徒花の彼

砂詠 飛来

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昔歳の彼

四、

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 学生は、試食したチョコレートと、もうひとつお酒が入ったチョコレートを買っていった。

    話を聞くと、どうやら酒癖が悪い先生らしく、それならばとお酒に合うものよりも、香りづけにブランデーが入ったチョコレートのほうがいいだろうと思い、そっちを進めた。

 昨日は散々な目に遭ったが、今日はなんとも心がほっこりした。忙しさも忘れ、その後はずっと上機嫌でいられた。あの学生には感謝してもしきれない。

 一日の売上も上々で、店長からお土産にチョコレートを貰った。恋人以外から貰うチョコなんて‥‥とも思ったが、いまはそんなことどうでもいいくらいに、僕はバレンタインも悪いものじゃないと思い始めていた。

 帰り道の足取りも軽く、僕は家賃4万のアパートへ帰った。携帯に見知らぬ番号から幾度も着信が入っていて、すこし気味が悪いと思ったが、いまの僕には取るに足らないことだった。だが、不可思議なことは続いた。

 玄関の鍵が開いている。朝、家を出るときに確実に施錠したはずだ。それなのにドアノブがまわった。あの女にフラれたことで気が滅入り、鍵を閉め忘れたということも考えられる。だが、そんなはずは――もしくは、誰かに部屋に入られたのか。

 僕の部屋の合鍵を持つ人は誰も居ないはずだ。あの女にだって渡していない。それどころか、互いの部屋を行き来すらしていないのだ。やはりいま考えると、恋人関係とは言えない仲だったのかもしれない、僕たちは。

    ‥‥そんなことはどうでもいい。閉めたはずの鍵が開いている。閉め忘れじゃないとしたら――

 僕はおそるおそる扉を開け、なかの様子を窺う。玄関の照明は暗いが、部屋の奥に明かりが灯っている。やはり誰か居る。靴を脱ぐときに気がついたが、僕のものではない靴が一足、きれいに脱ぎ揃えられていた。

 泥棒か強盗か知らないが、襲われてはたまらないと思い、僕はすぐそこに立てかけてあった傘を構えながら部屋の奥へとゆっくり進む。

    せっかく良い気持ちで帰宅したのに、余計なことを起こさないでほしい、巻き込まないでほしい。

 だんだんとイライラしてきて、僕は明かりが漏れる扉を乱暴に開けていた。

「―――」

 実家から持ってきたローテーブルに、伏せている小さな背中があった。
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