25 / 46
断章
断章03:どうか
しおりを挟む
※本話には、別れや祈りを伴う、重めの心理描写が含まれます。
<遥か未来、アミカナがダイブする直前>
オペレーション・ルームのミカは、全力で走って来たせいで、まだ肩を上下させていた。モニターには、巨大な時間転送室でダイブに臨むアミカナを、様々な角度から捉えた映像が映っている。
「ミス・デフォルマ」
チーフ・オペレータが声を掛けた。
<はい>
スピーカーからアミカナの声が聞こえた。
「ブリーフィングの時にも伝えたが、今回、メタクニームが時間転送させた物体は、これまでに例がないほど巨大なものだ。恐らく数百トンクラスと想定される。奴らの目的は不明だが、何かとんでもないことを仕出かそうとしているのは間違いない。我々の周りでも、色々と不穏な動きがある」
<はい>
チーフは続けた。
「せめて重装備での時間転送を希望したが、やはり許可は下りなかった。通常通り、単独・標準装備でのダイブになることを申し訳なく思う」
<いえ、大丈夫です>
……ああ……ミカは胸の前で両手を握り締めた。大丈夫のはずはない。でも、彼女がそう言うしかないのだ。この部屋にいる誰もが、標準装備での出動に納得しているはずはない。しかし、誰にもどうにもできないこともまた事実だった。
チーフは、一瞬ミカに目をやった。
「おい、時空座標をもう一度確認しろ」
女性オペレータに指示を出す。オペレータは驚いて振り返った。
「既に最終調整は完了していますが……」
「いいから。再確認だ」
「……了解」
彼女は、何かを悟ったように向き直ると、コンソールを触った。
「時空座標調整中」
アミカナに指示を出す。
「よろしい。暫く待機してくれ」
<分かりました>
アミカナからの応答を確認すると、チーフは無言でミカにヘッドセットを差し出した。ミカは目を瞠った。まさか、最後にアミカナと直接会話をさせてくれるなんて……。でも、何て言ったらいい?
ミカはゆっくりとチーフに近づくと、ヘッドセットを装着した。
「アミカナ、聞こえる?」
<ミカ?>
アミカナの戸惑った声が返ってきた。ミカは天井を見上げた。声が震えないように、一呼吸を置く。
「そう、私」
<どうしたの? 今までダイブに立ち会ったことはなかったのに>
……一体何を言えば、彼女の心に寄り添うことができるのか……
「うん……今回は、ちょっと心配で……。特別に、オペレーション・ルームに入れてもらったの」
……違う。そうじゃない。私が言いたいことは……
「今回は長丁場になるかと思うけど、今まで訓練してきたあなたなら、きっとできるわ。私が保証する。頑張って!」
『頑張って』――これほど空虚な言葉はなかった。音声通信であることが救いだった。きっと、自分は苦悶の表情を浮かべていただろうから。
<ありがとう、ミカ。あなたのためにも、任務は必ずやり遂げるわ>
アミカナの答えに、ミカの目には涙が溢れた。私は一体、何を言おうとしているの?……既に覚悟を決めている彼女に対し、私には一体何ができるというの?……
チーフは見かねたように、ヘッドセットを返すよう、無言で手を差し出した。ミカはそれを手で制し、平然を装った声で、しっかりと答えた。
「違うわアミカナ。ミカのためじゃない。アミカナのためよ」
そう、私のためじゃない。あなたは私の影じゃない。あなたは、あなたの人生を生きて欲しい……。例えそれが、泡のように儚いものだったとしても……
ミカは思わず口を押えた。ヘッドセットを外してチーフに渡す。チーフは女性オペレータに目配せした。
「座標調整完了」
女性オペレータが告げて、チーフ・オペレータは力強く宣言した。
「よし! では、ミス・デフォルマ、ダイブだ」
<はい。アミカナ=デフォルマ=4、行きます!>
モニター越しでも目が眩むような閃光が走り、アミカナは消えた。
ミカは必死に嗚咽を堪えていた。涙だけが零れ落ちる。きっと、このオペレーション・ルームにいる誰もが、アミカナの運命を思い、それでも沈黙を守っている。
「アミカナ4の時間転送完了。転送座標を報告書回収班に連絡しろ」
そう言ったチーフは、ミカの肩をそっと叩くと、部屋を出ていった。
これが、世界を守るということ? たった一人の、心のある存在とすら認めてもらえないアンドロイドに全てを任せて、その最期を見守ることすらできないなんて。
世界を守る……か……。私のようなちっぽけな人間には、世界というものを明確にイメージできない。ただ、広大な空間に漫然と雲のように広がっている感じがする。でも、「誰か」の世界なら、その誰かを中心にして、世界が輪郭を持つ。例え小さな世界だったとしても、守りたいものを明確にイメージできる。世界を守ったアミカナ1から3は、そんな「誰か」を見つけたのだろうか?……それは分からない。でも、分かったことがある。私にできること、それはアミカナ達の世界を守ること。例え、儚く燃え尽きる世界であっても、その最期の瞬間まで、私は、どうにかしてあなた達の世界を守りたい。記録媒体はその一つ。そして、私は強くなる。私が強くなれば、あなた達も強くなる。それが、あなた達を生み出し続ける私にできる、唯一のことだから。
涙は止まっていた。ミカは、アミカナの消えた暗い空間を見つめた。青い瞳に力が宿る。
どうか、彼女の盾が砕けませんように。
いいえ、例え砕けても、どうかまた立ち上がれますように――
<遥か未来、アミカナがダイブする直前>
オペレーション・ルームのミカは、全力で走って来たせいで、まだ肩を上下させていた。モニターには、巨大な時間転送室でダイブに臨むアミカナを、様々な角度から捉えた映像が映っている。
「ミス・デフォルマ」
チーフ・オペレータが声を掛けた。
<はい>
スピーカーからアミカナの声が聞こえた。
「ブリーフィングの時にも伝えたが、今回、メタクニームが時間転送させた物体は、これまでに例がないほど巨大なものだ。恐らく数百トンクラスと想定される。奴らの目的は不明だが、何かとんでもないことを仕出かそうとしているのは間違いない。我々の周りでも、色々と不穏な動きがある」
<はい>
チーフは続けた。
「せめて重装備での時間転送を希望したが、やはり許可は下りなかった。通常通り、単独・標準装備でのダイブになることを申し訳なく思う」
<いえ、大丈夫です>
……ああ……ミカは胸の前で両手を握り締めた。大丈夫のはずはない。でも、彼女がそう言うしかないのだ。この部屋にいる誰もが、標準装備での出動に納得しているはずはない。しかし、誰にもどうにもできないこともまた事実だった。
チーフは、一瞬ミカに目をやった。
「おい、時空座標をもう一度確認しろ」
女性オペレータに指示を出す。オペレータは驚いて振り返った。
「既に最終調整は完了していますが……」
「いいから。再確認だ」
「……了解」
彼女は、何かを悟ったように向き直ると、コンソールを触った。
「時空座標調整中」
アミカナに指示を出す。
「よろしい。暫く待機してくれ」
<分かりました>
アミカナからの応答を確認すると、チーフは無言でミカにヘッドセットを差し出した。ミカは目を瞠った。まさか、最後にアミカナと直接会話をさせてくれるなんて……。でも、何て言ったらいい?
ミカはゆっくりとチーフに近づくと、ヘッドセットを装着した。
「アミカナ、聞こえる?」
<ミカ?>
アミカナの戸惑った声が返ってきた。ミカは天井を見上げた。声が震えないように、一呼吸を置く。
「そう、私」
<どうしたの? 今までダイブに立ち会ったことはなかったのに>
……一体何を言えば、彼女の心に寄り添うことができるのか……
「うん……今回は、ちょっと心配で……。特別に、オペレーション・ルームに入れてもらったの」
……違う。そうじゃない。私が言いたいことは……
「今回は長丁場になるかと思うけど、今まで訓練してきたあなたなら、きっとできるわ。私が保証する。頑張って!」
『頑張って』――これほど空虚な言葉はなかった。音声通信であることが救いだった。きっと、自分は苦悶の表情を浮かべていただろうから。
<ありがとう、ミカ。あなたのためにも、任務は必ずやり遂げるわ>
アミカナの答えに、ミカの目には涙が溢れた。私は一体、何を言おうとしているの?……既に覚悟を決めている彼女に対し、私には一体何ができるというの?……
チーフは見かねたように、ヘッドセットを返すよう、無言で手を差し出した。ミカはそれを手で制し、平然を装った声で、しっかりと答えた。
「違うわアミカナ。ミカのためじゃない。アミカナのためよ」
そう、私のためじゃない。あなたは私の影じゃない。あなたは、あなたの人生を生きて欲しい……。例えそれが、泡のように儚いものだったとしても……
ミカは思わず口を押えた。ヘッドセットを外してチーフに渡す。チーフは女性オペレータに目配せした。
「座標調整完了」
女性オペレータが告げて、チーフ・オペレータは力強く宣言した。
「よし! では、ミス・デフォルマ、ダイブだ」
<はい。アミカナ=デフォルマ=4、行きます!>
モニター越しでも目が眩むような閃光が走り、アミカナは消えた。
ミカは必死に嗚咽を堪えていた。涙だけが零れ落ちる。きっと、このオペレーション・ルームにいる誰もが、アミカナの運命を思い、それでも沈黙を守っている。
「アミカナ4の時間転送完了。転送座標を報告書回収班に連絡しろ」
そう言ったチーフは、ミカの肩をそっと叩くと、部屋を出ていった。
これが、世界を守るということ? たった一人の、心のある存在とすら認めてもらえないアンドロイドに全てを任せて、その最期を見守ることすらできないなんて。
世界を守る……か……。私のようなちっぽけな人間には、世界というものを明確にイメージできない。ただ、広大な空間に漫然と雲のように広がっている感じがする。でも、「誰か」の世界なら、その誰かを中心にして、世界が輪郭を持つ。例え小さな世界だったとしても、守りたいものを明確にイメージできる。世界を守ったアミカナ1から3は、そんな「誰か」を見つけたのだろうか?……それは分からない。でも、分かったことがある。私にできること、それはアミカナ達の世界を守ること。例え、儚く燃え尽きる世界であっても、その最期の瞬間まで、私は、どうにかしてあなた達の世界を守りたい。記録媒体はその一つ。そして、私は強くなる。私が強くなれば、あなた達も強くなる。それが、あなた達を生み出し続ける私にできる、唯一のことだから。
涙は止まっていた。ミカは、アミカナの消えた暗い空間を見つめた。青い瞳に力が宿る。
どうか、彼女の盾が砕けませんように。
いいえ、例え砕けても、どうかまた立ち上がれますように――
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
