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人質救出

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「作りすぎちゃったかも。てへ」
と吸血鬼の姫が、苦笑するぐらいその門の近くに新しくできた城にはガーゴイルになる石の怪鳥がたくさん設置されていた。
父親の城より、かっこよく多く作ってやろうという対抗意識が芽生えたせいというのは本人の弁明である。実際に千羽以上いるのかどうかわからないが、それぐらいいそうなので千翼城と俺は名付けた。
守りが多いに越したことはないので、姫を咎めはしなかった。普段は餌代のかからない石なので、多いからと言って困るわけではない。その城主には築城の責任者のデュラハンをそのまま据える形で城主に任じた。
また、デュラハンは上級魔族なので、姫様から教えられたガーゴイルの扱い方をすぐ覚えていた。
人間界と魔界を繋ぐ門を睨むために作らせた城だが、現在は、人間界への進軍のための前線基地だった。
当然、勇者たちに皇女らも滞在し、賢者も、自分の屋敷から、こちらに移り、皇帝を討つためどう進軍するかを小さな軍師とともに議論を重ねていた。
長期戦は望んでいない。人間界は、魔物たちにとってもほとんど未知の世界である。人間界と魔界を行き来したのは歴代の勇者しかいないそうだ。
だから、俺は、小さな軍師に人間界の詳しい地図を求めた。魔王の俺がそんなことを言うとは思っていなかったらしく、たいそう驚かれた。戦争で地理を把握するための地図が重要だということは、転生前の人間だった頃の知識だ。さらに魔王である俺は千翼城に兵糧を集める指示を出した。これには軍師も驚いていたが、姫やデュラハンら魔界の者たちの方が多く驚いていた。魔界の住人は本当に脳筋が多く、大きな戦では、補給線、兵糧が大切だとあまり知らないようで、その大切さを教えて、魔王として兵糧集めをコボルトやゴブリンらに命じた。
そして、全軍の総大将である王女に、いかにも魔界製の重厚な甲冑を送った。魔王を継いで魔王城の宝物庫を覗いた時、見た目がいかにも魔界っぽくて凶悪過ぎて人間たちの略奪対象にならなかった武具を見つけて、触手の塊である俺は着れないから、代わりに総大将の皇女に譲ったのだ。
そうして、着々と人間界への進軍の準備を整えていたとき、人間界に帰した者たちが、家族や知り合いなど連れて数組戻ってきた。彼らは、戦に巻き込まれるのを恐れて、魔界に匿って欲しいと小さな軍師を頼って来たようだ。
だが、小さな軍師は迷って俺に相談した。
「彼らは自分たちの意志で人間界に帰った者たちです。魔界が保護する義理はありません」
「だが、頼ってきた者を無下にしては俺の評判が落ちる。今までの魔王とは違うというところも見せたいので、手厚く保護してやってくれ。賢者の助けた者たちが作った村があろう、そこに放り込めばよかろう」
人間どもの魔界撤退戦で、賢者に助けられた人間と魔族たちの作った村は、賢者を尊敬し、魔界の中で人間と魔族が共存する唯一の場所だった。
だが、小さな軍師は俺に近付き、耳打ちした。
「なに、それは、本当か」
「私の推測ですが・・・」
「わかった、監視をつけよう」
俺は軍師の進言に従うことにした。
そして、人間界への出陣が近づいたある夜、彼らは行動を起こした。
与えられた家を抜け出して、千翼城に忍び込もうとした。が、黒い影が、彼らの前に舞い降りる。
「ああ、よかった、動き出さず、空振りになるかと心配だったけど、見張っておいて大正解だったみたいね」
吸血鬼の姫が、その口元の牙を二ッと見せる。
彼らが魔界に保護を求めた日、軍師は魔界に助けを求めるのは不自然と俺に進言した。しかも、連れて来たという家族らに、女や子供が少なく。もし、保護を求めるなら、女子供が少ないのは不自然だと。
吸血鬼の姫が行く手を塞ぎ、グルルと、吸血鬼の下僕である人狼たちが牙をむいて彼らを取り囲んでいた。
遅れて、俺も触手を揺らしながら駆け付けた。
「さて、勇者か王女の寝込みでも襲うつもりだったのか?」
俺は問いかけたが、彼らは悔しそうにするだけで沈黙した。
「何も答えないなら、今すぐ、ここで皆殺しにするわよ」
吸血鬼の姫が、その本性をさらすように彼らを睨んだ。
「本物の家族が捕らえられているんだ。勇者か王女を殺さないと俺たちの家族が殺される!」
「なに? もしかして、本物の家族を人質にされて、命令されているのか・・・」
俺は少し彼らに同情した。家族を心配して人間界に戻ってみたら、その家族を人質に取られて、言うことを聞かされる。昔のマフィア映画とかで、よくあるベタなシチュエーションだと思った。
敵である皇帝が狡猾なのか、それとも、人間界に帰した者の中に彼らの家族を人質にして何か手柄を立てようとした卑怯者がいたのか。
「ならば、その人質となった家族を救い出せば、問題はないな」
「えっ・・・」
「お前らの家族を、この魔王自らが救ってやると約束しておるのだ。素直に喜べ」
一応、彼らを、拘束し、俺はすぐに軍師に彼らの家族を救いに人間界に行くと話した。彼らの家族は、門の近くの砦にとらえられているらしく、赤備えを仕切る帝国のおっさんが、案内を買ってでた。
「人間界に本格的に攻め込む前の前哨戦だ。人間界の空気も感じておきたかったしな」
人質救出は、門の近くのその砦に詳しい赤備えの兵士らと、俺と吸血鬼の姫と数匹の人狼とで向かった。
下手に時間を掛けて彼らが失敗したことが悟られたら、人質の命が危ないと、速攻で行われることになった。
魔族を奴隷として収監していたあの収監所を攻略したときと同じように、姫に俺を空から中に放り込んでもらい、中で暴れて、内側から門を開けて、赤備えの兵を中に招き入れて、人質解放。俺が触手で殺したのは、偉そうな態度で兵たちを指揮し、家族を人質にして彼らを操った男だけだった。
人間界で吸血鬼の苦手な太陽が昇る前に人質を解放し、俺は魔界に戻った。千翼城襲撃阻止、人質救出、すべて一晩で済ませた。
さらに、軍師は、これを好機とみて、俺と入れ違うように人間界へ出陣し、その砦を制圧し、門の出入口を魔王軍の支配下においた。
あっけない戦いだったが、こちらに犠牲はなく、完全勝利だった。
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