縋りついて、懲りずに何度も何度も話しかけたが、特に状況は変わらず、次第に仲のいい友達は俺たちの異変に気づき始める。最近では、「ケンカでもしてんの」と聞かれることも少なくない。しかし、肯定してしまえば、完全に縁が切れてしまうような気がして誤魔化してばかりいた。

 そんな関係を続けていると、いつの間にか夏になっていた。


「そーいやさー、来週末のこと聞いた?」

 部活が終わり、ギブスを畳む俺に問いかける原田に顔を向ける。

 俺の記憶が正しければ、来週末は午前練ってだけで、特段変わったことはないはずだけど。そう考え、聞き返せば、

「あー、やっぱ聞いてねぇんだ」

 とどこか気まずそうに視線をそらすチームメイトに眉を顰めた。

「何かあんの?」
「高岡先輩たちがさ、慰労会開いてくれるらしいんだよね」
「慰労会?」
「そ」

 ハンディファン片手に汗を拭く原田の言葉に思わず手を止め、眉間の皺をより一層深くする。どうやら卒業した先輩たちが夏の大会に向けて激励会を開いてくれるらしい。

 ……いや、聞いてないんだけど。

「高岡先輩の家、飲食店経営してるじゃん?そこで開いてくれるんだって。一応、塚本に伝えるように言ってたらしいんだけど」

 言葉を止め、こちらを窺う原田は俺の表情からすべてを察したのか苦笑を浮かべた。

「何、まだケンカしてんの」
「そういうわけじゃないんだけど……」

 そう、決してケンカではない。……と思う。

 千明が体調を崩したあの日のことは、後日千明に謝った。それで和解したと思ったし、その後も千明に不快にさせることのない適切な距離感を守って接している。

 それでも、なぜか距離を感じる幼馴染に俺だって困っている。

「もぉー頼むよぉー。お前ら2人が頼みの綱なんだからな。来年くらいはさ、優勝は無理でもベスト4くらいはいってみたいじゃん!?な!?」

 早く仲直りしろよ、と続ける原田に、今度は俺が苦笑いを返した。

 そんなの俺が1番したいに決まっている。その言葉をぐっと飲み込み、「善処する」とだけ返した。



 その数日後。

 すっかり1人に慣れてしまった帰り道で千明の姿を見かけた。
 2人でよく寄り道していたコンビニ。その前に設置されているU字のガードレールに腰掛けている。

 声をかけていいものかと逡巡しつつ、目の前を通るのに無視するのもおかしいよな、と言い訳をし目の前に立った。

「帰んないの?」
「帰るよ」

 立ち上がり、俺の隣に並ぶ千明に内心ホッとする。

 2人で歩くけれど、何を話していいのか分からず沈黙が続いた。

 昔は会話が尽きることなんてなかったし、尽きたとしても沈黙すら心地良いものだったのに。心地良いどころか気まずささえ感じている自分がいる。

「あー……そういえばさ、慰労会のことなんで教えてくれなかったの?」

 とりあえず何か話を、と絞り出した話題を口に出し隣を見れば、足を止めた千明と目が合う。その目の鋭さに、思わずたじろいでしまう。

「……誰に聞いたの?」
「原田、から」

 たどたどしく答えれば、その鋭さが消え胸をなでおろし、もう一度足を動かし始めた。

「わざとじゃないよ、忘れてただけ」

 何でもないように言い放つ千明を横目で盗み見る。

 そんなはずはない。
 こういうことを忘れるような奴じゃないし、仮に本当に忘れていたとしたら、誰から聞いたのかなんていう確認より先に謝るだろ。そこまで俺に話しかけたくないのか、それとも俺が慰労会に行くのがそんなに嫌なのか。どちらにしろ気持ちが沈む。

「……参加するの?」
「まぁ、一応。先輩たちがせっかく開いてくれるんだし。……俺が参加するの嫌?」

 口を噤んだまま、何も言わない千明に心がずきりと痛んだ。

「それって、最近の態度と関係あるの」
「……」

 こんなの沈黙が答えじゃん。何だよそれ。一緒に飯食うのも嫌ってことかよ。少し前までは、飽きるくらい一緒に過ごしていたのに。

 首筋を伝う不快な汗を乱雑に拭った。 

 こんな反応をされるくらいなら、何も気づかないフリをして何も聞かずにいればよかった。そうしていたら、嫌われているわけではないと自分に言い聞かせ、これまで通りの関係を続けていられたかもしれないのに。

「俺のことそんなに嫌いかよ」
「それは違う!」

 声を張り上げる千明に思わず足を止める。真剣なその表情に戸惑いが隠せない。

「……凛は何も悪くないよ」
「じゃあ何で、」
「ただ、慰労会に行ってほしくないだけ」

 気まずそうに目を逸らし、歩み始めた千明を追いかける。

 嫌いじゃないなら参加したっていいだろ。
 それとも他に理由があるのか、と考えるけれど、考えれば考えるほど、俺のことが嫌いという結論にたどり着いてしまう。

「俺も行かないから」
「行けよ。部長がいないとか失礼だろ」

 サッカー部のエースで、どんなときも冷静な千明は、先月行われたミーティングで次期部長に抜擢されたばかりだ。その部長が参加しないとなれば、先輩たちからの心象も悪いし、後輩との信頼関係も築きにくくなる。

「俺のこと嫌いじゃないなら2人で参加すればいいだろ」
「そんなに気になるの」
「気になるとか、気にならないとか、そういう問題じゃねぇだろ」
「でも高岡先輩は……――!」

 今度は千明が立ち止まった。こちらを振り返るその顔は苦し気に歪んでいた。

「高岡先輩が何?」

 そう聞き返すと、急に我に返ったかのように歩き始める。

「何でもない」
「何でもないわけねぇだろ」
「だから何でもないって」
「何かあったの?嫌なことでも言われたとか?」
「そんなんじゃない」

 どんどん歩みを早める千明に置いていかれないように小走りで追いかける。こんなに何かを隠されるのは、初めてで追及の口が止まらない。
 特定の誰かを悪く言うことのない千明がこんな態度を取っているのだから、2人の間で何かがあったことは明白だ。でもいつの間に衝突したんだろう。いくら先輩とはいえ、2個上だから実際に関わったのは、たったの半月程度だ。その短い期間に千明にこんな態度をとらせてしまうような先輩ではないと思っていたけれど。
 もし、何かの勘違いで、揉めているのであれば、手助けしてやりたい。千明が、先輩に嫌われる必要なんてないんだから。

「でも今日ずっと様子おかしいじゃん。高岡先輩絡み?」
「違う」
「俺にできることない?」
「大丈夫」

 歩くスピードに比例して、千明の語気もだんだんと強くなっていく。

「高岡先輩、悪い人じゃないし、たぶんお互い何か勘違いしてるだけだって」
「そんなんじゃないから、凛は何もしないで」
「俺にできることあれば何でもするから、」
「凛にできることなんかないんだからほっといてよ!」

 千明のエナメルバッグのショルダーを掴みかけていた手を振り払われた。
 乾いた音を立てた手が行き場を失い、宙をさまよう。

 初めて受けた千明からの明確な拒絶に、どん底に突き落とされたような気分になった。

 これまでも避けられていた。それでも無視されたことはなく、時折話しかけられることも確かにあって。だから、俺はまだ嫌われたわけではないのだ、とただひたすらに自分に言い聞かせてきた。
 それなのに、直接的な拒絶を受けたことで、その事実を確定させられた気がした。

「あっ……、ごめん言い過ぎた」
「……そうかよ」

 絞り出した声は自分でも驚くほど低く小さいものだった。

「ずっとそう思ってたわけ」

 俺が燻っている間に千明はどんどん先に進んで行って。俺が千明にしてやれることなんて今ではほとんどなくなった。
 でも、そんな些細なことが、これまでに一緒に過ごしてきた時間をなかったことにしてしまうほど重大なものとは捉えていなくて。立場が変わっただけで、俺たちの関係が変わってしまうことはないと思っていた。

 俺の中の1番が千明であるように、千明の中の1番も俺だと信じて疑っていなかった。

 器用な千明みたいに解決することはできなくても、手助けはできるし、悩みを聞くくらいなら俺でもできる。 それすらもさせてもらえない事実に深く傷ついた心からきしんだ音が鳴る。

「凛、違う。待って、そういうことが言いたかったわけじゃなくて」

 伸ばされた手を今度は俺が振り払った。乾いた音が住宅街にこだまする。

「もう話しかけないから安心しろよ」

 俺を遠ざけようとする言葉も、それを誤魔化そうとする言葉もすべてが辛くて、しんどくて、悲しくて。すべてを取り払ってしまうように、その場から逃げ出した。


 それから、慰労会に参加することはせず、ほどなくして部活をやめた。顧問からは引き止められたが、受験に集中したいと言えば、受け入れてもらえた。唯一の接点であった部活もなくなり、避けるように行動しただけで、千明との関わりは完全になくなった。

 こうして、俺と塚本の繋がりはなくなった。

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