時間戦士は永遠の夢を見るのか

刹那メシ

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断章

断章11:「やり方がわからない~!」

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※これは「時間戦士は永遠の夢を見るのか」本章第2話の中での出来事になります。


<月曜日>
 謎の球体の周りを一周した志音とアミカナは、繁華街へと足を運んでいた。彼女は、物珍しそうに周囲を見渡している。志音は横目で彼女を見た。
 ……遥か未来のラキシス機関から派遣された、歴史改変阻止者……
 ……今、世界は偽時間の中にいる……
 服を着替えた彼女は、もはや現代の二十代の女性と何ら変わらない。見慣れない青い瞳も、カラーコンタクトレンズだと思えば、違和感はなかった。発言や行動に若干ずれた感じはあるが、それだけで、未来人であるという証拠にはなりようがない。
 虚言癖? あるいは、彼女自身が自分の嘘を信じてしまっているのだろうか? そんな風には見えないが……。何より、彼女の言っていることは理路整然としている。
 事実、球体は突然出現した。説明のつかない出来事が起こっているのは確かだ。本当に、彼女も未来から来たのだろうか?……
「ねえ! あれ何?」
 彼女の驚いた声に顔を上げると、ペットショップが目に入った。歩道に面したショーウインドウの中では、子犬や子猫が愛くるしく動き回っている。
「え……ペットショップだけど……」
「ペット?……え? あれ、売り物?」
 彼女は驚いたような声を上げる。妙な反応に、志音は戸惑った。
「見てみる?」
 彼女は大きく頷き、二人はウインドウに近づいた。
 動物達に目線を合わせるために、アミカナはしゃがみ込んだ。そっとガラスに手を置く。志音はその後ろに立った。ウインドウの中の子猫は、ガラスを隔てた彼女の手を触ろうとしきりに前足を伸ばした。
「かわいい! え、『かわいい』って表現で合ってる?」
 甲高い声を上げた彼女は、急に頭上の志音を振り返った。……どういう意味?……
「……まあ……」
 曖昧な返事をする彼に構わず、彼女はガラスの上で指を動かした。子猫は彼女の指に合わせて顔を動かす。言葉にならない息をついて、彼女はガラスに顔を近づけた。まるでパンケーキの上でとろけるバターのようだ……彼は微笑んだ。
「抱っこしてみる?」
 志音の言葉に、驚いて彼女は振り返った。
「え?! 触っていいの? 買ってないのに?」
 その反応は、ペットショップというものを全く知らないかのようであった。
 志音は、率先して店に入ると店員に確認した。承諾を得ている間に、アミカナはおずおずと店内に足を踏み入れた。様々な動物が入った店中のケースをぐるりと見渡す。店の外で見た子猫のところに行くと、彼はアミカナを促した。
「触っていいってさ」
 彼に言われて、彼女はケースに近づいた。恐る恐る子猫を抱き上げようとしたが、子猫は気まぐれな歩行と転倒を繰り返していて、彼女は狙いが定められず、子猫の上で、差し出した両手をただ右往左往させるだけであった。
「……あ~あ、やり方が分からない~!」
 彼女は悲鳴を上げる。見かねた志音が子猫を抱きかかえると、彼女の胸の前へと差し出した。思わず皿を作った彼女の両手の上に、子猫を載せる。彼女は息を飲んだ。
「……あったかい……」
 手の上でもがく子猫を遠慮がちに掴んで、彼女は目を細めた。慈しみに溢れる顔で、逃れようとする子猫を覗き込む。
「落とさないでね!」
 志音に注意されて、彼女は思い切り取り乱した。
「え? ど、どうするの?!」
 手から落ちそうになる子猫を、志音は素早く掴んだ。彼の手の中であやす。
「……ごめん……」
 子猫が無事で安心したような、しかし、取り上げられて物足りないような表情を浮かべると、彼女は志音の抱く子猫へと顔を近づけた。
「ごめんね! 慣れてなくて」
 子猫にも謝る。その姿に、志音は苦笑した。……僕までバターになりそうだ……
 子猫をケースに戻した志音は、尻尾を振りながら歩き回っている隣の子犬へも目をやった。
「今度は自分で抱っこしてみたら?」
「え?!」
 志音に言われて、彼女は目を瞠った。それでも、子猫を抱えて、少しは度胸がついたようだった。ケースの中にゆっくりと両手を差し入れる。
 その時、突然子犬が吠え出した。驚いて彼女は手を引っ込める。子犬は、彼女の顔を見ながら、激しく吠え続けた。志音は苦笑した。
「慣れてないって、見透かされてるね」
 そう言って、何気なく彼女の顔を見る。彼女は笑っていなかった。眉を顰めて、吠える子犬を見つめている。
「どうした? 犬はあんまり得意じゃない?」
 彼が聞くと、ハッとして彼を見る。胸の前で両手を合わせながら、彼女は苦笑した。
「……そうね……そうかも……」
 微笑んだ彼は、ケースへと手を差し入れた。
 しかし、子犬は志音へも激しく吠えかかった。歯を剥いて唸り声を上げる。彼は肩をすくめた。
「……何か、機嫌が悪そうだね……」
 彼が振り返った時、彼女は何故かホッとしたような表情を見せた。
「……行こっか?」
「……え?……ええ……そうね」
 彼女は店員に目をやった。気がかりなそぶりを見せる。
「ありがとうございました!」
 特に咎めることもなく頭を下げる店員に、彼女は安堵したようだった。最初の子猫に向かって笑顔で手を振る。二人はペットショップを後にした。
 夢の余韻に浸るような顔で、再び街角を歩き出した彼女だったが、ふと眉を顰めた。
「ねえ、あの子達、まだ誰が買ってくれるか、決まってないんだよね?」
「ああ」
「……もし、誰も買わなかったら、あの子達はどうなるの?」
「さあ、良くは知らないけど。まあ、処分されるってことはないみたいだよ」
「……そう……よかった……」
 赤いリボンタイのついた胸を本当に撫でおろしながら、彼女は後ろを振り返った。その仕草に、彼は微笑んだ。
「お願いします!」
 街角に立った男から、不意にティッシュが差し出された。志音は、考える間もなくそれを受け取った。続いて、前に向き直ったアミカナにも差し出される。
「え? 私、要りません!」
 彼女は明確な拒絶の言葉を発していた。
 通り過ぎて暫くしてから、彼女は声を潜めて彼に聞いた。
「ねえ、あの人、どうしてあんな場所でティッシュを押し売りしているの?」
 思いもかけない質問に、志音は面食らった。……さっきのペットショップでの反応といい、彼女はまるで何も知らない。本当に、未来から来た人なのか?……
「いや、売ってはいないよ。配ってるだけさ」
「配る? 何で?」
「広告のためさ。ほら」
 志音は、自分が受け取ったティッシュを裏返して見せた。そこには、エステの広告が入っていた。彼女は眉を顰めた。
「……志音はティッシュが欲しかったの? それとも、広告が見たかったの?」
「いや……別に……。あの人にもノルマがあるから、大変だろうと思って」
「ノルマ?」
「ああ。決まった数のティッシュを配り切るのがあの人の仕事だから」
 彼女は立ち止まって、ティッシュ配りの男を振り返った。志音も足を止める。道行く人々は、彼が差し出すティッシュ、いや、彼自体存在しないかのように通り過ぎていく。やがて、彼女は周囲を見回した。そこは、路上から、ビルの壁、窓、屋上にまで、ありとあらゆる色彩と文字が溢れていた。
「……この世界は……」
 そう言うと、彼女は目を閉じて小さく頭を振った。
「……何ていうか、凄く物理的ね」
「物理的?」
 目を開くと彼を見る。
「そう。本来、人間の頭の中で行われるべきプロセスが、実世界に溢れ出して、実体を伴った試行錯誤が行われている」
 志音は眉を顰めた。……彼女は何を言っているんだ?
「どういうこと?」
 彼女はスカートを摘まんでみせた。
「この服もそうだったけど、要るか要らないか分からないものが実体として作られ、宣伝され、吟味され、購入されればまだいいけど、そうでなければ、きっと殆どの物は捨てられる。商品だけじゃない。広告も、凄く物理的……。必要なのは情報なのに、全て実体の上に載っているのね……」
「そう、かな?」
 彼女の言葉に、彼は戸惑いを隠せなかった。それが、未来人からの視点ということなのか?……
 彼女はとある店先を見ていた。そこでは、二人の女学生が、イヤリングを耳に当て、鏡を見ながら談笑していた。あれこれと手に取るが、結局、何も買わずに店を去る。
「……みんな、自分が本当は何が欲しいか、ちゃんと考えていないのかもね。だから、目の前で商品を宣伝されると、これは自分が欲しかったものだった気がして購入する。でも、手に入れてみると、何か違う気がして、結局は捨ててしまう。その試行錯誤を繰り返す度に、資源が浪費されていく……」
 彼女は彼に向き直った。真顔で彼を見る。
「あなたはどう? あなたは、自分は何が欲しいか、ちゃんと分かってる?」
 ……僕の欲しいもの……
 彼女に言われて、彼は胸の奥に痛みを感じた。いくつもの不採用通知の文面が思い出される。本当に欲しいものは分かっている……。
 一度目を伏せた彼は、微かに微笑んだ。
「……僕にだって欲しいものはある。ただ、手に入らないだけさ……」
 彼女の目が微かに見開かれた気がした。黙ったまま、彼の顔を見つめる。自分の挫折の数々を見透かされた気がして、彼は思わず目を逸らした。
 やがて息をつくと、彼女は微笑んだ。
「ごめんなさい。ただの私の感想。私はこの世界の人間じゃないから、何かを押し付けるつもりはないわ」
 そう言うと、改めて辺りを見回す。
「……あなた達の世界は、あなた達の意志でしか変えられない……」
 彼女の視線は、ビルの看板から夕暮れの迫る空へと移っていった。
「……そうね。いつの時代でも、本当に欲しいものは、手には入らない……」
 物憂げに呟くと、彼女は寂しそうに微笑んだ。それまでの彼女からは想像もつかない雰囲気に、志音は眉を顰めた。
「どういうこと?」
 聞き返した彼に視線を戻した彼女は、にっこりと微笑んだ。
「な・ん・で・も・ないっ!」
 そう言うと、彼の腕を取る。
「ところで、今日の夜のことなんだけど……」
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