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隙間の彼 -屋上編-
誕生日の彼
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誕生日の彼
須堂実幸、冬。
寒さは増すばかりだった。
ひとつ呼吸するたびに、煙草のヤニで汚れた肺へ容赦なく冷たい空気が入り込んでくるのが判る。
「煙草やめたらいいのに」
原瀬は哀れむような表情で僕に向かって言う。本当は哀れみじゃなく、もっと別の感情がこもっているのかもしれない。
「バニラアイス」
僕はいつものように原瀬の袖を引っ張る。
駅近くのコンビニ。
クリスマスを終え、店内はなんだか正月の空気を漂わせていた。
年賀状。ポチ袋。ちいさな鏡餅。
「先生は親戚の子にお年玉とかあげるんですか」
原瀬は、子供向けアニメのキャラクターが描かれたポチ袋を見ながら言った。
「んー。居ないかな。正月は実家に帰らないし」
「そうなんですか」
「だって――」
ふいに原瀬の首筋に顔を近づけ、
「せっかくの休みは君と過ごしたいからね」
声を潜めた。
「!」
瞬時に赤くなる原瀬をしっかりと確認し、アイスクリームが陳列されたケースから260円の、ちょっと高めのバニラアイスをふたつ取り出してレジに向かう。
「さ、帰ろ」
僕は原瀬の袖を引っ張った。
冬休みだというのに、原瀬は毎日のように学校に来ていた。
冬休みだというのに、僕も毎日のように学校に来ていた。
とはいえ、原瀬は学生で僕は教師。僕には仕事もあるし、学校に来るのはあたりまえである。だが、原瀬はなんの用事があるのか、昼過ぎになるといつも生活係の教室に顔を出した。
「補習?」
「いえ。その‥‥委員会の活動を」
そんなもの、強要しないのに。橋本や宮下だって、僕が声をかけないと委員会の仕事になんて来ない。
たまに、橋本が校舎の裏庭で喫煙しながら、池の鯉に餌をやりに来ているのを見かけるが。
それでも、この寒さでは自主的に来ないことのほうが多い。
「寒いのに。いいよ。僕ひとりで済むよ」
僕は冬休み明けのテストの準備をしながら、返答する。実験でさまざまな液体をこぼしてボロボロになった理科の教科書をパラパラとめくる。
「違いますよ、なんで気がつかないんですかまったく‥‥」
すこし不機嫌そうに、原瀬は僕の傍へ寄ってきた。
休みの日にデートなんてできないから‥‥ってことを言いたいんでしょう? 気がついているよ、本当は。ただ、素直に言うのがこわいんだよ。
「なに? いまテストの問題をつくってるんだから、あんまり見ないでよー」
持っていた教科書で、しっし、と追い払う素振りをする。
「先生。今日、誕生日ですよね。28日」
僕の教科書を取りあげ、真剣な表情で原瀬は言う。
「そうだねぇ。クリスマスと一緒くたにされちゃう僕の誕生日」
「一緒くたにしませんから、俺は。ちゃんとお祝いします」
――クリスマスの晩のことを覚えていてくれたのか
「バニラアイスね」
「判ってますよ」
僕は仕事もそこそこに、原瀬と教室を出て、いつものコンビニへと向かったのだった。
***
つい先日、初めて僕の部屋に来たばかりだというのに、原瀬は部屋の勝手が判っているようで、脱いだコートとカバンを適当なところへ置くと、コンビニの袋を片手にそそくさとキッチンへと消えた。
原瀬が寒いと言ってくると思い、僕は先に暖房をつける。僕は寒くなんかないのに。
僕はリビングのソファに腰かけ、カーテンの隙間から窓の外を窺う。
「今日は雪、降ってないねぇ」
「そうですね」
返事があるとは思っていなくて、驚いた。
原瀬は湯気を漂わせたマグカップをふたつ持って、キッチンから出てきた。
「ねぇ、バニラアイスは」
「寒いでしょう。とりあえずいまは暖まりたいです」
ちらりとエアコンを見た原瀬は、マグを僕に差し出しながら隣に座る。
「ココアです」
「なにそれ子どもみたい」
「先生コーヒー飲めないでしょ。それに、このココアは先生のキッチンにあったんですよ。使いかけでした」
いつのまにか、原瀬に僕のことを知られすぎている気がする。僕から話したことは無いはずなのに、原瀬がいろいろと訊いてくるからつい答えてしまっているのかもしれない。この子といると、ついつい喋ってしまう。
「あ。チキン忘れた」
「は?」
「ほら、クリスマスのときにさ、あのコンビニで買おうかどうか迷ったやつ」
「迷うというより、美味しそうだった、ってだけだったような」
「いちいちうっさいな君は! 君のが歳上みたいだこれじゃあ」
「俺も同じこと言おうと思いました」
世話焼きじみたことを言うくせに、ココアをふうふうと冷ます姿は可愛いのが腹立つ。
僕はココアをテーブルに置き、そのままエアコンのリモコンに手を伸ばす。‥‥暖房を切ってやった。
「なにするんですか」
「僕は寒くない」
「‥‥‥」
原瀬は真顔で僕を見つめ、中身が半分ほどになったマグを置いた。
「判りました」
それだけ言うと、原瀬はコートを掴んで外へ出てしまった。
腹を立てて外に出るなんて、やっぱり原瀬のほうが子どもだ。妙な安堵感。
そして、これが初めてのちゃんとした喧嘩か、と他人事のように考えてしまった。
原瀬が置いていったカバンを見つめ、
「仕事しなきゃ」
ふと、思い立った。
普通のカップルなら、出て行った恋人を追いかけるのだろう。でも僕らは、普通じゃない。
僕は自分のカバンからボロボロの教科書とプリントを取り出し、テスト問題とにらめっこし始めた。
突然のインターホンで起こされた。
いつの間にか眠ってしまい、テーブルの上に教科書やプリントが散らばっている。
もったいないと思い、原瀬が残したココアも飲み干してしまった。
それよりも、インターホン。
まさか、と思った。きっと原瀬だ。この部屋はオートロックだから、鍵を持たずに外に出てしまうと――
僕は急いで玄関へと向かう。
鍵を開けると、やっぱり原瀬だった。外はもう暗い。
「いままでどこに居たの」
原瀬を急いで引き寄せ、部屋のなかへといざなう。
「あれ‥‥」
よほど外で冷えたのか、原瀬は唇を震わせていた。しかし、部屋のなかへ入るとなにかに気がついたようだった。
「あったかい‥‥」
「ココアいれてあげる」
寒がって帰って来るであろう原瀬を思い、暖房をいれておいただなんて知られたくない。恥ずかしい、そんなの。
「あの、先生‥‥」
「ちょっとした諍いで腹を立てて出て行くなんて、こんなに寒いのにどこへ行くつもりだったの」
すこし怒ってみてもいいだろう。心配していたなんて、素直に言えない。それでも、居眠りはしてしまったけれど。
「違います、腹立って出て行ったわけじゃありません」
原瀬は雪の結晶がデザインされた小さな袋をテーブルの上に置いた。教科書とプリントの上に。なにかを持っていたのなんて、気がつかなかった。
「それは?」
「‥‥先生の誕生日ケーキ」
「ケー‥‥?」
驚いて、嬉しくて、それでもなんて言葉にしたらいいか判らなくて、瞬きが多くなる。
「それと、チキン。あのコンビニまでは行かなかったですけど、近いところで買ってきました」
原瀬は、もう片方の手に持っていた袋を差し出した。
「それを買いに、外へ?」
「そうですよ。俺がなにに腹を立てるんですか」
「だって、暖房‥‥」
「そんなことで怒りませんよ! 先生がチキン食べたいって言うから! それに、バニラアイスだけではさすが悪いと思ったんで‥‥小さいですけど、買ってきたんです」
――こいつ、こんなに可愛い奴だったか?
照れて、照れて、嬉しくて、うまく原瀬を見ることができない。
腹を立てたと思われたくなくて、買い物に出たと見栄を張っているのだと思った。でも、真剣に言う原瀬を見ていたらそんな風には思えなくて。
テーブルの上をきれいに片づけ、ケーキもそれらしく皿に盛り付け、ココアとチキン。
本当ならワインを飲みたいところだが、高校生を目の前にひとりだけ飲むわけにはいかない。原瀬、早く成人しないかな。喫煙するところは見られているのに、酒はなんだかすすめる気にならない。
ケーキはベタにショートケーキだった。色の薄いイチゴ。原瀬のは普通のショートケーキで、僕のケーキにだけ、狭い面積に小さなろうそくと、白いチョコレートのプレートに、黒いチョコペンで「せんせいへ」と書かれている。
「ねぇ、ここは僕の名前じゃないの」
僕はプレートを指差す。
「あ。必死だったんで、失念してました」
「必死?」
「あ、いえ‥‥」
原瀬の顔がほのかに赤くなる。
「僕の名前、みゆきっていうんだから、名前をひらがなで書いてもらえば彼女へ贈るものだと思われて楽だったんじゃない?」
「先生は俺の彼女なんですか」
「僕は男だから」
「でしょう。これでいいんです」
「でも恋人じゃなくて、いつまでも先生なの」
「‥‥先生だって、俺のこと名前で呼んでくれないじゃないですか」
そんなことを拗ねているのか、こいつは‥‥。
「なんかこう、亮太、って名前で呼ぶと、なんていうか‥‥弟とか、そんな風に感じちゃって。僕、弟なんていないけど」
〝亮太〟の部分で原瀬の瞳が大きく開かれたのが判った。
「苗字は」
「それだと、授業と変わらないじゃん。でも、君も授業と変わらない呼び方してるし」
「授業では須堂先生、って呼んでるでしょ」
また喧嘩になりそう。また、というか、さっきのは僕が勝手に喧嘩だと思っていただけなんだけれど。
「食べよう、ケーキ」
僕はケーキのフィルムを剥がす。それを見た原瀬も剥がし始めた。
「バニラアイスはいつ食べるんですか」
「デザートに」
「ケーキはデザートじゃないんですか」
「主食が君で、そのあとにデザートのバニラアイスなの」
原瀬はすこし眉を顰め、色の薄いイチゴを僕の皿に載せた。
「なに」
「俺、イチゴ嫌いなんです」
「え! それなのにショートケーキ?」
「だから必死だったんです! なかなかケーキ屋が見つからなくて、やっと見つけたと思ったら閉店間際で、残ってたのがこれしか無かったんです」
「そう、なんだ」
嫌いなのにイチゴのショートケーキ。プレートに名前まで書いてもらって。やっぱり嬉しくて、たまらなくなって、原瀬の頭を撫でてみる。
「!」
また瞳が大きくなる原瀬。
「先生はイチゴ平気ですよね? いまさら訊いても、ですけど」
「好きだよイチゴ」
「じ、じゃあ‥‥あーん、してあげます」
は?
きっと、ふたりして、しどろもどろになっているんだろう。ふたりして、慣れないことをしているからだろう。僕の誕生日に。
慣れないことついでに、一緒に風呂に入ろうと原瀬に提案してみたが、あっさりと断られてしまった。
それでも、僕に抱かれているときはいつもよりも素直で無口で、ただただ快感を我慢する吐息ばかりがいつもより多かった。
美味しいバニラアイスが食べられそうだ。
隙間の彼 -屋上編-
誕生日の彼
了
須堂実幸、冬。
寒さは増すばかりだった。
ひとつ呼吸するたびに、煙草のヤニで汚れた肺へ容赦なく冷たい空気が入り込んでくるのが判る。
「煙草やめたらいいのに」
原瀬は哀れむような表情で僕に向かって言う。本当は哀れみじゃなく、もっと別の感情がこもっているのかもしれない。
「バニラアイス」
僕はいつものように原瀬の袖を引っ張る。
駅近くのコンビニ。
クリスマスを終え、店内はなんだか正月の空気を漂わせていた。
年賀状。ポチ袋。ちいさな鏡餅。
「先生は親戚の子にお年玉とかあげるんですか」
原瀬は、子供向けアニメのキャラクターが描かれたポチ袋を見ながら言った。
「んー。居ないかな。正月は実家に帰らないし」
「そうなんですか」
「だって――」
ふいに原瀬の首筋に顔を近づけ、
「せっかくの休みは君と過ごしたいからね」
声を潜めた。
「!」
瞬時に赤くなる原瀬をしっかりと確認し、アイスクリームが陳列されたケースから260円の、ちょっと高めのバニラアイスをふたつ取り出してレジに向かう。
「さ、帰ろ」
僕は原瀬の袖を引っ張った。
冬休みだというのに、原瀬は毎日のように学校に来ていた。
冬休みだというのに、僕も毎日のように学校に来ていた。
とはいえ、原瀬は学生で僕は教師。僕には仕事もあるし、学校に来るのはあたりまえである。だが、原瀬はなんの用事があるのか、昼過ぎになるといつも生活係の教室に顔を出した。
「補習?」
「いえ。その‥‥委員会の活動を」
そんなもの、強要しないのに。橋本や宮下だって、僕が声をかけないと委員会の仕事になんて来ない。
たまに、橋本が校舎の裏庭で喫煙しながら、池の鯉に餌をやりに来ているのを見かけるが。
それでも、この寒さでは自主的に来ないことのほうが多い。
「寒いのに。いいよ。僕ひとりで済むよ」
僕は冬休み明けのテストの準備をしながら、返答する。実験でさまざまな液体をこぼしてボロボロになった理科の教科書をパラパラとめくる。
「違いますよ、なんで気がつかないんですかまったく‥‥」
すこし不機嫌そうに、原瀬は僕の傍へ寄ってきた。
休みの日にデートなんてできないから‥‥ってことを言いたいんでしょう? 気がついているよ、本当は。ただ、素直に言うのがこわいんだよ。
「なに? いまテストの問題をつくってるんだから、あんまり見ないでよー」
持っていた教科書で、しっし、と追い払う素振りをする。
「先生。今日、誕生日ですよね。28日」
僕の教科書を取りあげ、真剣な表情で原瀬は言う。
「そうだねぇ。クリスマスと一緒くたにされちゃう僕の誕生日」
「一緒くたにしませんから、俺は。ちゃんとお祝いします」
――クリスマスの晩のことを覚えていてくれたのか
「バニラアイスね」
「判ってますよ」
僕は仕事もそこそこに、原瀬と教室を出て、いつものコンビニへと向かったのだった。
***
つい先日、初めて僕の部屋に来たばかりだというのに、原瀬は部屋の勝手が判っているようで、脱いだコートとカバンを適当なところへ置くと、コンビニの袋を片手にそそくさとキッチンへと消えた。
原瀬が寒いと言ってくると思い、僕は先に暖房をつける。僕は寒くなんかないのに。
僕はリビングのソファに腰かけ、カーテンの隙間から窓の外を窺う。
「今日は雪、降ってないねぇ」
「そうですね」
返事があるとは思っていなくて、驚いた。
原瀬は湯気を漂わせたマグカップをふたつ持って、キッチンから出てきた。
「ねぇ、バニラアイスは」
「寒いでしょう。とりあえずいまは暖まりたいです」
ちらりとエアコンを見た原瀬は、マグを僕に差し出しながら隣に座る。
「ココアです」
「なにそれ子どもみたい」
「先生コーヒー飲めないでしょ。それに、このココアは先生のキッチンにあったんですよ。使いかけでした」
いつのまにか、原瀬に僕のことを知られすぎている気がする。僕から話したことは無いはずなのに、原瀬がいろいろと訊いてくるからつい答えてしまっているのかもしれない。この子といると、ついつい喋ってしまう。
「あ。チキン忘れた」
「は?」
「ほら、クリスマスのときにさ、あのコンビニで買おうかどうか迷ったやつ」
「迷うというより、美味しそうだった、ってだけだったような」
「いちいちうっさいな君は! 君のが歳上みたいだこれじゃあ」
「俺も同じこと言おうと思いました」
世話焼きじみたことを言うくせに、ココアをふうふうと冷ます姿は可愛いのが腹立つ。
僕はココアをテーブルに置き、そのままエアコンのリモコンに手を伸ばす。‥‥暖房を切ってやった。
「なにするんですか」
「僕は寒くない」
「‥‥‥」
原瀬は真顔で僕を見つめ、中身が半分ほどになったマグを置いた。
「判りました」
それだけ言うと、原瀬はコートを掴んで外へ出てしまった。
腹を立てて外に出るなんて、やっぱり原瀬のほうが子どもだ。妙な安堵感。
そして、これが初めてのちゃんとした喧嘩か、と他人事のように考えてしまった。
原瀬が置いていったカバンを見つめ、
「仕事しなきゃ」
ふと、思い立った。
普通のカップルなら、出て行った恋人を追いかけるのだろう。でも僕らは、普通じゃない。
僕は自分のカバンからボロボロの教科書とプリントを取り出し、テスト問題とにらめっこし始めた。
突然のインターホンで起こされた。
いつの間にか眠ってしまい、テーブルの上に教科書やプリントが散らばっている。
もったいないと思い、原瀬が残したココアも飲み干してしまった。
それよりも、インターホン。
まさか、と思った。きっと原瀬だ。この部屋はオートロックだから、鍵を持たずに外に出てしまうと――
僕は急いで玄関へと向かう。
鍵を開けると、やっぱり原瀬だった。外はもう暗い。
「いままでどこに居たの」
原瀬を急いで引き寄せ、部屋のなかへといざなう。
「あれ‥‥」
よほど外で冷えたのか、原瀬は唇を震わせていた。しかし、部屋のなかへ入るとなにかに気がついたようだった。
「あったかい‥‥」
「ココアいれてあげる」
寒がって帰って来るであろう原瀬を思い、暖房をいれておいただなんて知られたくない。恥ずかしい、そんなの。
「あの、先生‥‥」
「ちょっとした諍いで腹を立てて出て行くなんて、こんなに寒いのにどこへ行くつもりだったの」
すこし怒ってみてもいいだろう。心配していたなんて、素直に言えない。それでも、居眠りはしてしまったけれど。
「違います、腹立って出て行ったわけじゃありません」
原瀬は雪の結晶がデザインされた小さな袋をテーブルの上に置いた。教科書とプリントの上に。なにかを持っていたのなんて、気がつかなかった。
「それは?」
「‥‥先生の誕生日ケーキ」
「ケー‥‥?」
驚いて、嬉しくて、それでもなんて言葉にしたらいいか判らなくて、瞬きが多くなる。
「それと、チキン。あのコンビニまでは行かなかったですけど、近いところで買ってきました」
原瀬は、もう片方の手に持っていた袋を差し出した。
「それを買いに、外へ?」
「そうですよ。俺がなにに腹を立てるんですか」
「だって、暖房‥‥」
「そんなことで怒りませんよ! 先生がチキン食べたいって言うから! それに、バニラアイスだけではさすが悪いと思ったんで‥‥小さいですけど、買ってきたんです」
――こいつ、こんなに可愛い奴だったか?
照れて、照れて、嬉しくて、うまく原瀬を見ることができない。
腹を立てたと思われたくなくて、買い物に出たと見栄を張っているのだと思った。でも、真剣に言う原瀬を見ていたらそんな風には思えなくて。
テーブルの上をきれいに片づけ、ケーキもそれらしく皿に盛り付け、ココアとチキン。
本当ならワインを飲みたいところだが、高校生を目の前にひとりだけ飲むわけにはいかない。原瀬、早く成人しないかな。喫煙するところは見られているのに、酒はなんだかすすめる気にならない。
ケーキはベタにショートケーキだった。色の薄いイチゴ。原瀬のは普通のショートケーキで、僕のケーキにだけ、狭い面積に小さなろうそくと、白いチョコレートのプレートに、黒いチョコペンで「せんせいへ」と書かれている。
「ねぇ、ここは僕の名前じゃないの」
僕はプレートを指差す。
「あ。必死だったんで、失念してました」
「必死?」
「あ、いえ‥‥」
原瀬の顔がほのかに赤くなる。
「僕の名前、みゆきっていうんだから、名前をひらがなで書いてもらえば彼女へ贈るものだと思われて楽だったんじゃない?」
「先生は俺の彼女なんですか」
「僕は男だから」
「でしょう。これでいいんです」
「でも恋人じゃなくて、いつまでも先生なの」
「‥‥先生だって、俺のこと名前で呼んでくれないじゃないですか」
そんなことを拗ねているのか、こいつは‥‥。
「なんかこう、亮太、って名前で呼ぶと、なんていうか‥‥弟とか、そんな風に感じちゃって。僕、弟なんていないけど」
〝亮太〟の部分で原瀬の瞳が大きく開かれたのが判った。
「苗字は」
「それだと、授業と変わらないじゃん。でも、君も授業と変わらない呼び方してるし」
「授業では須堂先生、って呼んでるでしょ」
また喧嘩になりそう。また、というか、さっきのは僕が勝手に喧嘩だと思っていただけなんだけれど。
「食べよう、ケーキ」
僕はケーキのフィルムを剥がす。それを見た原瀬も剥がし始めた。
「バニラアイスはいつ食べるんですか」
「デザートに」
「ケーキはデザートじゃないんですか」
「主食が君で、そのあとにデザートのバニラアイスなの」
原瀬はすこし眉を顰め、色の薄いイチゴを僕の皿に載せた。
「なに」
「俺、イチゴ嫌いなんです」
「え! それなのにショートケーキ?」
「だから必死だったんです! なかなかケーキ屋が見つからなくて、やっと見つけたと思ったら閉店間際で、残ってたのがこれしか無かったんです」
「そう、なんだ」
嫌いなのにイチゴのショートケーキ。プレートに名前まで書いてもらって。やっぱり嬉しくて、たまらなくなって、原瀬の頭を撫でてみる。
「!」
また瞳が大きくなる原瀬。
「先生はイチゴ平気ですよね? いまさら訊いても、ですけど」
「好きだよイチゴ」
「じ、じゃあ‥‥あーん、してあげます」
は?
きっと、ふたりして、しどろもどろになっているんだろう。ふたりして、慣れないことをしているからだろう。僕の誕生日に。
慣れないことついでに、一緒に風呂に入ろうと原瀬に提案してみたが、あっさりと断られてしまった。
それでも、僕に抱かれているときはいつもよりも素直で無口で、ただただ快感を我慢する吐息ばかりがいつもより多かった。
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