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しおりを挟む塚本だ。塚本がいる。
顔を歪め、肩を上下に揺らす塚本の姿にひどく安心した。
教室に足を踏み入れた塚本は、躊躇いもなく先輩に殴りかかる。立ち上がったばかりで、体勢が整っていない先輩の頬に、その拳がのめり込む。鈍い音とともに、先輩の身体がよろめいた。応戦しようと、立ち上がろうとした遠藤さんを先輩が片手で制した。
「ってぇな……。おい、暴力沙汰なんて起こしていいのかよ優等生。退学もんだろ。今ならなかったことにしてやるから帰れって、な?」
それとも、お前も混ざるか?とふらつきながら塚本の肩に手を回す先輩の胸倉をつかむ。もう片方の手は先程と同様に固く握り締められていた
「塚本!」
思わず声を上げれば、その手が止まった。
俺なんかのせいで、退学だなんて、塚本の将来が台無しになるなんて絶対にあってはならない。
それでも拳を緩めようとしない塚本に、もう一度声を掛ければ、ようやくその手を下ろした。
「先輩こそいいんですか。この教室、カメラありますけど」
塚本が顎で指す方向に全員の視線が集まる。
「退学どころか警察沙汰ですよ」
2人の間に流れる険悪な雰囲気に、室内の空気が張り詰めていく。
後方に設置された機器を目にした先輩は舌打ちをし、胸倉を掴む塚本の手を引き剥がした。
「あー萎えた。帰んぞ!」
「え、帰んの?」
「ったりめぇーだろ」
「ざんねーん、凛くんじゃーね」
監視カメラ、と言う言葉にビビったのか、2人はあっさりとこの場を離れた。その姿が見えなくなり、緊張が溶けハッと短く息を吐く。
「凛!」
駆け寄ってきた塚本にベルトを取ってもらう。痺れて感覚がない両手を擦っていれば、来ていたパーカーを掛けられ、そのまま抱きしめられた。心地よい温かさ包まれ、体の震えが治まっていく。
「凛、ごめんね。ごめん」
謝る必要などなく、むしろ感謝を要求してもいいのに、声を震わせながら何度も謝る塚本の手もカタカタと震えていた。
「何で、」
「岡田君から聞いた」
「そうじゃなくて、何で謝ってんの」
「……だって、知ってたから」
消え入りそうな声で言う塚本に、一体何を知っていたんだと顔色を窺おうとすれば、妨げるように、回された腕に力が込められた。
「あの人が凛のことどういう風に見てたか知ってた」
何だそれ、と呟くように返す。
じゃあ、さっき先輩が言っていた邪魔をしてくるヤツというのは塚本のことだったのだろうか。……全然気づかなかった。先輩のことも、塚本のことも。
だっさ……。偉そうに、上から目線で、塚本にもっと頼ってほしいだなんて。そんな偉そうなことを考えていながら、実のところ守られていた、なんて。こんなの頼られなくて当然だろ。
自分に嫌気が差して、肩口に顔を埋めた。
「だからって、お前が謝る必要ないだろ 」
中1のときなんて先輩ってだけで全員怖かったのに、ましてや3年なんて。そんな相手に陰で立ち向かおうとしていたんだ。それなのに、謝られてしまえば、こちらの立場がない。
「あるよ。あのとき、ちゃんと伝えておけば防げた」
「あのとき?」
「……中2のとき」
「あ……」
『凛にできることなんかないんだからほっといてよ!』
あの日の言葉が鮮明に思い出される。トラウマのように俺の記憶に染み付いていたあの言葉に込められたの意味を2年越しにようやく知ることができた。
……確かに、俺にできることはない。現に、こうして塚本が助けに来てくれなければ、今頃どうなっていたのか、考えるだけで恐ろしい。
あの頃は、幼馴染に突き放された悲しさばかりが心に残って、塚本が何をしていたのか、何をしようとしているのか考えていなかった。
どうして、あのとき弁解しようとしていた塚本の言葉に耳を傾けなかったんだろう。
どうして、塚本の言葉の意味をもっと考えようとしなかったんだろう。
どうして、どうして。どうして。
意味もなく突き放すようなヤツじゃないと知っていたはずなのに。口下手なコイツが何を言いたいのか、ちゃんと聞いてやらなくちゃいけなかったのに。それなのに、自分のことに必死で、相手のことを考えられるほど心に余裕がなくて。
あの頃だけじゃない。今だって、せっかく歩み寄ろうとしてくれる塚本を避けるばかりで。
塚本は少しずつ元に戻そうと努めていたのに、俺だけがあの頃のまま何も成長できていなくて。変わってしまうことを恐れて逃げてばかりだ。
「あのとき、全部説明しておけば、凛のこと傷つけることもなかったのに」
上からぽたぽたと首筋に水滴が落ちてくる。
「泣くなよ」
「泣いてない」
泣いてないもん、と震えた声を出す塚本の背中に腕を回す。ゆっくりと上下に撫でれば、回された腕に力が込められた。
「凛」
「何」
「ごめんね」
「だから、」
「今日のことじゃなくて」
「謝るなよ」という言葉を遮られる。
今日以外で何か謝られるようなことをされただろうかと記憶を辿る。しかし、いくら辿れど、思い出すのはこちらが謝らなければならない出来事ばかりだ。
一体何についての謝罪だと顔を上げようとすれば、やめろと言わんばかりに頭を押さえられた。
「勝手にキスしてごめん」
震えた声が耳に届く。
「怖がらせてごめん」
頭を抑える手の震えだんだんとが大きくなっていく。
「嫌だったよね、ごめんね」
教室に響く鼻をすする音を聞きながら、あの日の出来事を1つずつ思い出した。
ずっと疎遠だった幼馴染に急に話しかけられて。一緒に帰って。飯食って。昔みたいにゲームして。キスされて。その後のことも全部、1つずつ頭の中に思い浮かべる。
あの2人にされたことと似ているけれど、全然違う。嫌悪感も、恐怖もなかった。突然の出来事に頭が混乱して、拒絶してしまったけれど。
「……びっくりしただけで、嫌じゃなかった」
「え……?」
嫌ではなかった。
強引ではあったけれど無理やりではなくて、さっきのように拘束されていたわけでもない。噛み付くなり、殴りつくなり、本気で逃げようと思えば逃げれたはずだ。機会もあった。それでも逃げなかったのは、きっと、相手が塚本だったからだ。
「凛、それどういう意味」
こちらを覗き込もうとする塚本から逃げるように、回した腕に力を込め、肩口に顔を押し付けた。心臓が痛いくらいに脈打つ。
「ねぇ」
「……」
「ねぇってば」
「……」
「……凛、」
「うるせぇ」
「耳真っ赤だよ」
あわてて両手で耳を隠すと、弧を描く楽しげな目とかち合った。
「うそ」
「お前なぁ……!」
いたずらに笑う塚本に文句の1つでも言おうとしたけれど、首筋に添えられた手に引き寄せられ、言葉を飲み込んだ。
「避けないの?」
あと少しのところで止められる。鼻先が触れそうな程の至近距離で見つめる切れ長の瞳に囚われて、息をするのも忘れてしまう。
「キス、するよ」
親指で輪郭を撫でられ、ごくりと唾を飲み込んだ。
「勘違いするけど」
「……勝手にしとけよ」
塚本の目が見開かれた。
「……凛、好きだよ」
唇が触れ合う。触れ合った場所を中心に心地のよい温かさが広がる。
あぁ、やっぱり違う。全然違う。気持ち悪くなんてなくて。寧ろ、ずっとこうしていたい。
いつの間にか塚本のシャツ掴んでいた手に力が入る。
薄く開いた唇から入り込んだ舌が上顎をなでた。それに応じるように舌を絡めると、腰に手を回され、身体がより密着する。
キスをされたあの日から……いや、もっと前から、ずっと塚本のことを意識していて。距離を置かれたときの寂しさも、頼ってもらえなかったときに感じたもどかしさも、光希と仲良さげな姿をみたときに感じた違和感も、幼馴染だからなんかじゃなかった。
気づいていたはずなのに、ずっと目を逸らし続けてしまっていた。
塚本が好きだ。
塚本が幼馴染の俺を好きだったとしても、それでいい。それで、そばにいてくれるのであれば、ずっと勘違いしておけばいい。
シャツを掴んでいた手を離し、塚本の首に手を回した。
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