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しおりを挟む意識すると一言で言ってもいろんな意味がある。
部活や勉強切磋琢磨していた時期だったから対抗意識を持たれていたかもしれないし、度々、距離感を見誤っていた俺との距離の近さを意識するあまり、嫌悪感が湧き上がっていた可能性だってある。何も意識するのは恋愛感情を抱いているときだけではない。
そう言い聞かせては見るものの、ここ最近の塚本の言動や光希から聞いたゲイという噂と照らし合わせると、どうしても恋愛感情なのではないかというありえない結論にたどり着いてしまう。
今この瞬間も、その論結を下してしまい頭を抱えていた。
「……凛、いつまでその看板塗ってんの?」
俺が塚本に言われた、たった一言に頭を悩ませている間、校内は1週間後に迫る学園祭一色となっていた。足元の板に色を塗っているつもりだったが、看板はすでに完成しており、ペンキの乾いた刷毛でただ表面をなぞっているだけだった。
「ぼーっとしてた」
「ちょっと、しっかりー。まだまだ塗るやついっぱいあるんだからねー」
「んー」
「はい、次はこれ」
喫茶店と書かれた板を受け取る。
俺達のクラスは喫茶店を開くことになった。もともとは裏方志望だったが、光希の希望もあり……というか半ば無理やりホール担当になった。中学とは違い、思いの外本格的にやるようで、衣装も用意するらしい。
「ねー、後で塚本君のクラス遊びに行こー」
「まだいっぱいあるんじゃねぇのかよ」
「それはそれ。これはこれ」
調子のいいことを言う光希にため息をつきながら、慎重に色を付けていく。
あの日以来、どうやら光希は塚本のことを気に入ったようで、何かにつけて「塚本君も誘おう」と言うものだから、1ヶ月前では考えられないほど交流が増えた。
それでも2人の間に……、いや、俺が一方的に気まずさを抱いているせいで光希が話題をふり、それに塚本が返答して俺はただそこに存在しているだけというような形が続いている。
木の板に“しろ”と書かれており、白いペンキを引き寄せた。
「特進は何すんの」
「謎解きゲームって言ってたよ」
「へー」
「特進らしいよねー。……よし、こっち終わったよ!凛のは?」
「あとここだけ」
青いペンキを刷毛に染み込ませて、円の中でぐるりを弧を描く。
「終わったね!終わったよね!じゃあ塚本君のとこ行こう!」
「え?あぁ、うん」
塗り終わるやいなや、早くしろと言わんばかりに急かされ、廊下へ向かう。
廊下では、他のクラスも同様に床にダンボールや画用紙を広げ、準備に取り掛かっていた。その隙間を縫うように歩き、隣の隣――塚本の教室に顔を覗かせれば、その中心にはクラスメイトに囲まれた塚本の姿があった。
「こうして見ると塚本君すごい目立つよねー」
「背高いしな」
「まぁ目立つで言えば凛も負けてないよね。その髪」
顎で指された髪を1束手に取る。
うちの高校は校則が緩いため、髪染め、ピアス、ネイルなんでもOKだが、根が真面目な生徒が多いのか普通の格好をしている人ばかりだ。光希の明るめの茶髪でさえ、少し浮いている。俺の白に近い金髪なんて異質に違いない。実際に、他クラスの生徒はもちろん、クラスメイトにさえ遠巻きに見られている。
ただ色が違うだけだろ、と考えているうちに、光希が1組の教室へ入ってしまっていた。
他クラスのしかも文化祭準備期間という1年間で1、2位を争うほどクラスが団結しているであろう空間に立ち入る勇気はなく、入り口の近くで眺めることにした。
俺とは違い、物怖じすることなく塚本を中心に広がる輪に入り込んだ光希は、すでに馴染んでいて、塚本と何やら楽しげにスマホをのぞき込んでいた。
最近、仲いいよなぁ。
これまでも光希との会話の中に塚本の名前が挙がることが何度かあった。それは、塚本自体が校内でも目立つ存在だからだと考えていたけれど、もしかしたら仲良くなりたかったのかもしれない。ここ数日間、やたらと塚本の元へ行こうとしているのが何よりの証拠だ。
2人で親しげに話すその光景に、心の中に霧のようなものが広がっていくのを感じた。
考えてみれば、輪の外から塚本をまじまじと見るのは初めてのことのように思える。中1まではずっと同じクラスで、2年に上がった頃はすでに距離が開き始めていたこともあり、自分と違うコミュニティにいる塚本を見たことはなかった。
俺の隣は塚本で、塚本の隣には俺がいる。それが当たり前だと勘違いしていた。
塚本には塚本の交友関係があって。それは今後さらに広がっていって。その中にはもちろん、俺が知らない人もたくさんいて。それは分かっている。しっかり理解っているけれど、でも、そこいるべきなのは光希じゃなくて――。
「凛」
頭上から降ってきた声に肩がピクリと揺れた。顔を上げれば、教室にいたはずの塚本が目の前に立っている。
意識が現実へと引き戻され、頭の中をぐるぐると回っていた思考を追いやる。今、自分は何を考えていたんだろう。あれでは、まるで嫉妬――。……いや、違う。そんなはずはない。コイツが変なことを言うから、意識してしまっただけで、決して嫉妬ではない。
「光希は」
「クラスの子と話してるよ」
教室の中では、女子と話している光希の姿があり、これは長くなるなと確信を持つ。このまま一人で待っていてもどうしようもない。担当だった看板製作の作業は終わっていて、後は乾くのを待つだけではあるが、他のクラスメイトの作業は残っているだろうし、戻った方がいいだろう。
「凛は中に入らないの?」
「あー……、もう教室戻る」
「何かやること残ってるの?」
「そういうわけじゃねぇけど……ここにいても、やることねぇし」
「じゃあ、一緒にさぼろう」
塚本に似合わない言葉に、思わず顔を凝視すれば、「だめ?」と小首を傾げていた。
「いや、だめではねぇけど」
「じゃあ行こう」
俺の腕を掴み、どんどん廊下を進む塚本についていく。1階へ降り、階段横にある自動販売機の前で足を止めた塚本は、お茶を買ったあとこちらを振り返り「ミルクティでいい?」と尋ねた。
「いい。財布持ってきてねぇ」
「奢るよ。一緒にさぼってくれるお礼」
「……じゃあ、ミルクティで」
ミルクティを受け取り、自動販売機の横に設置されているベンチに腰を下ろした。
「サボるタイプだっけ、お前」
「授業じゃないし、いいかなって」
「ふーん」
真面目な塚本の意外な一面に驚きつつ、ペットボトルに口をつけた。
何に対しても、真剣に取り組みたいタイプだと思っていた。結局のところ、塚本のことなら何でも知っている、何でも理解できる、だなんて俺の傲慢な考えに過ぎなかったんのだ。
今も、あの頃も塚本の考えていることが分からないし、知らない一面も次々に出てくる。塚本が今のまま、何も変わらないわけがない。変わってしまうたびに、俺の知らないことが1つずつ増えていくんだろう。
「凛のクラス、喫茶店だよね」
「うん」
「シフトもう決まってる?」
「一応。……たしか12時まで」
「俺は半までだから、その後2人で周ろう」
え、と声を出せば、またもや「だめ?」と小首を傾げられた。
「……別に、いいけど。他のヤツはいいのかよ」
「他って」
「同じクラスのヤツとか、……光希、とか」
しどろもどろになりながら探っている自分がいた。何を言っているんだ、と気づいたときにはすでにその言葉は出ていて、口を噤んでももう遅い。
どうしても気になってしまうのだ。塚本が自分以外の人と仲良くしているところなんて見たことがなかったから。仲良くしていたとしても、その輪の中には必ず俺がいた。でも今回は、俺がいなくとも光希と仲良くしている姿が、どうしても気になって、脳にこびりついたまま離れない。
塚本が誰とつるもうが塚本の勝手だ。俺が口出すようなことではない。ましてや、2年近く避けていたようなヤツが不満を抱くだなんて、身勝手にも程がある。それでも、塚本には俺の知らないところで他の誰かと一緒にいてほしくない。そう思ってしまう。
可愛い弟が自分から離れていく焦燥感のようなものだろうか。自分の中に湧き出る感情から目を背けた。
「凛は岡田君と回りたいの」
心なしかワントーン声を下げた塚本の“岡田君”の一言で優越感に浸ってしまう自分が憎らしい。いつから呼び方なんて些細なことでさえ、どうしても気になってしまうようになったんだろう。
「そういう意味じゃねぇけど」
「じゃあ2人で周ろう。約束ね」
強引に小指を絡められ、上下に何度か振られた。その動きが止まったところで離れようとすると、絡めた小指に力が込められる。
顔を上げると、こちらを真っすぐと射抜く視線と交わった。
「……この前俺が言ったこと覚えてる?」
「この前、って……」
「俺が凛のこと意識してるって話」
心臓がどきりと跳ねる。
覚えてるか、なんて忘れるわけがない。忘れられなくて、あれからずっと頭を悩ませている。それだけじゃない、あの部屋でキスされた日から、塚本の些細な言動1つ1つに振り回されている。
「覚えてる、けど」
「どういう意味か考えてくれた?」
「……一応」
顔を覗きこまれる。近づいた距離にわずかに身を引いた。心臓が早鐘を打ち始める。
「どう思った?」
「どう、って」
思うところはたくさんある。
あれはどういう意味だったのか。どうして俺に言ったのか。俺にどうしてほしいのか。そう考えれば考えるほどに浮かび上がってくる自意識過剰な、ありえない答えを頭から追い出すことに必死だった。塚本が俺みたいな人間に好意を抱くだなんて考えられないのに、たどり着く結論はいつも同じで、ずっと頭を抱えていた。
指を引っ張られ、更に距離が縮まった。
「どう思ったの?」
「……分かんねぇ」
「分かんない……?」
分からない。
仮に、塚本が俺のことを好きだったとして、その理由は何だろうか。容姿も平凡で頭も良くない。特技もなければ人格者でもない。そんな俺が塚本に好かれる理由は。
……ない。1つもない。何も思いつかない。
昔と違って、教えてやれることも、誇れることもない。俺の助けを必要としていた幼い塚本はもういなくて、俺を置いて、一人でどんどん前に進んでいってしまう。
俺が塚本に必要とされるイメージが湧かない。仮に好意を持ってくれているのだとしたら、それは雛鳥の刷り込みのようなものだ。物心ついた頃から、いつも一緒に過ごしていたせいで、家族に向ける情愛のようなものを、好意と勘違いをしてしまっているだけだ。
「凛、何が分かんないの?」
「……何で俺なわけ」
塚本が俺のことを気にしてしまうのは、たまたま俺が隣の家に住んでいたからで。隣人が俺じゃない他の誰かだったら、きっとソイツのことを気にかけていた。幼馴染じゃなければ、俺みたいな何の取柄もない人間のことを意識してしまうことなんてなかった。
塚本が好きなのは幼馴染の小倉凛であって、俺ではない。
「もっと他にもいいヤツいるだろ」
俺みたいに何の取り柄もない平凡なやつじゃなくて、男でも女でも、もっと相応しいヤツがいる。何にもできない俺みたいな人間は、隣に立つべきじゃない。
今はまだ学生で、俺も塚本も狭い世界の中で生活しているから、お互いが占める割合が大きいだけだ。これから大学に行って、就職して、世界が広がれば、塚本の中にある俺の居場所はどんどん小さくなって、最後にはきっとなくなってしまう。
……そんなこと、もう二度と体験したくはない。
「凛じゃなきゃ嫌だ」
「そんなの勘違いだろ」
「違う」
「一緒にいる時間が長かったから、そう思い込んでるだけだ」
「違う!」
塚本の真っ直ぐな瞳が突き刺さる。
いつの間にか俺の掌を包み込んでいた塚本の手に力が込められ、鈍い痛みが広がる。
「……違わねぇよ」
「何でそんなこと――」
「ねぇー、この辺に画用紙売ってるような店ある?」
「最近西口付近に100円ショップできたらしいよ」
階段から生徒の声が聞こえた。
あぁ、そういえば今は準備期間だったなと思い出し、塚本の手を引き剥がす。
「教室戻る」
「待ってよ」
立ち去ろうとした俺の手を掴む塚本をもう一度振り払った。
今は、どうしても顔を見たくない。顔を見てしまえば、必死に抑え込んでいるこの気持ちがあふれ出してしまいそうで怖い。
「ねぇ、凛。約束したからね。待ってるから」
背後からすがるような声が聞こえる。それを無視して駆け足で教室に戻った。
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