時間戦士は永遠の夢を見るのか

刹那メシ

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断章

断章63:「まだ、終わってない?……」

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※これは「時間戦士は永遠の夢を見るのか」本章第12話で、球体の目的が明らかになるシーンを、アミカナの視点から改めて描いたものになります。


<土曜日>
「……髑髏はしゃべれない……」
 志音は呟いた。
「どういうこと?」
 アミカナは眉を顰めた。彼は彼女へと向き直った。
「例えば、例えばさ、未来人が過去人に会って、未来で起きる出来事を伝えたら、その過去人は預言者になれるよね?」
「まあ、そうだけど、5分では伝えられることに限度があるわ。例えば、本の形にして渡したとしても、あっという間に消えてしまうし……」
 彼女は肩をすくめた。そう、例え未来人を時間転送できたとしても、未来人と過去人との接触には、必ず厳しい制限時間が付きまとう。
「……あの球体は、この世界に一週間位は存在できるんだよね?」
 志音は言葉を続けていた。
「まあ、そうね」
「それだけあれば、いろんなことを教えられるよね?」
「え……」
 未来人が過去人に未来のことを教える。教える時間が足りないなら、偽時間を引き伸ばせばいい……大質量を時間転送すれば、延長は可能だ……
「まさか……」
 彼女は瞳を見開いた。
「あの球体が、この世界の人間に、未来のことを教えたら、教えられた人は……預言者になれるってことはない?」
 確かに、別に奇蹟を起こす必要はない。ただ、未来のことを知っているだけでも、その過去人は預言者と呼べる……
「あの歌は、預言者の再来を讃えていた。ということは……」
 志音の言葉に、思わず彼女は立ち上がっていた。
「事前にスローンをばら撒いて、過去人を球体の座標におびき寄せ、捕獲して洗脳する!」
 彼女は叫んだ。何てこと! 球体が巨大なのは、大火力を搭載するためじゃない。ただただ重いことで、奴らの計画を成功に導く!
「僕と同じように導かれた人が、あの中にいるのかも……」
「……じゃあ、あの球体は!……」
「……預言者製造装置なんじゃ……歌の言う、神の子宮さ……」
「……もし……もしそうだとすると……」
 彼女は血の気の失せた顔で、ゆっくりと彼に歩み寄る。
 過去人に未来のことを教えるのに、どれだけの時間がかかる? 5分は少なすぎる。でも、一時間なら? 一日なら?
「預言者は、既に産み落とされているかも知れない! もう六日経ってるわ」
 どうするの?! メシアは一体誰なの?! ここ数日、観察どころか、球体の傍にすらいなかった! もう、何の糸口も……ない!
 アミカナは両耳を掻きむしるように両手で覆った。
「どうしよう! このままじゃメタクニームの思い通りだわ! 必ずやり遂げるって言ったのに……何もできてない!……どうやってその人を見分ければ?!」
 足元がどこまでも抜けていく気がする。光が失われていく。暗闇に、ミカの顔が浮かぶ。彼女は、私のために、と言ってくれたけど…… 私のためって何? 私の人生は、歴史改変を阻止するからこそ意味があるのに! このまま、何もできずに消えるのは絶対に嫌!……そうだ、いっそ、アトロポスで志音の街を丸ごと消滅させれば! そうすれば、きっとメシアも倒せる! そうよ! そうすれば、私が生きた意味は! きっと!
「アミ! アミ! 落ち着いて!」
 彼女の肩を揺すりながら、志音が必死に顔を覗き込んでいた。
「奴らは、メシアを劇的に登場させるつもりだ! もしかしたら、時間が球体を迂回して、自然消滅した時に、それをメシアの仕業にしたいんじゃ? 『全ての災厄の元凶を光に変えながら』ってあるけど、これって球体のことだろ?」
 ……何?……意味が分からない……
「……だとしたら、まだ手遅れじゃない。メシアは子宮である球体の中だ」
 彼が微笑んでいる。まだ……手遅れじゃないの?……
「子宮をぶっ潰そう!」
 彼が力強く言った『ぶっ潰す』という言葉の攻撃的な響きに、錯乱していた思考がゆっくりと焦点を結んでいく。
 ……まだ、終わってない?……まだ、終わってない……まだ、私には意味がある……それでいいの?
 急に力が抜けて崩れ落ちそうになるのを、志音が支えた。抱き留められ、彼としっかりと触れ合う。
 その時、何かが迸ったような気がした。
 圧倒的な流れに巻き込まれる。
 それは、暗い水の底から、光り輝く水面へ押し上げられる感覚。
 もう息を止めなくていい。
 好きなだけ、息をしていい。
 背を反らし、肺の底が伸び切って軋むまで、息を吸い込む。
 酸素が四肢の先まで巡っていくのを感じる。
 窒息から解放された全身の細胞が打ち震えているようだった……

 膝が畳の目を感じていた。彼が背中を擦っている。
 あ……
 すとんと落ちる感覚があった。ゆっくりと羞恥が沸き上がる。ただ、心が痺れたようで、もう隠そうという気力が湧かない。もういいか、という気持ちになっていた。
「ごめんなさい、取り乱して……。この数日、凄く不安で……。私、カッコ悪いね……」
 彼の肩に顎を載せたまま、呟くように言う。
「大丈夫。僕らはもうバディだろ? 僕だけカッコ悪いのはフェアじゃない」
 ……バディ……バディか……
 彼女はゆっくりと彼の腕を掴むと、誘惑に抗って、彼の胸の中から体を起こした。
 自分を引き戻した志音の顔を思い出す。あの時の彼は……本気だった。
 ありがとう。私を引き留めてくれて……。恐怖のあまり、道を踏み外しかけた自分に苦味を感じながら、それでも、踏み止まれたことに安堵する。彼のおかげで……
 ……彼、アミって呼んだ?……
 心地よさと気まずさの同居する微笑みで、彼の顔を見つめる。
「……勝手に愛称つけないで……」
「ああ、ごめん! つい……」
 狼狽する彼が、愛おしくて堪らなかった。彼の胸に再び右の頬を埋める。
「……まあ、別にいいけど……」
 背中に両手を回して抱き締める。彼の熱が伝わる。次第に溶け合うように、自分の輪郭がぼやけていく。しかし、彼女は溺れなかった。
 ……もういいわ、これで十分……
 メシアが生まれていないなら、私の人生にはまだ意味がある! 胸の中に、蒼い炎が灯る。
「今から作戦会議ね」
 彼女は呟いた。
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