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異世界ライフは甘くない
顔面崩壊の危機
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覆いかぶさるジェイドの落ち着いた緑色の髪が頬に落ちる。かかる息は熱く、呼応するように俺の体温まで上がっていきそうだ。
「モーヴ君」と声を落としたジェイドの手が顎下をすりと撫でる。擽る指先に首をすくめると、熱を孕んだ瞳に見据えられ、口内に溜まった唾液を飲み込んだ。
空気が、変わった気がする。
少し前のほのぼのとしたものではなく、どこか湿った雰囲気に、逃げた方がいいのではないかと脳内に警鐘が鳴り響く一方で、ジェイドなら大丈夫かとその音から耳を背ける自分がいる。
だって、ジェイドだし。優しいし。兄ちゃんになってほしいし。あぁでも顔が近いな、とジェイドの背中に回したままの手に力を込めた時だ。
ヴン、と短いモーター音のようなものと共に、幾何学模様の光の膜が展開される。
俺とジェイドを隔てるように広がったその不可思議な文様の向こう側、ジェイドの顔が不愉快に歪んだところで体を起こそうとすると、ジェイドの手がそれを阻む。そして、遠くから「動かない方がいいですよ」と聞きなれた声が響いた。
「触ったら溶けるので」
「え、エリオット!?」
そんな恐ろしいことを何てことない様子で言ってのけたのは、保健室の引き戸の前、壁に手をつくエリオットだった。
一体いつの間に入ったのだろうか、息を切らしているエリオットに目を瞬かせること3秒、その言葉の意味を正しく理解した俺からひきつった声が洩れた。
「何てものを……! 消せ、消せよ!」
下手に暴れることもできず、ジェイドに服を握り締めれば「大丈夫だよ」と撫でられる。先程までの雰囲気はなくなり、元の穏やかなものを纏うジェイドに縋りたい気持ちを抑え、エリオットを睨む。しかし、動ずることなく、というか気にも留めていないエリオットは、俺ではなくジェイドしか見ていない。
おい、お前は俺の従者だろう。何をしているんだ。
「消してあげてくれる?」
「あなたがモーヴ様から離れていただければ解除しますよ」
「……だって、モーヴ君。手、放せる?」
「うぅ」
ジェイドの服を離すと、「いい子」と頭を撫でられる。すると、魔法陣がジワリと浮上し、ジェイドの顔に近づく。唇を戦慄かせたのは俺だけで、当のジェイドと言えば体が溶けるらしい魔法陣が近づいたというのに肩を軽く竦めるだけだ。「短気だねぇ」なんて言って変わらぬ様子で離れていくのだ。
両手を上げたジェイドが隣のベッドに腰かけたところで、目の前の凶器は漸く消え去さった。
「エリオット! お前はなんてものを……危ないだろ!」
ジェイドが止めてくれなければ、今頃俺の顔面はドロドロに溶けていたのかもしれない。
体を起こして、自分の顔をペタペタ触れば、どこも溶けておらず凹凸がちゃんとあって本当に安心した。だって顔ドロドロだぞ。トラウマもんだろ。
というか、この世界の魔法でそんな凶悪なことができることも衝撃的だ。さすがと言うかなんというか、『白き塔の恋人たち』のストーリー上で登場する魔法は、ミリたその体を拘束するものとか感度を上昇させるとか、そういうエロ目的のものばかりで、こんなにも殺傷能力の高いものは出てこなかった気がする。
ちなみに俺のお気に入りは認識阻害魔法を使った疑似マジックミラー号プレイだ。おかげでいかなる瞬間も目の前にミリたそがいるかもしれないと興奮できるようになった。シュレーディンガーのミリたそ誕生の瞬間である。
あぁ、いやそんなことはどうでもいいんだ。少なくとも今考えることではない。
問題は従順たる従者であるはずのエリオットが恐れ多くも主人である俺を顔面崩壊の危機に晒すなんて言語道断だ。
「放っておいた方が危なかったでしょう」
ジェイドを一瞥したエリオットがゆっくりと近づき、俺の恰好を確認したところで眉をピクリと動かした。
「……一体何をしていたんです?」
きっちり着込んだ白衣の襟に指をかけ、ぐいと引っ張る。さすれば、その下の何も身に着けていない体が見えてしまうわけで。一拍遅れて白衣を奪い返した俺の裸体はエリオットの目にもしっかり映っただろう。じわじわと赤くなる顔を俯かせ、上目で様子を窺うと、眉間に皺を寄せて極寒の瞳と目が合い「ひっ」と身体を縮こませた。
両手で体を抱きしめ、放り投げていた脚を引き寄せれば、膝をぴしゃりと叩かれる。
日本人の体に染み込んだ体育座りは行儀が悪いらしい。
放り投げられたエリオットの上着を胸元に引き寄せ、ベッドに腰かけた。
腕を組んだ仁王立ちのエリオットに見下ろされていると、なんだか自分の恰好が恥ずかしく思えてきて、曝け出した足をすり合わせる。
いや、恥ずかしい格好であるかは確かだけど。段々肌に馴染んでいた白衣がまた違和感だらけになる。けれど、今の俺に残された選択は全裸か白衣(エリオットの上着付)だけなので、大人しく受け入れるほかないのだが。
エリオットは納得していないらしい。
「制服は?」
「汚れたから洗ってもらってる……」
「だからって、何故そんな恰好をしているんですか」
「お、俺が白衣が良いって言った……」
「はぁ?」
理解しがたいとでも言いたげに顔を歪めているが、あの二択で全裸を選ぶ方がおかしいと思う。それともエリオットは全裸派なのか。人は見かけによらないというし可能性はゼロではないなんて反論を口に出すほど馬鹿ではないので口を噤み、最大限申し訳なさそうな顔をする。
眉尻と口の端をあらん限り下げ、下を向けば完成だ。この顔で何人の先輩を黙らせたと思っている。俺の数少ない特技がこっちの世界でも役立てるとは思わなかった。
こういうところに経験の差が出るんだよな。どんなに優れた素質を持とうとも経験には勝てないんだなこれが。内心ほくそ笑み、ちょっとした好奇心でエリオットの顔を見れば。
「うぐっ」
片手で顔を掴まれる。主従関係はどこへやら、乱雑なその扱いと、俺を見下ろす絶対零度のグレーの瞳に俺は悟った。
コイツは通用しないタイプの人間だと。
「モーヴ君」と声を落としたジェイドの手が顎下をすりと撫でる。擽る指先に首をすくめると、熱を孕んだ瞳に見据えられ、口内に溜まった唾液を飲み込んだ。
空気が、変わった気がする。
少し前のほのぼのとしたものではなく、どこか湿った雰囲気に、逃げた方がいいのではないかと脳内に警鐘が鳴り響く一方で、ジェイドなら大丈夫かとその音から耳を背ける自分がいる。
だって、ジェイドだし。優しいし。兄ちゃんになってほしいし。あぁでも顔が近いな、とジェイドの背中に回したままの手に力を込めた時だ。
ヴン、と短いモーター音のようなものと共に、幾何学模様の光の膜が展開される。
俺とジェイドを隔てるように広がったその不可思議な文様の向こう側、ジェイドの顔が不愉快に歪んだところで体を起こそうとすると、ジェイドの手がそれを阻む。そして、遠くから「動かない方がいいですよ」と聞きなれた声が響いた。
「触ったら溶けるので」
「え、エリオット!?」
そんな恐ろしいことを何てことない様子で言ってのけたのは、保健室の引き戸の前、壁に手をつくエリオットだった。
一体いつの間に入ったのだろうか、息を切らしているエリオットに目を瞬かせること3秒、その言葉の意味を正しく理解した俺からひきつった声が洩れた。
「何てものを……! 消せ、消せよ!」
下手に暴れることもできず、ジェイドに服を握り締めれば「大丈夫だよ」と撫でられる。先程までの雰囲気はなくなり、元の穏やかなものを纏うジェイドに縋りたい気持ちを抑え、エリオットを睨む。しかし、動ずることなく、というか気にも留めていないエリオットは、俺ではなくジェイドしか見ていない。
おい、お前は俺の従者だろう。何をしているんだ。
「消してあげてくれる?」
「あなたがモーヴ様から離れていただければ解除しますよ」
「……だって、モーヴ君。手、放せる?」
「うぅ」
ジェイドの服を離すと、「いい子」と頭を撫でられる。すると、魔法陣がジワリと浮上し、ジェイドの顔に近づく。唇を戦慄かせたのは俺だけで、当のジェイドと言えば体が溶けるらしい魔法陣が近づいたというのに肩を軽く竦めるだけだ。「短気だねぇ」なんて言って変わらぬ様子で離れていくのだ。
両手を上げたジェイドが隣のベッドに腰かけたところで、目の前の凶器は漸く消え去さった。
「エリオット! お前はなんてものを……危ないだろ!」
ジェイドが止めてくれなければ、今頃俺の顔面はドロドロに溶けていたのかもしれない。
体を起こして、自分の顔をペタペタ触れば、どこも溶けておらず凹凸がちゃんとあって本当に安心した。だって顔ドロドロだぞ。トラウマもんだろ。
というか、この世界の魔法でそんな凶悪なことができることも衝撃的だ。さすがと言うかなんというか、『白き塔の恋人たち』のストーリー上で登場する魔法は、ミリたその体を拘束するものとか感度を上昇させるとか、そういうエロ目的のものばかりで、こんなにも殺傷能力の高いものは出てこなかった気がする。
ちなみに俺のお気に入りは認識阻害魔法を使った疑似マジックミラー号プレイだ。おかげでいかなる瞬間も目の前にミリたそがいるかもしれないと興奮できるようになった。シュレーディンガーのミリたそ誕生の瞬間である。
あぁ、いやそんなことはどうでもいいんだ。少なくとも今考えることではない。
問題は従順たる従者であるはずのエリオットが恐れ多くも主人である俺を顔面崩壊の危機に晒すなんて言語道断だ。
「放っておいた方が危なかったでしょう」
ジェイドを一瞥したエリオットがゆっくりと近づき、俺の恰好を確認したところで眉をピクリと動かした。
「……一体何をしていたんです?」
きっちり着込んだ白衣の襟に指をかけ、ぐいと引っ張る。さすれば、その下の何も身に着けていない体が見えてしまうわけで。一拍遅れて白衣を奪い返した俺の裸体はエリオットの目にもしっかり映っただろう。じわじわと赤くなる顔を俯かせ、上目で様子を窺うと、眉間に皺を寄せて極寒の瞳と目が合い「ひっ」と身体を縮こませた。
両手で体を抱きしめ、放り投げていた脚を引き寄せれば、膝をぴしゃりと叩かれる。
日本人の体に染み込んだ体育座りは行儀が悪いらしい。
放り投げられたエリオットの上着を胸元に引き寄せ、ベッドに腰かけた。
腕を組んだ仁王立ちのエリオットに見下ろされていると、なんだか自分の恰好が恥ずかしく思えてきて、曝け出した足をすり合わせる。
いや、恥ずかしい格好であるかは確かだけど。段々肌に馴染んでいた白衣がまた違和感だらけになる。けれど、今の俺に残された選択は全裸か白衣(エリオットの上着付)だけなので、大人しく受け入れるほかないのだが。
エリオットは納得していないらしい。
「制服は?」
「汚れたから洗ってもらってる……」
「だからって、何故そんな恰好をしているんですか」
「お、俺が白衣が良いって言った……」
「はぁ?」
理解しがたいとでも言いたげに顔を歪めているが、あの二択で全裸を選ぶ方がおかしいと思う。それともエリオットは全裸派なのか。人は見かけによらないというし可能性はゼロではないなんて反論を口に出すほど馬鹿ではないので口を噤み、最大限申し訳なさそうな顔をする。
眉尻と口の端をあらん限り下げ、下を向けば完成だ。この顔で何人の先輩を黙らせたと思っている。俺の数少ない特技がこっちの世界でも役立てるとは思わなかった。
こういうところに経験の差が出るんだよな。どんなに優れた素質を持とうとも経験には勝てないんだなこれが。内心ほくそ笑み、ちょっとした好奇心でエリオットの顔を見れば。
「うぐっ」
片手で顔を掴まれる。主従関係はどこへやら、乱雑なその扱いと、俺を見下ろす絶対零度のグレーの瞳に俺は悟った。
コイツは通用しないタイプの人間だと。
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