R18BLゲームの序盤で処刑されるモブキャラなのに何故か攻略対象に狙われています。

白井ゆき

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異世界ライフは甘くない

執事の忠心

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「あ、え、は、……は?」

 簀巻き状態で小脇に抱えられるという間抜けな体勢で目を瞬かせる。一瞬のうちに変わり果てた視界に理解が追い付く間もなく、エリオットはスタスタと歩き始めるのだ。

「お、おい、ここどこだよ」
「どこって寮室ですよ。もう忘れたんですか?」

 よくよく見れば、天蓋付きの豪華なベッドも細かい彫刻が施された家具も今朝見たものそのままだ。

「ま、まま、まさか、瞬間移動ってやつか!?」

 魔法すげぇ! 俺もできるようになりたい!

 飄々とした態度のエリオットをきらきらとした笑顔で見上げる。

「すっげぇ! もう1回! もう1回やって」
「嫌です」
「いいだろ、な、もう1回!」
「嫌です!」
「何だよ……ケチケチすんなよな」

 こんなことならもっとよく見ておけばよかったと口を突き出し、脳内のやりたいことリストに瞬間移動の取得を書き込む。これがあれば寝坊も怖くないな。

 ちなみにリストの1番上は、もちろんミリたそと会話を交わすことである。
 モブキャラという面倒な立場に生まれていなければ真っ先に話しかけていたところではあるが、快楽刑なんてまっぴらごめんなので我慢しなければならない。悔しい。本当に悔しい。モブ処刑イベントが発生する6月が過ぎたらマシンガントークをかましてやるって決めてんだ俺は……!

「なぁ、魔法で時間は進められねぇの?」
「できるわけないでしょう」
「えぇー」

 もぞもぞと動く俺を抱えなおしたエリオットは、呆れた顔をして鼻で笑う。
 エリオットに進めてもらって、手っ取り早く危機を回避しようと思ったのだが無理らしい。人生は中々上手くいかないようだ。

 ぶつくさと呟く文句のほとんど、というか全て聞き流しているエリオットは浴室に繋がるの扉を開けると、脱衣所を通り過ぎて浴室へ足を進める。

 扉を開けると、そこにあるのは猫脚のバスタブ。湯が張られ、湯気が立ち込めるそれに嫌な予感がしてエリオットを見上げた時だ。

「エリオッ――とぉっ!?」

 顔面に広がる板をぶつけたような衝撃。高く上がる水しぶきと、ジャバジャバ流れ出す水の音。
 浴槽の中に投げ捨てられた俺の体は、水をたっぷり吸い込んだタオルケットが重く纏わりつき底へ沈み込む。

「ぅ、もがっ、ふぐ」

 簀巻きで動きが制限された腕を出すこともできず、芋虫よろしく藻掻き、口から次々と飛び出る気泡を見送る。その間約3秒。
 水面きた伸びてきた腕が俺の体を救い出し、漸く空気中へと顔を出すことができた。

「うげっ、がはっ、……ぅ、ぐ、なに、すんだよ……っ!」
「ずいぶんと匂うので」
「匂うって、昨日も風呂入ったの、見てただろ!」
「浴室へ入ったのを見ただけで実際に洗ったところは見ていないですけどね」
「あったり前だろ! いい年こいて体洗ってもらう方が異常だからな!」

 額に張り付く俺の髪を撫で上げたエリオットを睨み上げるが効果はない。むしろ、怒ったように「いいから大人しく洗われてください」とタオルを外してくるのだ。
 張り付いたタオルを一人で脱ぐことは不可能なのでありがたいが、白衣まで脱がそうとするの頂けない。
 俺はボタンを外すエリオットの手ごと、はだけた胸元を握り締めた。

「手、邪魔です」
「風呂は一人で入るって言ったろ」
「私は納得してません」

 現代日本人にとって他人に身体を洗われることの羞恥心をこの世界の人は知らなすぎる。記憶が戻った初日の夜、一人で入ると騒ぎ立てる俺に、坊ちゃんがおかしくなってしまわれたと医者を呼ばれたのは記憶に新しい。
 浴室に入ろうとするメイドをエリオットは一緒に止めてくれたはずだが、納得はしていなかったのか。

「主人の言うことは絶対じゃねぇのかよ」
「伯爵様からモーヴ様のことを頼まれましたから。そちらを優先しているだけです」
「風呂で足滑らせるとでも思ってるのか? そんな間抜けじゃねぇよ」
「今のモーヴ様はそれほどに間抜けですけど、今回は目的が違いますね」

 何だか聞き捨てならない言葉が聞こえた気がするけどまぁいい。あとで追及するとしよう。
 別の目的とは何なんだ。

 不可解な視線を向けていれば、ボタンを外そうとしていたジェイドの手から力が抜ける。その上から握っていた手を離してみると、すぐに後頭部に差し込まれた。
 濡れた髪を掻き分けた手、それに引き寄せられ眼前にエリオットの顔が迫る。

「一体、保健室で何をしてたんです?」

 突き合わせられた額。エリオットの息がかかるその距離に瞼を伏せれば、逃さないとでも言うように髪を引っ張られ、上を向かされる。

「何、て」

 そんなの、言えるわけない。
 薬塗られて射精しました、なんて。いくらエリオットでも言いたくない。

「言えないような事していたんですか?」
「治療だよ、それ以外あるわけないだろ」

 しどろもどろに言う俺に目を眇めたエリオットがわざとらしくため息をつく。その吐息に肌がさざめいて、目を瞑ると「モーヴ様」と名前を呼ばれるのだ。

「嘘じゃねぇよ、本当に治療してた……」
「あんな厳重な結界まで張って?」
「結界?」
「治療だと思っていたのはモーヴ様だけではないですか?」

 その言葉にどきりと心臓が跳ねる。エリオットの推測は、あながち間違っていない。事実、ミリたそはそう言いくるめられていたわけだし。でも、今回に限っては、ジェイドは全くの無実だ。
 それを、どう伝えればいいのかと口をモゴモゴとさせていると、「ただの治療であのレベルの結界は張りませんよ」と続けた。

「……あ、多分それは、俺のためっていうか、見られないように配慮してくれたっていうか」

 その結界がどういう効果を持ったものか俺の知るところではないが、エリオットの口ぶりからして、侵入者を制限するといったものだろう。
 
 ジェイドはそんなことまでしてくれていたんだな。
 万が一、誰かが入って来たら大惨事だった。入学早々、名前も知らない生徒に尻を見られるなんてごめんだ。

「配慮? 人に見られたくない治療って、一体どこを怪我したんですか、あなたは。見たところ、どこにも傷はついていませんが」

 白衣を引っ張り中を覗き込まれ、体を捩る。それすらも許容しないエリオットは、今度は両手で頭を掴んできた。頬を挟むように添えられた手に顔を上げられ、強制的に目を合わせられる。
 そして、「私の納得する答えが聞けるまで放しませんよ」と言うのだ。

 俺を見つめるグレーの目に隙など一分もなく、一度目を瞑り息を吐く。

 ……腹を、括るしかないのかもしれない。

 瞼を上げると、早く言えとばかりにエリオットの目が細まる。緊張で乾いた唇を舐め、ゆっくりと口を開けた。

「尻が……」

 勇気を出してつぶやいた言葉にエリオットの眉がピクリと跳ねる。

「尻?」
「尻が、腫れちゃって、軟膏塗ってもらった、だけ……」

 尻すぼみになる言葉、それを最後まで聞いたエリオットの形の綺麗な眉毛が中央に寄る。その顔は、何言ってんだコイツと雄弁に語っている。

「それで何故、こんな格好になるんですか。尻が腫れた理由は?」
「そ、れはぁ……」
「それは?」

 今でも十分恥ずかしいというのに、これ以上曝け出さなければならないのか。
 唇を噛みしめ嫌だと訴えるように見つめ返すが、折れるそぶりはない。どころか、「モーヴ様」と低い声で咎められるのだ。

「……先生に、叱られて、尻、叩かれたから」
「……はぁ?」

 エリオットの端正な顔がぐしゃりと歪む。信じていない顔だ。

「何だよその顔っ。お前が言えって言ったんだろ! 正直に話したんだから、信じ――うわっ!」

 肩を掴むエリオットの手に驚いたのと同時。ぐるりと体が反転する。慣れない水の中、白衣で膝が滑り慌てて浴槽の縁を掴んだのとほぼ同時。裾を捲られ尻を丸出しにされた俺は悲鳴を上げる。

「エリオット! 何して――ひッ!」

 晒された尻の丸みに沿うようにエリオットの手が滑る。腰を逃がそうと沈み込めば、腹に回された腕が身体を引き上げ、下半身が顔を出す様に固定されてしまった。

「軟膏を塗ってもらった、と言うのは事実のようですね。尻も腫れている」
「だからそうだって言ってるだろ! 早く放せよ! 撫でるな!」

 片手を背中に回し、円を描くように動くエリオットの手を掴むが、不安定な体勢で力が入らない。そうしている間に、エリオットの手は尻を鷲掴み、隠れた窄まりを開く様に押し上げるのだ。

「エリオット!!」

 制止する俺の声なんかどこ吹く風で、明るみに出た後孔に指を当て、そのまま上下にすり、と動かし始める。
 そんなことをされれば、治まっていた体の熱が再び呼び起こされる。羞恥と、それを上回る怒りによって。

「こちらは腫れていないようですが……誰にも触られていませんね。――ッ!」

 火事場の馬鹿力と言うヤツだと思う。
 俺より背も高くて、俺を守れるくらいの剣術を仕込まれているエリオットに、体術で俺が勝てることなんて、いくら片腕だけだと言ってもありえない。だけど、土壇場に追い込まれた人間と言うものは思いもよらぬ能力を発揮するというもので。

 体を反転させて遠心力のままに腕を振る。見事エリオットの頬に命中した握り締めた拳を解き、今度は目についたボトルを投げつけた。

「エリオットのばか、……バカ! 変態! こっち来んなぁ……!」

 恥ずかしさとか苛立ちがない交ぜになって訳が分からなくなる。
 俺が必死に投げつけたボトルも、あっさりキャッチされるから、心は更にぐちゃぐちゃになって視界がジワリと滲んでいった。

 別に泣いているわけじゃない。これは、お湯が目に飛んだだけ。

 そう言い聞かせて手の甲で目擦っていると、不意に髪を触られ肩が跳ねた。

「やだっ、来んなって言ってるだろっ」
「泣かないでください」
「泣いてない゛!」

 手を放して睨み上げると、「そんなに擦ると赤くなってしまいます」と言って、指先で眦を優しく拭われるのだ。

「私はただ、モーヴ様の身を案じているだけです」
「嘘だ!」
「本当です。……ここにいらっしゃる方の多くは高位貴族です。何か問題を起こしたとしても、その大半は揉み消されてしまうでしょうね。そんな方々が押し込められたこの閉鎖空間で、何が起こるのか分からないモーヴ様ではないでしょう?」

 眉を下げたエリオットに覗き込まれ、ミリたそのことを思い出した。ゲーム内で常にその体を狙われていたミリたそ。エンドへ向かうにつれてその数は減っていたものの、ルートが定まるまでは同意なんてものはないも同然だった。

 目じりを拭い、雫が落ちる横上を耳に掛けてくれるエリオットをそっと窺う。すると、「心配してるんです」と困ったように笑った。

 あれってミリたそが異例なわけじゃなくて、他にも同じような目に遭っている人もいるってことなのか……。

 気づいてしまえば途端に罪悪感がこみ上げる。殴られて頬を腫らすエリオットが、俺のことを少しも咎めないから余計に。

「……ごめん」
「分かっていただけたようで安心しました」
「でも、こういう確認のされ方は嫌だ」

 尻すぼみの俺のお願いに小さく笑みを溢したエリオットが首肯した。

「承知しました。では、何かあったらすぐ私に報告すると約束してください」
「約束する!」
「面倒ごとに首を突っ込まないと約束して下されば、先生に叱られたことを伯爵様には内緒にしますよ」
「本当かっ?」
「はい」
「分かった! 全部エリオットに報告するし、面倒ごとにも関わらない!」
「約束ですからね」
「おう!」

 「では、ゆっくりされてください。私はモーヴ様の制服を受け取りに行きます」そう続け、浴室を後にしたエリオットの背中を見送り、俺は冷えた体を湯船に沈ませた。
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