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断章
断章02:私にできること
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※本話には、強い自己否定や罪悪感、存在意義に関わる、重めの心理描写が含まれます。
<遥か未来、アミカナがダイブする直前>
目の前に、戸惑うように立っている自分がいる。彼女はゆっくりと私に近づき、私を抱きしめた。彼女の体は柔らかく、そして温かかった。
<……違う、そうじゃなかった……>
彼女の体の温もりは、熱のない私の体に、じんわりと沁みていくような気がした。心地いい。境界が曖昧になる。……この温かさに触れている間だけは、私が存在している気がした……。
更なる温もりを求めて、私は彼女を強く抱きしめた。
<……違う、そうじゃなかった……>
……さようなら、私……。いいえ、かつて私だった人……。
驚いてミカは目を覚ました。辺りを見回す。彼女は自室のベッドの上にいた。
……今のは……私の記憶じゃない……。
それは、先日の抱擁で、アミカナから見たミカと、彼女の記憶。それは、ミカの罪悪感が生み出した妄想なのか、あるいは、科学的には説明できない何らかの原因で流れ込んだアミカナの本当の記憶なのか、それは分からなかった。しかし、いずれにしても、そんな思いを彼女が持ち得ることは確信した。
以前から疑念があった。アンドロイドには、どの程度の精度で私がコピーされるのか。しかし、規律により、オリジナルがコピーと接触することは禁じられていた。互いのアイデンティティが揺らぐというのがその理由だった。だが、今回、四人目のアミカナと会って、疑念は確信に変わってしまった。複製技術はとてつもない精度を持っていた。アンドロイドには、知性だけでなく、感情まで寸分違わず移植されていた。確かに、アイデンティティの問題が生じるだろう。しかし、本当の問題はそこではなかった。
アミカナは私だった。彼女は人間と変わらなかった。ただ、機械の体を持ち、鼓動も体温もないだけだった。ただ、機械の体であるが故に、彼女には過酷な運命が待っていた。歴史改変を阻止するために、様々な過去の時代にダイブし、任務を遂行する。そして、任務が終われば、例外なく、未来からの異物として世界に消滅させられる。彼女が歴史を守るために、偽時間の中で奮闘したことは、誰の記憶にも残らない。ただ、ラキシス機関に、彼女を送り出したという記録が残るだけだ。
歴史改変阻止者――世界の秩序を守る、崇高で誇り高い職業。幼い頃から憧れていた。そして、私はその夢を叶えたはずだった。……はずだったのに。
実際に私がしていることは何だ? 任務にかこつけて、アミカナを生み出しては、死地へ送り込んでいる。違う。そんな綺麗な言い方じゃない。殺すために生み出している。
彼女たちは、私の不安も恐怖も抱えたまま、私の代わりに戦い、私の代わりに傷つき、私の代わりに死ぬ。その度に、私は『優良オリジナル』と讃えられる。称賛され、評価され、次のアミカナが生み出される。
……これは何だ? 何を讃えられている? 殺人行為を称賛されているのと、何が違う? もはや、生身か機械かの違いは、血液型が違う程度でしかない。例え、血は流れていなくても、彼女は人間だ。私が彼女を殺している。いや、違う。私が私を殺している。私が私を殺すことで、私が生き残っている。何故、私だけがのうのうと生きているの?
四体目のアンドロイドのオリジナルになることは、ラキシス機関創設以来、初めてだという。そのことに、私は舞い上がっていた。でも、私は何をした? 私はくじに勝っているだけだ。負けた三人は戦って死に、四人目がまた戦いに旅立とうとしている。称賛されるべきは彼女達の方だ。ここにこうして存在している私は、ただただ過酷な運命から逃れ続けているだけ。讃えられる価値などない。
氷を抱えたように、胸の奥が冷たくなる。吐き気がする。
そう、私は削られていく。勇敢な部分、誠実な部分、慈悲深い部分を一つ、また一つと削られ、今残っているのは……卑怯者の部分だけだ……
ミカはナイトウェアの胸元をきつく握り締めた。自分に何の価値もないことが思い知らされる。何故、私だけがのうのうと生きているの?
苦しさのあまり、震える喉で彼女は喘いだ。涙が零れる。彼女はベッドの上に座り込んだまま、不規則に肩を上下させていた。
どれ位時間が経っただろうか。ようやく落ち着いた彼女は、暗闇の中でゆっくりと目を開いた。
……でも、止まることは許されない。
歴史を改変しようとする存在がある限り、私は、私を削る以外に、世界を守る方法がない。だから、私は削りカスでいい。私の、少しでも価値のある部分を、死にゆく私に分け与えることができるなら……。
『……さようなら、私……。いいえ、かつて私だった人……』
夢の中の言葉が思い出される。違う、そうじゃない。
あなたは、私の影じゃない。むしろ、私の光。あなたこそが私なの……
彼女は、青い瞳で虚空を睨んだ。
……彼女に会わなくては!……
* * *
ミカは、時間管理部部長の席の前に立っていた。部長は、節くれだった右手の人差し指で繰り返し机を叩いていた。
「ミス・アンダーソン。今は非常にデリケートな状態にある。メタクニームは、未だかつてない超重量の物体を時間転送させた。何か途轍もないことを計画しているはずだ。しかし、我々には単独・標準装備での出動許可しか下りなかった」
部長の言葉に、ミカは息を飲んだ。
「重火器も使えないのですか?!」
部長はミカを見た。
「そうだ。何故かは知らん。アミカナには大きな負担だ。そんな時に、君は彼女に会いたいと言うのか?」
「……はい」
部長は息をついた。
「君は既に規律違反を犯した。自分のコピーと接触することで、君の精神には乱れが生じている。その状態で合わせる訳には行かない」
「どうしてですか? 彼女と会ったからこそ、私は彼女の出動に立ち会いたいんです」
ミカは思わず身を乗り出した。
「会ってどうするつもりだ? ごめんなさいとでも言うのか?」
「それは……」
部長に睨まれて、彼女は口ごもった。
「自分の罪悪感を薄めたいがために、アミカナを利用するのはやめろ」
部長の指摘は核心を突いているように思えた。一瞬怯んだ彼女だったが、それでも反論した。
「違います! 私は彼女の心を少しでも……」
「心?」
眉を顰めた部長は、彼女の発言を遮った。
「はい。心です」
部長は、白髪交じりの頭を微かに振った。
「ミス・アンダーソン。アミカナは、君に似た容姿を持ち、君のように振舞うようプログラムされた自律端末だ。消耗品扱いのな」
彼は、諭すようにゆっくりと言った。
「自律端末?……消耗品?!……」
彼女は目を見開いた。数日前のアミカナとの時間を思い出す。あの時の彼女を、どうして消耗品と言えるのか?……痛みが涙となって溢れる。それが零れないように天井を見上げたミカだったが、やがて諦めると、部長を睨んだ。
「酷過ぎます! 彼女は生きています! 血の通わない体になった寂しさを感じる心だってあります!」
涙が頬を伝う。部長は椅子に寄りかかると長い息をついた。やがて、彼は机の上に身を乗り出す。
「そんなことはとっくの昔に議論されている。その結果、ラキシス機関が出した答えは、アミカナは機械だということだ。歴史改変阻止行動により、生物学的に生きている君が死ぬことはない。一方で、役目を果たした機械が現地で廃棄される分には、何の倫理的問題も生じない。それをどう感じるかは個人の心の問題だ。組織には関係ない。これが、我々ラキシス機関が存続していくために取り得る最善の解決策なのだ」
ミカは言葉に詰まった。何かを言おうとして口を開いたが、結局は言葉にすることができず、彼女は俯いた。やり切れない思いが、涙となって胸元へと滴り落ちる。部長はがっちりとした肩をすくめた。
「君は、分かってこの機関に入ったのではないのか? 機械が可哀想などという主張は、外の連中と一緒にやってくれ」
彼女は顔を上げた。
「違います! そんなつもりはありません。ただ、彼女の気持ちを考えると……」
部長は彼女の発言を制した。
「何度でも言う。彼女は機械だ。気持ちなど存在しない」
部長の言葉に、直立姿勢を維持するのが難しくなるほど、彼女の胸は軋んだ。
「それは……あんまりです! 対外的にはそうかも知れませんが、彼女には確かに心があるんです! その心に寄り添いたいと思うことの、どこがいけないんですか?!」
部長は息をついた。
「では、具体的にどうする? 心に寄り添うとはどういうことだ?」
「……それは……」
思わず彼女は俯いた。部長は顔を顰めた。
「感情論でものを語るな。君はもう、れっきとしたラキシス機関の一員だろう?」
ミカは唇を噛み締めた。両手が握り締められる。止めようという意志に関わらず、とめどなく涙が溢れた。
……私は何がしたいの?……影である私にできることは、一体何?……
長い沈黙があった。
やがて、彼女はゆっくりと顔を上げた。
「……私はこれまで、彼女達がどんなふうに旅立っていったのか、知りませんでした。きっと、彼女達は孤独だったと思います。でも、今私が立ち会うことで、アミカナがどんな声で、どんな態度でこの世界を出ていくのか、直接記憶することができます。そして、私がどんな思いで送り出すのかも。そして、もし五人目が作られることがあれば、彼女に、四人目の旅立ちの記憶を分け与えることができる。一人ではないことを教えてあげられる。それで、彼女の心が少しでも和らぐのなら、私は生体記録媒体としての使命を果たしたいと思います。お願いします」
しっかりとした光を宿した青い瞳で、ミカは部長を見た。
「五人目が作られることがあれば……か」
部長は苦笑した。
「この際はっきり言おう。君がエージェント・オリジナルに志願した時、反対する声は少なくなかった。君は高い志を持ってはいるが、感受性が高く、精神的に脆い一面がある。今のように、容易く揺らぎ、容易く惑う」
胸を抉るような言葉に、俯いた彼女は奥歯を噛み締めた。
「君のコピーはその素質を受け継ぐのだから、世界の秩序を守るという重大な使命を果たせるとは思えなかった。しかし、アミカナ1からアミカナ3は、どれも任務を全うした。彼女達の最期がどのようなものだったのか、我々には知る術もないが、その脆さにきっと苦しんだことだろう。しかし、崩れてもなお、彼女達は立ち上がった。だからこそ、世界を守ることができた。それは君の素質でもある。崇高な使命に対し、迷いや葛藤は、ノイズであり、不純物だ。しかし、それらを混ぜ合わせて繰り返し鍛えることにより、強靭な意志を作り出せる。まるで鋼のように。君はその可能性を秘めていた。だから、私は君をオリジナルに推薦した」
部長の思いがけない言葉に、ミカは驚いて顔を上げた。
「少なくとも、君にとって、迷い悩むことは、覚悟を得るための助走だ。崩れるからこそ、より強くリビルドできる。」
そういうと、部長は遠い目をした。
「……アミカナの魂が救われることはない。皆、それを分かっている。だからこそ、我々は彼女を鼓舞する。攻撃性は、彼女が自分を保つための最後の盾だ。今の我々にできるのは……その盾が砕けぬよう、祈ることだけだ」
部長はミカを見た。
「ミス・アンダーソン、立ち会いを許可する。自らの使命を果たせ。まだ間に合うはずだ」
「ありがとうございます!」
止まりかけていた涙が再び溢れる。頭を下げたミカは、頭を上げる前に扉へと駆け出していた。
「ミス・アンダーソン! 涙は拭いていけ。彼女に動揺を与えるな!」
背後からの部長の声に、彼女は振り返った。
「はい!」
ミカは両手で乱雑に頬を拭うと、部屋を飛び出した。
<遥か未来、アミカナがダイブする直前>
目の前に、戸惑うように立っている自分がいる。彼女はゆっくりと私に近づき、私を抱きしめた。彼女の体は柔らかく、そして温かかった。
<……違う、そうじゃなかった……>
彼女の体の温もりは、熱のない私の体に、じんわりと沁みていくような気がした。心地いい。境界が曖昧になる。……この温かさに触れている間だけは、私が存在している気がした……。
更なる温もりを求めて、私は彼女を強く抱きしめた。
<……違う、そうじゃなかった……>
……さようなら、私……。いいえ、かつて私だった人……。
驚いてミカは目を覚ました。辺りを見回す。彼女は自室のベッドの上にいた。
……今のは……私の記憶じゃない……。
それは、先日の抱擁で、アミカナから見たミカと、彼女の記憶。それは、ミカの罪悪感が生み出した妄想なのか、あるいは、科学的には説明できない何らかの原因で流れ込んだアミカナの本当の記憶なのか、それは分からなかった。しかし、いずれにしても、そんな思いを彼女が持ち得ることは確信した。
以前から疑念があった。アンドロイドには、どの程度の精度で私がコピーされるのか。しかし、規律により、オリジナルがコピーと接触することは禁じられていた。互いのアイデンティティが揺らぐというのがその理由だった。だが、今回、四人目のアミカナと会って、疑念は確信に変わってしまった。複製技術はとてつもない精度を持っていた。アンドロイドには、知性だけでなく、感情まで寸分違わず移植されていた。確かに、アイデンティティの問題が生じるだろう。しかし、本当の問題はそこではなかった。
アミカナは私だった。彼女は人間と変わらなかった。ただ、機械の体を持ち、鼓動も体温もないだけだった。ただ、機械の体であるが故に、彼女には過酷な運命が待っていた。歴史改変を阻止するために、様々な過去の時代にダイブし、任務を遂行する。そして、任務が終われば、例外なく、未来からの異物として世界に消滅させられる。彼女が歴史を守るために、偽時間の中で奮闘したことは、誰の記憶にも残らない。ただ、ラキシス機関に、彼女を送り出したという記録が残るだけだ。
歴史改変阻止者――世界の秩序を守る、崇高で誇り高い職業。幼い頃から憧れていた。そして、私はその夢を叶えたはずだった。……はずだったのに。
実際に私がしていることは何だ? 任務にかこつけて、アミカナを生み出しては、死地へ送り込んでいる。違う。そんな綺麗な言い方じゃない。殺すために生み出している。
彼女たちは、私の不安も恐怖も抱えたまま、私の代わりに戦い、私の代わりに傷つき、私の代わりに死ぬ。その度に、私は『優良オリジナル』と讃えられる。称賛され、評価され、次のアミカナが生み出される。
……これは何だ? 何を讃えられている? 殺人行為を称賛されているのと、何が違う? もはや、生身か機械かの違いは、血液型が違う程度でしかない。例え、血は流れていなくても、彼女は人間だ。私が彼女を殺している。いや、違う。私が私を殺している。私が私を殺すことで、私が生き残っている。何故、私だけがのうのうと生きているの?
四体目のアンドロイドのオリジナルになることは、ラキシス機関創設以来、初めてだという。そのことに、私は舞い上がっていた。でも、私は何をした? 私はくじに勝っているだけだ。負けた三人は戦って死に、四人目がまた戦いに旅立とうとしている。称賛されるべきは彼女達の方だ。ここにこうして存在している私は、ただただ過酷な運命から逃れ続けているだけ。讃えられる価値などない。
氷を抱えたように、胸の奥が冷たくなる。吐き気がする。
そう、私は削られていく。勇敢な部分、誠実な部分、慈悲深い部分を一つ、また一つと削られ、今残っているのは……卑怯者の部分だけだ……
ミカはナイトウェアの胸元をきつく握り締めた。自分に何の価値もないことが思い知らされる。何故、私だけがのうのうと生きているの?
苦しさのあまり、震える喉で彼女は喘いだ。涙が零れる。彼女はベッドの上に座り込んだまま、不規則に肩を上下させていた。
どれ位時間が経っただろうか。ようやく落ち着いた彼女は、暗闇の中でゆっくりと目を開いた。
……でも、止まることは許されない。
歴史を改変しようとする存在がある限り、私は、私を削る以外に、世界を守る方法がない。だから、私は削りカスでいい。私の、少しでも価値のある部分を、死にゆく私に分け与えることができるなら……。
『……さようなら、私……。いいえ、かつて私だった人……』
夢の中の言葉が思い出される。違う、そうじゃない。
あなたは、私の影じゃない。むしろ、私の光。あなたこそが私なの……
彼女は、青い瞳で虚空を睨んだ。
……彼女に会わなくては!……
* * *
ミカは、時間管理部部長の席の前に立っていた。部長は、節くれだった右手の人差し指で繰り返し机を叩いていた。
「ミス・アンダーソン。今は非常にデリケートな状態にある。メタクニームは、未だかつてない超重量の物体を時間転送させた。何か途轍もないことを計画しているはずだ。しかし、我々には単独・標準装備での出動許可しか下りなかった」
部長の言葉に、ミカは息を飲んだ。
「重火器も使えないのですか?!」
部長はミカを見た。
「そうだ。何故かは知らん。アミカナには大きな負担だ。そんな時に、君は彼女に会いたいと言うのか?」
「……はい」
部長は息をついた。
「君は既に規律違反を犯した。自分のコピーと接触することで、君の精神には乱れが生じている。その状態で合わせる訳には行かない」
「どうしてですか? 彼女と会ったからこそ、私は彼女の出動に立ち会いたいんです」
ミカは思わず身を乗り出した。
「会ってどうするつもりだ? ごめんなさいとでも言うのか?」
「それは……」
部長に睨まれて、彼女は口ごもった。
「自分の罪悪感を薄めたいがために、アミカナを利用するのはやめろ」
部長の指摘は核心を突いているように思えた。一瞬怯んだ彼女だったが、それでも反論した。
「違います! 私は彼女の心を少しでも……」
「心?」
眉を顰めた部長は、彼女の発言を遮った。
「はい。心です」
部長は、白髪交じりの頭を微かに振った。
「ミス・アンダーソン。アミカナは、君に似た容姿を持ち、君のように振舞うようプログラムされた自律端末だ。消耗品扱いのな」
彼は、諭すようにゆっくりと言った。
「自律端末?……消耗品?!……」
彼女は目を見開いた。数日前のアミカナとの時間を思い出す。あの時の彼女を、どうして消耗品と言えるのか?……痛みが涙となって溢れる。それが零れないように天井を見上げたミカだったが、やがて諦めると、部長を睨んだ。
「酷過ぎます! 彼女は生きています! 血の通わない体になった寂しさを感じる心だってあります!」
涙が頬を伝う。部長は椅子に寄りかかると長い息をついた。やがて、彼は机の上に身を乗り出す。
「そんなことはとっくの昔に議論されている。その結果、ラキシス機関が出した答えは、アミカナは機械だということだ。歴史改変阻止行動により、生物学的に生きている君が死ぬことはない。一方で、役目を果たした機械が現地で廃棄される分には、何の倫理的問題も生じない。それをどう感じるかは個人の心の問題だ。組織には関係ない。これが、我々ラキシス機関が存続していくために取り得る最善の解決策なのだ」
ミカは言葉に詰まった。何かを言おうとして口を開いたが、結局は言葉にすることができず、彼女は俯いた。やり切れない思いが、涙となって胸元へと滴り落ちる。部長はがっちりとした肩をすくめた。
「君は、分かってこの機関に入ったのではないのか? 機械が可哀想などという主張は、外の連中と一緒にやってくれ」
彼女は顔を上げた。
「違います! そんなつもりはありません。ただ、彼女の気持ちを考えると……」
部長は彼女の発言を制した。
「何度でも言う。彼女は機械だ。気持ちなど存在しない」
部長の言葉に、直立姿勢を維持するのが難しくなるほど、彼女の胸は軋んだ。
「それは……あんまりです! 対外的にはそうかも知れませんが、彼女には確かに心があるんです! その心に寄り添いたいと思うことの、どこがいけないんですか?!」
部長は息をついた。
「では、具体的にどうする? 心に寄り添うとはどういうことだ?」
「……それは……」
思わず彼女は俯いた。部長は顔を顰めた。
「感情論でものを語るな。君はもう、れっきとしたラキシス機関の一員だろう?」
ミカは唇を噛み締めた。両手が握り締められる。止めようという意志に関わらず、とめどなく涙が溢れた。
……私は何がしたいの?……影である私にできることは、一体何?……
長い沈黙があった。
やがて、彼女はゆっくりと顔を上げた。
「……私はこれまで、彼女達がどんなふうに旅立っていったのか、知りませんでした。きっと、彼女達は孤独だったと思います。でも、今私が立ち会うことで、アミカナがどんな声で、どんな態度でこの世界を出ていくのか、直接記憶することができます。そして、私がどんな思いで送り出すのかも。そして、もし五人目が作られることがあれば、彼女に、四人目の旅立ちの記憶を分け与えることができる。一人ではないことを教えてあげられる。それで、彼女の心が少しでも和らぐのなら、私は生体記録媒体としての使命を果たしたいと思います。お願いします」
しっかりとした光を宿した青い瞳で、ミカは部長を見た。
「五人目が作られることがあれば……か」
部長は苦笑した。
「この際はっきり言おう。君がエージェント・オリジナルに志願した時、反対する声は少なくなかった。君は高い志を持ってはいるが、感受性が高く、精神的に脆い一面がある。今のように、容易く揺らぎ、容易く惑う」
胸を抉るような言葉に、俯いた彼女は奥歯を噛み締めた。
「君のコピーはその素質を受け継ぐのだから、世界の秩序を守るという重大な使命を果たせるとは思えなかった。しかし、アミカナ1からアミカナ3は、どれも任務を全うした。彼女達の最期がどのようなものだったのか、我々には知る術もないが、その脆さにきっと苦しんだことだろう。しかし、崩れてもなお、彼女達は立ち上がった。だからこそ、世界を守ることができた。それは君の素質でもある。崇高な使命に対し、迷いや葛藤は、ノイズであり、不純物だ。しかし、それらを混ぜ合わせて繰り返し鍛えることにより、強靭な意志を作り出せる。まるで鋼のように。君はその可能性を秘めていた。だから、私は君をオリジナルに推薦した」
部長の思いがけない言葉に、ミカは驚いて顔を上げた。
「少なくとも、君にとって、迷い悩むことは、覚悟を得るための助走だ。崩れるからこそ、より強くリビルドできる。」
そういうと、部長は遠い目をした。
「……アミカナの魂が救われることはない。皆、それを分かっている。だからこそ、我々は彼女を鼓舞する。攻撃性は、彼女が自分を保つための最後の盾だ。今の我々にできるのは……その盾が砕けぬよう、祈ることだけだ」
部長はミカを見た。
「ミス・アンダーソン、立ち会いを許可する。自らの使命を果たせ。まだ間に合うはずだ」
「ありがとうございます!」
止まりかけていた涙が再び溢れる。頭を下げたミカは、頭を上げる前に扉へと駆け出していた。
「ミス・アンダーソン! 涙は拭いていけ。彼女に動揺を与えるな!」
背後からの部長の声に、彼女は振り返った。
「はい!」
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