もう、追いかけない

クマ三郎@書籍&コミカライズ3作配信中

文字の大きさ
1 / 71

しおりを挟む




 ──なんて美しい人だろう

 その日私は、妖精のように美しいあの人に目を奪われ、恋に落ちてしまった。
 
 五歳の春のことだった。
 初めて訪れた皇宮。
 きらびやかな宮殿と、色とりどりの花が咲き乱れる庭園に興奮した私は、『離れちゃ駄目よ』という母との約束を破り、案の定迷子になった。
 美しく手入れされた広大な庭園でひとり、なすすべもなくすすり泣く私の前に現れたのは、銀の髪の美しい青年だった。

 「どこから来た?迷ったのか」

 腰まである長髪に、紫水晶のような淡く透き通る瞳は、まるで物語に出てくる妖精エルフそのもの。
 あまりの美しさに驚いた私は言葉を失い、ただただ瞠目した。
 何も答えない私に、青年は困ったような表情で髪をかき上げ、ため息をついた。
 
 「いいか、泣くなよ」

 言うのと同時に青年は両手を伸ばし、私を抱き上げた。

 「父親と一緒に来たのか?」

 「……いいえ」

 「では、母親と一緒に?」

 頷くと、彼は何か思い付いたのか、ある方向へ向かって歩き出す。
 道中、会話は一切なかった。
 しかしそれは逆に、私にとって幸いだった。
 無言で前を向く青年の美しい顔をずっと盗み見ていられたから。

 しばらくすると、迷い込む時に通った庭園の入り口が見えてきた。
 その少し先で、数名のご婦人が輪を作っている。
 中心にいたのは泣きそうな顔をした母で、周囲のご婦人方に慰められているようだった。
 おそらく行方不明になった私を必死で探していたのだろう。

 「お母様──!!」

 私は青年の腕の中から叫んだ。
 するとこちらを見た母は、安堵したように破顔したが、私を抱く青年の顔を見た途端に青ざめた。

 「こ、皇太子殿下!!」

 青年は、慌てて駆け寄ってきた母の目の前で私を下ろした。

 「帝国の若き太陽、エミル皇太子殿下にご挨拶申し上げます。コートニー侯爵家のアデーラと、これは娘のルツィエルでございます」

 (皇太子殿下?この人が?)

 「娘を助けていただき、ありがとうございます」

 深々と頭を下げる母を横目に、妖精だと信じ込んでいた青年の思わぬ正体に驚いた……というよりがっかりした私は、思わず口走ってしまった。

 「なんだ……妖精さんじゃなかったのね……」

 「これっ!ルツィエル!」

 妖精さんに会えた喜びが、一瞬にして消し飛んでしまった私は、母のお説教なんてどこ吹く風で。
 それを見たエミル殿下は、突然吹き出したように笑ったのだ。

 「ははっ!あははは」

 ただでさえ美しいのに、笑った顔はもっともっと綺麗で輝いていた。

 この日から私は、それまで大嫌いだった座学やダンスの練習に励んだ。
 礼儀作法や教養を身につけなければ皇宮に連れて行かないと母に言われてしまったからだ。
 どうしてもまた彼に会いたかった私は、必死で努力した。
 けれど、どんなに努力したところで彼は雲の上の存在で、会うことはおろか、姿を見かけることさえ滅多になかった。
 でもそれでもよかった。
 努力を続けてさえいれば、いつか彼の目に留まる日がくるかもしれないと信じていたのだ。

 そしてそんな想いが報われる時がやってくる。

 私が十八の誕生日を迎えた日、息を切らし部屋にやってきた父から、私とエミル殿下の婚約が内定したと告げられた。
 天にも昇る心地だった。
 けれど、幸せな未来が待っていると信じて疑わなかった私は、本当に愚かだった。
 


 今宵、夜会が開催される皇宮の大広間は、既に大勢の招待客で賑わっていた。
 誰もが王族の入場を待ち焦がれる中、中央の大階段から降りてきたのは皇太子、エミル・バルダーク=フェレンツ。
 彼は、隣を歩く愛らしい女性の手を引いていた。

 「ユーリア、足元に気を付けて」

 慈しむような眼差しに、頬を赤らめる女性。
 ユーリア・ヤノシュ伯爵令嬢。
 
 彼女は、私を忘れてしまった彼が選んだ新しい婚約者候補だ。
 
 
 
 
 
しおりを挟む
感想 265

あなたにおすすめの小説

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。

ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。 ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。 対面した婚約者は、 「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」 ……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。 「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」 今の私はあなたを愛していません。 気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。 ☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。 ☆商業化が決定したため取り下げ予定です(完結まで更新します)

愛してしまって、ごめんなさい

oro
恋愛
「貴様とは白い結婚を貫く。必要が無い限り、私の前に姿を現すな。」 初夜に言われたその言葉を、私は忠実に守っていました。 けれど私は赦されない人間です。 最期に貴方の視界に写ってしまうなんて。 ※全9話。 毎朝7時に更新致します。

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。

あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。 「君の為の時間は取れない」と。 それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。 そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。 旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。 あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。 そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。 ※35〜37話くらいで終わります。

【完結】妻の日記を読んでしまった結果

たちばな立花
恋愛
政略結婚で美しい妻を貰って一年。二人の距離は縮まらない。 そんなとき、アレクトは妻の日記を読んでしまう。

7歳の侯爵夫人

凛江
恋愛
ある日7歳の公爵令嬢コンスタンスが目覚めると、世界は全く変わっていたー。 自分は現在19歳の侯爵夫人で、23歳の夫がいるというのだ。 どうやら彼女は事故に遭って12年分の記憶を失っているらしい。 目覚める前日、たしかに自分は王太子と婚約したはずだった。 王太子妃になるはずだった自分が何故侯爵夫人になっているのかー? 見知らぬ夫に戸惑う妻(中身は幼女)と、突然幼女になってしまった妻に戸惑う夫。 23歳の夫と7歳の妻の奇妙な関係が始まるー。

教養が足りない、ですって

たくわん
恋愛
侯爵令嬢エリーゼは、公爵家の長男アレクシスとの婚約披露宴で突然婚約破棄される。理由は「教養が足りず、公爵夫人として恥ずかしい」。社交界の人々の嘲笑の中、エリーゼは静かに会場を去る。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...