徒花の彼

砂詠 飛来

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色彩の彼

四、

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 翌朝、いまだグロッキー状態の橋本結城を連れて潤一さんは帰った。

 雪は止んでいたが、地面に降り積もった真っ白が反射して、外の世界はやけに眩しく感じた。

 ピンクのかき氷の如く染まっていた橋本結城の顔色はすっかり病的な白さになり、雪でグラデーションされていた潤一さんの真っ赤なマフラーは、溶けた雪を吸ってすこしだけ重たくなっていた。ちゃんと乾かしておいてあげればよかった。

 二日酔いに加えて、自分がなにをしたのかを事細かく潤一さんに教えられ、それで堪えてもいた。潤一さんは幾度も幾度も俺に謝ってくれたが、謝るべきは本当なら俺のほうなのに。もう過去のこととは言え、似たようなことを、潤一さんにしてしまったのに。

 先生は、昨夜のうちに冷蔵庫にあった俺の弁当を食べ、それからずっと眠ったままだった。潤一さんたちが帰って、昼間になってようやく起きてきた。

「今日がお休みでよかったですね」

 まだ寝ぼけている先生はソファに座り、さほど面白くもない旅番組をぼうっと観ている。

 俺はふたり分のココアをいれ、先生の隣に座る。

「いつまで居られるんですか」

「んー。居ようと思えばずっと」

「明日は仕事でしょう。俺だって学校だし」

「それなんだけどさぁ」

 マグカップを両手に持ち、ふわふわとたちのぼる湯気を、ふうと吹き飛ばす先生。湯気はすぐにたちのぼる。またそれを吹き飛ばす。ふわふわと揺らぐ白とちいさく闘っている先生はかわいらしい。

「田舎に帰ろうかと思ってね」

「いつですか? もうすぐ冬休みですもんね」

「うーん。そうなんだけどさ、でもそうじゃないというか」

「なんですかハッキリしない」

 先生はココアとテレビを交互に見つめる。話に集中させたくてテレビを消してやった。――俺のほうを見てほしい。ふたりしてちょっぴりココアを口に含み、テーブルに置いた。タイミングがばっちりで、なんだか嬉しくなった。

「一緒に来てほしいんだよね。うちに」

「先生の実家に?」

「そう。これを機に」

「はぁ。構いませんけど」

「ずっとだよ。ずっと居てほしいんだよ」

「冬休みいっぱいですか?」

「ちがう。ずっと」

「なに言ってんですか。仕事だってあるでしょうに」

「ちがう。辞めるの」

「は?」

 先生は俺を見た。冗談なんだか本気なんだか、普段からない交ぜにして喋る人だけど、いまほどこの人のことが判らないと思ったことはない。

「親父がさ、もう長くないんだって」

「え。病気ですか」

「そう。なんだか判んないけど病んでるんだってさ。僕のことも含めて。で、お前帰ってこないかって連絡が来たんだよ」

「それで、帰ると?」

「うん。長男だから、僕。そんなに大きくないけど本屋さんをやっててさ、うちの親父」

「教師を辞めて、そっちを継ぐんですか」

「そうなるね」

 まるで他人のことのように語る先生は、どこか怖かった。

「それでお願いなんだけど、君に一緒に来てほしいなって」

「は」

 なんだそれは。それじゃあまるで――

「プロポーズですか」

「そう取ってくれてもいいよ」

「‥‥すぐですか。高校中退しろってことですか。住むところも探さないと」

「あー‥‥そうだよね」

「いいですよ別に。高校くらい。先生のためなら」

「ほんと?」

「本当です。先生が居ない学校なんて通っててもなんにもならない。潤一さんも橋本結城も居ない。意味が無いです」

「そこまで言ってくれるのかぁ。住むところなんて探さなくていい。うちの家でずっと暮らせばいい」

「本気にしますよ」

「本気にしてよ。仕事したいってんならうちの店で働けばいい。学習塾も一緒にやってるし、手が足りないくらいだ。全部を僕が面倒みてあげる」

 みてあげる。どうしたって養われる立場なんだ、俺は。だったら、俺は別のことで先生を養ってあげたい。

「高校中退する奴が働けるんですか」

「気にするなら高校は卒業しないとね」

 はあ、とため息をついて先生の肩を小突いた。

「あなたはどっちなんですか、俺に来てほしいのかそうじゃないのか。勉強しろっていうなら田舎の学校に編入したっていい。俺には、帰るところなんて先生の傍しかないんです。実家は捨ててきましたから」

「そうだね、その話もしないとね、そのうち」

 ココアを飲む先生。

「僕もね、思ってたんだ。君が居ない学校に毎日通う意味なんてあるのかなって。教師って仕事は好きだけど、君を好きな気持ちのほうが大きいからさ。

 春に異動ってなってから、ずっと心のなかがざわざわしてて落ち着かなくて。そこに加えて親父の件でしょ。疲れちゃったんだよね、もう」

 こぼれてくる先生の本音。教師でいることよりも、俺のことを選んでくれた。

「いいですよ。先生となら、どこへでも行きます」

「ほんと? めちゃくちゃ雪国だよ? こんな都会なんて比べものにならないくらい」

「いいですよ、先生が居るなら。それに、雪いいじゃないですか。真っ白で儚くて。先生は白が似合いますから」

「あはは、嬉しいなぁ」

 先生は本気で照れているようだった。先生を照れさせることも人生を動かすことも、いまの俺にならできる。

「じゃあ、俺はどんな色が似合いますか?」

「そうだなぁ‥‥」

 まじまじと俺を見つめ、眠たそうな目をぱちぱちと瞬かせる。あくびをひとつして、俺に言った。

「僕色に染まればどんな色でも」

 先生の戯言が、寝言でないことを願った。


 色彩の彼

   了
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