18 / 63
異世界ライフは甘くない
執事の忠心
しおりを挟む
「あ、え、は、……は?」
簀巻き状態で小脇に抱えられるという間抜けな体勢で目を瞬かせる。一瞬のうちに変わり果てた視界に理解が追い付く間もなく、エリオットはスタスタと歩き始めるのだ。
「お、おい、ここどこだよ」
「どこって寮室ですよ。もう忘れたんですか?」
よくよく見れば、天蓋付きの豪華なベッドも細かい彫刻が施された家具も今朝見たものそのままだ。
「ま、まま、まさか、瞬間移動ってやつか!?」
魔法すげぇ! 俺もできるようになりたい!
飄々とした態度のエリオットをきらきらとした笑顔で見上げる。
「すっげぇ! もう1回! もう1回やって」
「嫌です」
「いいだろ、な、もう1回!」
「嫌です!」
「何だよ……ケチケチすんなよな」
こんなことならもっとよく見ておけばよかったと口を突き出し、脳内のやりたいことリストに瞬間移動の取得を書き込む。これがあれば寝坊も怖くないな。
ちなみにリストの1番上は、もちろんミリたそと会話を交わすことである。
モブキャラという面倒な立場に生まれていなければ真っ先に話しかけていたところではあるが、快楽刑なんてまっぴらごめんなので我慢しなければならない。悔しい。本当に悔しい。モブ処刑イベントが発生する6月が過ぎたらマシンガントークをかましてやるって決めてんだ俺は……!
「なぁ、魔法で時間は進められねぇの?」
「できるわけないでしょう」
「えぇー」
もぞもぞと動く俺を抱えなおしたエリオットは、呆れた顔をして鼻で笑う。
エリオットに進めてもらって、手っ取り早く危機を回避しようと思ったのだが無理らしい。人生は中々上手くいかないようだ。
ぶつくさと呟く文句のほとんど、というか全て聞き流しているエリオットは浴室に繋がるの扉を開けると、脱衣所を通り過ぎて浴室へ足を進める。
扉を開けると、そこにあるのは猫脚のバスタブ。湯が張られ、湯気が立ち込めるそれに嫌な予感がしてエリオットを見上げた時だ。
「エリオッ――とぉっ!?」
顔面に広がる板をぶつけたような衝撃。高く上がる水しぶきと、ジャバジャバ流れ出す水の音。
浴槽の中に投げ捨てられた俺の体は、水をたっぷり吸い込んだタオルケットが重く纏わりつき底へ沈み込む。
「ぅ、もがっ、ふぐ」
簀巻きで動きが制限された腕を出すこともできず、芋虫よろしく藻掻き、口から次々と飛び出る気泡を見送る。その間約3秒。
水面きた伸びてきた腕が俺の体を救い出し、漸く空気中へと顔を出すことができた。
「うげっ、がはっ、……ぅ、ぐ、なに、すんだよ……っ!」
「ずいぶんと匂うので」
「匂うって、昨日も風呂入ったの、見てただろ!」
「浴室へ入ったのを見ただけで実際に洗ったところは見ていないですけどね」
「あったり前だろ! いい年こいて体洗ってもらう方が異常だからな!」
額に張り付く俺の髪を撫で上げたエリオットを睨み上げるが効果はない。むしろ、怒ったように「いいから大人しく洗われてください」とタオルを外してくるのだ。
張り付いたタオルを一人で脱ぐことは不可能なのでありがたいが、白衣まで脱がそうとするの頂けない。
俺はボタンを外すエリオットの手ごと、はだけた胸元を握り締めた。
「手、邪魔です」
「風呂は一人で入るって言ったろ」
「私は納得してません」
現代日本人にとって他人に身体を洗われることの羞恥心をこの世界の人は知らなすぎる。記憶が戻った初日の夜、一人で入ると騒ぎ立てる俺に、坊ちゃんがおかしくなってしまわれたと医者を呼ばれたのは記憶に新しい。
浴室に入ろうとするメイドをエリオットは一緒に止めてくれたはずだが、納得はしていなかったのか。
「主人の言うことは絶対じゃねぇのかよ」
「伯爵様からモーヴ様のことを頼まれましたから。そちらを優先しているだけです」
「風呂で足滑らせるとでも思ってるのか? そんな間抜けじゃねぇよ」
「今のモーヴ様はそれほどに間抜けですけど、今回は目的が違いますね」
何だか聞き捨てならない言葉が聞こえた気がするけどまぁいい。あとで追及するとしよう。
別の目的とは何なんだ。
不可解な視線を向けていれば、ボタンを外そうとしていたジェイドの手から力が抜ける。その上から握っていた手を離してみると、すぐに後頭部に差し込まれた。
濡れた髪を掻き分けた手、それに引き寄せられ眼前にエリオットの顔が迫る。
「一体、保健室で何をしてたんです?」
突き合わせられた額。エリオットの息がかかるその距離に瞼を伏せれば、逃さないとでも言うように髪を引っ張られ、上を向かされる。
「何、て」
そんなの、言えるわけない。
薬塗られて射精しました、なんて。いくらエリオットでも言いたくない。
「言えないような事していたんですか?」
「治療だよ、それ以外あるわけないだろ」
しどろもどろに言う俺に目を眇めたエリオットがわざとらしくため息をつく。その吐息に肌がさざめいて、目を瞑ると「モーヴ様」と名前を呼ばれるのだ。
「嘘じゃねぇよ、本当に治療してた……」
「あんな厳重な結界まで張って?」
「結界?」
「治療だと思っていたのはモーヴ様だけではないですか?」
その言葉にどきりと心臓が跳ねる。エリオットの推測は、あながち間違っていない。事実、ミリたそはそう言いくるめられていたわけだし。でも、今回に限っては、ジェイドは全くの無実だ。
それを、どう伝えればいいのかと口をモゴモゴとさせていると、「ただの治療であのレベルの結界は張りませんよ」と続けた。
「……あ、多分それは、俺のためっていうか、見られないように配慮してくれたっていうか」
その結界がどういう効果を持ったものか俺の知るところではないが、エリオットの口ぶりからして、侵入者を制限するといったものだろう。
ジェイドはそんなことまでしてくれていたんだな。
万が一、誰かが入って来たら大惨事だった。入学早々、名前も知らない生徒に尻を見られるなんてごめんだ。
「配慮? 人に見られたくない治療って、一体どこを怪我したんですか、あなたは。見たところ、どこにも傷はついていませんが」
白衣を引っ張り中を覗き込まれ、体を捩る。それすらも許容しないエリオットは、今度は両手で頭を掴んできた。頬を挟むように添えられた手に顔を上げられ、強制的に目を合わせられる。
そして、「私の納得する答えが聞けるまで放しませんよ」と言うのだ。
俺を見つめるグレーの目に隙など一分もなく、一度目を瞑り息を吐く。
……腹を、括るしかないのかもしれない。
瞼を上げると、早く言えとばかりにエリオットの目が細まる。緊張で乾いた唇を舐め、ゆっくりと口を開けた。
「尻が……」
勇気を出してつぶやいた言葉にエリオットの眉がピクリと跳ねる。
「尻?」
「尻が、腫れちゃって、軟膏塗ってもらった、だけ……」
尻すぼみになる言葉、それを最後まで聞いたエリオットの形の綺麗な眉毛が中央に寄る。その顔は、何言ってんだコイツと雄弁に語っている。
「それで何故、こんな格好になるんですか。尻が腫れた理由は?」
「そ、れはぁ……」
「それは?」
今でも十分恥ずかしいというのに、これ以上曝け出さなければならないのか。
唇を噛みしめ嫌だと訴えるように見つめ返すが、折れるそぶりはない。どころか、「モーヴ様」と低い声で咎められるのだ。
「……先生に、叱られて、尻、叩かれたから」
「……はぁ?」
エリオットの端正な顔がぐしゃりと歪む。信じていない顔だ。
「何だよその顔っ。お前が言えって言ったんだろ! 正直に話したんだから、信じ――うわっ!」
肩を掴むエリオットの手に驚いたのと同時。ぐるりと体が反転する。慣れない水の中、白衣で膝が滑り慌てて浴槽の縁を掴んだのとほぼ同時。裾を捲られ尻を丸出しにされた俺は悲鳴を上げる。
「エリオット! 何して――ひッ!」
晒された尻の丸みに沿うようにエリオットの手が滑る。腰を逃がそうと沈み込めば、腹に回された腕が身体を引き上げ、下半身が顔を出す様に固定されてしまった。
「軟膏を塗ってもらった、と言うのは事実のようですね。尻も腫れている」
「だからそうだって言ってるだろ! 早く放せよ! 撫でるな!」
片手を背中に回し、円を描くように動くエリオットの手を掴むが、不安定な体勢で力が入らない。そうしている間に、エリオットの手は尻を鷲掴み、隠れた窄まりを開く様に押し上げるのだ。
「エリオット!!」
制止する俺の声なんかどこ吹く風で、明るみに出た後孔に指を当て、そのまま上下にすり、と動かし始める。
そんなことをされれば、治まっていた体の熱が再び呼び起こされる。羞恥と、それを上回る怒りによって。
「こちらは腫れていないようですが……誰にも触られていませんね。――ッ!」
火事場の馬鹿力と言うヤツだと思う。
俺より背も高くて、俺を守れるくらいの剣術を仕込まれているエリオットに、体術で俺が勝てることなんて、いくら片腕だけだと言ってもありえない。だけど、土壇場に追い込まれた人間と言うものは思いもよらぬ能力を発揮するというもので。
体を反転させて遠心力のままに腕を振る。見事エリオットの頬に命中した握り締めた拳を解き、今度は目についたボトルを投げつけた。
「エリオットのばか、……バカ! 変態! こっち来んなぁ……!」
恥ずかしさとか苛立ちがない交ぜになって訳が分からなくなる。
俺が必死に投げつけたボトルも、あっさりキャッチされるから、心は更にぐちゃぐちゃになって視界がジワリと滲んでいった。
別に泣いているわけじゃない。これは、お湯が目に飛んだだけ。
そう言い聞かせて手の甲で目擦っていると、不意に髪を触られ肩が跳ねた。
「やだっ、来んなって言ってるだろっ」
「泣かないでください」
「泣いてない゛!」
手を放して睨み上げると、「そんなに擦ると赤くなってしまいます」と言って、指先で眦を優しく拭われるのだ。
「私はただ、モーヴ様の身を案じているだけです」
「嘘だ!」
「本当です。……ここにいらっしゃる方の多くは高位貴族です。何か問題を起こしたとしても、その大半は揉み消されてしまうでしょうね。そんな方々が押し込められたこの閉鎖空間で、何が起こるのか分からないモーヴ様ではないでしょう?」
眉を下げたエリオットに覗き込まれ、ミリたそのことを思い出した。ゲーム内で常にその体を狙われていたミリたそ。エンドへ向かうにつれてその数は減っていたものの、ルートが定まるまでは同意なんてものはないも同然だった。
目じりを拭い、雫が落ちる横上を耳に掛けてくれるエリオットをそっと窺う。すると、「心配してるんです」と困ったように笑った。
あれってミリたそが異例なわけじゃなくて、他にも同じような目に遭っている人もいるってことなのか……。
気づいてしまえば途端に罪悪感がこみ上げる。殴られて頬を腫らすエリオットが、俺のことを少しも咎めないから余計に。
「……ごめん」
「分かっていただけたようで安心しました」
「でも、こういう確認のされ方は嫌だ」
尻すぼみの俺のお願いに小さく笑みを溢したエリオットが首肯した。
「承知しました。では、何かあったらすぐ私に報告すると約束してください」
「約束する!」
「面倒ごとに首を突っ込まないと約束して下されば、先生に叱られたことを伯爵様には内緒にしますよ」
「本当かっ?」
「はい」
「分かった! 全部エリオットに報告するし、面倒ごとにも関わらない!」
「約束ですからね」
「おう!」
「では、ゆっくりされてください。私はモーヴ様の制服を受け取りに行きます」そう続け、浴室を後にしたエリオットの背中を見送り、俺は冷えた体を湯船に沈ませた。
簀巻き状態で小脇に抱えられるという間抜けな体勢で目を瞬かせる。一瞬のうちに変わり果てた視界に理解が追い付く間もなく、エリオットはスタスタと歩き始めるのだ。
「お、おい、ここどこだよ」
「どこって寮室ですよ。もう忘れたんですか?」
よくよく見れば、天蓋付きの豪華なベッドも細かい彫刻が施された家具も今朝見たものそのままだ。
「ま、まま、まさか、瞬間移動ってやつか!?」
魔法すげぇ! 俺もできるようになりたい!
飄々とした態度のエリオットをきらきらとした笑顔で見上げる。
「すっげぇ! もう1回! もう1回やって」
「嫌です」
「いいだろ、な、もう1回!」
「嫌です!」
「何だよ……ケチケチすんなよな」
こんなことならもっとよく見ておけばよかったと口を突き出し、脳内のやりたいことリストに瞬間移動の取得を書き込む。これがあれば寝坊も怖くないな。
ちなみにリストの1番上は、もちろんミリたそと会話を交わすことである。
モブキャラという面倒な立場に生まれていなければ真っ先に話しかけていたところではあるが、快楽刑なんてまっぴらごめんなので我慢しなければならない。悔しい。本当に悔しい。モブ処刑イベントが発生する6月が過ぎたらマシンガントークをかましてやるって決めてんだ俺は……!
「なぁ、魔法で時間は進められねぇの?」
「できるわけないでしょう」
「えぇー」
もぞもぞと動く俺を抱えなおしたエリオットは、呆れた顔をして鼻で笑う。
エリオットに進めてもらって、手っ取り早く危機を回避しようと思ったのだが無理らしい。人生は中々上手くいかないようだ。
ぶつくさと呟く文句のほとんど、というか全て聞き流しているエリオットは浴室に繋がるの扉を開けると、脱衣所を通り過ぎて浴室へ足を進める。
扉を開けると、そこにあるのは猫脚のバスタブ。湯が張られ、湯気が立ち込めるそれに嫌な予感がしてエリオットを見上げた時だ。
「エリオッ――とぉっ!?」
顔面に広がる板をぶつけたような衝撃。高く上がる水しぶきと、ジャバジャバ流れ出す水の音。
浴槽の中に投げ捨てられた俺の体は、水をたっぷり吸い込んだタオルケットが重く纏わりつき底へ沈み込む。
「ぅ、もがっ、ふぐ」
簀巻きで動きが制限された腕を出すこともできず、芋虫よろしく藻掻き、口から次々と飛び出る気泡を見送る。その間約3秒。
水面きた伸びてきた腕が俺の体を救い出し、漸く空気中へと顔を出すことができた。
「うげっ、がはっ、……ぅ、ぐ、なに、すんだよ……っ!」
「ずいぶんと匂うので」
「匂うって、昨日も風呂入ったの、見てただろ!」
「浴室へ入ったのを見ただけで実際に洗ったところは見ていないですけどね」
「あったり前だろ! いい年こいて体洗ってもらう方が異常だからな!」
額に張り付く俺の髪を撫で上げたエリオットを睨み上げるが効果はない。むしろ、怒ったように「いいから大人しく洗われてください」とタオルを外してくるのだ。
張り付いたタオルを一人で脱ぐことは不可能なのでありがたいが、白衣まで脱がそうとするの頂けない。
俺はボタンを外すエリオットの手ごと、はだけた胸元を握り締めた。
「手、邪魔です」
「風呂は一人で入るって言ったろ」
「私は納得してません」
現代日本人にとって他人に身体を洗われることの羞恥心をこの世界の人は知らなすぎる。記憶が戻った初日の夜、一人で入ると騒ぎ立てる俺に、坊ちゃんがおかしくなってしまわれたと医者を呼ばれたのは記憶に新しい。
浴室に入ろうとするメイドをエリオットは一緒に止めてくれたはずだが、納得はしていなかったのか。
「主人の言うことは絶対じゃねぇのかよ」
「伯爵様からモーヴ様のことを頼まれましたから。そちらを優先しているだけです」
「風呂で足滑らせるとでも思ってるのか? そんな間抜けじゃねぇよ」
「今のモーヴ様はそれほどに間抜けですけど、今回は目的が違いますね」
何だか聞き捨てならない言葉が聞こえた気がするけどまぁいい。あとで追及するとしよう。
別の目的とは何なんだ。
不可解な視線を向けていれば、ボタンを外そうとしていたジェイドの手から力が抜ける。その上から握っていた手を離してみると、すぐに後頭部に差し込まれた。
濡れた髪を掻き分けた手、それに引き寄せられ眼前にエリオットの顔が迫る。
「一体、保健室で何をしてたんです?」
突き合わせられた額。エリオットの息がかかるその距離に瞼を伏せれば、逃さないとでも言うように髪を引っ張られ、上を向かされる。
「何、て」
そんなの、言えるわけない。
薬塗られて射精しました、なんて。いくらエリオットでも言いたくない。
「言えないような事していたんですか?」
「治療だよ、それ以外あるわけないだろ」
しどろもどろに言う俺に目を眇めたエリオットがわざとらしくため息をつく。その吐息に肌がさざめいて、目を瞑ると「モーヴ様」と名前を呼ばれるのだ。
「嘘じゃねぇよ、本当に治療してた……」
「あんな厳重な結界まで張って?」
「結界?」
「治療だと思っていたのはモーヴ様だけではないですか?」
その言葉にどきりと心臓が跳ねる。エリオットの推測は、あながち間違っていない。事実、ミリたそはそう言いくるめられていたわけだし。でも、今回に限っては、ジェイドは全くの無実だ。
それを、どう伝えればいいのかと口をモゴモゴとさせていると、「ただの治療であのレベルの結界は張りませんよ」と続けた。
「……あ、多分それは、俺のためっていうか、見られないように配慮してくれたっていうか」
その結界がどういう効果を持ったものか俺の知るところではないが、エリオットの口ぶりからして、侵入者を制限するといったものだろう。
ジェイドはそんなことまでしてくれていたんだな。
万が一、誰かが入って来たら大惨事だった。入学早々、名前も知らない生徒に尻を見られるなんてごめんだ。
「配慮? 人に見られたくない治療って、一体どこを怪我したんですか、あなたは。見たところ、どこにも傷はついていませんが」
白衣を引っ張り中を覗き込まれ、体を捩る。それすらも許容しないエリオットは、今度は両手で頭を掴んできた。頬を挟むように添えられた手に顔を上げられ、強制的に目を合わせられる。
そして、「私の納得する答えが聞けるまで放しませんよ」と言うのだ。
俺を見つめるグレーの目に隙など一分もなく、一度目を瞑り息を吐く。
……腹を、括るしかないのかもしれない。
瞼を上げると、早く言えとばかりにエリオットの目が細まる。緊張で乾いた唇を舐め、ゆっくりと口を開けた。
「尻が……」
勇気を出してつぶやいた言葉にエリオットの眉がピクリと跳ねる。
「尻?」
「尻が、腫れちゃって、軟膏塗ってもらった、だけ……」
尻すぼみになる言葉、それを最後まで聞いたエリオットの形の綺麗な眉毛が中央に寄る。その顔は、何言ってんだコイツと雄弁に語っている。
「それで何故、こんな格好になるんですか。尻が腫れた理由は?」
「そ、れはぁ……」
「それは?」
今でも十分恥ずかしいというのに、これ以上曝け出さなければならないのか。
唇を噛みしめ嫌だと訴えるように見つめ返すが、折れるそぶりはない。どころか、「モーヴ様」と低い声で咎められるのだ。
「……先生に、叱られて、尻、叩かれたから」
「……はぁ?」
エリオットの端正な顔がぐしゃりと歪む。信じていない顔だ。
「何だよその顔っ。お前が言えって言ったんだろ! 正直に話したんだから、信じ――うわっ!」
肩を掴むエリオットの手に驚いたのと同時。ぐるりと体が反転する。慣れない水の中、白衣で膝が滑り慌てて浴槽の縁を掴んだのとほぼ同時。裾を捲られ尻を丸出しにされた俺は悲鳴を上げる。
「エリオット! 何して――ひッ!」
晒された尻の丸みに沿うようにエリオットの手が滑る。腰を逃がそうと沈み込めば、腹に回された腕が身体を引き上げ、下半身が顔を出す様に固定されてしまった。
「軟膏を塗ってもらった、と言うのは事実のようですね。尻も腫れている」
「だからそうだって言ってるだろ! 早く放せよ! 撫でるな!」
片手を背中に回し、円を描くように動くエリオットの手を掴むが、不安定な体勢で力が入らない。そうしている間に、エリオットの手は尻を鷲掴み、隠れた窄まりを開く様に押し上げるのだ。
「エリオット!!」
制止する俺の声なんかどこ吹く風で、明るみに出た後孔に指を当て、そのまま上下にすり、と動かし始める。
そんなことをされれば、治まっていた体の熱が再び呼び起こされる。羞恥と、それを上回る怒りによって。
「こちらは腫れていないようですが……誰にも触られていませんね。――ッ!」
火事場の馬鹿力と言うヤツだと思う。
俺より背も高くて、俺を守れるくらいの剣術を仕込まれているエリオットに、体術で俺が勝てることなんて、いくら片腕だけだと言ってもありえない。だけど、土壇場に追い込まれた人間と言うものは思いもよらぬ能力を発揮するというもので。
体を反転させて遠心力のままに腕を振る。見事エリオットの頬に命中した握り締めた拳を解き、今度は目についたボトルを投げつけた。
「エリオットのばか、……バカ! 変態! こっち来んなぁ……!」
恥ずかしさとか苛立ちがない交ぜになって訳が分からなくなる。
俺が必死に投げつけたボトルも、あっさりキャッチされるから、心は更にぐちゃぐちゃになって視界がジワリと滲んでいった。
別に泣いているわけじゃない。これは、お湯が目に飛んだだけ。
そう言い聞かせて手の甲で目擦っていると、不意に髪を触られ肩が跳ねた。
「やだっ、来んなって言ってるだろっ」
「泣かないでください」
「泣いてない゛!」
手を放して睨み上げると、「そんなに擦ると赤くなってしまいます」と言って、指先で眦を優しく拭われるのだ。
「私はただ、モーヴ様の身を案じているだけです」
「嘘だ!」
「本当です。……ここにいらっしゃる方の多くは高位貴族です。何か問題を起こしたとしても、その大半は揉み消されてしまうでしょうね。そんな方々が押し込められたこの閉鎖空間で、何が起こるのか分からないモーヴ様ではないでしょう?」
眉を下げたエリオットに覗き込まれ、ミリたそのことを思い出した。ゲーム内で常にその体を狙われていたミリたそ。エンドへ向かうにつれてその数は減っていたものの、ルートが定まるまでは同意なんてものはないも同然だった。
目じりを拭い、雫が落ちる横上を耳に掛けてくれるエリオットをそっと窺う。すると、「心配してるんです」と困ったように笑った。
あれってミリたそが異例なわけじゃなくて、他にも同じような目に遭っている人もいるってことなのか……。
気づいてしまえば途端に罪悪感がこみ上げる。殴られて頬を腫らすエリオットが、俺のことを少しも咎めないから余計に。
「……ごめん」
「分かっていただけたようで安心しました」
「でも、こういう確認のされ方は嫌だ」
尻すぼみの俺のお願いに小さく笑みを溢したエリオットが首肯した。
「承知しました。では、何かあったらすぐ私に報告すると約束してください」
「約束する!」
「面倒ごとに首を突っ込まないと約束して下されば、先生に叱られたことを伯爵様には内緒にしますよ」
「本当かっ?」
「はい」
「分かった! 全部エリオットに報告するし、面倒ごとにも関わらない!」
「約束ですからね」
「おう!」
「では、ゆっくりされてください。私はモーヴ様の制服を受け取りに行きます」そう続け、浴室を後にしたエリオットの背中を見送り、俺は冷えた体を湯船に沈ませた。
301
あなたにおすすめの小説
百合豚、男子校に入る。
揺
BL
百合をこよなく愛する男子高校生・眞辺恵。
母の歪んだ価値観により共学への進学を断たれ、彼が入学させられたのは――
男同士の恋愛が“文化”として成立している、全寮制男子校《私立瑞嶺学園》だった。
この学園では、生徒会長は「抱かれたいランキング」で選ばれ、美貌こそが正義とされる世界。
それでも眞辺は決意する。
生徒会長になり、この学校を“共学”に変え、間近で百合を拝むことを。
立ちはだかるのは、顔面至上主義の学園制度、性に奔放すぎるイケメンな幼馴染、そして彼らに憧れ恋をする生徒たち。
さらに何故か、学園の人気者たちに次々と目をつけられてしまい――。
百合を拝むため男子校を変えようとする異端者が、歪んだ王道学園を改革する物語。
転生したが陰から推し同士の絡みを「バレず」に見たい
むいあ
BL
俺、神崎瑠衣はごく普通の社会人だ。
ただ一つ違うことがあるとすれば、腐男子だということだ。
しかし、周りに腐男子と言うことがバレないように日々隠しながら暮らしている。
今日も一日会社に行こうとした時に横からきたトラックにはねられてしまった!
目が覚めるとそこは俺が好きなゲームの中で!?
俺は推し同士の絡みを眺めていたいのに、なぜか美形に迫られていて!?
「俺は壁になりたいのにーーーー!!!!」
俺がこんなにモテるのはおかしいだろ!? 〜魔法と弟を愛でたいだけなのに、なぜそんなに執着してくるんだ!!!〜
小屋瀬
BL
「兄さんは僕に守られてればいい。ずっと、僕の側にいたらいい。」
魔法高等学校入学式。自覚ありのブラコン、レイ−クレシスは、今日入学してくる大好きな弟との再会に心を踊らせていた。“これからは毎日弟を愛でながら、大好きな魔法制作に明け暮れる日々を過ごせる”そう思っていたレイに待ち受けていたのは、波乱万丈な毎日で―――
義弟からの激しい束縛、王子からの謎の執着、親友からの重い愛⋯俺はただ、普通に過ごしたいだけなのにーーー!!!
悪役側のモブになっても推しを拝みたい。【完結】
瑳来
BL
大学生でホストでオタクの如月杏樹はホストの仕事をした帰り道、自分のお客に刺されてしまう。
そして、気がついたら自分の夢中になっていたBLゲームのモブキャラになっていた!
……ま、推しを拝めるからいっか! てな感じで、ほのぼのと生きていこうと心に決めたのであった。
ウィル様のおまけにて完結致しました。
長い間お付き合い頂きありがとうございました!
実は俺、悪役なんだけど周りの人達から溺愛されている件について…
彩ノ華
BL
あのぅ、、おれ一応悪役なんですけど〜??
ひょんな事からこの世界に転生したオレは、自分が悪役だと思い出した。そんな俺は…!!ヒロイン(男)と攻略対象者達の恋愛を全力で応援します!断罪されない程度に悪役としての責務を全うします_。
みんなから嫌われるはずの悪役。
そ・れ・な・の・に…
どうしてみんなから構われるの?!溺愛されるの?!
もしもーし・・・ヒロインあっちだよ?!どうぞヒロインとイチャついちゃってくださいよぉ…(泣)
そんなオレの物語が今始まる___。
ちょっとアレなやつには✾←このマークを付けておきます。読む際にお気を付けください☺️
公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜
上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。
体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。
両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。
せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない?
しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……?
どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに?
偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも?
……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない??
―――
病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。
※別名義で連載していた作品になります。
(名義を統合しこちらに移動することになりました)
魔王の息子を育てることになった俺の話
お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。
「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」
現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません?
魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL
BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。
BL大賞エントリー中です。
平凡な俺が完璧なお兄様に執着されてます
クズねこ
BL
いつもは目も合わせてくれないのにある時だけ異様に甘えてくるお兄様と義理の弟の話。
『次期公爵家当主』『皇太子様の右腕』そんなふうに言われているのは俺の義理のお兄様である。
何をするにも完璧で、なんでも片手間にやってしまうそんなお兄様に執着されるお話。
BLでヤンデレものです。
第13回BL大賞に応募中です。ぜひ、応援よろしくお願いします!
週一 更新予定
ときどきプラスで更新します!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる