時間戦士は永遠の夢を見るのか

刹那メシ

文字の大きさ
40 / 46
断章

断章61:「きっと治らない……」

しおりを挟む
※これは「時間戦士は永遠の夢を見るのか」本章第12話の前、一夜明けた旅館での出来事になります。


<土曜日>
 二人は、朝日の中、旅館の廊下にある共同の流し台に並んで歯を磨いていた。アミカナはちらりと志音を見る。ひどい寝癖の彼は、明らかに寝不足の顔をしていた。
 ……何か、ごめんね……
 彼女のせいではなかったが、結果的に眠れない状況を作り出したことを、彼女は何となく申し訳なく感じた。結局、昨夜は何もなかった。ただ、お互いの息遣いを気にするだけの数時間だった。
 昨夜は幻惑的だった庭の露天風呂も、眩い朝日に照らされると、その狭さと古さに驚かされる。あの中で、私は一人悶々としていたのか。夜の魔力は恐ろしい。
 そう。昨夜、彼が言った通りであった。朝日は、『そんなことで悩んでんじゃねぇよ、バ~カ』って、明るい感じで言ってくれる気がする……。昨夜の彼女の期待や戸惑いや苛立ちや切なさも、この目の眩む光で、全て笑い飛ばされたような気がした。
「……露天風呂、どうだった?……」
 彼が聞いていた。
「ああ、気持ちよかった! 星空の下でのお風呂って最高ね! ほら、お肌もツルツル。触ってみる?」
 努めて無邪気に答えた彼女は、袖をまくって左腕を出した。彼はちらりと彼女を見たが、すぐに正面を向いた。
「……いや、遠慮しとく……」
 予想通りのリアクションに、彼女は内心ホッとしていた。触られても困る……
「……そう言えば……」
 開いているのかいないのか分からない目で、彼は天井を見上げた。
「ここの温泉、冷え性にも効くらしいよ……」
 何気なく彼は言った。聞き流しかけて、彼女はハッとした。
 ……木曜日の神社で、やっぱり気付いてたのね……
 彼女のボディは戦闘特化型だった。そのため、戦闘に必要のない機能は極限まで省略されていた。食べることも、眠ることも、体温を維持することも……そして泣くことも。彼女の肌が冷たいのはそれが理由だった。彼がそれを知るはずはない。だから、私が冷え性だと思って、それでも気付かないふりをしてくれた?……
 ……もしかして、昨日、ラキシス憲章まで持ち出して温泉を勧めていたのは、そのため?……
 ……何なの、もう……
 感情がこみ上げる。ただ、それは複雑な感情だった。甘さと苦さが入り交じった、近寄りたいのに近寄って欲しくない感情。自分のひねくれた心に、心底うんざりする。涙を流すことができれば、少しは気が晴れたりするのだろうか……
 思わず自身の浴衣の胸元を掴んでいることに、彼女は気付いていなかった。
「……どうした?……」
 彼に聞かれて、我に返った彼女は焦った。
「……ああ、私、歯を磨くと、この辺が痒くなるの……」
 咄嗟に言ってしまってから、彼女は酷く後悔した。そんな馬鹿な言い訳ある?!……彼女は彼の方を向くことができなかった。本当の気持ちに気付かれた気がした。
「ああ、分かる分かる。僕も、耳掃除をすると咳が出るから。しかも右耳だけ」
 彼は歯を磨き続けていた。
「……は?」
 ……そんな納得の仕方ある?……
「掻いてあげようか?」
 彼は軽口を叩いた。内心の焦りを馬鹿にされた気がして、彼女は苛立った。
「変態!……って言うと思った?」
 微笑みながら、彼女は彼を睨んだ。
「お願い……って、私が胸をはだけたらどうする?」
 浴衣の襟に手をかける。突然のことに、彼の歯を磨く手は完全に止まっていた。
 急に心が痛んだ。彼は私のことを気遣ってくれているのに、私は一体何をしているの?
「……な~んてね! 鼻の下伸びてるわよ!」
 そう言って彼女は流し台を離れた。もう彼の傍にいることができなかった。泣き出したい。しかし、それも彼女には許されなかった。
<本当に言いたかったこと、言わなくていいの? 思ったことは口にする主義なんでしょ?>
 彼女の中の一部が囁く。
 ……もういいの……
<ふ~ん。日本的なのね>
 彼女は苦笑した。
 ……私のルーツは関係ない。ただ、臆病なだけ……
 流し台に取り残された彼をちらりと振り返る。
 ……彼が強い私を望むなら……
<彼が、強いあなたを望んでいるって、どうして分かるの?>
 ……分かるわ。だって……ずっとそれを見せてきたんだもの……
 彼女は震える息をついた。
 ……だから、彼がそう望むなら、この胸の痛みは……きっと治らない……
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...