失恋ってフッた側も失恋になるの?

砂詠 飛来

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エピソード1 漫画貸出の男【修理業・K氏】

②進まぬ関係

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「すこし、考えさせてほしい」

 困り顔の彼の横顔はいまでも覚えている。

 困らせたのは私だ。

 ついに告白をした。

 ごめん、と開口一番に断られるよりはマシだ。

 望みがある。

 結果、ダメだったとして、すこしでも私のことを考えてくれたことになる。

 いまがダメでも、いつか私に振り向かせてみせる。

 それくらいの意気込みでいた。

 彼のことは、本気だったから。

 いつまで待てばいいだろう、と翌朝ベッドのなかでぼんやりと考えた。

 枕元からずり落ちたスマホがけたたましいアラーム音と一緒に震えているのが判る。

 その日の仕事は、とくに手につかないということもなく、上司への憎しみでなんとか乗り切った。

 自分の車に乗り込んでスマホを確認すると、彼からLINEが来ていた。

 思いのほか、早い。

「付き合おうか」

 とても短いけれど、とてもとても嬉しいメッセージが私を仕事の疲れから癒してくれた。

 私はすぐに電話をして、改めて彼の声で結果を聞いて、嬉しくて嬉しくて、これが恋かと改めてドキドキした。

 高校時代の先輩とのあれは恋愛と呼ぶにはかなり青臭く、社会人になってからのさまざまな男女関係は恋愛ではなく、ただホテルに行くだけの付き合いだった。

 正直、自分には男運は無いと思っていた。

 だけど、今回は違うかもしれない。

 私もちゃんと恋ができる――はずだ。

 少女漫画のような恋愛を夢見ていた過去の自分に言ってやりたい。

 そんな幻想は、抱くだけ無駄だと。

 いまでも映画や乙女ゲームのようなときめく体験は憧れではあるが、頭のなかお花畑な少女漫画は卒業した。

 〝男の言う付き合ってくださいは、セックスさせてくださいとイコールだよ〟

 そうだったとしても、私と彼はいまや恋人どうしなのだ。

 キスをしようがセックスしようが咎められる関係ではない。

 重たかった一歩だが、ようやく踏み出せたのだ。

 私ひとりで悩んでいたことが、これからはふたりで解決できる。

 ――そう、思っていたのに。

 彼氏彼女の関係になったというのに、相変わらずデートの誘いは私からで、行きたいところも日時も曖昧なままデートできない日々が増えた。

 おかしい。私たちは付き合っているのに。

 〝LINEだけのやりとりになってない?〟

 親友の言葉にぐうの音も出なかった。

 確かに、LINEのやりとりばかりで、電話で声を聴いたり、顔を合わせて話す機会がなかった。

 〝やっぱり声を聴くってのは大切だよ。なんなら顔を見るよりも魅力があるね〟

 私だって彼の声を聴きたい。

 でも、彼の仕事の忙しさを知っているから、疲れているということを考えるとなかなか通話ボタンをタップできるずにいるのだ。

 〝恋人なのにそんな気の遣い方ある?〟

 私は、彼の重荷になりたくなかった。

 〝両想いならまだしも、彼を惚れさせるってならすこし手荒でも押してかなきゃ。肉食女子に思われない程度にさ〟

 バレンタインには手作りお菓子を渡したし、家族旅行に行けば彼だけに特別なお土産を買ってきたし、彼の誕生日にもなるべく会おうとした。

 常に、私はあなたのことを想っていますよ、とアピールしてきたつもりだ。

 彼に伝わっているかは、判らないが。

 〝そこだよ。伝わってんのか判らないんだったら、一回ガチで訊いてみちゃえば? 私のどこが好き、って。その前に自分が彼のどこが好きか言わないとだけど〟

 ああもう、私の代わりに親友に恋愛をしてもらいたい、と馬鹿げた考えも出てくるくらいに疲弊してしまっていた。

 付き合うまでが長かったから、いざ恋人関係になったらすこしは状況がマシになるのかと思ったのに、付き合う前よりも彼と会えないというのはどういうことか。

 仕事が忙しくて疲れているのも判る。

 私も忙しくて疲れている。

 でも、だからこそ日々の疲れを癒し合えるような存在じゃないのか。

 こう思っているのは私だけなのか。

 こんな会話すらまともに彼とできないなんて、これは付き合っていると言えるのか。

 どうにかして好きになってもらいたいのに、その機会すら与えられない。

〝自分の好意を堂々と伝えなさいよ〟

 デートしたいし手もつなぎたいし、お誘い以外のやりとりもしたいし、思っていたのとちょっと違ってガッカリしてしまった。

 この時点では、童貞かどうかは判っていなかった。

〝どうしたらいいのか判ってないのかもよ、そいつ。童貞だよきっと〟

 高校時代におとなしそうな女子と付き合っていたという話は聞いたから、すこしは恋愛に耐性があると思っていたのに。

 私の高校時代と同じで、付き合ってみたものの恋人らしいことはなにもしなかった可能性がある。

 だとしても、いまは二十代の男子なんだからそういう性的ななにかに興味が無いことはないはずだ。

 親友の友だちに「女子のパンツはただの布だ」という猛者がいるらしく、そういう特殊な奴がいるという話は聞くが、まさか私の彼もそのタイプだったらどうしたらよいのか。

〝AVは一緒に観て冗談を言い合うくらいの関係がいい〟

 本当にそうだったらどれだけ楽だろうか。

 恋人どうしというのは、なにをしたらよいのか判っていないのだったら、未通女じゃない私がいろいろ教えてやらねばならない。

 でも、どこから教えてよいのかも判らない。

 だからこそ、他愛ない会話でもいいから彼の声を聴きたいのに。
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