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魔王軍総大将ジャーナ・大地母神ギナ降臨
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団長は街に向かうとすぐに赤備えの団員たちと合流した。副長が指揮を執り、ギルド長に任された街の門の死守を行っていた。
「団長」
人狼に跨ったその姿を見て、副長はつい泣きそうな表情を浮かべていた。
「みんな、無事かい?」
「はい、数名負傷しましたが、後方に下がらせて治療させております」
それを聞き、団長は聖女様を見た。
「頼めるかい?」
「はい、負傷者は、いまどこに?」
「神殿に、すべての負傷者を運んでおります。傷の手当は神殿の皆様が」
副長の言葉を聞き、聖女様は人狼に跨ったまま街の神殿に向かった。
女剣士も人狼からおりて、団長たちに加わり、前線に立つことにした。
聖女様が神殿に向かい、女剣士が団長たちとともに戦うことにし、獣人娘は自分のオヤジを探しに向かった。
それぞれが分かれて行動を始めた。
団長と女剣士を下ろした人狼は、ご主人様のいる敵本陣目指して敵に突っ込んでいた。
聖女様を乗せた人狼は神殿に向い、街中を走る人狼にビックリされたが、聖女様を乗せているので、攻撃されることなく無事に神殿についた。
神殿は、完全に野戦病院と化していた。魔物にやられた者たちが次々と運び込まれ、治癒魔法の使えない聖女見習い
の少女たちも包帯を巻いたりして負傷者の治療に駆り出されていた。
「い、痛い・・・」
「うわぁ、た、助けてくれ・・・」
「死、死ぬぅうう・・・・」
痛みで呻く者たちの声が、聖女様の耳に届く。その中でも、特に大きな悲痛な少女の叫びがした。
「誰か、治癒魔法を! 手伝って! 手伝って!」
視線を向けると、まだ見習いで負傷者の傷口を手で押さえることしかできない幼い少女が必死で叫んでいた。だが、その場で治癒魔法を使える者たちは自分の診ている重傷者の傷を癒すので手一杯で、その叫びに答えられる者はなく、その叫んでいる少女を仲間の見習い少女がそっともうやめるように諭す。実際、その少女が傷口を押さえていた冒険者は目を閉じて虫の息で、もう助かりそうには見えなかった。
その光景に思わず聖女様は神に祈った。
ここにいる人たちすべて助けたいと純粋に願った。
自分が触れれば、幾人かは助かるだろう。だが、この場にいる全員を助けるほどの力はないからと神に頼った。
すると奇跡が起きた。彼女の身体が二つに分かれるように神々しい別の女性が顕現した。
「他人のために、そこまで真摯に祈れるとは、それには神として、ちゃんと応えないとね」
神々しく光る女性は、ちょっと軽い口調で聖女に言った。
降臨された女神は、周りが驚くのも構わず、その力を周りに振りまいた。彼女の放つ光に照らされた負傷者たちの傷がみるみる癒えていく、聖女様は自分の祈りに応えてくれた神々しい女神に唖然としていた。
そして、その神々しく光る女性は、その必死で叫んでいた少女にそっと近づいた。
「その、何としても助けたいという想い、その血で汚れた手と今日のこと一生忘れないでね。そういう想いが、私をここに呼んだのよ。分かる?」
突然のことに見習いの少女はポカンとしていたが、彼女に傷を押さえるのをやめるように言っていた別の見習い少女が、ハッとする。
「大地母神ギナ様・・・」
「え、なに・・・」
傷口を押さえられて、死んだように動かなかったその冒険者もハッと目を覚ました。
「これでいいわね・・・、さて、もう一言、仕事しますか」
神々しく降臨した彼女は、静かに使徒らに話し掛けた。
「この地に集う、我が愛しき子らよ、今宵、この私の力を少し分け与えます。夜が明けるまでのわずかな間、ちょっとや、そっとでは死にませんから、守るべき者、愛すべき者たちのために命をかけて戦いなさい」
その言葉は、彼女を崇拝することを示す稲穂を模したペンダントを通じて、彼女の使徒らに伝わった。
「大地母神様・・・」
神殿の最高責任者である大神官様が、慌ててその場に現れて、彼女の前で跪いた。
「あら、随分と遅かったですね。しかも、随分と奇麗な服で」
彼女の声はどこか皮肉っぽかった。
「まだ未熟な子らが血まみれで頑張っているときにあなたは何をしていたのです?」
彼女は、わざとらしく、見習い少女らと神官を見比べた。すると神官は恐縮すように言い訳を始めた。
「いえ、その、いざとなったら、この街の住民をみな安全に逃がすための準備を」
「みなというのは、もちろん、ここで負傷していた者たちもですよね。まさか傷付いた者たちを置いて、自分たちだけで逃げようとしてませんでしたか」
「・・・」
女神の指摘に大神官は口ごもった。
「服が汚れるのが嫌なら、そなたに私の力は不要でしょう。私の力は、そこの手が血で汚れている子にこそ相応しい」
そう言って女神は神官を指差し、その指を先ほどまで必死に叫んでいた幼い少女に向けた。
「これであなたの力は、そこの子に渡しました。また私の力を授かりたいのなら一から修業し直しなさい」
大神官は、自分の内から聖なる力が消えたのを自覚して肩を落とし、手を血で汚したままの見習い少女は、自分に見習い以上の聖なる力を授かったことを悟った。
「これで、誰かに頼らず、ひとを癒せますよ」
女神はそう言って見習い少女に笑い掛け、最後に、聖女に近づいた。
「あなたが力を得たのは神の実を食べたからだけではありません、真摯に修練を重ねていたあなたにはそれを受け取れるだけの器があったのです。さて、あなたの願い通り、ここの者たちの傷は癒しました。他に願いはありますか」
「いえ、もう十分です。ありがとうございました、女神様」
「そう、分かったわ。私があまり介入すると他の神がうるさいから。あとは自分たちで頑張りなさい」
聖女や見習い少女らが首を垂れ、再び顔を上げたときには女神は消えていた。
そして、先ほどまで死にかけていた冒険者たちがいらなくなった包帯を自分の手ではずし、戦いに戻って行った。
それを見送ると聖女は皆に指示を出した。
「食事の用意を、次はみな腹ペコで戻って来るはず、炊き出しの用意を」
「は、はい・・・」
見習いの少女も、他の神官らも女神と会話した特別な聖女の言葉に従った。
冒険者と同行していたので聖女様は、次に何が必要か分かっていた。
見習い少女たちが炊き出しの準備をするそばで茫然としている大神官を、誰も気に留めなかった。
街の女性たちも集まってきて、炊き出しの手伝いをしてくれた。
そのころ、獣人娘のオヤジさんは、前線で奥さんと一緒に戦っていた。
「ちょっと、あんた、運動不足なんじゃないの?」
息切れを始めていた旦那さんを、奥さんが叱咤する。
「そっちこそ、家事ばっかりで、昔の鋭さがなくなったんじゃないのか」
獣人夫婦は、元々冒険者同士で、娘ができたから奥さんだけ冒険者を引退した夫婦だった。
それでも、二人は息の合ったコンビネーションで、小鬼のゴブリンや豚頭のオークたちを押し返していた。
「しかし、うちのギルドもちょっと見ない間に質が落ちたんじゃない」
一緒に戦っていたはずの他の冒険者の数が確実に減っているのを奥さんは嘆いていた。
「無理言うな。俺たちだって、こうして魔王軍と戦うのは初めてなんだ、今の若い奴らがついてこれねぇのは、しょうがねぇだろ」
獣人のおっさんはベテランだが、ゴブリンの群れ百匹が最大だった。それをはるかに越える組織だった数を相手にするのは初めてだった。
が、その攻撃が少し緩んだ。何か敵の後方で起きているのか戸惑うように少し攻撃の手が弱まる。
「ふぅ、ようやく、向こうさんも息切れか」
おっさんは、一息つくようにため息を吐いた。
「ん、この臭い・・・」
「あら、あの子、街に戻ってきちゃったみたいね」
夫婦そろって娘の臭いを感じていた。
「やれやれ、そのまま逃げていればいいものを」
「しょうがないわよ、頭の悪いあなたの子ですもの」
「ま、少なくとも、無事で何より・・・」
敵が引くのと入れ違うように娘の臭いが近づいてくるのを夫婦は感じていた。
さすがに、娘が吸血鬼と同行し、その吸血鬼が敵の本陣に突っ込んで、敵が混乱して後退したということまでは分からなかった。
「ん?」
長年の経験のカンというものだろうか、おっさんは咄嗟に妻を突き飛ばし、自分も横に跳んでいた。
間一髪、地面を突き破ってオオムカデが、二人のいた地面の下から飛び出してきた。
地中からの奇襲に失敗したが、オオムカデは、地上に出ると、その無数の足で素早く這っておっさんを狙った。
が、いきなり現れた獣人娘が、それを蹴り上げひっくり返し、地面の上でのたうつ間に、頭を爪で撥ねた。
それ一匹ではなく、二匹、三匹と穴から出て来たが、それは、おっさんと奥さんが仕留めた。
「あれ、危機一髪をかっこよく助けたつもりだったけど、手伝いなんていらなかった、お母さん?」
三匹全部ひとりで倒すつもりでいた獣人娘は、ちょっと残念そうに言った。神の実の力で感覚が研ぎ澄まされ、地中の物音もしっかり感じ取り、オヤジさんが狙われていると知り、オヤジの目の前で今の実力を見せつけるチャンスと思っていたのに、自分が仕留めたのは一匹だけとなってしまったので、ちょっと残念そうな顔をしていた。
「一人で、ここまで来たのか」
街は魔王軍に包囲されていたはずである。それなのに、ここに来るなんて、相当無理したのではとオヤジさんは心配した。それに、娘が全くの別人に見えた。神の実を食べたことで、普通の獣人の何倍も感覚が研ぎ澄まされ、感覚が研ぎ澄まされたことで動きに無駄がなくなり、それを駆使して、吸血鬼の城の近くやここに来るまでの間に魔物をたくさん狩ったので、別人に感じられるほど成長していた。
「もちろん、私、ひとりじゃないよ。頼もしい援軍が、今、敵のど真ん中に突っ込んでいるから」
獣人娘がニタリと笑い、負傷して後方に下がっていた冒険者が前線に戻ってくる頃、敵の本陣では、俺たちが殺戮の真っ最中だった。魔王軍の本陣は金棒を持った屈強そうな大鬼のオーガが取り囲むように守っていたが、伸ばした触手で、そのオーガをぽいぽいと投げ捨てながら、吸血鬼とともに戦った。彼女は強かった。吸血鬼は振り下ろされたオーガの金棒を、その細腕で軽々受け止め、金棒を奪い、逆にオーガの顔面に振り下ろして顔面を陥没させて倒していた。しかも、彼女は魔王軍に属していたオオコウモリたちを一にらみで服従させ、仲間だったオオネズミなどを襲わせていた。さらに本陣には半人半馬で甲冑を付けた、いかにも武人ぽい魔族もいたが、その馬の脚の部分を掴んで、ブンブンと振り回し、別の半人半馬にぶつけて顔面同士でぶつかった半人半馬の頭蓋骨の砕ける鈍い音と真っ赤な鮮血が辺りに飛び散っていた。吸血鬼は次々と本陣にいた猛者たちを素手で容赦なく殺しまくっていた。ある者は顔面を無慈悲に殴りつぶされ、ある者は心臓を手刀で貫かれ大穴を身体に開けられ絶命していた。
俺も触手で頑張っていたが、夜の闇夜に暴れる吸血鬼は俺以上に敵を殺戮して死体に変えていた。
その手は魔物の血で真っ赤で、辺りは魔族の血肉の臭いでむせるようだった。俺たちを運んできた人狼たちも、彼らの御主人様が取りこぼした雑魚を狩っていた。気が付けば、夜空には、美しい月が浮かび、その殺戮ショーに花を添えていた。
強い。いくら、彼らが本領を発揮する夜とはいえ、強過ぎじゃないかと。俺はちょっと自分が、お邪魔のようにも
思えた。
そして、周りにほとんど動くものがいなくなり、血まみれの吸血鬼の背後に執事服を着た美麗な人狼が控えて静かに立っていた。しかも人狼の一匹は人の姿で四つん這いになり、吸血鬼の椅子として、ご主人様を座らせていた。
そんな彼らの頭上を。吸血鬼の勝利を祝うようにオオコウモリが舞っていた。
「さすが、鮮血女王。血まみれ伝説は健在ということかしら・・・」
悔しそうに、だが、こうなることを予想していたような女の声が響いた。本陣の奥にいた大きな影がヌッと動く。
魔族のことには詳しくないが、その半身半蛇の巨体を見た瞬間、こいつが敵の大将だと俺にも分かった。身体は大きく蛇の半身だが、顔は美人だった。
恐ろしい存在だが美しいのは吸血鬼も同じで、手についた鮮血をぺろりと舐めてから、ゆっくりと人狼椅子から立ち上がりそいつと対峙した。
「鮮血女王とは、懐かしい呼び名を覚えている者が、まだ生きているとはね。しかも、部下が殺されるのを黙って観ていたとわ、ご立派ね」
不老不死の鮮血女王がその名にふさわしく、手についた血をなめながら嘲笑う。
「ふふふ、これだけの血の臭いを嗅ぐのは、本当に久しぶり」
鮮血女王様が二ッと、まだ生き残っていた敵の大将に吸血姫の牙を見せつける。
「さて、次はあなたの血の臭いを嗅がせてもらえるかしら」
「血にまみれるのは貴様だ」
シャーと蛇の下半身が素早く動いて、一瞬で吸血鬼に巻き付いた。
「死ねっ!」
蛇は獲物に巻き付きその骨を砕いてから丸飲みする。彼女の骨もすべて砕いて血祭りにするつもりだったのだろうが、巻き付かれた吸血鬼は飄々として余裕だった。人狼たちも慌てず、ご主人様を見守っている。
「ぬるい縛りね。こんなんじゃ気持ちよくなれないわね」
吸血鬼が力任せに両腕をバッと広げてその巻き付く蛇の半身を引きちぎった。
「ひっ」
血が飛び散った。千切れた蛇の胴体が地面でピクピク跳ねていた。頭のある上半身が、慌てて這うように逃げようとしたが、その頭を鮮血女王はがっしり掴んでいた。
「どこに逃げるつもり」
「ひ、ひぃぃ・・は、離せ」
下半身をなくし、戦意を喪失しているようだった。
「あらあら、先に仕掛けて来たのはそっちでしょ」
「それは、魔王様の命令で、仕方なく・・・」
「魔王のせい? 私が鮮血女王と呼ばれてると知ってたのに? 私を討って名を上げたかったんでしょ、あなた?」
どうやら、自分が負けるとは思っていなかったようだ。この様子では、やられた時、共倒れする呪法など用意していないだろう。
「い、いえ、その申し訳ありません」
吸血鬼の目が怖かった。冷たく、無慈悲に容赦なく、その下半身を失った敵将を無残に殺せそうだった。
「あらあら、鮮血女王の名を知っていながら、命乞いできると?」
彼女はギリギリとつかんだ頭に握力を加えていた。卵を握りつぶすより簡単に頭蓋骨が砕けるだろう。
「い、痛い、痛い、本当に、お、お許し、お許しください」
「あらま、本気で降参? 残念、しっぽだけでなく、両腕も引きちぎって上げようと思ってたのに、あとはあんたに任せる」
興味を失ったように吸血鬼は俺を見て、その頭から手を離していた。
「降参するなら、全軍攻撃中止の命令を」
吸血鬼から任されて俺は触手を伸ばし、その敵将の首筋を触手で撫でた。
「ひっ」
下半身のない彼女は、それだけでビビっていた。
「今からあんたの生首をさらして、この戦はお前らの負けだって全軍に伝えようか。それとも、自分で攻撃中止命令を出すか、どっちがいい?」
「わ、分かった、分かった。全軍、攻撃中止、後退せよ! 停戦せよ!!」
下半身を失った敵将は、戦場全体に伝わるような大声で停戦の号令を出していた。
「団長」
人狼に跨ったその姿を見て、副長はつい泣きそうな表情を浮かべていた。
「みんな、無事かい?」
「はい、数名負傷しましたが、後方に下がらせて治療させております」
それを聞き、団長は聖女様を見た。
「頼めるかい?」
「はい、負傷者は、いまどこに?」
「神殿に、すべての負傷者を運んでおります。傷の手当は神殿の皆様が」
副長の言葉を聞き、聖女様は人狼に跨ったまま街の神殿に向かった。
女剣士も人狼からおりて、団長たちに加わり、前線に立つことにした。
聖女様が神殿に向かい、女剣士が団長たちとともに戦うことにし、獣人娘は自分のオヤジを探しに向かった。
それぞれが分かれて行動を始めた。
団長と女剣士を下ろした人狼は、ご主人様のいる敵本陣目指して敵に突っ込んでいた。
聖女様を乗せた人狼は神殿に向い、街中を走る人狼にビックリされたが、聖女様を乗せているので、攻撃されることなく無事に神殿についた。
神殿は、完全に野戦病院と化していた。魔物にやられた者たちが次々と運び込まれ、治癒魔法の使えない聖女見習い
の少女たちも包帯を巻いたりして負傷者の治療に駆り出されていた。
「い、痛い・・・」
「うわぁ、た、助けてくれ・・・」
「死、死ぬぅうう・・・・」
痛みで呻く者たちの声が、聖女様の耳に届く。その中でも、特に大きな悲痛な少女の叫びがした。
「誰か、治癒魔法を! 手伝って! 手伝って!」
視線を向けると、まだ見習いで負傷者の傷口を手で押さえることしかできない幼い少女が必死で叫んでいた。だが、その場で治癒魔法を使える者たちは自分の診ている重傷者の傷を癒すので手一杯で、その叫びに答えられる者はなく、その叫んでいる少女を仲間の見習い少女がそっともうやめるように諭す。実際、その少女が傷口を押さえていた冒険者は目を閉じて虫の息で、もう助かりそうには見えなかった。
その光景に思わず聖女様は神に祈った。
ここにいる人たちすべて助けたいと純粋に願った。
自分が触れれば、幾人かは助かるだろう。だが、この場にいる全員を助けるほどの力はないからと神に頼った。
すると奇跡が起きた。彼女の身体が二つに分かれるように神々しい別の女性が顕現した。
「他人のために、そこまで真摯に祈れるとは、それには神として、ちゃんと応えないとね」
神々しく光る女性は、ちょっと軽い口調で聖女に言った。
降臨された女神は、周りが驚くのも構わず、その力を周りに振りまいた。彼女の放つ光に照らされた負傷者たちの傷がみるみる癒えていく、聖女様は自分の祈りに応えてくれた神々しい女神に唖然としていた。
そして、その神々しく光る女性は、その必死で叫んでいた少女にそっと近づいた。
「その、何としても助けたいという想い、その血で汚れた手と今日のこと一生忘れないでね。そういう想いが、私をここに呼んだのよ。分かる?」
突然のことに見習いの少女はポカンとしていたが、彼女に傷を押さえるのをやめるように言っていた別の見習い少女が、ハッとする。
「大地母神ギナ様・・・」
「え、なに・・・」
傷口を押さえられて、死んだように動かなかったその冒険者もハッと目を覚ました。
「これでいいわね・・・、さて、もう一言、仕事しますか」
神々しく降臨した彼女は、静かに使徒らに話し掛けた。
「この地に集う、我が愛しき子らよ、今宵、この私の力を少し分け与えます。夜が明けるまでのわずかな間、ちょっとや、そっとでは死にませんから、守るべき者、愛すべき者たちのために命をかけて戦いなさい」
その言葉は、彼女を崇拝することを示す稲穂を模したペンダントを通じて、彼女の使徒らに伝わった。
「大地母神様・・・」
神殿の最高責任者である大神官様が、慌ててその場に現れて、彼女の前で跪いた。
「あら、随分と遅かったですね。しかも、随分と奇麗な服で」
彼女の声はどこか皮肉っぽかった。
「まだ未熟な子らが血まみれで頑張っているときにあなたは何をしていたのです?」
彼女は、わざとらしく、見習い少女らと神官を見比べた。すると神官は恐縮すように言い訳を始めた。
「いえ、その、いざとなったら、この街の住民をみな安全に逃がすための準備を」
「みなというのは、もちろん、ここで負傷していた者たちもですよね。まさか傷付いた者たちを置いて、自分たちだけで逃げようとしてませんでしたか」
「・・・」
女神の指摘に大神官は口ごもった。
「服が汚れるのが嫌なら、そなたに私の力は不要でしょう。私の力は、そこの手が血で汚れている子にこそ相応しい」
そう言って女神は神官を指差し、その指を先ほどまで必死に叫んでいた幼い少女に向けた。
「これであなたの力は、そこの子に渡しました。また私の力を授かりたいのなら一から修業し直しなさい」
大神官は、自分の内から聖なる力が消えたのを自覚して肩を落とし、手を血で汚したままの見習い少女は、自分に見習い以上の聖なる力を授かったことを悟った。
「これで、誰かに頼らず、ひとを癒せますよ」
女神はそう言って見習い少女に笑い掛け、最後に、聖女に近づいた。
「あなたが力を得たのは神の実を食べたからだけではありません、真摯に修練を重ねていたあなたにはそれを受け取れるだけの器があったのです。さて、あなたの願い通り、ここの者たちの傷は癒しました。他に願いはありますか」
「いえ、もう十分です。ありがとうございました、女神様」
「そう、分かったわ。私があまり介入すると他の神がうるさいから。あとは自分たちで頑張りなさい」
聖女や見習い少女らが首を垂れ、再び顔を上げたときには女神は消えていた。
そして、先ほどまで死にかけていた冒険者たちがいらなくなった包帯を自分の手ではずし、戦いに戻って行った。
それを見送ると聖女は皆に指示を出した。
「食事の用意を、次はみな腹ペコで戻って来るはず、炊き出しの用意を」
「は、はい・・・」
見習いの少女も、他の神官らも女神と会話した特別な聖女の言葉に従った。
冒険者と同行していたので聖女様は、次に何が必要か分かっていた。
見習い少女たちが炊き出しの準備をするそばで茫然としている大神官を、誰も気に留めなかった。
街の女性たちも集まってきて、炊き出しの手伝いをしてくれた。
そのころ、獣人娘のオヤジさんは、前線で奥さんと一緒に戦っていた。
「ちょっと、あんた、運動不足なんじゃないの?」
息切れを始めていた旦那さんを、奥さんが叱咤する。
「そっちこそ、家事ばっかりで、昔の鋭さがなくなったんじゃないのか」
獣人夫婦は、元々冒険者同士で、娘ができたから奥さんだけ冒険者を引退した夫婦だった。
それでも、二人は息の合ったコンビネーションで、小鬼のゴブリンや豚頭のオークたちを押し返していた。
「しかし、うちのギルドもちょっと見ない間に質が落ちたんじゃない」
一緒に戦っていたはずの他の冒険者の数が確実に減っているのを奥さんは嘆いていた。
「無理言うな。俺たちだって、こうして魔王軍と戦うのは初めてなんだ、今の若い奴らがついてこれねぇのは、しょうがねぇだろ」
獣人のおっさんはベテランだが、ゴブリンの群れ百匹が最大だった。それをはるかに越える組織だった数を相手にするのは初めてだった。
が、その攻撃が少し緩んだ。何か敵の後方で起きているのか戸惑うように少し攻撃の手が弱まる。
「ふぅ、ようやく、向こうさんも息切れか」
おっさんは、一息つくようにため息を吐いた。
「ん、この臭い・・・」
「あら、あの子、街に戻ってきちゃったみたいね」
夫婦そろって娘の臭いを感じていた。
「やれやれ、そのまま逃げていればいいものを」
「しょうがないわよ、頭の悪いあなたの子ですもの」
「ま、少なくとも、無事で何より・・・」
敵が引くのと入れ違うように娘の臭いが近づいてくるのを夫婦は感じていた。
さすがに、娘が吸血鬼と同行し、その吸血鬼が敵の本陣に突っ込んで、敵が混乱して後退したということまでは分からなかった。
「ん?」
長年の経験のカンというものだろうか、おっさんは咄嗟に妻を突き飛ばし、自分も横に跳んでいた。
間一髪、地面を突き破ってオオムカデが、二人のいた地面の下から飛び出してきた。
地中からの奇襲に失敗したが、オオムカデは、地上に出ると、その無数の足で素早く這っておっさんを狙った。
が、いきなり現れた獣人娘が、それを蹴り上げひっくり返し、地面の上でのたうつ間に、頭を爪で撥ねた。
それ一匹ではなく、二匹、三匹と穴から出て来たが、それは、おっさんと奥さんが仕留めた。
「あれ、危機一髪をかっこよく助けたつもりだったけど、手伝いなんていらなかった、お母さん?」
三匹全部ひとりで倒すつもりでいた獣人娘は、ちょっと残念そうに言った。神の実の力で感覚が研ぎ澄まされ、地中の物音もしっかり感じ取り、オヤジさんが狙われていると知り、オヤジの目の前で今の実力を見せつけるチャンスと思っていたのに、自分が仕留めたのは一匹だけとなってしまったので、ちょっと残念そうな顔をしていた。
「一人で、ここまで来たのか」
街は魔王軍に包囲されていたはずである。それなのに、ここに来るなんて、相当無理したのではとオヤジさんは心配した。それに、娘が全くの別人に見えた。神の実を食べたことで、普通の獣人の何倍も感覚が研ぎ澄まされ、感覚が研ぎ澄まされたことで動きに無駄がなくなり、それを駆使して、吸血鬼の城の近くやここに来るまでの間に魔物をたくさん狩ったので、別人に感じられるほど成長していた。
「もちろん、私、ひとりじゃないよ。頼もしい援軍が、今、敵のど真ん中に突っ込んでいるから」
獣人娘がニタリと笑い、負傷して後方に下がっていた冒険者が前線に戻ってくる頃、敵の本陣では、俺たちが殺戮の真っ最中だった。魔王軍の本陣は金棒を持った屈強そうな大鬼のオーガが取り囲むように守っていたが、伸ばした触手で、そのオーガをぽいぽいと投げ捨てながら、吸血鬼とともに戦った。彼女は強かった。吸血鬼は振り下ろされたオーガの金棒を、その細腕で軽々受け止め、金棒を奪い、逆にオーガの顔面に振り下ろして顔面を陥没させて倒していた。しかも、彼女は魔王軍に属していたオオコウモリたちを一にらみで服従させ、仲間だったオオネズミなどを襲わせていた。さらに本陣には半人半馬で甲冑を付けた、いかにも武人ぽい魔族もいたが、その馬の脚の部分を掴んで、ブンブンと振り回し、別の半人半馬にぶつけて顔面同士でぶつかった半人半馬の頭蓋骨の砕ける鈍い音と真っ赤な鮮血が辺りに飛び散っていた。吸血鬼は次々と本陣にいた猛者たちを素手で容赦なく殺しまくっていた。ある者は顔面を無慈悲に殴りつぶされ、ある者は心臓を手刀で貫かれ大穴を身体に開けられ絶命していた。
俺も触手で頑張っていたが、夜の闇夜に暴れる吸血鬼は俺以上に敵を殺戮して死体に変えていた。
その手は魔物の血で真っ赤で、辺りは魔族の血肉の臭いでむせるようだった。俺たちを運んできた人狼たちも、彼らの御主人様が取りこぼした雑魚を狩っていた。気が付けば、夜空には、美しい月が浮かび、その殺戮ショーに花を添えていた。
強い。いくら、彼らが本領を発揮する夜とはいえ、強過ぎじゃないかと。俺はちょっと自分が、お邪魔のようにも
思えた。
そして、周りにほとんど動くものがいなくなり、血まみれの吸血鬼の背後に執事服を着た美麗な人狼が控えて静かに立っていた。しかも人狼の一匹は人の姿で四つん這いになり、吸血鬼の椅子として、ご主人様を座らせていた。
そんな彼らの頭上を。吸血鬼の勝利を祝うようにオオコウモリが舞っていた。
「さすが、鮮血女王。血まみれ伝説は健在ということかしら・・・」
悔しそうに、だが、こうなることを予想していたような女の声が響いた。本陣の奥にいた大きな影がヌッと動く。
魔族のことには詳しくないが、その半身半蛇の巨体を見た瞬間、こいつが敵の大将だと俺にも分かった。身体は大きく蛇の半身だが、顔は美人だった。
恐ろしい存在だが美しいのは吸血鬼も同じで、手についた鮮血をぺろりと舐めてから、ゆっくりと人狼椅子から立ち上がりそいつと対峙した。
「鮮血女王とは、懐かしい呼び名を覚えている者が、まだ生きているとはね。しかも、部下が殺されるのを黙って観ていたとわ、ご立派ね」
不老不死の鮮血女王がその名にふさわしく、手についた血をなめながら嘲笑う。
「ふふふ、これだけの血の臭いを嗅ぐのは、本当に久しぶり」
鮮血女王様が二ッと、まだ生き残っていた敵の大将に吸血姫の牙を見せつける。
「さて、次はあなたの血の臭いを嗅がせてもらえるかしら」
「血にまみれるのは貴様だ」
シャーと蛇の下半身が素早く動いて、一瞬で吸血鬼に巻き付いた。
「死ねっ!」
蛇は獲物に巻き付きその骨を砕いてから丸飲みする。彼女の骨もすべて砕いて血祭りにするつもりだったのだろうが、巻き付かれた吸血鬼は飄々として余裕だった。人狼たちも慌てず、ご主人様を見守っている。
「ぬるい縛りね。こんなんじゃ気持ちよくなれないわね」
吸血鬼が力任せに両腕をバッと広げてその巻き付く蛇の半身を引きちぎった。
「ひっ」
血が飛び散った。千切れた蛇の胴体が地面でピクピク跳ねていた。頭のある上半身が、慌てて這うように逃げようとしたが、その頭を鮮血女王はがっしり掴んでいた。
「どこに逃げるつもり」
「ひ、ひぃぃ・・は、離せ」
下半身をなくし、戦意を喪失しているようだった。
「あらあら、先に仕掛けて来たのはそっちでしょ」
「それは、魔王様の命令で、仕方なく・・・」
「魔王のせい? 私が鮮血女王と呼ばれてると知ってたのに? 私を討って名を上げたかったんでしょ、あなた?」
どうやら、自分が負けるとは思っていなかったようだ。この様子では、やられた時、共倒れする呪法など用意していないだろう。
「い、いえ、その申し訳ありません」
吸血鬼の目が怖かった。冷たく、無慈悲に容赦なく、その下半身を失った敵将を無残に殺せそうだった。
「あらあら、鮮血女王の名を知っていながら、命乞いできると?」
彼女はギリギリとつかんだ頭に握力を加えていた。卵を握りつぶすより簡単に頭蓋骨が砕けるだろう。
「い、痛い、痛い、本当に、お、お許し、お許しください」
「あらま、本気で降参? 残念、しっぽだけでなく、両腕も引きちぎって上げようと思ってたのに、あとはあんたに任せる」
興味を失ったように吸血鬼は俺を見て、その頭から手を離していた。
「降参するなら、全軍攻撃中止の命令を」
吸血鬼から任されて俺は触手を伸ばし、その敵将の首筋を触手で撫でた。
「ひっ」
下半身のない彼女は、それだけでビビっていた。
「今からあんたの生首をさらして、この戦はお前らの負けだって全軍に伝えようか。それとも、自分で攻撃中止命令を出すか、どっちがいい?」
「わ、分かった、分かった。全軍、攻撃中止、後退せよ! 停戦せよ!!」
下半身を失った敵将は、戦場全体に伝わるような大声で停戦の号令を出していた。
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