【完結】白銀を捧ぐ

白井ゆき

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マーガレット

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 誘いを断られ慣れていない環は、すかさず反抗の声をあげた。

「はぁ? なんで。いいって言ったじゃん。行こーよ」
「間違えたんだよ。離せ」
「間違えるくらいの用事に負けたんですかー? 俺は」

 はじめこそ大人しい環だったが、友達と言う関係性になって1か月も経ったころには、随分と不躾な態度をとるようになっていた。今も、環の誘いを断った俺の肩に腕を回し、家路に着こうとする俺を無理にでも某ファーストフード店へと連れていこうとしている。一度断られたくらいで引き下がることはない。これ以上抵抗するものなら、肩に回した腕を首元へと移動させ、俺の口からイエスが出るまで離さないくらいのことはしてしまう人間である。
 こうなった環がしつこいことは、これまでの経験から十分に理解している。それでも、今日の俺は折れる気などさらさらなかった。

「そうだよ、だから離せ」
「ここまで待ってたんだから、後少し付き合えよぉ」
「逆だよ。ここまで待ってやったんだから帰んだよ」

 普段であれば首を縦に振っている頃ではあるが、今日ばかりは譲ることができなかった。ポケットに忍ばせた宝物が潰れてしまわないよう引き出しにしまいたかったし、この妙に心惹かれる花について調べたかったのだ。

「いーじゃぁん」
「やだよ。帰ってやりてぇことあんの。お前も家帰って課題でもやってろ」
「一緒にやればいいじゃん」
「誰かさんが遅かったおかげで全部終わってますぅ」
「はぁ!? なんだそれずりぃ!」

 終わった、といっても放課後の教室で課題をやっていたクラスメイトの会話を盗み聞きしながら答えを推察しただけではあるが、あえて言わなかった。言ってしまえば、「写させろと」と駄々をこねられることは火を見るより明らかだ。
 HRが終わるなり「帰ろーぜ」と鞄片手に擦り寄る環とすぐに帰路についていたため知らなかったが、放課後の教室は案外賑やかだ。係の仕事を投げやりにこなす生徒や、顧問が休みだからとのんびり支度をする部活動生。そして、何より課されたプリントをこなす生徒が日替わりで机を寄せる。環が実行委員の仕事に駆り出されるようになってから、放課後はスマホでマンガを読み時間を潰していたのだが、あーでもない、こーでもないと議論をしながら問題を解くクラスメイトの会話に耳を傾けるだけで面倒な宿題たちが瞬く間に完了してしまうことに気がついてからは、己の耳に全神経を集中させる日々だ。おかげで最近は夜の時間がたっぷりとある。今日も、5人で問題と睨み合うクラスメイトの知恵の結晶を書き写した。余った時間であの可憐な花について調べるともう決めいている。

「じゃあ、俺はこっちだから頑張れよ」

 苦しくない程度に首に回された環の腕を引っぺがし、家へと向かおうとする。しかし、その動きは俺の腕を掴み返した環によってすぐに止められた。振り返れば、悲しさを惜しむことなく乗せた声色が耳に滑り込んでくる。
 
「なぁ、今日頑固じゃね? そんなに嫌?」
「用事があんの」
「俺も一緒じゃだめなん?」

 子供のように騒いでいた声が一転し、甘えたような声へと変わる。眉をあらん限り下げた、小動物を彷彿とさせる環のこの顔に俺弱い。そして、恐らく環もそれを知っている。知っていて、わざとするのだから質が悪い。この行動が俺の口から「イエス」を聞き出すために作られたものだということが分かっている。俺から望み通りの言動を引き出すための作り物だ。しかし、作り物だとしても、弱いものは弱い。断固として首を振らないという決意が揺らぐのを感じた。

「最近、遊べてなかったじゃん」

 一段と甘さの増した環に声を詰まらせた。
 環の言う通り、ここ1か月の間、委員会やら考査やらが重なり、放課後の遊ぶ時間が格段に減っていた。それは体育祭が終われば解消するわけではあるのだが、暇さえあれば2人で馬鹿をしていたため、ある種の寂しさを感じていることもまた事実だ。
 駄目押しするように「な?」と環の首が傾く。そして、甘えるように制服の端を小さく摘むのだ。頭の中で組み立てていた計画が、ガラガラと音を立てて崩れる。気がつけば環に根負けし、渋々と首を縦に動かしていたのだった。
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