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しおりを挟む文化祭当日。
「凛、接客のときは愛想よくしてね」
「分かってるよ」
「本当にー?ほーら、スマイルスマイルー」
「やめろ」
俺の口角に手を当て、無理やり引き上げようとする光希を振り払う。
「てか、どーよー俺!似合ってない!?かっこよくない!?」
両手を広げ、その場で回る光希は文化祭のために用意した衣装を身に纏っている。ダークグレーのシャツ黒のクロスタイ。黒のベストにスラックスとフォーマルな感じで纏まっている。俺と同じ服を着た光希に、同じく揃いのエプロンを投げ渡した。
「似合ってる似合ってる」
「だよねー。じゃあ1組行こ!」
「俺はいい。1人で行ってこいよ」
「……そ?」
じゃあ行ってくる、と教室を出ていく光希の背中を見送った。
あの日以来、きまりが悪く、また塚本を避ける日々を送っている。今のように光希に誘われたり、塚本から直接話しかけられることもあったが、何かと理由をつけて断り、早めに会話を切り上げていた。
このままでは駄目で、この行動に意味はないと分かっているけれど、時間を稼がずにはいられなかった。
少しでも思考を落ち着かせる時間を長引かせようと足掻いてみたけれど、数時間後には嫌でも顔を合わせなければならないわけで。……嫌なわけではない。むしろ、誘ってもらえて嬉しかった。嬉しかったくせに、素直に喜べない自分が嫌だ。ずっと逃げてばかりで、向き合おうとしない自分が情けない。
そんなことを考えていれば、あっという間に集合時間になり、教室に戻った。
「ご注文は以上でよろしいでしょうか?……では少々お待ちください」
席へ案内して、注文をとり、商品を運ぶ。次々に入る注文をドタバタと捌いているキッチンを見ると、単純作業のホール担当で良かったなと心の底から思う。話し合いのときに盛り上がりすぎて、無闇矢鱈にメニューを増やしてしまったせいで、キッチン担当は作り方を覚えきれなかったのか、説明書片手にドタバタしている。
「凛、7番ってどの机?」
「あー……。あの赤いニット着た人がいるとこ」
「カップルのとこ?」
「あぁ」
ありがとー、とテーブルへ向かう光希を尻目に、キッチンから受け取った商品をお盆に乗せた。
文化祭が始まるまでは、果たして人は来るのかと考えていたが、土曜ということもあってか、そこそこ埋まっている。意外と外部からのお客さんが多いからかもしれない。中学の頃は、出店はもちろん、保護者以外の立ち入りも禁じられていたため、すべてが新鮮に感じる。
「お待たせいたしました。チュロスとコーヒーになります」
お盆に乗せた商品をテーブルの上に並べていく。
「凛?」
ふと声をかけられ視線を上げれば、懐かしい顔があり、目を見開いた。
「……高岡先輩?」
「やっぱ凛じゃん!久しぶり!」
「お久しぶりです」
3年ぶりにもかかわらず、親し気に声をかける、中学時代部活で世話になった先輩の背中を叩く手を避けた。俺の顔と髪を交互に見て、「変わったなぁ」としみじみ呟くその視線に、曖昧な笑みを返す。
「一瞬お前だって気づかなかったわ!あ、遠藤。コイツ中学時代の後輩」
「どーもー」
「こんにちは」
先輩の向かいに座る、人当たりの良さそうな笑みを浮かべている遠藤さんに頭を下げた。
中学を卒業してから中学時代の知り合いとは会っていなかったこともあり、決まりの悪さを感じる。
中学の頃は、どういう感じで話してただろうか。愛想悪いとか思われていないか。他にも知り合いが来ている可能性があると考えただけで、胃がキリキリと痛みだす。
先輩たちはともかく、逃げるように部活を辞めてしまったため、同級生や後輩には会いたくない。
「今日時間ある?案内しろよ」
背中に回された手に引き寄せられ、前かがみになる。
塚本と約束しているが、先輩からの誘いのため断りづらい。かといって、その約束を反故にしたいわけでもない。腕にはめた時計に視線を落とす。
「あー……、30分くらいだったら大丈夫ですけど」
「十分十分!終わったら連絡して!また後でな」
「はい」
案内って何をするんだろうと、憂鬱になりながら、手を振る先輩に頭を下げ、仕事に戻った。
「小倉君12時までだよね?それ運んだら上がって」
キッチンから受け取ったコーヒーを運ぼうとすれば、クラスメイトからそう声をかけられ、もうそんな時間かと時計を見た。
時計の針はあと少しで12時を指そうとしている。あたりを見渡せば、12時からシフトが入っている人たちが着替えを終え、教室に入っているところだった。
分かった、と一言だけ返した。
コーヒーを運び終えたところで、お盆を返そうとキッチンを覗くと、メニューのワッフルを頬張る光希が目に入る。キッチンで作業をしているクラスメイトにちょっかいをかけながら、食べているその様子を見ていると、
「凛も食べる?」
フォークに一欠片差しだされた。甘いものに心が惹かれないわけではないが、それにそっと首を降る。
「いい。中学の先輩に案内頼まれてるから」
「さっきの人たち?」
「あぁ」
高岡先輩に連絡取ろうとポケットからスマホを取り出す。ロック画面には、『道に迷ったから迎えに来てほしい』との旨の連絡が表示されていた。
どうやら、校内を回っている間に一般公開の場所からはぐれてしまったらしく、今は視聴覚室にいるらしい。これ以上さまようのも嫌で、迎えに来てくれないかとのことだった。
「光希、視聴覚室の場所分かる?」
「視聴覚室?どこだっけ……。あ、ねぇねぇ視聴覚室どこにあるか分かる?」
「あー……、丁度この向かいの4階だったと思う」
「ありがとー」
コーヒーをかき混ぜながら教えてくれたクラスメイトに軽く頭を下げる。
「助かる」
「迷ったら連絡してね」
「あぁ」
『今から向かいます』とメッセージを送り、視聴覚室へと向かった。
中庭を囲うように校舎が建てられているうちの高校は、慣れない人からすれば迷路のような造りになっている。実際に1年生のほとんどは、特別教室などの位置を把握できていない。初めて来た先輩たちが迷ってしまうのも頷ける。
時間はすでに12時を過ぎていたため、早足で先輩のもとへ向かった。
教えてもらった4階に着けば、たしかに廊下の真ん中あたりに視聴覚室という看板が見えた。
しかし、先輩たちの姿はどこにもなく、首を傾げる。
「せんぱーい。いませんかー」
声をかけながら廊下を進み、視聴覚室の前で足を止める。『今視聴覚室の前にいます。どこですか?』と送れば、すぐに既読がついた。一体どこに移動したんだ、と先輩からの連絡を待ちつつ、あくびを噛みしめていたその時。
突然横から伸びてきた手に口を塞がれ、教室の中に引きずり込まれる。
反射的に、背後から回されたその手を引き剥がそうと手に力を入れれば、もう片方の手で腕ごと上体を抱え込まれた。
「はーい凛くん確保ー」
「んっ……!?」
背後から聞こえる愉快そうな声に反論しようと出した声は、形になることはなく、そのまま口を押さえつける手に吸収された。
急に誰だよ!離せ!
混乱する中で視線を動かせば、ドアを閉める高岡先輩の姿を見つけ、目を見開いた。
高岡先輩がこんな誘拐まがいなことをするんだ、とか、後ろから俺を押さえつけているのは先輩と一緒にいた遠藤さんか、とか気になることはたくさんある。けれども、まずは逃げることが先だと、手足をがむしゃらに動かした。
しかし、抱え込また状態では碌な抵抗もできずに、そのまま教室の奥の方まで引きずられるように連れて行かれる。
「高岡、抑えるの手伝ってよ。1人じゃ結構キツイって」
「はいはい。ほらぁ凛ー。先輩困らせちゃダメだ、ろっ」
どすっ、と鈍い音とともに腹部に衝撃が走る。
息を吸うこともできないほどの苦しさに襲われ、せわしなく動かしていた身体から力が抜けていくのを感じた。
「やっと大人しくなった。ほーらイイ子にしてたら痛いことしないからねー」
ようやく開放された口で助けを呼ぼうとするが、出てくるのは乾いた咳ばかりだった。苦しさに耐えるのに必死で抵抗できずにいる俺を遠藤さんは床に押さえる。
「つーかさー、高岡ってこういう子が好みなの?ちょっと生意気すぎない?」
「中学んときは可愛かったんだよ」
「まぁ、確かに顔は可愛いよね」
顎を掴まれ、上を向かされる。朦朧とした意識の中で睨み付ければ、もっと素直な方が好みかなーと笑われる。
「じゃあ、はなせよ」
「だってよ、高岡ー」
「せっかくの機会逃すわけねぇだろ」
俺の足元にしゃがみこんだ先輩は、「な?楽しもーぜ」と口元を下品に歪めた。ベルトに伸ばされた手が、慣れた様子で外していく。
「やめ、ろっ……!」
力を振り絞り、抵抗しても2人掛かりでおさえつけられてしまえば、意味はなかった。
「高岡、ベルト貸して」
「縛んの?」
「そ。その方が楽しめるじゃん?」
「やめろ!触んな!」
頭上から聞こえる会話に、いよいよ不味いと声を上げる。鳩尾に痛みは残っているが、呼吸は戻ったおかげで声は出しやすくなっていた。
人通りは少なかったが、人が全く来ない訳ではない。午後からのステージ発表のために、機材を取りに来る生徒がいるかもしれない。その僅かな希望を託して、声を上げ続ける。
「うるせぇーな。声出しても意味ねぇって。視聴覚室だぞ?防音対策してるに決まってんだろ」
先輩の言葉にヒュッと喉がなる。
「ほら、さっさと縛んぞ」
ベルトで拘束され、遠藤と呼ばれた男にもたれかかる様に座らせられた。後ろ手に束ねられた腕は、いくら足掻いても外れる様子はない。
「やめろ、なんで……っ」
「凛くん、こっち向いてー」
「んぅ……!?」
後ろから頤を掴まれ、後ろを向かされた。そのまま、遠藤さんの顔が近づき、唇を重ねられる。全身に鳥肌が立ち、体の内側が一気に冷たくなっていった。不愉快なその感触耐え切れず、押し付けられた唇に歯を立てる。
「いって……!」
離れた遠藤さんの口元には血が滲んでいた。それでもなお、その口元は弧を描いていて、血の気が引いていく。
きっと初めてではないんだろう。どんな場所であれば誰にも見つからないか、どんなことをすれば大人しくなるのか、熟知している2人に敵うわけもなく、俺の必死な抵抗はから回ってばかりだ。
「ちんこしゃぶらせんの無理そー」
「代わりに突っ込めばいいだろ」
ゲラゲラと下品な笑い声を上げる2人に、恐怖が体中を駆け上り、段々と視界が揺れ始めた。
顎を掴んでいた遠藤さんの手がベストのボタンを1つずつ外していく。気がつけば、スラックスも太ももの半ばまで降ろされていた。下着越しに、床の冷たさが広がった。
「お前相変わらず細ぇのな。突っ込んだらちんこ浮き出て来るんじゃねぇの」
下腹部を撫でられ、身をよじる。ニタニタとした気味の悪い笑みを浮かべるその顔には、中学時代の頼りになる先輩の面影はどこにもない。
仲がいいわけではなかった。しかし、可愛がってもらっていた自覚はあった。当時は、今と違って愛想もよかったし、いつも調子のいいことを言っているような人間だったから、先輩だけでなく色んな人から好かれている方だったと思う。だからこそ、こんなことをされる覚えがなく、今の状況を上手く呑み込めない。
「先輩っ……、どうして、」
「理由なんかねぇーよ。ただヤりたいだけ」
「てか何で中学んときヤんなかったの?昔からこういうことヤってたでしょ」
「邪魔してくるヤツがいたんだよ」
「え、ボディガードでも雇ってたの」
「似たようなもんだよ」
邪魔をされていた、って一体誰に。その人は、高岡先輩がこういう人だってことに気付いていたのだろうか。それとも、俺が気づいていなかっただけで、みんな知っていたのか。
「あぁ、思い出したらイラついてきた」、と下着の上からお尻を揉みこまれる。感触を楽しむようなその手つきに、抑えられている足を必死に動かした。
「先輩!やめ、てください……!」
「お前、筋肉落ちたなぁ。柔らかくて俺好みだわ」
「え、俺も触りたいんだけど」
「あとでな」
「先輩!高岡先輩!」
シャツのボタンを外し終えた遠藤さんの手が、いやらしく胸元を這う。その手を中心に鳥肌が広がっていった。
「凛くん肌すべすべ、女の子みたーい。乳首ピンクでかわいいねぇ。はい、ぎゅー」
「いっ……!?」
「あれ、乳首未開発?」
「じゃあ処女か?」
「やっば。興奮してきた」
楽し気に口笛を鳴らす2人に、脂汗のようなものが滲んできた。胸元を這っていた手が乳首を摘み、コロコロと転がす。その手が動くたびに、俺の身体は情けなく恐怖で震えていった。
何故俺なんだろう。いくら先輩後輩だったからとはいえ、他校でわざわざ問題を起こすほどの価値はないのに。それとも、本当に、今ヤりたい、というだけでこんなことをしているのだろうか。……なんだっていい、とにかくこの状況紗依終わってくれるのであらば。
「おい凛、1発目手と口どっちがいい?選ばせてやるよ」
「先輩、いやです、……ほんとに、やめっ 」
首を振り、懇願するけれど、その願いは届かずトランクスの上からやわく握られる。両足で必死に床を蹴っても、馬乗りに乗っているせいで意味はなく、寧ろ手に押し付けているようになってしまう。下劣に歪んだその目が眇められ、ぎゅっと握られ、そのまま上下に動き始めた。
「手がいいわけ?」
「違う!」
いやだ、気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。こんなの全然違う。気持ちよくもなんともない。
俺の身体を弄る2人の手が動くたびに、全身が粟立ち吐き気がこみ上げてくる。
「全然勃たねぇじゃん。やっぱ口でするか?」
先輩の指が下着にかかった。痛み始めた喉で、何度も先輩の名前を呼ぶけれど、その行為が止められることはない。寧ろ、抵抗すればするほど2人は笑みを深め、その動きは激しさを増していくばかりだ。
誰でもいい。誰でもいいから、助けてほしい。この気持ちの悪い空間から早く抜け出したい。
ガタッ――。
突然、ドアから聞こえたその音に2人の動きが止まった。息を呑み様子をうかがっていると、再びガタリとドアが揺れる。外から誰かが開けようとしているのが分かった。
「たすけ――んんっ」
助けを呼ぶと、口を塞がれた。くぐもった声が静かになった教室に響き、すぐに消えていく。きっと、防音対策のとれた視聴覚室では、この声は外まで聞こえていない。それでも、この機会を逃してはいけないと、全身をしならせて音を立てる。それを妨げるように、押さえつけられる手にも力が込められた。
その間にも、ドアからはガタン、ガタンと何度も音を立て揺れている。先程までの、ただドアを開けようとする音ではない。外から衝撃を与え、こじ開けようとしている音に、もう一度、抑えられた手の下でくぐもった声を上げた。
更に2度揺れ、レールから外れたドアが大きな音を立てて倒れた。
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