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姑息な一手

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小さな軍師による魔王軍の演習を見学し、その日は魔王城に戻らず、ガーゴイルに守られているので千翼城と名付けた城の部屋で休んでいたとき、小さな軍師が俺のもとを訪れ提案した。
「人間界に進軍する前に勇者と魔王が手を組んだという事実を急ぎ人間界に広く流布すべきです。その原因が皇帝にあることも」
「大義の喧伝か。で、その効果はあると思うのか?」
「民衆は愚かではありません。事実を知れば、皇帝への猜疑心につながるかと。それに、こちらには皇女と勇者がいます。その事実だけでも、充分に皇帝から民衆は離れるでしょう」
「うむ、世論を味方につけるわけだな。だが、どうやる? 人間界と魔界は国交断絶状態だし、諜報機関なんてこちらにはないぞ」
ようやく魔王軍が、軍らしくなってきただけで、人間界に諜報戦を仕掛けるような人材もつながりもない。
「人間界に残した家族を気にしている者たちがいます。彼らを人間界に帰すだけで十分かと。後は彼らが、もうすぐ人間界と魔界の戦争がはじまると言いふらしてくれるでしょう。きっと彼らは知人や家族などが戦火に巻き込まれないように動くはず。それは噂となって勝手に広がるでしょうし、原因は勇者を幽閉した皇帝にあるという事実も広まるはず」
「そう上手くいくか?」
「すでに、勇者や皇女が人間界から消えたことは噂になっているはず。あの皇帝が、事実を隠蔽するのに長けているとは思えません。もし、噂も前触れもなく、いきなり魔物の大軍が現れれば、混乱し、無駄な犠牲が出ると思います。魔王陛下は、賢者様とあまり無駄死にを出さないという約束をされているとか。いかがでしょう、人間界に帰りたい者を戻して、噂を広げるという案は?」
「敵に、こちらの侵攻を知らせるのは、得策とは思えないが」
「では、魔王陛下は、何も知らない人間を蹂躙するのが、お好きですか」
俺の性格を見抜いているのか、嫌な言い方をする。
「いや、何も知らない相手を蹂躙するのは、趣味じゃない。だが、最悪、こちらが門を抜けたら、いきなり目の前に大軍がいるかもしれんぞ」
「その心配は、ないと思います。まず、繰り返しの魔界侵攻で、帝国軍は疲弊しております。その証拠に、勇者追討の兵は、皇帝のいる帝都を守るための虎の子の兵を裂いております」
「だったら、下手な小細工なしに、もう人間界に攻め込んでは、どうだ?」
「いえいえ、それでは、只の蹂躙になりますから。それと、勇者と皇女がいると聞けば、こちらに味方する者もでてくるかと」
「うむ・・・、ようするに、揺さぶりか」
「噂を聞きつけて、帝都から逃げ出す貴族も出てくると思います。今の皇帝は、実の娘に嫌われるほど、人望がありませんから」
「そうだな、やってみて、損はないか」
家族恋し、家に帰りたいという者を人間界に送り返すだけである。むしろ、そうした方が、人間と魔族の混成軍の結束は強まるかもしれない。
「わかった、門の結界はもうないのだろう。帰りたいヤツは帰らせろ」
人間界に帰る者たちは、仲間を裏切るような罪悪感があったが、軍師から、アホ皇帝のせいで、魔王と勇者が手を組んだと広めろと言う命を小さな軍師から受けて、それを胸に門をくぐって帰っていった。
大国である帝国への最初の戦いは、そういう姑息な手段から始まった。
皇帝への大打撃になるとは思わないが、こちらの狙いが皇帝だと広まれば、無駄な抵抗が少しは減るだろう。
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