【完結】疎遠だった幼馴染に突然キスをされた男の子の話

白井ゆき

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 看病をしてもらった日以来、塚本と顔を合わせることがないように、これまで以上に慎重に行動をしていた。謝らなければならないことは理解しているが、いざその姿を見ると体が無意識のうちに反対方向へ動いてしまうのだ。

 あの日のように放課後に遭遇してしまうことを恐れて、最近は教室で光希の補習の手伝いをしている。

「こういう問題は場合分けして考えんの。これだったらy<3とy>3でそれぞれ最大値求めて」
「おーけー」

 補習というくらいだから補講でもしているのかと思えば、出題範囲のプリントを解いて提出するだけでいいらしい。
 しかし、3教科で赤点を取ってしまったせいで、こなさなければならない課題が多く、1週間の予定だった補習はすでに2週目に入っている。

「できた!ど?あってる?」
「合ってる」
「よっしゃー!やっと数学終わったー!」

 ファイルにプリントを仕舞う光希を尻目に伸びをする。数学の課題は問題量が多く、かなりの日数を要したため、俺自身も達成感に包まれた。
「あとは物理なんだよね」と呟く光希の手に握られたプリントを見て目を眇める。

 物理苦手なんだよなー……。

「何枚あんの?」
「物理はねー2枚だけ。今日で終わると思う?」
「んー……、問題による」

 光希からプリントを受け取り、軽く目を通す。問題量は少ないけれど、最後に滑車の問題を見つけ顔を顰めた。

「いけそ?」
「微妙。1枚目はいけると思うけど」
「まぁまぁその時は明日もやるってことで。早速1問目お願いしまーす!」


 問1から順に取り掛かっていく。時折、テキストを開きながら取り組めば、想定よりも早く解き進めることができた。しかし、やはり最後の問題で躓き頭を抱える。

「てかさー、凛でもできないやつ補習組にできるわけなくなーい?」

 俺の肩に頭を預け、シャーペンを回す光希に心の中で同意した。
 たしかに、テストよりも補習プリントの方が難易度は高い気がする。今回のテストでは捨てた滑車問題ということもあるかもしれないが。

 でも、どこかで見たことあるんだよな、とルーズリーフの端をシャーペンで叩きながら記憶を辿る。

 何か手がかりはないかと、もう一度問題を読み直していれば、「あ」と声を出し体を起こした光希を横目で見た。その視線を辿ってみると、ここ数日間避けていた幼馴染の姿があり、嫌な予感が頭を過ぎる。

「おーい!塚本千明くーん!」
「ちょっ、何してんだよ!」

 そういうこと程よく当たるもので、塚本を呼ぶ光希の口を慌てて塞いだものの遅かったらしく、塚本とバッチリ目が合う。

 俺の手をずらし、「ちょっと来てほしいんだけどー」と自分を呼ぶ光希を一瞥した塚本は、隣を歩いていた女子に何やら声をかけた後、教室に入ってきた。

「急にごめんねー。今時間大丈夫?」
「大丈夫だけど。どうしたの」
「分かんない問題があってさ、教えてほしいんだけど」

 会話を進める2人の間で、机に視線を落としたまま固まっていると手元からプリントを抜き取られる。止めようと思ったけれど、俺では解けない上に、塚本もここまで来てしまっていて、行動に移すことはできなかった。

「ここまではできたんだけどさ、この先が分かんなくて」
「ちょっと待ってて」

 光希からプリントを受け取った塚本は、近くの席から椅子を引き寄せ、俺の隣に腰を下ろした。

 あー、気まず……。

 いつかは謝らなければならないけれど、そのためのアクションは自分で起こす予定で、少なくとも今のように突然顔を合わせるつもりは全く無かった。
 邪魔をしないように配慮しているのか、いつも騒がしい光希も口を噤んでいる。それがより一層、居心地の悪さを助長した。

 意味もなく、シャーペンの芯を出したり引っ込めたりしていると、解答を書きなぐったルーズリーフを抜き取られ、視線を上げた。目を左右に動かしながら、ルーズリーフと向かい合う塚本を盗み見る。

「ここまでは合ってると思うよ。この後は、3つの物体が同じ速度で動き始めるから――」

 俺がいくら考えても分からなかった問題を5分もしないうちに理解した姿を見て、やっぱり頭いいなと再認識する。と同時に、解説のために身を乗り出した塚本と距離が縮まり、そっと身を引いた。

「おぉー、すごーい!できたー!やっと終わった!2人ともありがと!」

 今日終わらせたプリントをまとめる光希に曖昧に返事をする。

「ちょっと、これ提出するから待ってて。2人とも帰んないでよ!」

 そう言い捨てて、プリント片手に教室を出ていく光希の後ろ姿を見つめながら、俺のことも連れて行ってほしかった、と心の中で呟いた。そんなことを考えていても仕方がないため、居心地の悪さを紛らわす様に、荷物をまとめる。しかし、荷物が少ないせいで、それもすぐに終わってしまい、教室がに沈黙が流れた。
 気まずくて、首筋を掻いた。

 謝るには絶好の機会だよな、と隣に視線を移すと、こちらを見ていた塚本と目が合う。その目をすぐに逸らし、斜め前の席を意味もなく見つめながら口を開いた。

「あー……、その、この間はごめん」
「……え?」

 意を決して謝れば、不思議そうな声が返ってきて、首筋に当てた手をもう一度動かした。

「看病してくれたのに、怒鳴ってごめん」
「え、あぁ。……いや、俺の方こそごめん。体調大丈夫?」
「あぁ」
「そっか」

 再び沈黙の流れる教室に、数分前に整えたカバンを開け、もう1度整理を始めた。横からの視線が痛い。

「荷物少なくない?」
「置き勉してるから」
「いや、そうじゃなくて。お昼は?」
「お昼は購買のパン……――」

 そこで一度言葉を止め、はたと考える。

 そういえば、コイツは母さんからご飯を食べさせるように言われていたんだった。ここで毎日パンを毎日食べていることが知られれば、真面目なコイツのことだから、あの手この手で栄養バランスの取れた食事を摂らせようとするのではないか。そうなれば、また……いや、それは考えすぎだ。それでも、念には念をと、言い訳を口にする。

「あー……ほら、今日は寝坊したから」
「寝坊」

 探るような視線に気づかないふりをし、元凶であるカバンを急いで閉めた。

「ごめーん、お待たせ!」

 何かを言おうとした塚本の言葉は、タイミング良く帰ってきた光希に遮られた。それに胸を撫で下ろしていると、

「2人ともこの後暇!?お礼に何か奢らせて!」

 と提案され、3人でファミレスに行くことが決定した。




「え!じゃあ家隣ってこと!?」

 3人でテーブルを囲い、ご飯を食べ終え、食後のデザート代わりにフライドポテトを食べている。
 光希は校内の有名人でもある塚本に興味があるらしく、遠慮なくプライベートについて根掘り葉掘り聞いていれば、自然と俺との関係に辿り着いたのだった。

「うん、そんな感じ」

 目と口をあんぐりと開け、間の抜けた顔をしている光希とは対照的に、無表情を貫く塚本は淡々と返事をした。

「凛ってば否定してたけど、めちゃくちゃ幼馴染じゃん!」

 隣から肘で小突かれた二の腕を擦りながら、正面に座る塚本を盗み見た。

 互いに距離を置いたり、置かれたりしていたとはいえ、10年来の相手を幼馴染じゃないと主張していた事実を本人に知られては、多少の罪悪感も募る。

「最近は話してなかったんだよ」

 ポテトを手に取り、口に放り込む。すると、「そんなこと言ってたの?」と正面から非難の声が飛んできた。

「そーだよー、ひどいよねー。塚本君はもっと怒っていいんだよ」
「うるせぇ、黙れ」

 隣で頬杖をつく光希に悪態をつき、ミルクティを流し込んだ。

「つーか、光希にはいねぇの」
「何が?」
「幼馴染」
「いるわけないじゃーん。いる方がレアだって」

 そういうものなのだろうか。

 3歳の頃から塚本と一緒にいたせいか、そういう存在がいないことのイメージが湧かない。もし、幼馴染がいなかったら、両親の帰りを1人寂しく待っていたのだろうかと想像する。今となっては、人より自由な時間が多い分、好き勝手にできてありがたいが、子供だったらしんどかっただろう。そう考えると、いて良かったのかもしれない。実際、寂しさなどは感じたことなどなかったわけだし。
 感傷に浸りながら、グラスのストローをくるくると回していると、右足に何かが当たる感覚があった。

 向きからして、身動ぎした塚本の足が当たったのだろうと考えていれば、トン、トンと連続で衝撃がきて、正面に目をやる。そこには、いつもと変わらない飄々とした姿があり、足を僅かに引いた。

「まぁ、俺の話はいいからさぁ、2人の話聞かせてよ。特に凛。昔からこんな無愛想だったの?」

 身を乗り出して塚本にそう聞いた光希に、眉間にシワを寄せた。

「無愛想かな。表情豊かな方だと思うけど」
「え、塚本君には何が見えてるの」

 また、トンと足を突かれる。もう一度、足を引くと、今度は踵に軽い衝撃があり、これ以上は引けないことを悟る。

「凛なんて無愛想代表でしょ」
「そうかな。うちの両親も同じこと言うと思うよ」

 何でもない態度で会話を続ける塚本を見れば目が合い、今度は右足を2本の足で絡めとられた。
 反射的に足を引こうとするも、ソファ席の壁にあたるだけで、もちろん叶うことはない。絡められた足に力が込められ逆に足を前へ引っ張られる。

「え、凛って塚本家限定で愛想いいの?」
「どうだろ」
「ってかさ、凛ほどじゃないけど塚本君も表情変わんないよねー」

 巻きついている足の1つが、足首からふくらはぎをゆっくり上ってきた。
 スラックスの間を拭い、肌を掠めるその感触にくすぐったさが背中を駆け上り、首筋が粟立った。

「2人で話してるのいまいちピンとこな――」

 ――ガタンッ。

「うわっ!びっくりしたー。大丈夫?」
「……大丈夫」

 その感触から逃げるように足を引き抜けば、勢い余ってテーブルに直撃し、膝に鈍い痛みが走る。その痛みを誤魔化すようにグラスを煽った。

「飲み物取ってくる」
「俺も」

 グラスを持って立ち上がれば、それに続くように塚本も立ち上がった。立ち上がった手前、やっぱりいい、とは言い出せない。いっそのこと、塚本にグラスを押し付けて持ってきてもらおうか。

「ついでに俺のも取って来てー」
「……何飲むの」
「オレンジ」

 俺の目論見は上手くいかず、差し出されたグラスを光希から受け取った。2人分のグラスを持ち、ドリンクバーへ向かう。後ろにいる塚本から距離を取りたくて、歩みを早めた。

「足大丈夫?」

 ドリンクバーに着き、横に並んだ塚本のそんな言葉に顔を顰めた。

「誰のせいだと思ってんだよ」
「ごめん」
「お前、いつもあんなことやってんの」
「そんなわけないじゃん」

 ウーロン茶のボタンを押す塚本を横目で睨む。

「じゃあ、やるなよ」
「嫌なの?」
「されて喜ぶヤツなんかいねぇだろ」

 俺の右手から取ったグラスにオレンジジュースを注ぐ塚本の隣に立ち、自分のグラスを設置する。

「……じゃあ意識した?」
「は、」
「意識、してくれた?」

 上から顔をのぞき込まれ、上体を反らした。

「するわけ、ねぇだろ」
「ミルクティ溢れてるよ」

 慌ててボタンから手を離す。グラスに添えていた手は濡れ、少しベタついていた。その様子をヤケに楽しそうな顔で見つめられ、顔に熱が集まる。

 こんなの意識したって言ったのと同じだろ。だっさ、俺。

 ミルクティが並々に継がれたグラスを一度移動させ、ドリンクバーに設置されている水道で手を洗う。すると、後ろから伸びてきた手に、濡れそうな制服の袖を曲げられた。
 背中全体で塚本を感じて、少しずつ鼓動が早まっていく。耳を掠める息と腕に触れる指を嫌でも意識してしまい、ゴクリと唾を飲み込んだ。

「あと、訂正したいことあるんだけど」
「なに、」
「俺が中学のときに凛のこと避けてたの、嫌いだからじゃなくて、意識しすぎてたからだよ」
「、は」

 振り返れば、細められた切れ長の目と視線が絡まった。

「勘違いしないでね」

 小首を傾げ、そう言い放った塚本は、目を瞬かせる俺をよそに「そろそろ戻ろうか」と2人分のグラスを手に席へと戻っていく。

 その姿を見つめながら、動けずにいる俺は、ただひたすらに塚本に言われた言葉を頭の中で反芻していた。

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